アニメ未登場の原作キャラが登場します(原作と大きく設定が違いますが)
初めて人を殴ったのは、中学校のときだった。
学校の廊下で、カツアゲされているやつを見かけたのがきっかけだった。入った中学校は妙に治安が悪い場所で、毎日その辺で殴り合いがあるというほどではないが、ちょっとした喧嘩であったり、不良によるカツアゲなんかはよくあることだった。
小学校でそんなことを経験しなかった私は、中学で初めて誰かが不良にカツアゲされようとしているのを見て、呆れるくらい幼稚な正義感で止めようとしにいったんだ。
「ちょっと、その人嫌がっているじゃないの!乱暴なことはしちゃだめよ!」
ああ、懐かしい。このときはまだ、まだ私もちゃんと女子らしい喋り方をしていたな。
その不良は一瞬だけ気圧された顔したあと、軽薄そうな笑みを浮かべて「こいつが前に金をくれるって約束したんだ」と言って、なぁ?と、標的の子に投げかけた。でも、その子は震えるばかりで、何も答えることができていなかった。
それを見た不良は舌打ちして…その子のお腹を拳で打ち付けた。人が殴られているのを見たのも、その時が初めてだったか。
驚いて声も出なかった。そんな場面に遭遇するのは初めてだった。どうしたらよいのか分からなかった。苦しそうに泣きながら座り込むその子に、更に不良は蹴りを食らわそうとしていた。どうすればいいのかは分からなかったけど、止めないと、と思ったことは覚えている。だから、考えるよりも先に体が動いたんだと思う。
気がついたら、私は全力で不良をぶん殴っていた。
その時は勿論喧嘩のやり方とか、人を伸びさせるにはどこを殴ればいいか、なんて知らなかった。でも私は、小学校のときから運動神経は良かったし、元から同年齢の女の中では筋肉もある方だった。相手も油断していたし、運よく良いところにあてられたんだと思う。不良はちゃんと吹っ飛ばされてくれた。
でも、不良はすぐに起き上がり、殺してきそうな目線でにらみつけてきた。思わず目を閉じる。殴り返される、と持った瞬間、なんだ、もめ事か?というやけにのんびりした教師の声が聞こえてきた。目をあけると、今にも殴りかかってきそうな距離に不良はいた。でも不良だけじゃなくて、いつの間にか周りに教師と同級生が集まってこちらを見ていた。
自分で言うのもなんだが、このときあたりの私はまだ、学校の人気者、というやつだったと思う。入学してからそんなにときが経っていた訳じゃないが、小学校のときからの友達は多かったし、教師にも気に入られていた。皆が見ている前で私を殴ったら面倒なことになると思ったのかもしれないし、単に教師に逆らうほどの度胸が無かったのかもしれない。不良はなんでもないっす、とかなんとか言って、そのまま退散してしまった。
呆然としていた私は、ありがとうございます、という涙声を聞いて我に返った。不良に殴られた子だった。
「本当に怖くて、死んでしまうかと思っちゃいました。こないだも脅されて、お金渡しちゃって、そしたらもう一回来て、もうダメだと思ったら喜多ちゃんが助けてくれて…まるでヒーローみたいにかっこよく見えました。本当にありがとうございます」
そこまで言ったその子はまた泣き出してしまい、それを介抱しながら私は心の中でその子の言葉を繰り返していた。ヒーロー。かっこよく見えた。
思えばそのときの私は、どこか特別な存在に憧れていたんだと思う。当時は勉強だって運動だってそこそこできたし、友達も多かった。でも何か自分も世界も平凡に感じて、味気ない生活を、自分を変えてみたいって感じていた。だからヒーローなんて言葉を貰ったことをとても心地よく感じていた。何か特別な自分に踏み出せたような、自分を変えられるような予感がしていた。
今から思えば、随分幼稚な話だ。でも確かに、私は変わった。
特に口止めしたわけでもないので、私がカツアゲされた人を助けるために不良を殴ったと言う話はすぐ校内に広まっていった。それどころか尾ひれがついで、一発殴っただけで相手を気絶させたことになっていた。
そのせいでプライドを傷つけたのかもしれない。ある日の下校途中、友達とおしゃべりしながら帰っていると、突然その不良とそいつの仲間みらいな奴らに囲まれてしまった。
そいつらは、土下座して謝れと言ってきた。とても土下座する気になんてなれなかった。謝る理由なんてないと思ったし、ここで謝ったりしたらまた平凡な女の子に戻ってしまうような気がしていた。
でも、謝らなかったらきっと暴力を振るわれる。しかも、何も関係のない友達だって一緒にいる。怯えた目をした友達を見て、仕方がないと思いかけたとき、突然不良の一人がどこか間抜けな声を挙げて倒れた。
「女の子二人を男が三人で囲んで脅すって、ダサすぎるぞ?」
後ろから現れた女は、蹴りを食らわしたポーズのままにやりと笑ってそういった。そのとき、今しかないと直感した。次の瞬間、私は目の前の不良の股間を思い切り膝で蹴り上げた。うめき声をあげてそいつは倒れ、最後に残った一人は何が起こったか分からないみたいな顔をした後にどこかに逃げていった。
「よっ喜多、災難だったな。でもその調子だと大丈夫そうか?」
助けてくれた彼女は、同じクラスの佐々木次子、通称さっつーだった。
「助けてくれてありがとう。ヒップホップやっているとは聞いていたけれど、さっつーが喧嘩もできるのは意外ね」
「喜多こそ、これで2連勝じゃん。また噂が広まっちまうんじゃねえの?」
疲れた顔でそうお互いに声をかけあって。いつか読んだヤンキー漫画にあったような感じで手を差し出して、さっつーとお互いに握手を交わしていた。蹴り上げた時の感覚はまだ残っている。どこか、自分が新しくなったような感じがした。
その後も、不良に絡まれた子を助けたり、今度はさっつーに頼まれていじめられていた彼女の友達を助けに行ったり、色々なことに巻き込まれて、喧嘩もしたりして、次第に自分からそういったことに頭を突っ込むようにもなっていった。いつしか私が喧嘩で学校を守っているみたいな噂が広まっていって、最初に助けた子がなぜか「親分と呼ばせてください!」って私のところに来て変な弟子入り志願をしたり、最初に絡んだ不良が果たし状を送って決闘を申し込んできたりもした。女の子のところにこんなものがくるの、と思ったりもしたが、喧嘩を重ねたこともあってやり方が無意識に身についたようで、一発殴られたものの腹に蹴りをぶち込んでそいつを立ち上がれなくすることができて。そしたら、今度はそいつやそいつの仲間からも親分と呼ばれるようになった。いつの間にか、“不良”喜多郁代を慕う奴らは増えていった。
普通の友達は避けられたりはあまりしなかったけどなんだか私に対する扱いは変わっていって、先生からは明確に疎まれるようになった。でも、あんまり嫌な気はしなかった。友達からの扱いは畏怖半分になったけどまだ仲良くしてくれる。親分と言われるのは変な気分だったけど変わってしまった自分を慕う人がいるのは悪くなかったし、ずっと隣にいたさっつーはいつしか相棒みたいな関係になっていた。何より不良が言うことを聞いてくれたおかげで、校内の喧嘩とかはどんどん減っていった。
私も“子分”達に影響されて、制服を着崩したり女の子言葉がなくなっていったりと、色々変わった。ずっといい子にしていた私が制服を着崩すようになったことで親には怒られたが、思わずにらみつけると親は怯えた顔をして、それ以来何も言ってこなくなった。でもなんだか家にはいづらくなって、普段親が家にいないような子分の家に泊まりこんだりすることが増えた。
子分が絡まれたときに助けにいくなんてことも増えた。親分子分なんて関係は本当は好きじゃないけど、慕ってくれる人がひどい目にあっているのにそのままにしておくことは出来なかった。絡んでくるのはよその中学の不良なんかが多くて、喧嘩みたいなことが重なるうちに他の中学でも名前が広まるようになった。
…もう完全に不良のボスみたいな感じだ。
そのうち、中学の卒業を迎えた。入った高校は秀華高校というところで、別に特に頭が良い高校というわけでもなかったから同じ高校に入った子分は結構いた。さっつーも一緒だった。
正直、こんな悪名が存在する状態で高校に入るのは若干不安な気分もする。さっつーにそう話したら、話は真剣に聞いてくれたけど「魔王らしくもないな」なんて言われて笑われてしまった。…さっつーが冗談で言いだしたこのあだ名は、いつしか子分や他の学校に広まっていたが、郁代ほどじゃないけどそう呼ばれたくはない。
「その名前で呼ぶなっていっただろ。さっつーだろうと許した覚えはないよ」
そもそもこんな名前を広めたことも許してないけど。
不良少女、喜多郁代。この日、高校1年生となった。中学で彼女は大きく変わったが、高校で彼女の人生がまた大きく変わることは、未だ知る由もない。
正真正銘初めてのssとなります。稚拙な点をどうぞお許しください。感想待っております!
次回、「全身ピンクのアイツ」