ツラが気に入ったから、助けてやりたいと思ったことはちょっと否定出ない。顔も、髪や服や表情なんかの雰囲気も正直見たことないくらい良い、そんな女だった。
それでも私は元々、カタギが柄の悪いやつに絡まれているときには助けてやることに決めていた。そもそもそれが、不良になってしまった理由だったから。
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下北沢はそんなに治安が悪い街ではないはずだ。昔はいざ知らず、今じゃすっかり東京おしゃれタウン扱いされて、キラキラ女子みたいなのが出歩く街になってしまった。それでもそもそもロックは不良を引き付けるものだからか、柄の悪いやつを見かけることもある。というか、最近増えてきたような気もする。
(だからって、こんな大事なときに絡んでこなくたっていいだろう)
私―「ざ、はむきたす」というバンドでベーシストをやっている山田リョウは、路上ライブの直前だというのに、不良に道を塞がれて遅刻しかけていた。
ライブで寝坊したりはよくあったが、できれば今日は遅刻したくはない気分だった。
「今日こそは逃がさねえぞテメエ!これ以上適当なこと抜かすようなら俺にも考えはあるからな!」
(ああ、本当にうっとおしい)
絡まれるのを置いといても、言う事も着るものどれもつまらんやつだ。柄が悪いだけで見た目も含めて何の個性も感じない。せめてもう少し面白いやつに絡んで欲しい。自分がこんなのに絡まれる程度の存在みたいになるのが一番気にくわない。
(流石にそろそろ行かないと)
邪魔、と一言言って無理やり押しとおってみる。だいたいこういう奴は見た目で人を威嚇しようとしているだけで、大体こんな周りに人がいる中で殴るほどの度胸もないはず、と私の脳みそは出力した。
と思ったのだが
「馬鹿にしやがって…今日という今日は許さねえからな」
思いっきり肩をつかまれる。これは予想外。カラカラ鳴る私の脳みそはあまり信頼に値しないのかもしれない。
なんとか振り払おうとするも、意外と力が強い。日頃あまり運動をしないことがここで祟った。
「女を殴る趣味がある訳じゃねえが、これは自業自得だからしょうがねえよなぁ…?歯ぁ食いしばれ!」
これは流石にまずい。本当に暴力を振るわれるならちょっと抵抗はできない。
流石に一気に血の気が引いて、恐怖に思わず目を閉じた瞬間
「カタギの女に手ぇ出すのはダサくねえか、お前」
後に飽きるほど聞くことになる、そんな声が聞こえた。
――――
女を殴ろうとしていた不良は、驚いた顔でテメェは、などと呟いて固まってしまった。私を知っているみたいだが、頭に血が上って私が近づいたことにも気づけなかったらしい。
「これは忠告だがな、こんな人が見ているところで人を殴るのはテメェにとっても止めておいた方が良い。どんな事情があったか知らねえがな」
実際、不良にとってもこんな警察がすぐに来そうなところでカタギを殴るのは結構まずいことにはなる。私としても穏便に済むんだったらそうしたかった。喧嘩自体を好きだと思ったことは一度もない。
でも。
「関係ねえことにばかりしゃしゃり出てくるんじゃねえ。ここはテメェの縄張りでもなんでもねえだろうが。そんなに俺らを舐めた気でいるんじゃねえぞ、”郁代さん”よ」
はっきり挑発されたら、話は別だ。
「これは”警告”だ。二度と私をその名前で呼ぶな。次に呼んだらどうなるか、今のうちに教えてやるよ」
――――
さっきの不良が伸びていた。一体何が起こったかよくわからなかったが、私から引きはがらされたと思ったら次の瞬間にはひっくり返っていた。
「次名前を呼んだら、タマをかち割ってやる」
恐ろし気なことを言って、新しく現れた赤髪の不良がこっちに向き直った。どう見ても不良な見た目の割にはなかなか洒落たファッションをしている。というか、少女の不良なんて初めて見たかもしれない。
「大丈夫だったか?特に怪我はなさそうだな」
「大丈夫。特に怪我は無い。助けてくれてありがとう」
「どうも、そりゃよかった。せっかく良いツラ持ってんのに、傷ついたりしたらもったいねえからな」
顔が良いと褒められたらしい。よく言われる。てれ。
「私は喜多郁代。喜多と呼んでくれ。間違っても下の名前で呼ぶんじゃねえぞ」
綺麗なツラを傷つけたくねえからな、と怖いことを言ってきた。正直さっきのやり取りを見て名前で呼んでみたくてたまらなくなったが、とりあえず頑張って我慢する。
しかしせっかく助けてくれたわけだが、ちょっとライブの時間が迫っている。でも流石の私も一言お礼を言っただけですぐに行くのはちょっと恩知らずな気がしてしまうが、さて。
「私は山田リョウ。ベースをやっていて、これからライブに行くところ。助けてくれたところ申し訳ないけど、これから路上ライブがあってもう行かなきゃいけない。お礼もできてないけど、代わりにライブ聞いていかない。タダにしとくから」
「ほー、暇だし悪くない。じゃあ折角だから、お言葉に甘えていくよ」
郁代が行くよ。ぷぷぷ。
という訳でお礼をすると同時にお客さんを一人確保する方法を私の脳みそは思いついてくれた。路上ライブなんてもともとタダだから財布も傷まない。ちょっと私の脳みそへの信頼度を挙げてみてもいいかもしれない。
こっち、と郁代とやらを案内していく。道中、結構ベースとかバンドのことを聞かれたから、意外と音楽に興味がある子なのかもしれない。というか、実は年下だったらしい。確かに背は低いけど、気迫がすごくて気が付かなかった。
話してる途中、じっと顔を見て、使ってる化粧品の事とかも聞いてきた。私の顔が好きなのは本当らしい。怒らせたら殺されそな子だけど、それでも顔が好かれてちやほやされるのは悪い気はしない。
「ていうか、そもそもなんで山田は絡まれていたんだ?」
そしてちやほやしてくれそうな相手を、わざわざ幻滅させる趣味は私にはない。
「知らない。歩いてたら突っかかってきた」
お金が無くて、下北沢路地裏の怪しいサラ金みたいなところでお金を借りてそのまま放っておいたら、借金返せと不良が絡んでくるようになっただなんて。
そんなことをわざわざ教える必要はなかった。
―――
(良い曲だ)
私には音楽の知識なんてほとんど無いから、そんな月並みなことしか思えない。せっかくだから仲良くなってみれないかとさっきは楽器のこととか聞いてみたが、ちんぷんかんぷんに終わってしまった。でもそんな私でもライブを聞いてると心が動かされるような感じがするのだから、不思議なものだ。
特に楽器を弾く山田リョウは様になっていた。元々浮世離れしたような雰囲気が更に強まって、周りから隔絶して楽器とだけ対話してるような、そんな印象を受ける。それに他のメンバーもだが、私でもとても上手いと感じられる。
自分にしか出せない音で、人の心を動かす。他の人には歩めない道を進む。そんな感想を抱いて。昔、こんな特別な、卓越した人になりたいなんて思っていたことを思い出した。
(昔の自分だったら、こういうのに憧れて、思わず目指そうとしたりなんか、したかもしれないな)
でも、何者かでいいから何か個性を、だなんて。
今から考えてみると、幼稚な話なようにも思えてくる。
(それに、今の私には他にやることがある)
家にも帰らず不良の親分なんてやってたら、当たり前だが楽器なんてする余裕はない。
(いずれにしろ、縁のない話だ)
下北沢だって、いつも来るところではない。
彼女らのライブを聞くのだって、多分最初で最後だろう。
はじめて聞いたライブに思わず思いを馳せる。あの時演奏していた奴らは、今日のやつらと比べても上手かったかもしれない。憧れを全く刺激されないと言ったら噓になるが、でも自分にこんなステージに立つ意思も、資格もないと思ったのは変わらない。
演奏が終わった。
タダとは言われたが、自分も礼儀が分からない訳ではない。多少のお金をギターケースに入れてくる。
「どうだった、演奏」
「良かった。あまり細かい感想を言えるものじゃないが、結構感動するくらいには良かったよ。お礼としては充分だ」
そう言ったら、山田は照れたように笑った。本当に良い顔をしてるな…。
「ファンになってくれるんだったら、大歓迎。良かったら、また聞きにきてよ」
「普段この辺にいるわけじゃないが、気が向いたらな」
多分、気が向くことはないだろう。好みの女なのに多分ここでお別れなのは残念だが、他に会う理由がある訳でもない。
それに、さっきの殴り合いでは警察は結局来なかったが、このあたりを縄張りにしている奴らの一味をしばいてしまったことにも変わりはないから、もめ事を避けるんだったらしばらくここに近づかない方が良い。
それでも。今日泊まる予定の子分の家に向かいながら。別に後悔とか、はたまた憧れとか、そういうのを煽られたわけでもないが。
少しばかり、以前見た"あのバンド”のことも思い出しながら、ああしたステージに立って歌うような、違う世界の自分を想像せずにはいられなかった。
第3巻で明らかになったように喜多ちゃんがバンドを続けるモチベの一つは平凡な自分への物足りなさと特別な存在への憧れがあると言えるわけなんですが、この世界線の喜多ちゃんは良くも悪くも割と特別っぽい存在になってしまっていると言えるんですよね。はてさて、その中で喜多ちゃんは今後どうするのか。
あと厳密にはこの話第2話よりもちょっと前の時間になる気がしますね…混乱するような話の流れにして申し訳ないです。
次回「親分に捧げるセッション」