アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
『あなただったの……?走りたかったのも。勝ちたかったのも。たのしかったのも。……さびしいのも。あなた、だったの?ねえ───』
『…………いつから、だろう?…………いつから、私は。……使命を忘れて。罪過を忘れて。自分が、なぜ生かされているのかさえも、忘れて。満足のために。我欲のために。愉楽のために───そんなもののために!「私自身」なんかのために!生きてしまって、いたの……?』
『それができないって言うのなら。せめて、私と同じところまで堕ちて来てよ、お姉ちゃん』
『……本当に、楽しかったんだよ、お姉ちゃん』
『これからは、思うままに生きて。それで、めいっぱい幸せになって!』
『大好きな、私の───』
「……ちゃん。……お姉ちゃん?」
「ん……」
───掛けられた声で、意識が覚醒した。
目蓋を開いていくと同時に、窓の隙間から入る日光が視界を照らした。反射的に目を閉じ毛布を被り直す。
それによってふわふわな毛布が再び私の体を包み込んでいったが……。
「お姉ちゃん!これ以上寝てると遅刻しちゃうよ?」
「んん……」
さっきよりも強くかかった声で、私の体は完全に起床の準備を始めたようだった。体の覚醒に伴って目覚めた理性が、これ以上寝るのは不味いと諭してくる。
こうなってくると目を閉じ続けるのは困難。仕方なく私は毛布への未練を払って起き上がった。
まだボヤける私の視界に飛び込んできたのは病室───じゃない、寮の一室。目の前にいたのは突然倒れた私を心配したトレーナー ───いや違う、とある少女だ。
……そうだ。ここは、私と妹の相部屋───
「……ねえ、お姉ちゃん?」
私がその思考に行き着くと同時に。
隣で私を起こそうとしていた少女……私のかけがえのない妹が、私の顔を覗き込んできた。
その妹の顔を見た瞬間。
私は思わず、彼女の手を思い切り握り締めた。
「ひゃっ! えっ!? なに、なにっ!?」
悲鳴を上げる妹を無視して、グニグニと捏ねるように妹の手を掴む。
……間違いない。ちゃんと実体がある。
あの
そのことに私は心から安堵した。
……が、当然ながら寝起きの姉にいきなり腕を掴まれた妹は安堵はできないようで。
「……だ、大丈夫?さっきからお姉ちゃん、うなされてる……てほどではなかったけど、何度も寝返り打ってて、すごく寝付きが悪そうだったよ?」
私よりやや高い声で。本当に心配そうに言っていた。
……我ながら鏡を見ているのではと勘違いするほど私にそっくりな妹の顔。その瞳には、落とし物をギリギリで取り戻せたような表情の私が映っている。
……私は今こんな顔をしているのか。そりゃ心配にもなるだろう。
「ごめんなさい……ちょっと、変な夢を見てたみたい」
頭を抑えながらベッドから起き上がる。少し眠りすぎたせいか頭が重く感じた。
「変な夢? 一体どんなの?」
さっきまで寝ている私に合わせて膝立ちとなっていた妹が、同じく立ち上がりながらチョコンと小首をかしげる。
……あざといながらも、何故かサマになる動作だった。同じ顔の私がやっても似合わないのに、どうしてだろう。
「本当に……おかしな夢だった」
「なんなの~? もったいぶらないで早く教えてよお姉ちゃん!」
「……あなたが最初からこの世に産まれていなくて……私が独りでレースに挑んでいた夢」
「えぇなにそれ……縁起でもない夢見ないでよお姉ちゃん……私傷つくよ?」
勝手に私の存在を抹消するなんて、と頬を膨らませる妹。
あなたから聞いたんじゃないのと思いかけたが……確かに縁起でもない。夢を見るのは半分不可抗力だから仕方ないにしても、わざわざ報告する必要はなかった。ましてや───今こうして存在していて、私と血を分けて、十数年を共に過ごしてきた大切な妹である彼女本人に。
姉として少し情けない姿を見せてしまったかと反省する。
「んー、でも確かにそんな夢を見てたんじゃあ、目覚めが悪くなるのも納得かも。私だって、もしお姉ちゃんがそんなことになったら心配だもの」
「……どういう意味よ、それ」
私が聞き返すと、妹はにぱっと笑いながらその場で一回転した。
「きっとお姉ちゃんのことだから、色々抱え込んじゃうと思うんだよねぇ。周りが見ていられなくなっちゃうほど。お姉ちゃん、意外と脆いところとか、自分を卑下して考える癖があるから」
「…………」
「だ、か、ら~! そんなお姉ちゃんには私がついてないとねっ♪お姉ちゃんを支えるのが、妹である私の役目なんだからっ♪」
「……はいはい、いつも助かってるわよ」
「あー!適当に言ってるー! 今朝だって私が起こさなきゃ、お姉ちゃん起きれなかったのにー!」
「……なら私も言わせてもらうけど。あなた、さっきから制服を前後反対に着てるわよ」
「え……えっ、嘘っ!? うわ、ホントだ!! 気づかなかった!!」
「トレセン学園の制服なんて前の方にリボンついてるのになんで間違えるのよ……。私が指摘しないと、あなたそのままで登校することになってたわね」
「ぐぬぬ……」
慌てて制服を着直していく妹を尻目に、私はさっさと朝の支度を済ませていく。
……さっきはああは言ったけど。
実際のところ、私が妹に助けてもらっているのは事実だった。
……見透かされているようでなんだか悔しいけれど、確かに物事をどちらかといえばネガティブに捉えることが多い私にとって、楽観的で物事をポジティブに捉えることができる妹の存在は、精神的な支えになってくれている。
……これは、妹本人には絶対に言わないけど。あと、その分日常面では手を焼かされているし。
……まぁ、色々ゴチャゴチャと言いはしたけど。
「さ、早く行くわよ」
「ま、待ってってばお姉ちゃん! 私のスマホ知らない!? 昨日机に置いてたハズなんだけど!」
「知らないわよ。……もう、全然用意できてないじゃない」
「うえーんお姉ちゃーーん!!」
「……鳴らしてあげるから、ちょっと待ちなさい」
今の妹との日々が楽しいのは、紛れもない事実。
どこかには、私の妹が存在していない世界もあったような気がするけれど。
それはあくまでその世界での話だ。
この私が生きている世界とは、一切関係ない。