アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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姉妹の耳カバー【後編】

 

 

『失くしちゃった……。お姉ちゃんがくれた、あの耳カバー……』

 

 

 

 

 遊びから帰ってきた妹から、突如そんなことを言われた。

 それからは大変だった。とにかく本人が俯いて泣き続けるので、事情を聞く所ではなかったのだ。

 出掛けている母親はまだ帰ってこないし父親は突然のことにオロオロするしで、アヤベは『耳カバーが……耳カバーがぁ……!』と呻くアヤリをなんとか宥めることになった。拭いても拭いてもアヤリの目からはポロポロと涙が溢れてくるので、リビングからティッシュ箱を直接持ってくる羽目にもなった。

 そうして、母親も帰ってきたあたりでようやくアヤリは落ち着き始め話を聞くことができたのだが……

 

 

「あそびに行った、の……ヒッ、いろんな所に……。公園、いったり……次は学校までの道、ヒッ、通ったり……。それで、気づいたら、いつの間に、か、外れてて……」

 

 

 しゃくり上げながら話した真相は……まぁなんというか、ド定番のものだった。

 子供の頃には、誰でも一度はこういう経緯で何かを失くしたことがある。アヤリの母親にも経験はあった。

 

 ただ問題なのは、それをもらった次の日に失くしてしまったのと、それがアヤリにとって大事なもの(になる予定)だったということであろう。

 

「なんで……なんで失くなっちゃったのぉ……!ちゃんとっ、ちゃんと気を付けてたのにぃ……!」

 

 まだ七年ほどしか生きていないが、アヤベは妹がここまで泣いているのを見るのは初めてだった。

 とにかく彼女は妹を抱き締めることしかできなかった。

 

「…………」

 

 それまで綺麗な夕日を見せていた空は、今のアヤリの心情を表したように曇り空へと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜。

 事前に発表されていた天気予報は外れ、外は大荒れとなっていた。大量の雨水が屋根にぶつかる音が聞こえる。

 おそらく今レースをすれば、状態は確実に『重馬場』となるだろう。

 

 

 ……そして、アヤリの様子もまた大荒れとなっていた。

 

 

「やーーだーーっ!!行くのーー!!探しにいくのーーっ!!」

 

「ちょっ、待ちなさいアヤリっ!」

 

 

 数分前から、リビングで泣きながら叫ぶアヤリと大慌てで止めようとする父親の格闘が、この家で展開されていた。

 

 

「行くーー!!絶対行くのーーっ!!誕生日のっ、誕生日プレゼントなのにーーっ!!」

 

「こんな雨の中外に出たらいくらウマ娘でも風邪引くからっ!お願いだから落ち着いてアヤリっ!!」

 

 

 外に出ようと駆けるアヤリをなんとか持ち上げて止める父親。圧倒的な身長差によって父親が有利に思われるが、純粋な力勝負になるとウマ娘の分アヤリの方が有利なので、実は父親の方がかなりギリギリの状態である。

 空中で腕と脚を空しく大車輪させる妹の横で、母親も必死に彼女を説得する。

 

 

「アヤリだって失くしたと気づいたときにたくさん探したんだし、その後私たちも車で探しに行ったでしょう?それでも見つからないんじゃしょうがないわよ……。それにもし今見つけられたとしても、雨水でグチョグチョになってるだろうし……」

 

「うううううう……!!」

 

 

 ……聞いた話では、アヤリが外出していた三時間の内、一時間遊んだあたりで耳カバーが失くなったことに気づき、あとの二時間はひたすら探していたらしい。

 それだけ探して見つからなかった以上諦めるしかないというのは本人が一番わかっていたのだろうか。母親の言葉にアヤリは次第にもがくのをやめていった。

 そこをチャンスだと捉えたのか、母親は優しく語っていった。

 

 

「だからね、あの耳カバーは諦めましょう……?大丈夫よ、またお母さんが新しいの買ってあげるから、ね?」

 

 

 ───その言葉を聞いたとき。

 落ち着きかけていたアヤリは喉を詰まらせ……一瞬だけ、アドマイヤベガの方を見た。

 

「…………?」

 

 しかしアヤベがその視線の真意を察するより早く、

 

 

「~~~っ!やだ!!」

 

「おぶぅっ!?」

 

 

 持ち上げられていたアヤリが、その拘束を力尽くでほどいた。あまりに予想外だったからか、父親が弾かれて尻餅をつく。

 

 

「ちょっとアヤリっ!」

 

「っ!!」

 

 

 母親の叫びに耳を貸さずアドマイヤリラは駆けていく。まさか無理やり外へ行くつもりか、とアヤベは肝を冷やしたが……幸か不幸かそのようなことは起こらず、アヤリは玄関の代わりにドタドタと階段を上って二階の子供部屋の方へと行ってしまった。

 ……突然の行動に皆ポカーンとしてしまったが……要は、子供によくある拗ね方である。

 

「……本当に困ったわねぇ……どうしましょう……まさか誕生日の翌日にこんなことが起きちゃうなんて……」

 

「肩がぁ……肩外れそう……」

 

「あぁ、大丈夫?あなた……」

 

 こういう拗ね方をした子供の機嫌を直すのは、いつの世も困難を極める。

 ため息を吐きながら、一先ず母親は肩を押さえる父親の介抱をし始めた。

 

「…………」

 

 アドマイヤベガは、階段の上に消えていったアドマイヤリラの姿を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩ご飯の時間になっても、アヤリは部屋から出てこなかった。まぁ一応予想できたことではあるが……こうなってしまうと、やはり家の空気はなんとなく悪くなってしまう。

 両親は『とりあえず、今はそっとするしかない』と結論付けたようだが……。

 

「…………」

 

 日頃はクールに振る舞いながらも実際は妹のことが好きであるアヤベは、やはり放っておくことはできなかったらしい。事前にある程度母親と話してから、彼女は二階の、最近与えられたばかりである妹と共用の子供部屋へと来ていた。

 

「……リラ。入るわよ」

 

 どこまで意味があるかはわからないが、一応断りを入れてから部屋に入る。

 部屋の電気はついていなかった。一瞬誰もいないのかと思いかけたが……部屋の奥から微かに聞こえる声が、他者の存在を証明していた。

 ウマ娘の視力で目を凝らしてみると……やはり部屋の隅に、体育座りをしているアヤベと瓜二つのウマ娘がいた。

 

 そのウマ娘……アヤリは俯いて、まるで子泣き爺のようにまだ泣き続けている。

 

 アヤベはアヤリの目の前まで行くと、視線が同じ高さになるようにした。

 

 

「……リラ。お母さんも心配してるわよ。いい加減泣き止みなさい」

 

「……お姉ちゃん?」

 

 

 声を聞いて、ようやくアヤベがそこにいると気づいたのか、アヤリは少し驚いたように顔を上げた。しかし、目が合って実際に姉がそこにいるのだとわかると途端に顔を伏せてしまう。

 

 

「……ごめん……。ごめんね、お姉ちゃん……」

 

「……なんで、謝るの?」

 

 

 ずびっ、と鼻水をすする音が聞こえた。

 

 

「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが渡してくれたプレゼントっ……もう、失くしちゃって……」

 

「…………」

 

「おこっ、怒ってるよね……お姉ちゃん……」

 

「……そりゃまぁ、完全に『怒ってない』と言うと嘘になっちゃうけど……」

 

「っ……!ごめん、ごめんなさい……!」

 

「…………」

 

 

 ビクっと跳ねたアヤリを安心させるように、アヤベは彼女の肩に手を置いた。

 

 

「でも、もうしょうがないわよ。物を失くすなんて誰でもすることだもの。次から気を付けてくれれば良いわ」

 

「…………」

 

「……それにお母さんも言ってたけど、耳カバーならまた買ってあげるから。お年玉だって、まだまだたくさん残ってるし、別に気にしなくても───」

 

「……違うよ」

 

「───え?」

 

 

 遮るように言葉が発せられた。

 一瞬誰の声だったかわからなかったが、やはりそれはアヤリのものだった。

 

 

「……また買えばいいって話じゃないもん……。だって、あれは……大切な、貴重なものだったんだもん……」

 

「……?あれはそこまでのものではないわよ?私でも買えたほどだから、あんまり高価なものでもないし……」

 

「そうじゃなくて……」

 

 

 アヤベが説明していくのだが、何故かアヤリは首を横に振るだけだった。

 多数のハテナマークが脳裏に渦巻いていくアヤベの前で……アヤリはようやく絞り出したように言葉を紡いだ。

 

 

「だってあれは……初めて、『お姉ちゃんが私の誕生日にくれたもの』だったから……」

 

「────」

 

「……お姉ちゃんがくれたもので……しかもお姉ちゃんも同じものを着けて、『お揃い』だったから……。だから、すごく嬉しかったの……。もらったままの状態で使いたかった……大事にしたかったの……」

 

 

 ポツリポツリと語っていくアヤリ。

 その言葉によって、昨夜に抱いていたアヤベの疑問のいくつかが氷解した。

 

 何故ミシンでいじられるのを嫌がったのか。何故あんなにも、財宝でも見つけたようにプレゼントを喜んだのか。

 

 

 そしてそれと同時に───

 

 

 

(私は……なんてバカなんだろう)

 

 

 

 自分の頭を小突きたくなる。

 姉でありながら、妹のそんな気持ちにも気づけなかったことを、アヤベは心底情けなく思った。

 

 

「……そっか。そうだったのね、リラ」

 

 

 子供の真意を知った母親のような表情を浮かべながら、アヤベは妹の頭にゆっくりと手を当てた。

 

 

「うん……ほんとに、ごめん……。私、調子乗っちゃってて……」

 

「……いいのよ。私だって、あなたがそこまであのプレゼントを大事に思ってくれているなんて気づかなかったの。ごめん」

 

 

 安心させるように、優しく撫でる。カバーが無くなってしまい剥き出しとなった彼女の耳まで、ゆっくりと。

 

 しばらくそうした後……アヤベは心の中で組み立てた台詞を、妹に言い聞かせていった。

 

 

「……あの耳カバーね、本当は私も両親も、探しに行ってあげたいのよ。だけど……もうどうしようもないの。諦めるしかないのよ」

 

「……うん」

 

「だから……そこは、わかってあげて」

 

「……わかった。お姉ちゃんが、そう言うなら」

 

 

 大人しく撫でられるアヤリの瞳から、また涙が溢れたような気がした。

 

 ……だから、そこでアヤリは頭を撫でる手を止めた。

 

 

「……ねぇ、リラ」

 

「なに……?」

 

「だから……『代わり』って言ったらどうかと思うかもしれないけどね」

 

「…………?」

 

 

 アヤベは静かにスカートのポケットに手をいれると……そこから、あの耳カバーのセットを取り出した。

 

 昨日の誕生日にあったもう一つの……アドマイヤベガに贈られていた分である。

 

 

 そして、彼女はその片方を、アヤリへ差し出した。

 

 

「これを片方……あなたにあげるわ」

 

「……え?」

 

 

 アヤリはさっきまで泣いていたのも忘れたように、真っ赤な目をぱちくりとさせた。

 

 

「あげる、て……?」

 

「そのまんまの意味よ。昨日私があげたヤツは……残念だけど諦めて。その代わりに、これを新しくあなたにあげるわ。一日遅れたけど、二つ目の『誕生日プレゼント』として。私が、あなたに」

 

「え……え、え……?ていうか、これ、お姉ちゃんはお母さんに預けてたんじゃ……?」

 

「さっき返してもらったのよ。調節してもらう前に」

 

 

 確認してみると、確かに耳カバーは昨日アヤリが着けていたのと同じ長さだった。本当に、まだ昨日もらったままの状態らしい。

 

 

「い……いい、の?」

 

「……元は私への誕生日プレゼントよ。どうしようが私の自由だもの」

 

 

 そう言うとアヤベは……耳カバーをアヤリの目の前で自分に着けてみせた。アヤリから見て、左側の耳へと。

 昨日のアヤリのように、耳カバーの先がふにゃりと垂れ下がる。

 

 だがそれを、アヤベはまったく気にしていないように笑った。

 

 

 

「……ほら。これであなたもその耳カバーを着ければ、『お揃い』よ。……私と半分こしたものでよければ、だけど」

 

 

 

 アヤリは、目を見開いた。

 瞳を震えさせながらも、彼女はやがて、手に持たされたもう一つの耳カバーを握り締めた。

 

 そして、泣いていたせいで上手く手が動かないながらも、また昨日と同じように、耳カバーを自分の耳に着ける。

 

 

 アヤベと逆の、右側の耳へと。

 

 

 そうして、その場にはまるで鏡合わせのように、同じ耳カバーを着けた二人の少女が佇む形になった。

 

 まだ実感が湧かないというような表情をするアヤリに、アヤベは襟元を正すように彼女の耳カバーの根本の部分を直してやる。

 

 

「……うん、やっぱり。昨日はサイズ違いとかのトラブルもあったから、ちゃんと言えなかったけど」

 

 

 そして改めてアヤリの顔を見ると、アヤベはゆっくりと頷いた。

 

 

 

「ちゃんと似合ってる。綺麗よ、リラ」

 

 

 

 そこで、限界だった。

 

 

「……っ!!」

 

 

 弾かれたように、アヤリは動いた。

 体育座りを解くと、彼女は飛び付くようにアドマイヤベガに抱きついた。

 

 

「っ!?ちょっ……!」

 

 

 突然のこと過ぎたためか、アヤベはアヤリの体重を支えきれず、そのまま倒れてしまう。

 結果として、アヤリに押し倒されているような態勢になってしまった。

 

 

「ちょっ……リラっ、ちょっと重いっ……!」

 

「……ありがとうっ」

 

「え?」

 

「……ありがとうお姉ちゃん……大好きっ。お姉ちゃん大好きっ!ありがとう!今度こそ……今度こそっ、一生大事にするから!!」

 

 

 また、アヤリの瞳からは大粒の涙が流れていた。

 だが、今度の物には悲しさは一切含まれていなかった。

 

 泣き笑いのような、清々しいものだった。

 

 アヤベもそれを感じ取ったのか、安心したような表情で、静かに妹の背中に手を回す。

 

 

「……そう。ならよかったわ」

 

「えへへっ……!今日からはニューアヤリ改め、ニューアヤリバージョン2だよっ♪」

 

「もう……単純な娘ね。あなたは本当に」

 

 

 泣きながらもすっかりいつもの調子を取り戻したアヤリに、いつも通り苦笑いするアヤベ。

 

 

 この後、耳カバーを半分こした二人を見て両親もまた嬉しそうな顔をし、ようやくこの家族に笑顔が戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、二人が高校生にまで成長した頃。

 現在に至るまで耳カバーは一度も失くすことなく、彼女らの耳に片方ずつ着けられている。

 

 

 

 今は、ぴったりの大きさとなって。

 

 

 

 

 

 

 

 





アドマイヤベガのヒミツ④
・実は、そもそもあの耳カバーに一目惚れした理由は、『リラが着けたら似合いそうだったから』である。
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