アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
一応世界観としては、筆者の別の作品である『アヤベさんとの日常の一コマ 短編集』の世界を想定していますが、別にアプリ版の世界として読んでも何の支障もありません
夢を見ること。
そのメカニズムは、未だに明らかになっていない。
……いや、定義付け自体はされている。『脳内に溜まった過去の記憶や直近の記憶が結びつき、それらが睡眠時に処理され、ストーリーとなって映像化している』という定義付け自体は。
にも関わらず、夢は時に死者との再会など、常識では考えられない現象を引き起こすことがある。
妙な夢だった、としか評しようがない出来事を起こす時がある。
故に。たとえそれが自分の思い込みと錯覚の産物なのだとしても。
人は夢に夢を見るのをやめられない。
自分もやはり、そんな当たり前の精神を持つ一人のウマ娘だったということだろうか。
だから、あんな夢を見てしまったのだろうか。
「アヤベさん?」
後頭部にかかった声に、ゆっくりと瞼が開いていく。
視界が機能して真っ先に見えてきたのは……あの煙のような世界ではなく、輪郭がハッキリとした、見慣れたトレーナー室の光景だった。
自分が頭を倒していたのは、トレーナー室に備え付けられていた机。傍らにはノートやボールペンといった勉強道具が広げられている。
ぼやける目で時計を見てみると……針はとっくに自分が寮へ戻るべき時間を指していた。
「アヤベさん?」
再びの、今度はコメカミのあたりにかけられる声。
それで私の意識は完全に目覚めた。
モヤの晴れた目を声の方へ向けてみると……やはりそこには、自分とかれこれ丸二年の時間を過ごした、パッとしない外見のトレーナーが立っていた。
「あ、起きた?アヤベさん」
私と目を合わせると、トレーナーはホッとしたような表情を作る。
「良かった。起きなかったらどうしようかと思ってたよ。そろそろアヤベさん寮に帰るべき時間だから」
「……いつから寝てたの、私」
「この部屋に来て……二十分ぐらいした後かな?」
彼の言葉で記憶が蘇る。
……そうだ。元々はトレーニング終わりに、そのまま来る試験へ向けて集中して勉強するために、ここを訪れていたのだった。
……にも関わらず、二十分ほどで呆気なく寝ていたなんて。
「……ごめんなさい」
「べ、別にいいよ!アヤベさんも、今日はお疲れぽかったし」
素直に詫びると、トレーナーは慌てたように手を振った。と同時に、私が頭を下げた拍子に、いつの間にか私の体に掛けられていた毛布がずり落ちた。やたらとふわふわなピンク色の毛布だった。
……こんなの、私は眠る前に被っていた覚えはない。だとすれば、誰が掛けてくれたのか。
……本当に、この人は。こういうところが、本当に。
「……ねぇ、アヤベさん」
あくびを噛み殺しながら乱れた髪や制服を直していると、不意にトレーナーが口を開いた。
……どこか、不思議な態度。あまり気は進まないが、それでも気になるというか、そんな雰囲気だった。
「……なに?」
ふわふわの毛布をかけてもらった借りもあったから、私は素直に応じることにする。
トレーナーは少し考えつつも……好奇心が勝ったようだった。
「寝てるとき……少しだけ笑ってたけど。アヤベさん、どんな夢を見てたの?」
かけられた問い掛け。
それで関連付けられたか、先程まで見ていた、泡沫のように消えかけていた夢が、微かに思い出された。
『妹』と過ごした、束の間というにはあまりにも短かった一幕。
『じゃあ……私も今だけ……「お姉ちゃん」の……で話すね?』
夢の中で聞いた『妹』の声。
……だがそれは、間違いなく聞いたはずのソレは、今では壊れたラジオのようなノイズがかった音声としてしか脳内には残っていなかった。
感覚的には、ついさっき聞いたばかりの声のはずなのに。記憶はどんどん薄れていっていた。
お前がそんな記憶を持ってる必要はない、持ってる道理なんかあるわけないだろうと言われてるみたいに。
まるで帳尻合わせのように。
カミサマというものは、『他の世界』の記憶をこっちの世界に持ち越すことを許さないのだろうか。
そう語られているかのようだった。
それでも、まだ。
ほんの少しだけ、残っているものがあった。
あの時抱き締めた、確かに手の中に収まっていた、妹の体の感触。ちゃんと食べて、ちゃんと育っていることがわかった、掌に残っている彼女の感触。
そして───
『ねぇリラ。あなたは今……幸せ?』
『うんっ、幸せだよ!! だって、お姉ちゃんがいるんだもん!!』
脳に刻み込んだ、最後の会話。
厳密には、私が幸せになって欲しかったあの娘とは違う。だから無意味だと笑う人もいるかもしれない。
そんなのはわかっている。
……それでも。これだけは、消させない。
ここじゃないどこかでは、幸せに過ごしている妹もいる。
その、確固たる証拠なのだから。
「いえ……別に。ちょっと、変な夢を見ていただけよ」
悪いけどこれは、誰にも教えない。
与太話だと笑われるだけなのもそうだけど……この記憶は、私の物だけにしておきたいから。
だから、たとえトレーナーが相手でも、教えられない。
「……そっか」
そんなことは、一切声に出していなかったのだけど。
それでもトレーナーは、私の態度から何かを察してくれたらしい。以後、私が見た夢への追求は行われなかった。
さぁ。
夢の話は終わりだ。
私はこれから現実を生きなければならない。
なにより───
『あなたも……そっちの世界のトレーナーや、皆のこと。……それから、Currenさんのことも。お願いね』
もう一人の私に言われたこと。
他ならぬ、自分自身からの願いなのだ。
「ちゃんと、任されたから」
私は立ち上がり、毛布をトレーナーに返しに行った。
『───お姉ちゃん』
聞こえるはずのない声。
だけど、ハッキリと聞こえたような気がした。
『向こうの世界の私は、「お姉ちゃんと一緒にいること」が幸せだったみたいだけど』
『こっちの世界の私は、「お姉ちゃんが幸せになってくれること」が、何よりの幸せだからね?』
唐突に窓から入ってきた風が、私の髪を柔らかに撫でたような気がした。