アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
アドマイヤリラのヒミツ⑤
・実は、未だに水の中で目を開けられない。
やっほー! 皆、元気してる?
私はアドマイヤリラ! トレセン学園のウマ娘だよー!
と同時に、世界で一番カッコよくて綺麗で優しくて頼りになる、あのダービーウマ娘であるアドマイヤベガの妹でもあるんだよー! えっへん!
そんな憧れのお姉ちゃんに勝つために、私は日々トレーニングに励んでるんだー! ……この間の、デビューから三戦目となるレースは、一番人気に推されながらバ群を上手く抜け出せなくて負けちゃったんだけど。あはは……。
まぁ、アドマイヤリラのレースはまだまだ始まったばかりである!ということで……。
ともかく、そんな試合結果を経て、なおさらのことトレーニングに励もうと思った私。
なので、本当はあんまりよくはないんだけど、コッソリ自主トレーニングとして、現在の私は───
「白い天井!! 水がしたたる床!! ドキッ☆水着だらけのウマ娘プールが始まるよーーっ!!」
「リラ、恥ずかしいからやめなさい」
仁王立ちしながら叫んだ私の後頭部に、お姉ちゃんのチョップが差し込まれた。手加減されてるから全然痛くないけど、私は「あうっ」と大袈裟にのけぞる。
さっき一泳ぎしたばかりのお姉ちゃんの手はひんやりと冷たかった。
「いったいなぁお姉ちゃん! もうっ、こういうのは雰囲気が大事なのに~!」
「どんな雰囲気よ……。あと、水着だらけじゃなくて正確には『ウマ娘だらけの』でしょ。水着だらけなのはプールなら当たり前だから」
「お姉ちゃん細かい~!」
さっすがお姉ちゃん。私が欲しいツッコミを的確にしてくれる。やっぱりお姉ちゃんの前ではボケ甲斐があるなぁ。
「もう、お姉ちゃんは固いなぁ。せっかくお姉ちゃんにトプロさん、ドトウちゃんにオペラオーちゃんが皆でトレーニングするタイミングに私も混ぜてもらってるんだから。これぐらい楽しまないと損じゃん!」
「はーっはっはっ! アヤリさんの言う通りだよ!」
尊敬する姉に力説していると、私たち姉妹とは別の声が追従してきた。栗毛の上に王冠を被せて仁王立ちしている、可愛い後輩であるテイエムオペラオーちゃんである。
ビート板を小脇に抱えての高笑いだというのにこうもサマになるのはなんでだろう?さすがはオペラオーちゃん。
「せっかくこのプールを借り、そしてアヤリさんという飛び入りのゲストも招いて行われるアンサンブルなんだ! 存分に盛り上げなければ失礼というものだよ!そのためにボクもいつもより二割増しほど───」
「……あなたはさっさと泳いできなさい」
「いったぁ!? ちょ、アヤベさん!? どうしてボクにはコメカミにノータイムでチョップをするんだい!? しかもおそらく手加減をしていないと見られるのだが!?」
「うるさい。また私の妹に変なノリを仕込んで……!」
「今回はアヤリさんが音頭を取っていた形なのだけれど!? 痛い痛い!!」
「お姉ちゃんっ、ちょっとやめてあげて!」
思わず止めに入る。
……なんでお姉ちゃんはこんなにもオペラオーちゃんに当たりが強いんだろう? これはあくまで私のノリで行ってることなのに。
……やっぱりどうにもウマが合わないなぁ、お姉ちゃんとオペラオーちゃんは。
私としては二人には仲良くしてほしい。一番ノリが合うウマ娘と大好きなお姉ちゃんが仲良いとか間違いなくハッピー♪になれるのに。
あくまで私の見立てだけど、お姉ちゃんとオペラオーちゃんって結構相性良いと思うんだよねぇ。表向きの性格は違うけど、案外根っこの部分というか、実はロマンチストな部分とか割と似通ってるかと───
「リラ。あなた今何か失礼なこと思ってる?」
「何も思ってないよお姉ちゃん」
あっぶない。
こんなこと思ってるってバレたらあの本気チョップが私に打ち込まれてしまう。
お姉ちゃんの本気チョップを喰らったのは六歳ぐらいの頃に『休みにプラネタリウムにつれていってもらうか遊園地につれていってもらうか』で喧嘩した時が最後だけど……あれは本当に痛い。私たち姉妹、及び家族が核を持たない理由である。
「そういえばトップロードさんは?」
チョップから逃れるためにプールに飛び込んでいったようなオペラオーちゃんを尻目に(ご愁傷様)、私はこれまで姿が見えない委員長のことについて聞いてみる。
オペラオーちゃんをチョップで追いやったお姉ちゃんは(大人気ない)、その言葉に軽く顔を上げると、
「……トップロードさんなら、今はあっちにいるわ」
お姉ちゃんが指差した方向を見てみると、我らが委員長様は私たちが泳いでいるエリアとは違う場所でクラスメイトに囲まれていた。
断片的に聞こえる会話から推測する限り、どうも泳ぎのレクチャーをお願いされているらしい。朗らかな笑みを浮かべながら、ビート板を持つウマ娘にクロールのジェスチャーをゆっくりと行っていた。
……相変わらず面倒見が良いなぁトプロさんは。お姉ちゃんと違って小言も言わずに教えてくれそうだし、私も後で教えてもらおっかな?
「リラ」
なんてことを思ってたときにお姉ちゃんの声がしたので、私は一瞬心を読まれたかと思った。尻尾がビクン!と真っ直ぐになってしまう。
「な、なにかなお姉ちゃんっ?」
「なにかな、じゃないわよ。早くトレーニングを始めるわよ」
「ああ、トレーニングね、うん」
お姉ちゃんは時々サトリかと思うほど私の思考を言い当ててくることがあるが、今回は発動しなかったようだ。
私はホッと一息ついてからイソイソと用意を始めた。
「下手なことをしないように私が見ておいてあげるから。ちゃんと用意しときなさいよ」
「わかってるって」
お姉ちゃんの小言を聞きながら準備運動を済ませていく。
このトレーニングをこなしてメキメキと力をつけて、早くお姉ちゃんを追い抜かさないとね。
さ、今日もやるぞ!!
などという、『学生生活』と充分に形容できそうな一コマを、アドマイヤベガとアドマイヤリラが過ごしていたときだった。
その事件は、唐突に起きた。
「ぶふぅっ! ぶはっ……たっ、助けてくださぃぃ!!」
切っ掛けは、悲痛な声だった。
その声に、姉妹の大きな耳が同時に反応する。ひどく聞き覚えのある声だった。
と同時に、その声の持ち主の一番の関係者と言っても過言ではないだろうオペラオーが水面から顔を上げる。
「ドトウ!? どうしたんだい!?」
泳いでいたテイエムオペラオーの声に、プールの真ん中のあたりで泳いでいたはずの、覇王世代最後の一人───メイショウドトウは必死に酸素を取り込みながら叫んだ。
「あっ……あしがっ、片足がつってしまってぇ……ごほっ!! た、たすけてくだざいぃぃ……!!」
バチャバチャと激しく水しぶきが舞わせながら、ドトウの体はゆっくりと沈んでいっていた。
アヤベたちの記憶が正しければ、確かにドトウは泳ぐ前にしっかり準備運動をしていたはずであるが。……どうやら、彼女のいつものドジが発動してしまったらしい。
ともかく、泳ぎ中に足がつるというのはシャレにならない出来事だ。このままではマズい。
早く誰かプールに飛び込んで助けに行かなければ(プールには既にテイエムオペラオーがいるが、ビート板勢の彼女では救助は難しいだろう)。
そしてそんな可愛い後輩ウマ娘のピンチに、一人のウマ娘が立ち上がった。
「これはドトウちゃんがピーンチ!! 先輩の私が早く助けに行きましょう!!」
アドマイヤリラである。
準備運動したてだからか、アヤリは勢いよく立ち上がった。話が話ならそのまま変身ポーズも取りそうな勢いである。
「ちょっ、リラ! あなた……!」
「だいじょーぶだよお姉ちゃん! 可愛い後輩のためなら喜んで一肌脱ぐのが先輩ってもんだから! まっ、もう水着になってるから服は脱いでるんだけどっ!」
なにやら止めようとしているのか、アヤベはアヤリの肩を抑える。しかしそれを振り払いながらアヤベはドトウに言った。
「今行くからねドトウちゃんっ!!可愛い後輩は首をプールに浸して待ってなさいっ!!」
「あ、アヤリさぁん……!」
溺れているドトウの目が輝き出す。それはまさに地獄に蜘蛛の糸を垂らしてもらった時のようだった。
そしてそんな目を向けられては、アヤリの闘志もより燃え上がるものである。
誰よりも真っ直ぐにプールで溺れるメイショウドトウを
プールから数歩分離れて軽くジャンプして確認。
大丈夫。身体能力はオールグリーン。
体は問題なく動く。
行ける。
「とうっ!!」
充分に足を動かし助走をつけると、アヤリは力強く床を蹴った。
スーパーヒーローを彷彿とさせるような、綺麗なジャンプだった。
背後に太陽が輝いているような錯覚まで抱かせん勢いで彼女はプールへと飛び込み───
「ってしまったぁ!? 私泳げないんだったぁゴボボボッ!?」
そして溺れた。
それはもう、お魚咥えたドラ猫が誤って池に転落してしまったような、見事な溺れっぷりだった。もしこれがバラエティ番組だったとしたらさぞかし画面映えしたであろう。
……何を隠そう。
実はアヤリことアドマイヤリラは、泳げないのだ。俗に言うビート板勢なのである。
その泳げなさは、未だにビート板ありでもプールの25mを完走したことがないほど。一部ではヒシミラクルとタメを張れるのではないかと噂されているとか……。
「ゴボッ!!おっ、お姉ちゃっ……ブヘッ!た、助け、ぶはっ……水怖い……ゴボボッ!!」
「ああもう、救助対象を増やすんじゃないわよ……!」
まぁそれはともかく、結果的に状況が悪化してしまった。
プールで自分と同じ顔をした少女が情けなく溺れているという事態に、アドマイヤベガはいつもの呆れた表情になる。
「……やっぱり、私の妹ってバカなのかしら……」
「うわぁ!? だ、大丈夫ですかドトウちゃん!! アヤリちゃん!!」
騒ぎを聞き付けたのか、クラスメイトへの指導を終えたらしいナリタトップロードがアヤベの隣へと来た。
彼女の到着を確認すると、アヤベは軽く息を吐く。
「……トップロードさんは、ドトウをお願い。リラは私が助けるから」
「わ、わかりました! 今行きますよドトウちゃんっ!」
言って、軽く合図をし合うと。
二人は先のアヤリの飛び込みの再放送のように、しかし彼女よりも綺麗に、スマートにプールへと飛び込んだ。
「ごほっ、ごほっ……」
数分後。
アヤリはアヤベに、ドトウはトプロに無事救助されて、ドトウはつりを直してもらい、アヤリはプールの床に転がされていた。
「……大丈夫? リラ」
「だ、だいじょうぶ……ちょっと、走マ灯が見えかけたけど……」
ゴホゴホ、と口の端から水を少し吐き出す。
「ごめっお姉ちゃん……システムは、オールグリーンだったんだけ、げほっ、けど、地形適正だけはどうしようもなかったよ……」
「なんの話してんの……」
泳いだ後特有のぐったり感も手伝ってか、なにやらバカなことを言っているアヤリ。
とはいえさすがの彼女も本気で溺れかけたのは堪えたらしくらいつものにぱっとした笑みは引っ込めていた。
その様子に、アヤベは心配と呆れを混ぜ合わせて言う。
「まったくあなたは……なんで泳げないのにあんな意気揚々とドトウの助けに行けたのよ……」
アヤベが助けに来たときのアヤリは完全にパニクっており、アヤベが助けようとしても暴れまわって(後で土下座された)、それはさながら人間というよりも犬を救助しているかのようだった。
「だ、だってぇ……ごほっ、後輩の危機だったし……。ドトウちゃんに、先輩として、げほっ、良いとこ見せたかったし……」
「す、すいませんアヤリさん……」
その言葉に責任の一旦を感じたか、溺れ方自体はアヤリよりマシだったドトウが申し訳なさそうな頭を下げる。
「ドトウは気にしなくて良いわよ。この娘の自業自得だから」とアヤリの代わりに答え、アヤベは───少しだけ真面目な顔をした。
「リラ。他人のために真っ先に動けるのはあなたの良いところだと思うわ。だけど……自分のことも、ちゃんと考えなさい」
「うっ……」
「今回は私とトップロードさんが近くにいたからよかったけど、もしあなたに怪我でもされたら、私は……」
口調はいつもの小言を言うときのようなものだったが……目には紛れもない『心配』の色が浮かんでいた。
アヤリもそれは理解したのか、ふざけることなく耳を垂らした。
「……ごめん、なさい」
「……ん。……まぁ、次から気を付ければいいから」
そう言うと、アヤベは先ほどオペラオーから借りたタオルをアヤリの片耳の奥へと突っ込んだ。
そうして耳に入った水を拭き取っていくと、「わひゅっ!?」とアヤリが声を上げる。
「……はい、取れた」
タオルを耳から離しながら、アヤベがいつもの表情に戻ると……アヤリもまた「えへへっ♪」とようやくいつもの元気さを取り戻したのだった。
「とりあえず、しばらくは休んでなさい」
「うん、そうする……」
「……他に何か、辛いこととか、やってほしいこととかはある?今なら少しはやってあげるけど」
「別に……あ、いや、待って」
「?」
「……ねぇお姉ちゃん」
「なに?」
「プールの水飲んじゃってまだ息が変な感じするから、ちょっと人工呼吸してくれない? あ、心配しなくても、初チューがお姉ちゃんでも私はそれはそれで……♪」
「ふんっ」
「お゛お゛あ゛っっ」
姉に思い切り腹を押される形で、アヤリは女の子が出してはいけない声と共に水を吐き出した。