アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
5/4に話の位置を変更しました。
某月、某日。
とある仲の良い夫婦の間に、子供ができた。
夫婦の妻の方は、知る人ぞ知るトレセン学園に所属していたウマ娘で、名前をベガという。
少々他人の考えを推し量りにくく、鈍いというか天然なところはあったものの、ひたむきに努力を続けてGIの栄光に輝いたウマ娘である。
夫の方は、そんな彼女の担当トレーナーだった。
性格的な相性が良いのか、二人は現役の頃から良好な関係を築いていた。喧嘩らしい喧嘩もしたことがないし、クリスマスや年越しも自然と一緒にいるような、そんな関係。更にベガがトレセンを卒業してもなんやかんやで一緒におり、彼女が二十歳を過ぎた頃には既に同棲していた。
そうしてトントン拍子に事は進んでいき、ベガが大学を卒業したと同時に結婚。
まさに一昔前の『理想の人生』を体現したかのような流れだった。
そしてそんな中での妊娠報告。
種族としての越えられない差としてか根本のところで体の作りが少し異なるためか、ウマ娘とニンゲンの夫婦はニンゲン同士に比べて子供ができにくいと言う(諸説あり)。
結婚して早三年が経ち、お互いに子供が欲しいと願っていた夫婦は大いに喜んだ。
お腹の子供はウマ娘であり、名前は天から『降りてきたもの』として『アドマイヤベガ』と名付けられた。
お互いの義両親には祝福され、同僚からは冷やかされ大量のオムツを餞別として渡され、ベガの同期からは果たしてどれだけの才能を持った子供が生まれるかと大いに期待された。
ベガが現役時代に勝ち取った賞金にはあまり手をつけておらず、そして二人ともあまり趣味と言えるものがなかったことから、貯金も十分にあった。
そしてつわりやマタニティーブルーに強襲されながらも無事に乗り越えていき、あっという間に六ヶ月が過ぎた。
献身的な夫の支えもあってか、ベガの体は母子共に健康。
まさに順調そのものだった。
……が、その時にとある出来事が起きた。
ベガが今までと同じように妊婦検診に行ったときのこと。
今まで通りエコー検査をしていた顔馴染みの医師が、突然画面を二度見した。
「え……えっ?」
おそらく思わず素が出てしまったのだろう。病院では『あ、やべっ』に続いて聞きたくない言葉が飛び出した。
「っ、こ、子供に何かあったんですか!?」
当然ベガは慌てた。病気の心配もなく順調そのものだった我が子。その我が子に何かあったのだとすれば、母親として冷静でいられるわけがない。
そんな母の心境を知ってか知らずか、医師はゆっくりと言った。
「えーっと……ベガさん、落ち着いて聞いてくださいね」
「先生っ……子供は……っ!」
「どうやら……一人目の奥に隠れていたようです。あなたの娘さんは、双子です」
「え?」
ベガは医師とまったく同じ表情をしてしまった。
一応、あり得ない話ではないらしい。むしろ『一人目の影に隠れて二人目に気づかなかった』というのは、双子の妊娠においては希によくあることなんだとか。
だがもちろん、エコー検査などが発展した現代において、しかもこんな六ヶ月目においての発覚は相当のレアケースである。
医師も『おかしい……確かに一人しかいなかったはずなんですけど……』と首をかしげていた。
……かしげると同時に、医師は次第にその表情を固くさせていった。
そして、二人目の子供もウマ娘だということが判明した段階で、医師はもう一度ベガを呼び出した。
「……どうしますか?」
重々しく切り出された言葉。咄嗟に意味がわからず、ベガは思わず聞き返した。
「え……どうする、て……?」
「産みますか? ……それとも」
「……それは」
「ウマ娘の双子の危険さ……あなたもわかっているはずです」
実は、ウマ娘における双子というのは……あまり、いやかなりよろしくない。
有名なジンクスとして、『双子のレースウマ娘は大成しない』というものがあるが……いやいやそんなジンクスだけの問題ではない。
ウマ娘の生態には、まだまだ謎な部分が多い。こと交配においては特に。
詳細は不明だが……どうやらニンゲンの双子を出産するのとウマ娘の双子を出産するのとでは、母体に掛かる負担がまるで違うらしいのだ。言うまでもないだろうが、この場合は当然ウマ娘の双子の方が負担が大きい。
そもそも一人のウマ娘の出産でさえ、ニンゲンの子より大変だと言われているのに。
一人でも命懸けなそれが双子ともなれば……冗談抜きに、最悪母親が死んでしまう可能性すらある。
おまけに、詳細な原因は不明だが、もし母親が生存したとしても、それ以降の不受胎率が大きく高まる……つまり妊娠しづらくなってしまう。
更に、産まれてくるウマ娘も弱く育ちやすいという説まである。……もっとも、こちらは正確なデータに基づいた説とは言えず、ただの憶測でしかないのだが。
……ともかく、この要素。特に母親への負担の大きさは決して無視はできない。
これほどの悪条件が重なっているのならば、確かに『双子のウマ娘は大成しない』というジンクスが叫ばれるのも頷ける。
だから……もし仮にウマ娘の双子を妊娠してしまった場合は……なるべく……片方を……。
……今は妊娠六ヶ月。これ以上時間が経つと、法律で決められた期間を過ぎてしまう。……
だがそれでも、ベガは夫との話し合いの末に、お腹の子を『双子』として産む覚悟を決めた。授かった子を、自分への負担のせいで諦めるのを、彼女はどうしても許容できなかった。
当然義両親は反対したが、ベガの頑固さについに折れた。
医師も発覚が遅れたことへの負い目が少なからずあったのか、あくまでもベガたちの決断を尊重し、彼女らに惜しみ無い支援をすることを約束してくれた。
こうして産まれる予定だった『アドマイヤベガ』には、急遽姉妹ができることになったのだった。
出産の危険度こそ跳ね上がったが、妊娠自体は相変わらず順調そのものであった。
ベガのお腹はどんどんと膨らんで蹴られる頻度も増えていき、部屋の安産祈願のお守りもどんどん増えていった。
そうして、出産予定日が二週間後にまで迫ったある日のこと。
ベッドの上で、ベガは窓に広がる夜空へと視線を向けていた。隣には愛する夫もいる。夫の体温を肩と腕に感じながら、ベガはボーッとしていた。
なんとなく、不安だった。 それは、中絶ができなかったからではない。というか中絶ができたとしても彼女はするつもりなどなかった。たとえ上述の通り母体に大きな負担がかかることを理解した上でも、である。
では、一体なにが不安なのか。
「……ベガ」
「……なに?」
「どう?『降りてきた』?」
「…………」
夫からの問いかけに、ベガは無言で首を振った。
そう。今の不安要素。
それは、件の二人目のウマ娘の名前が、いつまで経っても彼女の脳内に『降りてこない』のである。
……ウマ娘とは基本的に、数奇で輝かしい歴史をもつ別世界の名前とともに生まれ、その運命と魂を受け継いで走ると言われている。
その別世界の名前とやらは、妊娠中の母親ウマ娘の脳内に突然、何の前触れもなく『降りてくる』とされている。
常識的にも論理的にもあり得ない話なのだが、母親となったウマ娘は総じて「『降りてきた』としか言えない」と言うのだ。
彼女らの一人目(厳密には双子なので同時だが)の娘であるアドマイヤベガだって、ベガが降りてきた名前をそのまま名付けたのだ。……現に夫の方は『アドマイヤベガ』の由来や意味がさっぱりわかっていない。
つまり、名前が降りてくるのはお腹の中のウマ娘が別世界の魂を受け継いだ、一足先に『こっちの世界に誕生した』という一種の証でもあるのだ。
なのに、それが降りてこないということは───
(ひょっとして……その『別世界』が、二人目の娘には……無い?)
心の上に、巨大な鉛の塊がのし掛かったような気がした。自分の思考に、自分で背筋が冷たくなる。
……もしかして彼女は、なにかウマ娘としておかしいのではないか。……なにかしらの、イレギュラーな存在なのではないか?
マタニティーブルーの再来だろうか。いつになくネガティブな思考が鎌首をもたげる。
それは不安という名の空気を吸い込んで、心の中で急速に膨らんでいく。
まだ子供の責任は親の責任、子供の罪は親の罪なのだ。
……もしもこのウマ娘が、何か欠陥を持って産まれてしまったらどうしよう。姉になるか妹になるかはわからないが、同じく産まれてくる『アドマイヤベガ』にとっても、血を分けた大切な肉親になるはずなのに。私のせいで、名前も与えられず何者でもない存在として産まれてしまったらどうしよう。
考えれば考えるほど底無し沼にはまり、グルグルともがくしかなくなる。
この状態が更に続けば、おそらく彼女の精神はどんどんと削れ弱っていき、出産にも本当に悪影響を及ぼしていただろう。
だが、そうはならなかった。
ベガの夫が、震える彼女の手にゆっくりと自分の手を重ねたからだ。
「大丈夫」
「……え?」
『現役時代』と同じように言った彼に、ベガは思わず向き直った。基本ナヨナヨしていることが多いはずの彼は、いつになく決意に満ちた顔をしていた。
「どんな形で産まれたとしても、この娘が俺たちの子供だってことに変わりはないから」
いい?と一応断りをいれてから、彼はベガの膨らみきったお腹を撫でる。
「どんな娘でも、俺たち二人……いや、アドマイヤベガも加えた、三人で育てていこう。名前だって、『降りてこない』のなら俺たちで付けてやればいいんだ。ウマ娘にはまだ未知な部分があるんだから、名前が降りてこない娘だっていてもおかしくはない」
お腹の子供にも言い聞かせているようだった。
言葉を終えると夫は、ベガが現役時代の頃から気に入っていた、柔らかい笑顔を見せてくれた。
それを見ていると、ベガは心が洗われていくのを感じた。
今まで不安に思っていたのが、なんだかバカらしく思えてくる。
そうだ。お腹のこの娘がどんな存在だろうが、それが自分たちの大切な娘であることに変わりはない。
最初から迷う必要などなかった。
あとは、自分たちの心の持ち方の問題だったのだ。
「……ありがとう」
「ん」
感謝を伝え、ベガは愛する夫の肩によりかかった。
「現役の頃から、あなたには支えられてばっかりね」
「……GI勝利に、今は子供。現役の頃から、俺は君に夢を見させてもらってばかりなんだ。お互い様だよ」
そう言って、二人は笑い合った。
その後、予定日より二日ほど早くベガは双子を出産することになる。近くにいた夫の手際もあって、病院への搬送はスムーズに行われた。
色々と危険度も高かったが……懸念されていた事柄は何も起きず、無事に双子は産まれた。
産まれた時間から、アドマイヤベガが姉でもう一人のウマ娘は妹になった。
二人とも健康だった。
それからも、ベガの心配が杞憂だったことを証明するように、アドマイヤベガの『妹』となったそのウマ娘はすくすくと育っていった。
そして、アドマイヤベガの妹が生まれてからも名前が『降りてこなかった』ため、やむなく人為的に名前を考えることになった。
二人はかなり悩んだが……やがて、ある日に窓から見上げた夜空の星と、彼女の姉の『アドマイヤベガ』にちなんで、とある名前を付けることになった。
アドマイヤリラ、と。
とりあえずこのシリーズ内においては、アドマイヤベガの妹さんはアドマイヤリラこと、アヤリさん(もしくはアドリさん)で行こうと思います。
当初は私ごときが勝手に名付けるのもあれかと思い『◯◯』表記にしていましたが、やはり名前があった方が読者も作者も没入感が違うかと思い設定することにしました。
もしご不快な方がいらっしゃったら申し訳ありません。