アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
リクエストでお題をもらった作品です。
若干アヤベさんのキャラ崩壊注意かもです。
アドマイヤリラのヒミツ⑧
・実は、他のウマ娘の呼び方は、あまり学年や距離感などは重視せずほとんどフィーリングで決めている。
アドマイヤベガのヒミツ⑥
・実は、アドマイヤリラが他人に対して何か失礼な呼び方をしたときは代わりに謝っている。この間アヤリが秋川やよい理事長のことを『あっきーりじちょー』と呼ぼうとしたのはさすがに止めた。
トレセン学園のとある場所。
知る人ぞ知る、マチカネフクキタルが経営している占いの館にて。
「───でね、最近なんか良くないことばっかり起きてる気がするんだぁ~……」
「ふむふむ。普段元気なアドマイヤリラさんがそこまで弱気になっているのは珍しいですね」
「私だって元気ないときはあるよフクさん~。こないだ食堂でグラスちゃんにお茶淹れてもらったら茶柱立ってなかったし……散歩したら野良の黒猫に横切られるし……なによりこないだのレースだって負けちゃったしっ!!」
「こないだのレースですか……確かに私も見ていましたけど、あれは惜しかったですね……。えーっと……確か6番のスコービオンさんにギリギリで逃げ切られてしまって……」
「そう。デビュー戦で一先ず一勝したのはいいけどさぁ……そこからが鳴かず飛ばずでもう三連敗……。はぁ……お姉ちゃんと並んで『期待の
「あ、アヤリさん、お水飲みますかぁ?」
「ああ、ありがとうドトウちゃん。んくっ、んくっ……ぷはー! ……だから、ここはちょっとフクさんになにか、運気をコッチに向けるためのアドバイスをもらいたいなぁって……」
「なるほど……では、占ってしんぜましょう……」
「お願いします……。んぐっ……ぷはっ……」
「ムムムム……! おや? これは……。ウムムムムム……!」
「す、救いはないのですかぁ~?」
「救いが欲しいよぉ~……」
「……さいあくです」
『え?』
「今のアドマイヤリラさんの運勢は……最悪です!! 二ヶ月に一回ぐらいの割合で見られる、最アンド悪の運勢ですっ!!」
『えーーーっ!!』
「うえーーんっ!! お姉ちゃん助けてーーっ!!」
「すっ、救いはないのですかぁ!? ラッキーアイテムとか……!」
「ムムム……ラッキーアイテムはわかりません……。ですが、アヤリさんにとってのアンラッキーアイテムならばわかります」
「そ、それは……?」
「ズバリっ! 『妹』ですっ!!」
「……へ? 妹? 私には弟しかいないし……ていうか、妹は私なんだけど?」
「そういうことです! つまり今は、アドマイヤリラさんの存在そのものが、アドマイヤリラさん自身に不幸をもたらすアンラッキーアイテムということですっ!」
「……あれ? 今私シレっとすごい失礼なこと言われた?」
「い、一体どうすればいいんですかぁ?」
「ムムム……一番手っ取り早いのは、アヤリさんが『妹』でなくなることですが……」
「しかもスルーされたし……。ともかく、妹でなくなる……。妹でなくなると言われてもなぁ……うーん……どうすれば……あっ!」
「───それで、悩んだ結果、今日だけ姉妹の立場を交換することを思い付いた……ということですか?」
朝のHRが終わった直後の教室にて。おでこが眩しいクラス委員長こと、ナリタトップロードは目を丸くした。
それに対し、アドマイヤベガの妹……であったはずのアドマイヤリラは自分の発想を誇るように「そう!」と鼻を鳴らした。
その首にはいつもの制服の上から『今日だけアドマイヤ姉!!』とマジックで書かれたプラカードがさげられている。
「考えてしまえば単純な話だったんだよトップロードさん! 『妹』であることで私に不幸が訪れるのなら、妹でなくなっちゃえばいい! つまり私が『姉』になれば良かったんだよ!!」
「……?? な、なる……ほど??」
頭に大量にハテナマークを浮かべながらもとりあえずナリタトップロードは頷いた。話していることの意味はわかるが理論がわからないというような表情である。
翻訳を求めるように彼女はアヤリの後ろの席に座っている人物に目を向けたが、
「……私に聞かないで。私にもよくわからないから」
その席の主である、アドマイヤベガは額に手を当てて呆れたように言っていた。
「『占いの館』っていう所から帰ってきたと思ったら、突然こんなことを言い出すんだもの……。付き合わされる身にもなってほしいわ。朝からこんなの作ったせいで遅刻しかけたし……」
いつものジト目をする彼女の首にも、アヤリのと同じプラカードがさげられている。そっちには『今日だけアドマイヤ妹』と綺麗な字で書かれていた。
話を聞き終えると、トップロードは目を閉じながらしばらく事象同士を脳で連結させているような時間を取った。
「えーと、ということは……とりあえず、今日だけはアヤリちゃんがお姉さんでアヤベさんが妹、という認識で過ごせばいいんですか? ……というか、これは私たちも付き合った方がいいんですか?」
「そうだよ~! 今日だけは私がお姉ちゃんなのでよろしくっ♪」
ピースをするアヤリの後ろで姉……改め、妹であるアヤベはため息を吐く。
「……まぁ、リラが妙なことを思い付くのは今に始まったことじゃないし……元々私たち姉妹ってどっちが先に産声を上げたかって差でしかないから、リラがそれで満足するんだったらいいけど……」
と、アヤベがそんなことを言うと、何故かアヤリは急にトレーナーやSP隊長にじゃれる時のファインモーションのような顔になった。
「ふっふーん? おやおや、さてはお姉ちゃん嘗めてるな~油断してるな~? 姉妹の逆転がどのような効果を及ぼすのか~?」
トップロードに向けていたピースもいつの間にか角度を変えて横ピースになっている。今にも「うりうり」とアヤベの頬をつつきそうであった。
「……どういう意味よ?」
怪訝そうな顔をするアヤベに対しアヤリは「むっふん!」と胸を張る。さげられたプラカードが持ち主の動きに合わせて小さく揺れた。
「そっかぁ~、お姉ちゃんは産まれた時から『姉』だった故に気づかないかぁ~! 兄弟姉妹の間に結ばれている暗黙の了解を~!」
「……早く言いなさいよ、授業始まるわよ」
教科書類をさっさと机に広げるアヤベと純粋に興味津々そうになっているトップロード。
そんな二人に対し、姉となったアヤリは瞳に黄色い手裏剣を光らせながらビシィッ!と指を差した。
「何を隠そうっ、『妹は姉に絶対服従』ってヤツだよ! 覚悟しててよねお姉ちゃん! 今日はどんなワガママだって聞いてもらうんだからっ!!」
「…………」
アヤリの言葉を受けて、アヤベは無言で顎に手を当てた。それからしばし考える間を挟む。
やがて思考が終わると、アヤベは呆れたような顔になった。
「……妹は姉に絶対服従って……あなた、今まで私の言うことを素直に聞いたことあったかしら?」
「なっなにを言うかっ!? あ、あったよう! 私は今までお姉ちゃんの邪智暴虐で理不尽な命令に震えながらも、この暗黙の了解があるために頑張って耐えて来たんだから!!」
「……そんなこと、アヤベさんしてましたっけ?」
「うえぇ!? と、トップロードさんまで不思議そうな顔しないでよぉ!?」
さっきまで瞳にあった手裏剣はどこへやら、一瞬で慌てたような瞳になってトップロードに詰め寄るアヤリ。
……まぁ、それも当たり前だろう。今までの姉妹のやり取りでアヤベがそんな面を見せたことはなく、むしろどちらかというと普段はアドマイヤリラの方が主導権を握っており、アドマイヤベガは基本的に彼女にほどほどに付き合いつつ時にブレーキをかけさせる程度だったのだから。
というかなにより、いざ姉の威厳を誇示しようとしているアヤリだが、さっきからアヤベのことを相変わらず『お姉ちゃん』と呼んでたり『命令』ではなく『ワガママ』としていたりと、本人が一番妹気分から抜け出せていないように思える……。
アヤリも薄々そのことに自分で気付きだしたのか、思考を切り替えるように頭を振った。
「とっとにかくっ!再三言うけど今日は私が『姉』だからねっ! 今日は私……じゃない、お姉ちゃんの言葉におね……違うっ、あっ、アヤベはしっかり服従してもらうんだから!」
早くもぐだぐだになりかけているアヤリ。
そんな彼女に、トップロードが純粋な疑問というように問う。
「……命令って、具体的にどんなことをさせるつもりなんですか?」
「え??」
……自分で散々言っていた癖にいざ何をさせるかは全く考えていなかったのか。
アヤリは今初めて考え出したと言うような顔をした。
「そ、そりゃー……アレですよ」
「アレ?」
ますます不思議そうな顔をするトップロードに、このままでは姉(仮)としての威厳が本格的に不味くなると思ったのか、アヤリは矢継ぎ早に口を開いていった。
「ま、まずはアレでしょ? 私が練習するときには必ず付き合わせて~、私が授業中に寝てたら後でノート写させてもらって~……あ! それと晩ご飯前の間食も見逃してもらうのと~! 晩ご飯のコロッケだって半分譲ってほしいし~! そして寝るときは同じ布団で一緒に寝させる! ……うん、ざっとこんな感じかな! 『姉』の権限として、今日はこれ全部お姉ちゃんにやってもらうから!覚悟しててよねっ!!」
さながら決め台詞を言った後のようにドヤ顔も交えながら言ってみせたアヤリ。
アヤベはそんな『姉』の命令に……ノートを開きながら無感情で返した。
「それ……普段とあんまり変わらなくない?」
「さぁ行くよお姉ちゃ……アヤベ! しっかりとわた……お姉ちゃんについてきてよねっ!」
「はいはい」
授業が終わり、早放課後。
体育で使う場から練習で使う場となったグラウンドで、アドマイヤ姉妹が駆け始める。いつもは『姉』であるアヤベが先導する形となるのだが、今日のみそれはアヤリの役目となっていた。
一応状況としては姉妹の立ち位置がそのまま入れ替わった形なのだが、見た目が同じなので傍目からは知り合い以外にとっては何も変わっていないようにも見える。
「ふっ……ふっ……!なるほど……ふっ……今日のアヤベさんとアヤリさんはっ、そんなことをしていたのかっ……!」
その変化に気づける知り合いの一人であるテイエムオペラオーは、彼女らの様子を見つつ腹筋をしつつ呟いた。
「は、はいぃ~フクキタルさんのアドバイスを通して思い付いたみたいでぇ……あっ、200回終わりましたよ~」
脚を押さえていたドトウがそう言うと、オペラオーは「よしっ!」と素早く立ち上がり、近くに置いていたタオルで汗を拭った。
「それにしても……練習中もあのプラカードはさげたままなんですね」
うさぎ跳びを終え、今はアキレス腱のストレッチをしているトップロードが言う。
ちなみに今日の彼女らは元から合同練習の予定であり、ついさっきも全員での併走をしたところである。
「はいっ! ファイットー! ファイットー!」
「……ファイト」
「おね……アヤベ声小さいっ!」
「はーっはっはっはっ! アヤリさん、いつもより張り切っているね!」
「今日はアヤリちゃんがお姉さんですからねっ! その分の気合いも入ってるのだと思いますよ!」
「でも、最初からあんな調子でぇ……バテないといいんですけど……」
三者三様の感想を述べながら姉妹を眺める覇王たち。
『しかし、役割を入れ換えるか……面白そうだね、今度ボクたちもやってみるかい?』『ふぇぇ!? わ、私がオペラオーさん役に……!?』と続く覇王と怒涛の会話をウマ耳に挟みながらトップロードは水を飲んだ。
「へいへいおね……アヤベ! ペースが落ちてきてるよ~!」
「……あなたこそ。バテて来てるんじゃないの?」
「何を言うかっ! お姉ちゃんを嘗めちゃいかんよっ!」
その言葉と共にギュン!と加速し出す二人。
「……しかし、こうして見ていると、なんと言いますか」
水筒をベンチに乗せると、顎に手を当てて何やら切り出すトップロード。
すると、同じことを思っていたのか覇王と怒涛も賛同するように頷く。
「確かにそうだね……」
「ですねぇ~……」
「なんというか……これはこれですごくしっくり来ますね」
うん、と全員が同時に首を縦にした。
「元気が良いアヤリちゃんが『姉』として引っ張って、物静かな『妹』であるアヤベさんがそれについていくのって、ある意味よく見る姉妹のカタチと言いますか……!」
「なんだかんだでアヤリさんも面倒見は良いからね!」
この中ではドトウと並んでアヤリに可愛がってもらっているオペラオーが言う。確かに普段は『妹』としての振る舞いが目立つアヤリだが……意外と『姉』としての適正も高いのかもしれない。
アヤベとのやり取りも、なんだかんだでサマになっているような気がする。
(……まぁ、あれはあれでいつもとやり取り変わってないような気もするんですけどね……)
「……あっ、併走終わったみたいですよ!」
頬を掻きながらそう思ったところで、ドトウの声が響いた。
「ふい~! いっ、一旦ここまででっ! 休憩は……あ、そうか私が時間決めるのか、えっと……に……いや、十五分で!」
「……わかったわ」
「水分補給はしっかりね! 『お姉ちゃん』との約束だよアヤベっ!」
「はいはい」
「ノリノリですねぇ、アヤリさん」
苦笑しながらトップロードは予め持っておいたアドマイヤリラのタオルと水筒を持って彼女の元に向かった。ちなみにアドマイヤベガの元には同様の手順でオペラオーとドトウが行っている。
「はい、アヤリちゃん! 『お姉ちゃん』、お疲れ様です!」
「あ、トップロードさん……! ありがと~!」
運動部マネージャーのように労うトップロードから少し照れたように水筒類を受け取るアヤリ。
「すっかり馴染んでますね!」
「まぁ……『お姉ちゃんの動き方』はおね……アヤベのを散々見てたし……密かに憧れて何回もシミュレーションしてたし……」
こんな形で叶うとは思わなかったけどね、と照れたようにウマ耳を弄る。その様に、トップロードが妹を見るような目になった。
「よかったですね、アヤリちゃん!」
「いやまぁ……事の発端は良いことじゃないけどね……。でも、新鮮な経験ができたし、なによりアヤベ───」
垂れた汗がプラカードに付かないように気を付けながら汗を拭っていたアヤリだったが───次の瞬間、彼女は電源が切れたロボットのように態勢を崩した。
「アヤリちゃんっ!?」
ほぼ反射でトップロードは滑り込みアヤリの体を支える。幸い、アヤリの体が地面と激突する事態は避けられた。
「っ……ご、ごめんトップロードさん……。ちょっと、ふらついちゃって……」
「アヤリちゃん……やっぱり、張り切りすぎてバテてしまったんですか?」
少し前のメイショウドトウの言葉が思い出されたトップロードは、アヤリを日陰となっている木の下へと連れていく。
よく見ると頬も少し赤い。息も『疲労』だけの割にはかなり切れている。もしバテているようなら、早く座らせようと思っていたのだが───
「いや……大丈夫だよトップロードさん……」
「でも……アヤリちゃん息切れしてますしっ、顔も赤いですし……!」
「いやぁ……これはその……なんていうかその、ね?」
「はい?」
「だから、ね……」
イマイチ要領を得ないアヤリの言葉にますます首を傾げるトップロード。
そんな彼女に、アヤリは仕方なくと言ったように、秘密をコッソリと打ち明けるように告げた。
「ひっ、日頃は『お姉ちゃん』って呼んでるお姉ちゃんを今だけ『アヤベ』って名前で、しかも呼び捨てにしてるところに……うへっ、な、なんか何とも言えない背徳感を感じるっていうかぁ……そ、その辺の興奮でちょっと目眩がしただけで……!うへっ、うへへへへ……!」
(何を言ってるんでしょう、この
心配の炎は一瞬で冷えた。
数時間後の、夕日が沈む一歩手前の時間帯。
練習を終えたアドマイヤ姉妹は制汗シートで体を拭き、制服を気直してトレセンの外に繰り出していた。行き先はトレセン学園の最寄りにあるライブドアモール、というショッピングモールである。
先に言った制汗シートなど、日用品が色々と不足してきたため、今のうちに買い足しに来たのだ(代金は姉妹で折半である)。
……ちなみに例のプラカードはきっちりさげたままである。お陰で先ほどから
「『今日だけアドマイヤ姉!!』……?えっ、もしかしてっ、あの『期待の
「うそっ本物!? ちょ、確かめてきてよ!!」
「やだよー!! 私ごときが声をかけるなんて恐れ多い……! それに、姉妹一緒に出掛けてるってことはプライベートなんじゃないの? 邪魔しちゃ悪いし……」
「『今日だけアドマイヤ妹』ってなに……? もしかしてあの二人、姉妹関係サバ読んでたの?」
「姉妹関係のサバってなに?」
などという一般の方々の話が聞こえてくる。よっぽどの小声で話しているらしく二人の耳には届いていないようだったが。
「……いつも使ってるテーピング、今日は売り切れてるみたいね……」
「大丈夫だよおね……アヤベ! ほら、こっちのテーピングはあるしっ! これってマヤちゃんやフクさんが使ってるヤツなんだけど、結構良い物らしいよ?」
「……じゃあ、それにしましょうか」
「ふっふん! どうよアヤベ! お姉ちゃんすごいでしょっ!」
「……あなた自身は関係ないけどね、これ」
一応姉妹の立ち位置交換は続行しつつ、なんてことを言い合いながら買い物カゴに必要なものを放り込んでいたとき。
ふと、アドマイヤベガの視線が一点へ吸い寄せられた。
目をいつもより三割増しで開き、さながら動くものを見たときの猫のようにその地点をガン見している。
何事かと思ったアドマイヤリラがつられるように見てみるとそこには、
「…………」
タオルが積まれている売り場があった。
……それもただのタオルではない。
ふわふわのタオルである。
『─────』
その瞬間、姉妹の行動は同時に決まった。
「……ふわふわ」
「はいはいお姉ちゃん、ステイ、ステイ」
姉妹逆転の設定も忘れて、夢遊病患者のように歩き出そうとしたアヤベの後ろ襟を素早くアヤリが掴んだ。
アヤベは右半身はタオル売り場に向けたまま、左半身だけでアヤリの方を振り返る。
「……リラ。離しなさい」
「ダメです。お姉ちゃん、ふわふわ用品ならこないだもクッション買ったばかりでしょ。絶対買わないからねー」
口調は双方ともにいつも通りながらも、その足と腕にはお互いに万力の力が込められ、拮抗しているように思えた。
いつの間にか設定関係なく、本当に姉妹の立場が逆転している。
……もはや今さら言うまでもない世界の公理だと思われるが。
アドマイヤベガは重度のふわふわジャンキーである。それはふわふわ用品を内心で勝手にレビューしてしまう癖があったり、日用品のほとんどをふわふわで埋め尽くしてしまうほど。
……が、そんな姉と十数年付き合ってきたはずのアドマイヤリラは、実はそれほどふわふわ好きではない。
もちろんアヤベからふわふわグッズをプレゼントされれば素直に使うが……別にジャンキーになるほどのめり込んでいるわけではない。ふわふわを前にしようといつも通りに振る舞える。
なので……アドマイヤベガがふわふわ用品に目が眩んで冷静さを失ったとき───二人の立場は設定なしで本当に逆転してしまうのである。
ふわふわを何が何でも手に入れようとする姉と、それを冷静に諌めようとする妹に。
「離しなさいリラ。本当に」
「離した瞬間にお姉ちゃんタオルの元にとっとこハムタロウするでしょうが!」
「……触るだけだから」
「こないだもそう言って、ふわふわ用品売り場の前で一時間ぐらいひたすらふわふわ堪能してた事件忘れたの!? 店員さんに頭下げたの私だからね!? 買わないからね!?」
ぐぎぎぎぎ……と両者一歩も引く様子がない。綱引き状態である。
このままでは埒が明かないし、アヤベの制服も伸びてしまう。どうしたものかと脳を回転させると……ふとアヤリの頭の横で豆電球を開発された。
「いい加減にしなさいよアヤベ……! 『お姉ちゃん』の命令が聞けないの……!?」
「…………!」
アヤベの抵抗が少し弱まったのを確認してアヤリは口角を上げた。
そうだった。今は自分が『姉』なのだ。アヤベより権力を持っているのだった。
今もプラカードを素直にさげてるあたり、なんだかんだでアヤベはその辺律儀である。だからその立場を利用すれば……。
「……わかったわよ」
計画通り。
アヤベは不服そうな顔をしながらも力を急速に弱め……そして止まった。
ホッと息を吐いてアヤリは後ろ襟を掴んでいた手でそのまま額の汗を拭う。
(はぁ……全くアヤベは油断も隙もない……。即興だったけど、上手く行ってよかったぁ~……。最近ゲーセンとかで色々遊んでたから、折半とはいえこれ以上代金が増えると不味いし……ふわふわタオルって無駄に高かったりするし……)
姉妹の部屋と時間と財布の中身の全てを同時に守れた達成感でアヤリは一人頷く。
……だが、そんな達成感に浸っていたせいだろうか。アヤベがなにやらブツブツと呟いていたのを、彼女は聞き逃していた。
「……なるほど。あなたがそんな風に『姉』の立場を使うのなら」
「……ねぇ」
「ん?」
自画自賛の世界へと行っていたアヤリは、アヤベの声で現実へと戻された。いけないいけないと首を振って自画自賛の世界を消す。
改めて視線を向けてみると、声の主であるアドマイヤベガはまたタオル売り場のところを見つめていた。
アヤリはまたかと呆れた顔になる。
「だからダメだってアヤベ。買わないよ? はい、もう必要な分は全部カゴに入れたんだから、早くレジに行きましょー」
そう言ってさっさとレジへ向けて歩き出そうとする。だが、アヤベは一向に歩こうとせず、顎に手を当てて何やら考え込んでいるようだった。
ため息を吐き、アヤリは仕方なく再びアヤベの襟を掴んで引っ張ろうとした。
その時だった。アドマイヤベガがゆっくりと口を開いたのは。
「……お願い。……買ってよ……リラお姉ちゃん」
「はうっ───!?」
───それは、まさに洪水。
スーパーノヴァとでも言うべき衝撃だった。
動かそうとした手と足が静止する。
その言葉は、ウマ耳を通してアヤリの脳へと届き、スパークを起こしながら全身の血中を駆け巡った。
リラお姉ちゃん。リラお姉ちゃん。
その音声だけを切り取ったように、言葉が耳の中で何万回とリピートされる。
脳細胞が一気に乱された。
「お、おおっ、お姉ちゃん?? な、なんなの急にっ、そ、そんな呼び方……!? れ、練習中だってずっと『あなた』で統一してたのにっ、なに急にっ……!?」
「……リラお姉ちゃん、ダメなの?」
「はぅあっ!?」
ドックン、と心臓が鳴った。思わず胸元を押さえる。
大量の、未知の脳内物質が血中に溶けていく。溶けた物質によって気分が高揚する。その高揚に反応して脳が更に物質を生み出し溶かしていく。最悪の永久器官。
こんなの知らない。これまでアドマイヤベガを『姉』と崇めて過ごしていたアドマイヤリラにとっての、生まれて初めての感覚。
身体中に設置されていたサイレンがけたたましい音を立てた。
やばい、これは。
これは、
「お、お姉ちゃんっ……! だめっ、それ……その呼び方っ、禁止っ……!」
「……リラお姉ちゃん。お願い」
「ふぅぅん!?」
骨が通っていないハズの尻尾が真っ直ぐに伸び、背筋をゾクゾクしたものが走る。
そして気がついた頃には───アヤリはあれほど縛っていた言葉の紐をあっさりと緩めていた。
「わ、わかったっ……! 買うっ……か、買いますっ……! だ、だからもうやめてっ……!」
「わかった」
必死に息を整えながらアヤリが絞り出した瞬間にアヤベはケロッとした顔になりふわふわのタオルを掴んだ。
───そしてそのまま二枚、三枚とカゴに入れていく。
「ちょおおおおいちょいちょいちょいっ!? なんで何枚も入れてるのお姉ちゃんっ!?」
「……タオルなんて何枚あっても困らないでしょう?」
「困るよ!? いや厳密には困らないけどっ!! ふわふわタオルって普通のタオルより無駄に高かったりするから、そんなに何枚も入れられるとちょっと……! いくら折半するとはいえ、そんなにお金使わされたら私の財布が中身無しのふわふわに……!!」
「……そう」
アヤリが力説しようとしたのだが……意外にもアヤベはすぐに折れた。さっきまで買い物カゴに入れていたタオルを畳み直して大人しく元の場所に戻していく。
その様子に思わずアヤリの方が面食らってしまった。
「えっ……い、いいの、お姉ちゃん?」
「……確かに、あなたの言うことも一理あるもの……」
「いやっ、まぁ……わ、わかればいいんだよお姉ちゃん……」
「でも……」
「うん?」
「……この内の何枚かは……リラお姉ちゃんに渡そうと思ってたのに」
「ん゛ん゛っ」
細い喉を大量の空気が通ろうとしたため、アヤリは老衰一歩手前のブタみたいな声を出してしまった。
グラリと脳が揺れる。
ダメだ、乗るな、騙されるな。
事態を悟った理性が必死にブレーキをかけようとしたが───
「……ごめんなさい。リラお姉ちゃん」
捨てられた子猫のような目……とまではいかないが、ペットショップでふと目が合って「……飼ってくれないの?」と言っている子猫のような雰囲気をアヤベが発したとき。
アヤリの衝動は理性の全てをぶっち切り、破裂した。
「そんな顔しないでアヤベ!! お姉ちゃんがっ……お姉ちゃんが全部買ってあげるからぁっ!!」
「……いいの?」
「いいに決まってるでしょうが!! ほら何枚!? 何枚欲しいの!?」
「六枚」
「六枚ね!? よぉっしゃ任せなさい!! お姉ちゃんお金結構持ってるんだからっ!!」
「……わかった。代金はちゃんと私が払うし、リラお姉ちゃんも何枚か使っていいから」
「バカおっしゃい!! 私がプレゼントするんだから私が払うし、こんなの全部アヤベだけで使えばいいのよ!! もう~ほんとこのバカ妹は他人のことばっかり気にするんだからぁ~!!」
残像が見えそうなほどの早さでポイポイとタオルを入れていく。ご丁寧に違う色を二色ずつ。
今、アヤリの中では母性本能ならぬ、姉性本能がビッグバンを起こしていた。
そう。
アヤリは『妹』だった故に知らなかった。
兄弟姉妹の間に結ばれている暗黙の了解を。
『姉は妹のワガママを聞かなくてはならない』という……姉としての、一種の本能を。
『ありがとうございました~』
「うわぁ~……財布が空っぽ……骨無しのふわふわだぁ~……」
「……大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよアヤベ。これは名誉の散財だから……アヤベが気にする必要はないよ」
「そう……?」
「む、むしろアヤベが喜んでくれないとこの諭吉たちも使われた甲斐がないからさ……思う存分喜んでやってね」
明日食べる予定だったパフェが幻となり、アヤリは涙を隠しつつ財布をしまう。
一方のアヤベは買ったばかりのふわふわタオルの一枚をさっさく取り出すと、ビニール袋越しに触った。
「ふわふわ……! 星4.6……!」
なにやら謎のレビューをしつつタオルを頬に当てている。
その顔は……とても幸せそうなものであり、まぁ可愛い妹のこの顔が見られたと思えばパフェ以上の価値はあったか、とアヤリは少し笑みを浮かべた。
───そう。
この時はまだ、『笑みを浮かべる』だけで済んでいたのだが。
「……ねぇ」
「ん?どうしたのアヤベ?」
「……買ってくれてありがとう。これ、大事にするから。……リラお姉ちゃん、大好き」
「ん゛ん゛ん゛ん゛っっ」
『まさか姉に対して「綺麗」と思ったことはあれど、姉に萌える日が来るとは思わなかった』と後にアドマイヤリラは語った。
また、『確かにフクキタルさんの占いは当たってたよ……あの日の私にとってのアンラッキーアイテムは間違いなく「妹」だった……ガクッ』とも語っていた。
翌日。
場合によっては数日続けて使う予定だった『今日だけアドマイヤ姉!!』と『今日だけアドマイヤ妹』のプラカードを、アヤリは机の引き出しに厳重に封印した。
なお、アヤベの方はプラカードを外すのにそれなりに抵抗しており、続ける気満々だった。