アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
更新に非常に時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。
リクエストでお題をもらった作品です。
夏。
それは、ジメジメして鬱陶しい梅雨が明け、太陽が本格的に勢力を増してくる時期。
そして、学生にとっては色々と楽しいイベントが目白押しであり、感覚的には一年で最も短く感じる時期である。
そんな夏の幕開けである七月において、覇王世代を始めとするトレセン学園生は、毎年恒例の夏合宿へと来ていた。
そしてそんな彼女たちは今、夏の砂浜にて。
「あ、アヤリさん、頑張ってください~!」
「むー……この目隠し思ったより本格的だけど……ちょ、スイカ全然見えないんだけどー!? どこぉー!?」
「落ち着いてくださいアヤリちゃん! まずは北の方を向いてください!」
「トプロさん? 北……北ってどっち? 目隠ししてるからわかんないよー!」
「え、ええっとぉ、北って言うのは……あれ? どっちが北でしたっけぇ……?」
「はーはっはっはっ! アヤリさんならできる! 心の目で見るんだよ!」
「おおう、その声はオペラオーちゃん? 心の目って言われてもぉ……」
「もっとまともな指示出してあげなさいよ……。……リラ、私の声が聞こえる? 今移動したから、もしわかるなら私の声がした方向を向きなさい」
「ん? くんくん……この匂いはお姉ちゃんっ!? そっちにお姉ちゃんがいるのっ!?」
「……できれば匂いじゃなくて声で判断して欲しかったんだけど。そしてそれで寸分違わず方向がわかるのもそれはそれで嫌なんだけど……」
「そうですその方向ですよアヤリちゃん! そのまま大股で三歩です!」
「三歩……いーちにーさーん!」
「だ、だいぶ近付いてきましたぁ!」
「ドトウちゃんほんと!? しめしめ待たせたなスイカよぉ……!このアヤリかっこ目隠しバージョンかっことじるが真っ二つにしてくれるぅ……!」
「はいはいリラ、茶番はほどほどにして。次は」
「よしアヤリさん! 次はそこでタップダンスをしながら四回転するんだ!」
「ちょっと」
「わかったよオペラオーちゃんっ! タップダンスしながらっ……四回転っ!!」
「なんでできるのよ……」
「いいぞアヤリさん!そのまま遠心力と、これまでの練習で培ったアヤリさんの筋力を乗せてっ、振り下ろすんだっ!!」
「よっしゃあああああああ!! イーーンーーパーークーートーーーッ!!」
数秒後、ズバァン!!という凄まじい音と大量の砂埃が浜辺に起きた。
その後。ナリタトップロードが事前に設置しておいたパラソルの元にて。
「いやーやっぱり夏に食べるスイカは美味しいねー!」
トレセン学園のウマ娘であるアドマイヤベガの妹であるアドマイヤリラこと、アヤリはスイカにかぶりついていた。
夏の日差しにさらされる中でも、一口食べるごとにスイカの果肉はシャリシャリとした食感を伝えてくれて、その度に頬がとろけてしまいそうになる。
「ふふっ、確かに美味しいですね!」
「当然さ! なにせボクたちの指示を頼りに、アヤリさんが割ったものなのだからね!」
「だねー! やっぱり自分で割ったものなら格別に美味しいよー!」
アヤリの隣に座るトップロード、そして対面にいるオペラオーが笑いかける。現在の彼女らはパラソルの元で円形に座り、その中心の皿に割ったスイカと食べ終わったスイカが分けて積まれている形である。
やはり苦労は食事をする上での一番のスパイスということか。スイカの果汁で少し口の端を赤くしたアヤリ、オペラオー、トップロード、ドトウは皆嬉しそうな顔をしている。オペラオーに至ってはいつもの笑い声を上げながら更にスイカに塩を追加していた。
「……よく言うわね」
……が、そんな中で静かに頭を抱えているウマ娘が一人。トップロードとはまた反対側のアヤリの隣に座っているウマ娘である、アヤリの姉のアドマイヤベガだった。
……どうも頭を抱えているのはスイカが冷たいからというわけではなさそうである。
「あれ、お姉ちゃん食べないの ?こんなに美味しいのに。せっかく可愛い妹が割ったものなんだから、ちゃんと味わってよー!」
プップッと種を吐き出しながらぶーたれるアヤリに、アヤベは完全に呆れたような顔をした。
「あのねリラ……あれは『割った』とは言わないのよ。『バラバラにした』って言うのよ……」
そう言いながらアヤベは、手のひらサイズになったスイカの一片と、同じような大きさで積まれたスイカを指し示した。
冒頭のスイカ割り。
オペラオーたちに導かれ、遠心力とウマ娘の筋力を掛け算し、最後に訳のわからない叫びを足し算して放たれたアヤリの一撃はスイカの中心を見事に捉え……そのままスイカを破壊していた。世間一般で想像される『スイカ割り後のスイカ』よりもう二回りほど小さくなるぐらいに。
あの時スイカにかけられた力の式を考慮すれば、一応形が残っているだけでも幸運ではあるのたが。
お陰で、現在覇王世代のウマ娘たちが食べているスイカはほとんどが片手で持てるサイズになっており、一つ一つの形もデコボコで一定していない。もはや『スイカを食べている』というよりは『お団子などをつまんでいる』というような感覚が近い食事である。
「いーじゃんお姉ちゃん~。これもスイカ割りの『アジ』ってヤツじゃないの?」
「なんでも『アジ』って言えばいいと思ってるでしょリラ……。そのせいで全員に均等に分けられないじゃないの、現にトップロードさん小さいのばっかり食べてるし……」
横目でトップロードを見ながらのアヤベの言葉に、当のトップロードが慌てたように首を振る。
「い、いえいえ良いんですよアヤベさん! 私は気にしていませんし!」
「でも……」
「そうだよお姉ちゃん! トップロードさんもそう言ってるんだから大丈夫だって!」
「はーっはっはっはっ! アヤリさんの言う通りだよアヤベさん! この盛り上りの中では、些末な問題さ!」
楽観的に笑いながらのアヤリとオペラオーの言葉に、アヤベは少しカチンときかける。なにせ今の二人は……こう言っておきながらこのスイカ割りにおいては貴重な、両手サイズの大きなスイカをちゃっかり食しているのだ。
さすがに失礼じゃないのか、貴方たちが一番そういうセリフを言う資格はないんじゃないのかと紫色っぽい炎を燃やし始めるアヤベだったが……
「まぁまぁ、アヤベさん」
それは横からどうどうとトップロードに宥められた。
「でも……」と更に続きかけたアヤベだが、トップロードが本当に気にしていなさそうな顔をしていること、そして険悪そうな雰囲気になっていることに慌て始めているドトウの顔を見ると、これ以上怒っても意味はないと矛を収めたようだった。
「私は気にしてませんから! むしろ、アヤリちゃんはこの間アヤベさんとの初めてのG1に出たんですからっ、その分のお祝いも兼ねてです! 味わってください!」
「ホント!? やったー! いいんちょー大好きー!!」
「いえいえ! 私の方こそ、あの時は何もお手伝いできなくて……」
「ふむ、なるほど……そういうことなら、ボクはアヤリさんにこの塩をプレゼントしよう! 役者は多ければ多いほど嬉しいからね! これからボクの舞台で演じてくれるアヤリさんへの、ボクからの餞別さ!」
「オペラオーちゃんまで!? うわーありがとう!」
「……プレゼントするまでもなく、塩は共有物だったと思うのだけれど」
「えっ、あ、ええっと……わ、私は、そのぅ……す、すいません、今渡せるものは思い付きません……」
「いいよドトウちゃん! 気持ちが嬉しいからこういうのは! これからも『後輩』として……そして『ライバル』として、一緒にいてくれたらそれでいいよっ!」
「は、はいっ、それはもう……! アヤリさんが良ければ……!」
「……あ、でもどうしてもドトウちゃんの気が済まないのなら、今ドトウちゃんが食べてるスイカをいくつか私にくれるってことで手打ちにしても」
「欲張らないの」
「あうっ。痛いなぁお姉ちゃん!」
「調子に乗るからよ。……それに、そんなに食べてるとまた体重増えるわよ」
「んんっ……せっ、成長期なんですぅ!筋肉が増えてるだけですぅ!」
いつも通りの姉妹のやり取りに、場には小さく笑いが起きたのだった。
実は、元々今日は合宿初日ということで彼女たちのトレーナーが気を利かせて一日休みにしてくれた日なのである。なれば、こういう日は楽しまない方が損というものだろう。
その後もアヤリたちはしばしの間トレーニングやレースのことから解放され、目一杯遊んだ。
一人を審判役にしてのビーチバレーをしたり、アヤリとオペラオーが合作で砂のお城を作ったり(そして完成間近で波により崩された)、ビーチフラッグで姉妹のガチ勝負が繰り広げられたり、アヤリとオペラオーが一人用の浮き輪に無理やり二人乗りして海に繰り出し仲良く沈んだり、それを助けに行こうとしたドトウが脚をつって沈む二次被害が起きたり、本当に色んなことがあったのだが───ここでは割愛させていただく。
そして、時間は夜になる。
日中は騒がしかったセミも少し静かになり、空にはわし座、はくちょう座、そしてこと座が輝き始めていた。
シャワーで潮と砂を落とし、ジャージに着替え直した彼女らは、近くの夏祭りへと繰り出していた。
「わぁすごい! おっきいお祭りだね!」
隊列の一番前を歩いていたアヤリが元気に声をあげる。二足ほど遅れて足を踏み入れると、他のウマ娘たちも一様に目を輝かせ始めた。
「うわぁ……人がいっぱいですぅ~……!」
「ホントですね! 色んな人が働いててすごくお店があって……えっと……すごく、楽しそうです!」
「はーはっはっはっ! お祭りとはこうでなくては! 夏の思い出を作る場所だからね!」
入口付近にて口々に騒ぎ始める彼女らに、祭りの職員さんたちも反応し始めた。
「ん、今度は『覇王世代』の面々か! こっちどうだー? 焼きそば今出来たとこだぞ!」
「おっトップロード! なんだ、今日来るんだったら言っといてくれよ!」
お店のおっちゃんたちの声にトップロードが「後で行きますね!」などと手を振っている横で……スマホで時間を確認していたアドマイヤベガが声を上げる。
「……どうやら、今から大体四十分ぐらいした後に打ち上げ花火があるみたいね」
「そうなんですね! じゃあ、それまでは自由行動って感じにしましょうか!」
「じ、自由行動ですかぁ? ま、迷子にならないようにしないと……」
「まぁ、会場自体はあまり広くないから、そう走り回らない限りは……」
大丈夫でしょう、とアドマイヤベガが言いかけたとき。
ダダダダ!と地面を蹴る音が聞こえた。
「すいませんおっちゃーん! タコせんべい五個くださいなっ♪」
「おっ!アドマイヤ……リラちゃんの方か! まいどっ!」
「こんな暑いのに元気だなぁ! ほら、こっちにゃにんじん焼きがあるぞ、どうだ!?」
「うわ~ありがと~! じゃあそれもっ! 五個ねっ!」
「あいよ!」
「あの娘は……もう……」
言ってる傍から『走り回っている娘』を見つけ……そしてそれが他ならぬ身内だったことにアヤベは頭痛がしたように額を押さえた。
「まぁまぁ……元気があるのは良いことですよ」
「日中あんなに遊んで溺れもしたのに……どこにあれだけのスタミナがあるのよ……」
苦笑い混じりのトップロードのフォローを受けながら、アヤベたちは「皆早くー!おっちゃんがオマケもくれたよー!」と騒ぐアヤリの元へと急いだのだった。
「ねねっ、お姉ちゃんほら見てっ!
「リラ。子供じゃないんだからそういうことはやめなさい」
数十分後。
意気揚々と夏祭りを楽しんでいたアドマイヤ姉妹は、一旦ベンチで体を休めていた。手元にあるのは先ほど買ったかき氷。姉妹共にブルーハワイ味である。
それを二人揃って食べながら、いつものじゃれ合いにも似たやり取りをしていた。
「ねぇお姉ちゃん、前から思ってたんだけど『ブルーハワイ』って具体的にどういう味なんだろうね?」
「頼んでから言うものじゃないでしょ……」
「それを知りたくて私はかき氷はずっとブルーハワイ味を食べるようにしてるけど……相変わらずどう定義すれば良いのかわかんないねぇ。よしんば定義があったんだとしても、なんで『ブルーハワイ』なんだろ」
「……別に深い意味はないと思うわよ。どのみちかき氷のシロップなんて全部同じ味だって言うし」
「うへぇお姉ちゃん夢壊すこと言わないでよ~! お姉ちゃんよく空気読めないって言われない?」
「あなたにだけは言われたくないわねそれ……」
「なにおう……ってあぁ~!きたっ……キーンときた~……!」
話す口はそのままにかき氷を同じペースで食べていく二人。
ちなみに最初の話し合いによって、彼女たちは『他の人の通行の邪魔になるし、なにより自分たちはそれぞれリズムや好みも違いすぎるから』という理由で固まらず、かといって距離は離れすぎず『輪』は保ったまま、その輪の中で各自自由行動というスタンスを取っていた。
現にアドマイヤ姉妹は二人で行動しているし、別の店の近くでは、『スイカを分けてもらった分のお礼』としてアヤリから焼きそばのパックを余分にもらったトップロードが店の人たちと談笑している。
右手側に見える金魚すくいの店では、ポイをいくつも破って半泣きになっているドトウと、逆に水をはじいているのではと錯覚するほどのポイ捌きを見せているオペラオーがいた。
皆、楽しそうである。
「えへへ……お祭り来て良かったね! お姉ちゃん!」
「……まぁ、リラが楽しいなら良いけど」
そう話したあたりで、いつの間にか二人同時にかき氷を食べ終えていた。その様にアヤリがなんとなく笑顔になり、アヤベも何よ、と困ったような表情を見せながらも、やはりなんとなく嬉しそうにしていた。
「さて。次はどうする? お姉ちゃん」
「……食べ物はもういいわね。晩ご飯もあってお腹いっぱいだし。……これ以上はリラも太るし」
「っ……だ、だからっ、あれは育ち盛りなだけで───」
「……ん」
日頃世話を焼かされてる分のささやかな仕返しとして言い、いつものアヤリの言い訳をバ耳東風として聞き流そうとしていた時……ふと、アヤベの視界にある店が入った。
今自分の体に起きている第三次成長期について熱く語ろうとしていたアヤリも、姉の様子に気づいたのかその視線を追ってみる。
瞬間、彼女の瞳はパァッと見開かれた。
「うわっ、射的屋だ! お姉ちゃんっ、私射的やりたい!」
耳と足をピコピコピョンピョンと動かして、アヤリはベンチからワンテンポで立ち上がった。
あまりの食いつきっぷりにアヤベは怪訝そうに言う。
「射的って……リラ、できたっけ?」
「できない!」
「そんな自信満々に言うことじゃないでしょ……」
「でも久しぶりだしやってみたいっ! ほら行こうよお姉ちゃん!」
「はいはい……」
こうなったアヤリには何を言っても無駄なので、アヤベは空になったかき氷のカップを捨てながら大人しく引っ張られていく。
相変わらずの天真爛漫。子犬みたいに、常に目の前の興味があることに全力投球の騒がしいウマ娘だ。
……まぁそんなところが妹の欠点にして、そして最大の魅力であるのだとアヤベは思っているのだが。
妹に手を引かれるままに射的屋の前までやって来る。トレセン近くの商店街の関係者なのか、店主らしきおっちゃんはそれまで談笑しているナリタトップロードを微笑ましそうに眺めていたが、姉妹が近づいているのに気づくと接客モードに戻った。
「おっちゃーん! 射的やらせてー!」
「はーいお客さん。ウチは一回……ってうおっ!? 誰かと思ったら、『期待の
「えっへへ~♪ でしょでしょ~!」
「……リラ。熱いからあんまりくっつかないで」
仲良しアピールのためか過剰にくっついてきたアヤリをアヤベはあまり力を入れず押し返す。
「こないだのG1レース、おっちゃんも現地で見させてもらったよ! 二人ともすごく良いレースしてたな! こっちまで感動しちまったよ!」
「ホント!? よかったぁ~!」
「……ありがとうございます」
「っと悪い。話が逸れちまったな。射的やってくか?」
柔らかな笑みを浮かべながらおっちゃんが渡してきたコルク銃を、アヤリは嬉々として受け取った。
「やってく!ほらお姉ちゃん! 銃二丁あるみたいだからさっ、一緒にやろうよ!」
「いいわよ。私は別にやりたいわけじゃないし……あなたがやってるのを後ろから見てるだけで充分」
「えー!? お姉ちゃんノリ悪い~!」
「いいから……」
「ちぇっ。じゃあ仕方ない……ここは私がお姉ちゃんの遺志を継いで二丁拳銃で」
「バカなことやってないで普通に撃ちなさい。あと別に死んでないから」
ほどほどに言い合ったところでアヤリは銃を構え始める。
「ウチは一回につき三発な。ニンゲンならここからだけど、ウマ娘はそこからね。ウマ娘の方が視力が良いから、その分のハンデだ」
おっちゃんの声に従い、アヤリはウマ娘用の位置へと移動した。
(さぁて、何が良いかな~♪)
そうして、そこでようやく
ゆらゆらと動いていた瞳が、ある一点で止まり……同時に見開かれた。
何故ならそこにあったのは……
「あ! あれっ、お姉ちゃんのぱかプチじゃん!」
アヤリのその叫びで、アヤベも今気づいたような顔をし、おっちゃんは「気づいちまったか」という顔をした。
景品棚の二段目……お菓子の箱や熊のぬいぐるみが並ぶ中、そこにはアドマイヤベガのぱかプチが置かれていたのだ。
しかもトレセン制服の夏服バージョン。それは、これまで姉に関するあらゆるグッズや雑誌を『お姉ちゃんコレクション』として収集し、姉のぱかプチを勝負服バージョンからビッグサイズまで欠かさず入手していたアヤリが、唯一手に入れられていなかったものだったのだ。
思わぬ『大物』の発見に、アヤリの気合いは否が応でも高まるものである。
「おっ。あれを狙う気かい?」
「もちろん……! まさかこんなところで出会えるなんて、なんという僥倖……! 一つだけだから保存用に回して布教用を揃えられないのが残念だけど……とにかく絶対に手に入れないとぉ……!」
普段はしいたけや手裏剣が光ることの多い目には炎を纏わせ、銃口にコルク玉を力強く詰める。
ちなみにアヤベのぱかプチの隣には他ならぬアドマイヤリラ自身のぱかプチもあったのだが、今のアヤリには文字通り眼中に無いようだった。
そしてアヤベはというと、あの机の中にギッチギチに詰め込まれている『お姉ちゃんコレクション』がまた増えるのかと辟易としていた。ついでに「この娘『僥倖』って言葉知ってんだ」と若干失礼なことも思っていた。
「そーれ一発目ぇ!」
そのあたりの色々な思惑を全て振り切るように、アヤリは叫び声と共に引き金を引いた。
が、放たれたコルク玉は大気の壁に阻まれてアヤベのぱかプチの中心部を外れ、肩の部分を微かに掠っただけだった。失敗である。
「ぬうっ……二発目ぇ!」
間髪入れずに引き金を引く。
茶色の弾が空気を切り裂き茶色い軌跡を残していく。……だが、今度は完全に明後日の方向へと飛んでいき、代わりというようにお菓子の箱へと当たり少し揺れた。
ものの数秒で後がなくなり、アヤリのコメカミに汗が浮かぶ。
「ぐぬぬ……しゃ、射的は三発目からが本番なんだからぁ!」
最後のコルク玉。
……それはアヤリの執念故か、ようやくアヤベのぱかプチの中心部を真正面から捉えた。こんな例えもどうだが、シューティングゲームなら一発キルがもらえただろう。
一同が思わず空気を呑んだが……しかし哀れと言うべきか、アヤベのぱかプチはやや後ろに行っただけで、台からは倒れなかった。
「そ、そんなぁ……!」
「……全然ダメじゃないのよリラ」
「うう……最後はちゃんと当てたのにぃ……! あのぱかプチ、お姉ちゃんの体幹が強いとこまで再現されてるぅ……! お姉ちゃんが倒せないよー! お姉ちゃんが欲しいのにー! お姉ちゃんを撫で回したいのにーっ!」
「誤解を招きそうだからそういうこと言わないで」
『惜しい』のレベルですらない失敗に、アヤリは完全に一昔前の『orz』の状態(コルク銃は丁寧に地面に置いた)で項垂れていた。
……なんだか、彼女の周囲にだけ雨が降っているような幻覚が見える。ほっといたら真っ白になってしまいそうだ。
「……まぁ嬢ちゃん、元気出しなって。なんなら今は客もいないしもっかい───」
さすがに可愛そうに思えたのか、本来は景品を取られたら困る側のおっちゃんが声をかけようとする。だが、その前にリラが動いた。
「ねぇお姉ちゃん、仇取ってよー!」
「はぁ?」
唐突な妹の懇願にアヤベは目を丸くした。
「だから、私は別にいいって」
「でもでも、このまんまじゃ引き下がれないもん!」
「……なんで私が」
「私よりもお姉ちゃんの方が射的上手いかなって……お願いっ! お金も私が払うからぁ!」
完全に根拠の無い頼み事だった。。……『仇を取る』もなにも、さっきの射的の失敗は半分ぐらいアヤリが自爆していったのだし。
なにより、アヤベも特別射的が上手いというわけではない。だから託されても困る
そう思ってアヤベは断ろうとしたのだが、
「おっ、次はお姉さんの方がやるのかい?」
面白いことになったと思ったのか、おっちゃんがワクワクした様子で二丁目のコルク銃を持ってくる。
「いえ、私は───」
「お姉ちゃあん……」
早急に辞退しようとしたアヤベだったが……足元から捨てられた子犬のような声が上がった。目線を下げると、瞳を潤ませたアヤリが見上げてきて、喉が詰まる。
急速に罪悪感が心に生えてくる。……妹にこういった目で見つめられると、アヤベはどうにも弱い。
「……わかったわよ」
ため息を吐きながら、渋々アヤベは銃を受け取り参加を了承した。
すると、さっきまでの弱々しさはどこへやら。アヤリは「やったー!」と叫びながら一気に跳び跳ね始めた。……そのこともアヤベの呆れを加速させる。
……まぁ何はともあれ、妹から託されてしまったものは仕方ない。姉として、しっかり応える義務がある。
「……念のため聞くけど、狙うのはあのぱかプチで良いのよね?」
「うん! バシっといっちゃってねお姉ちゃん!」
「……自分のぱかプチを撃つのってかなり複雑なんだけど……」
銃口に三発きりのコルク玉を詰め、呼吸を浅めにして構える。その光景は妙に絵になっており、さながら敵兵の冷徹なスナイパーのようにも思えた。
「し、慎重にねお姉ちゃん……あのぱかプチかなり頑丈だから……!」
「……大丈夫。昔本で読んだものだけど……射的には少しコツがあるのよ」
「えっそうなの?」
「……リラは狙いが大雑把すぎるのよ」
そう言いながら、アヤベは一発目のコルク玉を撃った。
放たれたコルク玉はぱかプチの中心……ではなく、上の方の耳の付け根辺りに着弾した。あまり芯が通ってない柔い部分を強く押された形になるぱかプチは、かなり後ろへと下がった。
「おおっ」と後ろでアヤリが、前でおっちゃんか驚くのを尻目に、そのまま同じ箇所に……アヤベは冷静に二発目を撃ち込んだ。
全体の右側ばかりを押されたぱかプチはそのまま台から足を離し……さっきまでのアヤリの奮闘が嘘のように、あっさりと落ちていった。
「うわー! お姉ちゃんすごーい!!」
「おっ、やったな! んじゃこれは景品だ!」
落ちたぱかプチの砂を払うと、おっちゃんは朗かに笑いながらぱかプチをアヤリに手渡した。
……一応、射的は場所によっては『前側に落ちなきゃダメ』とか後からルールを課せられるというのが懸念事項だったが……ここは大丈夫なようだ。……まぁ、おっちゃんの性格上無いとは思ったが。
ともかく、こうしてアヤベの夏服バージョンのぱかプチは無事にアヤリの手元へと渡った。
無事に妹からの期待を満たせたことに、アヤベは仄かな達成感と共にコルク銃を下ろした。そうして視界が広がると、笑顔のままこちらを見つめるアヤリが見える。
「えへへっ……! やったーっ! お姉ちゃん大好きっ!!」
「……随分と安い『大好き』ね」
小銭とぱかプチで貰えるのだからコスパが良いなんてレベルじゃない。
そう呆れそうになるが、自分のぱかプチを抱き締めて頬擦りまでしているアヤリを見ると……不思議とどうでも良くなってしまった。
姉の不満なんて、妹の笑顔を見れば大体霧散してしまうのだ。
「よーしっ! 寮に帰ったらお前も『お姉ちゃんコレクション』にちゃんと加えてあげるからねっ!これっ、オペラオーちゃんやトップロードさんにも自慢してこよっと!」
「ちょっと。それはさすがに恥ずかしいんだけど……」
「あぁ、嬢ちゃん!」
コルク銃を返してアヤリを追いかけようとしたアヤベだったが……その背中におっちゃんが声をかけた。
「はい?」
「まだ一発残ってる。せっかくなら撃ちきっていきなって」
言いながら、返却したコルク銃を再び渡される。
「いえ……私はリラのために撃っただけなので」
「んー……でも、こっちも商売だからなぁ。お金を払ったからには、ちゃんと三発撃っていただかんと」
妙に律儀な人だな、とアドマイヤベガは思った。つい、自分のトレーナーであるあの変な人を連想してしまう。
まぁ、彼なりに何かしらポリシーがあるところなのだろう。自分もどちらかというとそういうポリシーを大事にするタイプなので……仕方なく、アヤベは銃を構え直した。
おっちゃんがうんうと頷いたのを確認してから、アヤベはコルク銃越しに視線を向ける。
(何を狙うか……。どうせチャンスは一度きりだけど……)
一度きりな一方で、せっかくのチャンスなのだ。どうせなら、何かしら倒してみたい。
オペラオーやドトウの声が後ろで響く中で、アヤベはもう一度だけ景品の列を見つめ直した。
……見つめ直した、はずだったのだが。
何故か彼女の視線は、とある景品の前で固定されてしまった。離そうとしても、どうしてもその景品に吸い寄せられてしまう。
……バカらしいと思う。
一発きりで倒せるようなものとは思えないし……なにより、さっきそれを狙おうとしたリラに呆れたばかりなのに。
それでも……景品全体を見渡しても、『欲しい』と思えるものは、それしかなかった。
(……私も、人のことは言えないか)
諦めたように思ってから、アドマイヤベガはゆっくりと引き金を引いた。
「あっ、お姉ちゃんやっと来たー!」
「まったく、遅いじゃないかアヤベさん!もう舞台が始まってしまうよ!」
いつの間にか、時間はかなり過ぎていたらしい。
予め指定していた、祭り会場から少し離れた見晴らしの良い広場へ向かうと、既に覇王世代のウマ娘たちは集まっていた。
「まったくぅ、お姉ちゃんなにやってたの?」
「……別に。ちょっと色々あったのよ」
「ふーん……? まぁいいや。ほらっ、お姉ちゃん隣に来てっ!」
「はーっはっはっはっ! 共に花火を見ようじゃないか!」
言われるがままにアヤベはアヤリの右隣へと来て……そして左隣にオペラオーが来た。しかしオペラオーが隣にやって来たことにアヤベは一気に顔をしかめ、アヤリと位置を交代しようとしたが……それはそれで可愛い妹の隣にふざけた覇王が位置することになるのでどうしたものかと頭を抱える。
その三人の列の一歩後方では、なにやらトップロードがドトウを介抱していた。
「大丈夫ですかドトウちゃん? まだ水飲みます?」
「い、いえ、もう大丈夫ですぅ……ごめんなさいごめんなさい……たこ焼きを食べた拍子に舌を火傷してしまうなんて……皆さんに迷惑をかけてしまってぇ……」
「別にいいんですよ! そんなの皆一度はやったことあるんですから!」
「でもぉ……」
「皆気にしてませんって!」
「……そうよドトウ。誰もあなたを責めるつもりはないし、もう大丈夫そうなら早く花火を見ましょう」
二人の会話に密かに耳を立てていたアヤベが、これ幸いとドトウを引っ張って自分とオペラオーの間に嵌め込む。
「わぷっ」と物のように引っ張られるドトウにオペラオーは「やれやれ」と笑いトップロードも苦笑いしながらアドマイヤリラの隣へと移動した。
「もう花火始まるのでしょうかぁ~?」
「あと二分くらいした後のようだね! 職員の人たちも特に気合いを入れているそうだから楽しみだよ!」
「明日からトレーニングですからっ! 綺麗な花火を見て英気を養いましょう!」
「うへぇトップロードさん、今トレーニングのこと言わないでよぉ~……! せっかく忘れかけてたのに……」
「……忘れちゃダメでしょ。元々私たちはいつもよりレベルの高いトレーニングをするためにここに来てるのよ」
「はぁ~明日からまた早起きかぁ~……」
「目覚ましかけなきゃですねぇ~……あ、電池も切れないように確認しとかないと……」
「はーっはっはっはっ! 大丈夫さドトウ!君が起きていなければ、ボクが目覚めの歌を一曲歌ってあげるからね!」
「えっオペラオーちゃんの目覚めの歌!?それ私も聞きたーい!」
話しながらも、アヤリはさっき射的で取ってもらったばかりのアドマイヤベガのぱかプチを胸の前に持ってくると、腕を自分で動かしたりして遊んでいた。どうやら、『彼女』にも花火を見せてやるつもりらしい。
それを横目で見ていると……不意にアドマイヤベガも、自身のスカートのポケットへと意識が向かった。
そこに入っている……どういうわけか一発で取れてしまった、アドマイヤリラの夏服バージョンのぱかプチへと。
「? お姉ちゃん、どうしたの?」
「いえ……なんでも」
これは彼女に知られてはならない。
知られたら、絶対めんどくさい笑顔を浮かべて、めんどくさい絡みをされる。
再び、潰さない程度にはみ出さない程度にぱかプチをポケットに押し込んでから、アヤベは星が輝く夜空を見上げた。
数分後、そこには色とりどりの花が咲いた。
彼女たちの夏は、まだまだ続く。