アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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色々と詰め込んだ結果いつもと比べて長めの話になってしまいました。申し訳ありません。


アドマイヤ姉妹のヒミツ①
・実は、常にお互いにお互いのことを気遣っているが、恋愛関連においてのみ『それとこれとは別』となる。


アドマイヤ姉妹のヒミツ②
・実は、お互いにトレーナーのことを意識し始めたのは大体同じ時期である。





姉妹の温泉旅行

 

 突然だが。

 トレセン近くの商店街では年に数回、とある福引が行われている。

 その福引のメインターゲットはウマ娘とトレーナーらしく、景品にはニンジンの類いが並んでいる。その中でも、一番上である特賞にはなんと『温泉旅行券』が置かれており、まさに特賞に相応しい別格の景品となっている。

 この温泉旅行券で行ける旅館、通称『日酔(びよい)温泉』と呼ばれる旅館は、実はウマ娘の間ではそこそこ有名である。曰く、この温泉に行ったトレーナーとウマ娘はより親密な仲になることができる……らしい。

 自費で行くのはダメ。あくまで『温泉旅行券を使って行く』でなければ効果がないのだとか。

 ……チョコレート会社ならぬ商店街と旅館の陰謀としか思えない眉唾の噂だが……このテの噂には存分に食いつくのが年頃の少女というものである。更に噂の信憑性自体も意外とバカにならないらしい(個人調べ)ので、この福引で温泉旅行券を当ててやろうと虎視眈々と意気込むウマ娘は少なくないのだ。

 

 ……そんな中で、なんの因果というか。

 

 

「うへー……でっかいなぁ……」

 

「……本当にね」

 

 

 今回その温泉旅行券を当てた選ばれたウマ娘とトレーナーのペアこと、アドマイヤベガとアヤベTは件の日酔温泉へとやってきていた。

 

 それも二人っきりで──────ではなく。

 

 

「トレーナーさーん! お姉ちゃーん! 早く行こうよーっ!」

 

 

 ───アドマイヤリラを添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは一週間ほど前に遡る。

 その日は……というかその週は、全体的になんとなく肌寒かった。

 特にこれといった現象があったわけではない。地球の気紛れというか、たまたまそういう期間だったのだ。そうして、いつもより少し厚めに服を着込んでいた日のこと。

 

 

「……トレーナー。あのこと、覚えてる?」

 

 

 トレーニングも終わった放課後。体操着からトレセンの制服に着替えてトレーナー室にやってきたアドマイヤベガがそう言ってきたのだ。

 出し抜けな台詞にトレーナーは目をパチクリとさせる。

 

「えっと……あ、あのこと……って?」

 

『あのこと』がどのことを指すのか、全く予測できなかった。また自分が知らないところで何かやらかしてしまっていたのかと思わず身構えてしまう。

 

「……あれよ。ほら、数ヵ月前の……あの……」

 

「数ヵ月前……?」

 

「…………」

 

 どうもアヤベは自分から言うのではなくトレーナーに察して欲しかったらしい。

 珍しく視線を泳がせながらアレなどと言っていたが……彼がダチョウのようにさっぱりわかってなさそうな顔をしているのを見ると、諦めたようにため息を吐いた。

 

「……半年ぐらい前の福引であなたと当てた、温泉旅行券のことよ」

 

「温泉……?……あーはいはい! あれのことね!」

 

 言及されたことで記憶のタグが反応した。

 確かに彼は半年ぐらい前に愛バであるアドマイヤベガと共に商店街へ買い物に行き(アドマイヤリラはマヤノ達との『LOVEだっちシーズン5の4話最高でしたねの会』で忙しいらしい)、そこの福引で見事に温泉旅行券を当てていた。

 とはいっても当時はレースやらで予定が詰まっていて暇がなかったので、二人で相談して一先ずトレーナーが預かるという形になっていたのだが。

 アヤベが言っているのはその温泉旅行券のことらしい。

 

「んで……それがどうしたの?」

 

「……あの券、まだ持ってる?」

 

「持ってるけど……」

 

「あれ、そろそろ期限が切れるんじゃないの?」

 

「えっ」

 

 思考が一瞬飛ぶ。作業をしていた手を慌てて引き出しへと移動させた。半年前と全く同じ形で保管されていた旅行券を取り出して書かれている有効期限を確認してみる。

 してみると、確かに有効期限は二週間後にまで迫っていた。

 

「うわホントだ……。完全に忘れてた」

 

「…………」

 

 危なかったよ、と半年ぶりに旅行券を見て苦笑いするトレーナー。

 その様を視界に捉えながら、アドマイヤベガは数瞬だけ目を伏せると……場を仕切り直すように何度か咳払いをした。

 

「……それで、物は相談なのだけれど」

 

「ん?」

 

「……今週の土日を使って行かないかしら? 日酔温泉に」

 

「えっ」

 

 再び思考が飛んだ。

 意外だったのだ。まさかアヤベからそのような提案をしてくるとは思っていなかったから。

 するとそんなトレーナーの思考を読んだのか、アヤベは片手を腰に当てて不満そうにも呆れたようにも見えるような表情をする。

 

「……別に、使わずに終わるぐらいなら私は使うわよ。もったいないし。……それに、来週の月曜日は祝日で休みだから、今週の土曜日からの休みは三連休になるわけでしょう?それなら余裕をもって温泉旅行に行けると思うわ」

 

「……確かに、それもそうだね……」

 

 使わずに終わるなら、の部分は特に共感できた。顎に手を当ててトレーナーは旅行券と睨めっこする。

 どのみち今週の休みは愛バのレースも落ち着いてきてトレーナーは何も用事がなかったので、この三連休はひたすら家に籠ってゲームでもしようかと思っていたのだが……。

 ちょうど今週は肌寒かったし、温泉旅行にはちょうど良い時期かもしれない。アドマイヤベガのリフレッシュにもなるし……トレーナーにとっても家でゲーム画面を見ている休日よりかはよほど健全な気もする。

 ……何より、どんな形であれあのアヤベさんと一緒に温泉旅行にいけるなら、悪い気はしないに決まっている。

 そんなこともあって、トレーナーは頷いた。

 

 

「じゃあそうしよっか。今週の土曜日、僕とアヤベさんとで温泉───」

 

「ちょおおおおっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 その瞬間、空間を切り裂くように一つの声が割り込んできた。トレーナーは三センチほど飛び上がり、アヤベさんは大きなウマ耳をビクッと反応させる。

 そのまま二人で音がした方……トレーナー室の入り口の方を見てみると、そこには

 

 

「……リラ?」

 

 

 いつの間にやらアドマイヤベガの妹であるアドマイヤリラが仁王立ちをしていた。

 今日も耳カバーぐらいでしか見分けられない姉にそっくりな顔が綺麗である……のだが、どういうわけか今は目は普段よりツリ目になっており、頬はぷくぅとハリセンボンのように膨らんでおり識別は容易だった。

 

 

「えっと……あ、アヤリ? どうしたの?」

 

「どーしたもこーしたもないよトレーナーさん! 私を除け者にして二人で密会、それも駆け落ちの準備をしてたなんて!!」

 

「駆け落ちて」

 

 

 なぜその発想になる、とトレーナーは頬を掻く。……その間にアヤリがアヤベの方を睨み、アヤベが目を逸らすという一幕があったのだが彼は気づいていないようだった。

 

 

「練習終わりに何か胸騒ぎがすると思ったら……私の第六感も捨てたものじゃないよ……! とにかくっ、温泉旅行券ってなに!? 私そんなの聞いてないんだけど!?」

 

「えっ、まぁ……言ってなかったし……。ほら、当時はレースとかで忙しかったから、言う暇無くて……」

 

「レースもフリルもなーい! しかもこの旅行券って、あの日酔温泉のじゃん!」

 

「そうだけど……よく知ってるねアヤリ」

 

「知ってるよそりゃあ……!……まさか、私が不在のときによりにもよってお姉ちゃんが当てるなんて……!」

 

 なにやらぐぎぎ、と震えるアヤリ。手元にハンカチがあればそのまま噛み締めてそうである。

 ……そして何故か未だに彼女の姉であるアドマイヤベガは無言で目を逸らしたままだ。

 そのことを疑問に思っていると、不意に「トレーナーさん!」とアヤリが顔を近づけてきた。

 

「なっ……なに?」

 

「……行きたい」

 

「え?」

 

「私も行きたい! 温泉旅行!」

 

『えぇ??』

 

 今回のはさすがにトレーナーだけでなくアヤベも声を上げた。

 

「行くって……いや、旅行券二枚しかないし……」

 

「隠れれば大丈夫だもん! ほら、トレーナーさんが大きめのバッグ持っていって、私がエスパ○伊藤みたいにその中に潜めば……!」

 

「無理でしょ……。重いし、三人でいるとこ見られたらアウトだよ」

 

「じゃあ向こうでお姉ちゃんから分離したってことにすればいいよ! あのっ、こう……無性生殖的なアレで、魔神ブ○みたいに不慮の事故で分裂したって言い張ればっ!ほら私たち見た目はそっくりだしいけるって……!」

 

「それでいけたら私が嫌なんだけど……私をびっくり人間にしないでよ」

 

 心なしか普段よりアヤベのジト目が冷たいものになっている。さすがにアヤリも後者の案は無理があると思っていたのか押し黙り……そのまま大きな瞳をふるふると揺らし始める。

 

「うう……行きたい行きたい! 私も行きたいー! なんでお姉ちゃんとトレーナーさんが二人で日酔温泉に行くのを指咥えて見てなきゃなのーっ!!」

 

「……仕方ないでしょ。あなたは福引のときついてこなかったんだから。……一緒に来てたら、じゃんけん勝負に持ち込めたかもしれなかったのに」

 

「ぐぎぎ……!……お姉ちゃんのケチ! 悪魔! 星屑!」

 

「どうとでも言いなさい。……悪いけど、『コレ』だけはあなたにも……いえ、あなただからこそ、譲れないから」

 

「うぐぐ……」

 

「あ、あのー……」

 

 まさに一触即発、竜虎相搏の空気になりだした二人をなんとかしようと、トレーナーは勇気を振り絞り手を上げた。

 

 

「あ、あれだったら、僕の旅行券を譲るから二人で行ってくるっていうのは」

 

『それだけはないから』

 

「アッハイ」

 

 

 そして一瞬で撃沈した。

「なんでだ……? 姉妹水入らずで行ったら嬉しいんじゃないのか……?」と落ち込むトレーナーだったが……しかしこの横槍によってある程度頭が冷えたのか、アヤリは軽く深呼吸してから顔を上げた。

 

「……わかったよお姉ちゃん。このままじゃ埒が明かない。結局それの所有権はお姉ちゃんなわけだしね」

 

「……やっと納得したのかしら?」

 

「うん、納得はしたよ。ただそれなら……私にも考えがあるからっ!」

 

 

 そう言うが早いか。

 次の瞬間、どひゅん!という効果音が出そうなほどの速さでアヤリは地面を蹴りトレーナー室から出ていった。そのまま足音を響かせ……どこかへ去ってしまう。

 その様に、アヤベとトレーナーは顔を見合わせポカンとしていたのだった。

 

 

 そしてそれから、約一時間後のことだった。

 

 

 

「ようしトレーナーさんにお姉ちゃんっ! やったよ! これで私も温泉旅行に行けるよねっ!!」

 

 

 

 商店街で買ったらしき商品が入っている紙袋と……今月分の福引の特賞である温泉旅行券を持ったアドマイヤリラがトレーナー室に戻ってきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー本当にラッキーだったよー。場合によっては何回でも福引券を手に入れてリセマラする気だったけど、まさか一回目で温泉旅行券が出てきてくれるなんてね♪」

 

 

 旅館での受付を終えて自分達の部屋へ向かう途中で、右隣にいるアドマイヤリラがにぱっと笑った。……ちなみにアドマイヤベガは左隣におり、トレーナーを真ん中にして両サイドを姉妹でサンドイッチしている形である。

 

「……ガチャガチャじゃないんだから、福引を一人で何回も引くのはやめなさい。……一回目で出てきたから良かったけど……どんな豪運よ」

 

 称賛を通り過ぎて呆れになったような感情で言うアドマイヤベガ。……『良かった』と言う割に、そして妹と一緒に温泉旅行に来れたはずなのに表情があまり晴れやかでないのは何故だろうか?

 対して出発ギリギリで滑り込めた形になったアドマイヤリラは相当に嬉しいらしく、旅館への道中の頃からずっとニコニコとしていた。

 

「むっふん! ま、日頃の行いってヤツかな~? こないだフクさんに占ってもらった時も運勢は『最高の一歩手前』って言ってもらってたし♪」

 

「……それで結局、三人で行くことになるのね……」

 

 ……この場合、噂の効果はあるのかしら、とボソリとアヤベは言おうとしたが、それはアヤリの台詞に遮られた。

 

「まぁいいじゃん!……トレーナーさんとはもちろんだけど、私はお姉ちゃんと温泉に行けたのも嬉しいし。ホントだよ?」

 

「そ、そうそう」

 

 アヤリの言葉にトレーナーはここぞとばかりに乗っかった。ここに来てからアヤベがずっと嬉しさ三割ガッカリ七割みたいな顔をしていたのがずっと気になっていたのだ。

 

「結局皆で行くのが一番楽しかったりするしさ、今日はなにも考えずレースのこととか全部忘れて、ゆっくり休んでリラックスしよう? せっかく日酔温泉まで来たんだし!」

 

「………」

 

 その言葉に、アヤベは片目だけでトレーナーを見て、その後アヤリにも視線を移すと、やがて

 

「……確かに、そうね。私もリラと来れたこと自体は嬉しいし……楽しいし」

 

 観念したように彼女は息を吐いた。ようやくジト目を解いたアヤベの言葉を聞いてトレーナーはホッと胸を撫で下ろした。

 どうやらここに来てから何やらよくわからない方向に(ねじ)れていた彼女の機嫌もようやく元に戻ったらしい。

 

「ようしっ! そうと決まれば早く部屋に行って、早く温泉に行くよ~! どっちも私が一番乗りなんだからねっ!」

 

「リラ、廊下を走らないの。床がギシギシいってるから」

 

 ワイワイと騒いでいく二人に苦笑いしながら、トレーナーも後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。良いお湯だった」

 

 

『男湯』と書かれた暖簾(のれん)をめくりながらトレーナーは大浴場の外に出る。福引の特賞でいけるような場所というだけあってか、温泉も一流だった。

 ……日頃からアヤリに振り回された分や『期待の二つ星(ジェミニ)』を担当していることによるプレッシャーが知らず知らずの内に溜まっていたのか、湯船に浸かった瞬間にオッサンのような声が(まだ『ような』と言っていい歳のはず……である)出てしまった。

 体にあった『疲労』というものが形になって外にこし出されたような気さえする。もしもレビューサイトがあれば文句無しに☆5をつけておこう。

 

「……さて、あの二人は」

 

 湯船の匂いが染み付いているような場所であたりを見渡す。

 風呂場は男湯と女湯で分けられていたが、さほど壁は厚くないらしく隣にいる姉妹の会話はほぼ筒抜けだった。なので二人が自分より一足早く湯船をあがったのもわかっていたのだ。

 ……ちなみにだが、トレーナーも一応男であるので、隣から常に

 

 

『わぁーすごいよお姉ちゃん! 広いよっ! 泳げるよここっ!』

 

『リラっ。あんまり騒がないの。他に人がいたら……』

 

『いないからだいじょーぶだって! あはははっ! 体洗い終わったら一緒に泳ごうよっ!ばしゃばしゃーって!』

 

『子供じゃないんだから……早く体洗うわよ』

 

『あっ背中流すよお姉ちゃん♪ ほらタオル貸してっ!』

 

『ちょっと、自分のですればいいじゃないのっ』

 

『いいじゃんいいじゃーん♪』

 

 

 という風な会話が聞こえてくるというのは非常に心臓に悪かった。そのあたりの滅却の意も込めて(入ってるのは風呂だが)長湯することにしていたのだが……。

 そんなことを思いながら探していると、牛乳が売られている自販機のあたりで件の姉妹が立っているのを見つけた。

 入浴後故か二人とも頬がほんのりと上気しており、結んでいた髪も下ろしていた。部屋についていた浴衣を着ていて、どちらもよく似合っている。

 

「うぐぐぅ……!」

 

「諦めなさいよ、リラ」

 

「うー……お姉ちゃんだけずるいよー! 私も牛乳が欲しいよー……!」

 

「ずるくないわよ。あなたが財布を部屋に忘れたのが悪いんでしょ。今から取りにいってくればいいじゃないの」

 

「な、何を言うかぁ! お風呂上がりホヤホヤのホカホカ状態に飲むのが一番美味しいのにぃ……! 取りに行ってる間に湯冷めしちゃうよー……」

 

「私は何度も『財布持った?』って言ったのに……ちゃんと確認しないからでしょ」

 

「うう……お姉ちゃあん……」

 

「……はぁ。……半分こね」

 

「っ、やったーありがとう! お姉ちゃん大好き! お金も後で返すからっ!」

 

「……別にいいわよ。はい」

 

「えへへっ……」

 

 ガラン、と音がして出てきた牛乳をアヤベが手渡すと、アヤリは目を輝かせて受け取った。

 そうして蓋を開けると、ぐいーっと一気飲みするような、見てるこっちが気持ち良くなるほどの勢いで飲んでいく。しかし、半分まで飲んだあたりで彼女はしっかり口を離した。

 

「ぷはーっ! 今夜も元気だ牛乳がうまい! やっぱり温泉上がりはこれだよねぇ♪」

 

「リラ、口許に髭ができてるから、じっとしてなさい。……ん、トレーナー?」

 

「あっトレーナーさんもあがってたんだ! いいお湯だったねトレもがっ……もがもご」

 

 ついついそんな二人を父親のような気持ちで見つめてしまっていると、姉妹はトレーナーに気づいたようだった。アヤリの方は声を上げる前にタオルで口を塞がれていたが。

 

「ホントに良いお湯だったよね。一緒に入ってる人も少なかったからゆっくり浸かれたよ」

 

「……それは良かったわ」

 

「トレーナーさんは泳がっ、もごもご」

 

「口を動かさないでリラ。上手く拭けないでしょ」

 

 姉妹というよりはもはや母と娘のようになっていた。数秒ほど経って離れたときには、既にアヤリの口許の白髭は取れていた。

 そのことにアヤリはにぱっと笑いちょうど半分残った牛乳を姉に返却した。

 

「えへへっ、牛乳と髭と二重の意味でありがとお姉ちゃん!」

 

「……調子良いんだから」

 

 相変わらず世話の焼ける妹に困ったように言いながらも……しかし言葉の割に嫌そうな表情はせず牛乳を受け取りゆっくりと残りを飲んでいくアヤベ。それをまた嬉しそうに見つめながら、アヤリは「この牛乳っていくらだったけなー」と値段に目をやっていた。

 本当に仲の良い、支え合っている姉妹である。

 ……やっぱり、一人っ子のトレーナーには羨ましく思える光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー……疲れた」

 

 

 銭湯に入った後なのに……いやむしろ銭湯に入ったからだろうか?ともかくクタクタになりながらトレーナーは自室に戻ってきた。帰ってくるなり膝と手の平を地面につける。

 

「ウマ娘の卓球……すご……」

 

 仰向けに寝転がりたくなるのだけは意思で耐えつつ呟く。

 ……銭湯の外でトレーナーも牛乳を飲んだ後、三人で適当に回りをブラついていたとき、ふと近くに卓球場見つけたのだ。途端にアヤリが「卓球をしたい」と目を輝かせたので付き合わされたのだが……やはりというかウマ娘とニンゲンでは地力が違いすぎて勝負にならず、トレーナーは無駄に走り回ってのボロ負けすることになってしまった。

 ……アヤリが打ち損じたボールが高速で二の腕を掠めた時は、さすがに勝ち敗けよりも命の危険を感じたが。

 結局見かねたアヤベがトレーナーと交代を申し出て、アヤリも姉を挑発したため現在は姉妹での試合が行われているわけだが……。

 正直試合どうこうよりも外れたボールがこっちに飛んでこないかがヒヤヒヤする試合だった。気分はさながら悟空とベジータの戦闘に巻き込まれたモブである。

 

 

 

 そうして諸々のやり取りで疲れたのと、姉妹の対戦も点を取って取られてで白熱していたので、トレーナーは先に部屋で休ませてもらうことにしたわけだが。

 ……本当になぜ温泉旅行に来たはずなのに疲れているのだろう。

 

「……まぁ、二人が楽しいならいいか」

 

 手足が回復したのを確認してからゆっくりと立ち上がる。……姉妹の対決が終わるまで暇なので、その間にトレーナーは荷物の整理をすることにした。

 明日必要なものを再確認し、部屋に散らかっている物を片付けていく。……片付けの最中に件のアヤリのモノらしき財布を見つけたので、こっちもアヤリの荷物に戻しておいた。

 そうして荷物の片付けも終わってしまい再び暇になると……トレーナーはなんとなく窓のカーテンを開けてみた。

 

「うおー……綺麗……」

 

 露になった景色に思わず目を見開く。

 既に暗くなっている旅館の夜空には数多くの星が輝いていた。実は旅館の廊下を歩いていた時から気になっており、実際に確認してみると予想通りの絶景さだった。

 ……ベタな日常アニメなら、これに加えて蛍なども飛んでいるのかもしれないが……昨今の環境事情だとさすがに厳しいようだった。

 

(……でも、綺麗なのには変わりないか)

 

 アヤベさんたちが戻ってきたら彼女らにも見せてあげよう。それなりに時間は経ってるからそろそろ卓球勝負も終わるだろうし。

 そんな風にトレーナーが思っていたとき……まさに見計らったようなタイミングで。

 

 

「……綺麗な星」

 

 

 ふと、後ろで声が聞こえた。

 先ほどまで気配は感じなかったが……しかし声は聞き覚えがあるものだったため、トレーナーは大きくは驚かず首を後ろに向ける。

 

 

「あ、卓球終わったんだ、アヤベさ───ん?」

 

 

 予想通り。彼の隣に立っていたのは、先ほどまで卓球に興じていた愛バであるアドマイヤベガ───のはずだったのだが。

 彼女を呼ぶトレーナーの声は尻すぼみになっていった。

 

 

「? どうしたの?」

 

 

 目の前の少女が首をかしげる。それにつられて彼女の耳も一緒に傾き、更につられて耳についているカバーも動く……ことはなかった。

 

 

「アヤベ……さん?……耳カバーは?」

 

「え?」

 

 

 少女はポカンとした顔をした。

 後ろからやって来て、今は隣に佇んでいるウマ娘。その顔は彼の愛バに間違いない。

 しかし……瓜二つな容姿であるアドマイヤベガとアドマイヤリラを見分ける明確な識別項目の耳カバーが、今の彼女の耳には着いていなかった。

 少女もトレーナーに言われて初めて気がついたのか、自分の両耳にペシペシと手を当てて耳カバーが無いのを確認すると「しまった」と言うような表情になる。

 ……なるほど。大方、さっきまでの卓球勝負で汗をかいて蒸れたので外して、そのまま着け直すのを忘れてしまった、というところだろうか?

 

 

「えーっと……アヤベさん、で合ってる?」

 

 

 おそるおそる問いかけてみる。

 トレーナーが目の前の少女を『アドマイヤベガ』だと判断したのは、声によるものである。

 アドマイヤ姉妹の声は、聞き比べると妹の方が若干高く、姉の方は少し低く掠れ気味だ。先ほど耳に届いた声は姉の方の特徴を持った声だと思ったのだが……。

 姉か妹かによってトレーナーの対応も変わる。

 だからトレーナーは目の前の少女がどっちなのか、早く教えてほしかったのだが……。

 

 

「…………」

 

 

 何を思ったか、彼女は無言で顎に手を当てた。そして次の瞬間、目を微かに光らせたかと思うと───

 

 

「……どっちだと思う? トレーナー」

 

 

 イタズラ好きの小悪魔のような顔で、低めの声で言った。

 姉と妹の良いとこ取りをしたようなその仕草に、思わずトレーナーの心臓が跳ねる。

 

 

「え……いや、どっちだと思う、て……?」

 

「……そのまんまの意味。アドマイヤベガかアドマイヤリラか……『私』はどっちだと思う?……間違えても怒らないから。トレーナー」

 

「そう言われても……急にこんな……」

 

「…………」

 

 

 アヤベ(?)が一歩迫り、トレーナーが一歩下がる。『クイズ』のためか彼女はそれ以上は迂闊に話さず、ただ無言でトレーナーを見つめてきた。

 

 

「…………」

 

 

 カチコチという時計の音とバクバクという心臓の音が重なり合う。永遠に続きそうな睨めっこ。

 ……どうやら、このまま黙っていても事態は好転しないらしい。あまりに突然だが、やむ無くトレーナーは彼女の『クイズ』に付き合うことにした。

 

(こんなことをしそうなのは、いかにもアヤリだけど……)

 

 さっきまでの少女の声、口調を脳内で再生させる。……が、やはりそっちは何度思い返してもアヤベの声にしか思えなかった。

 いやしかし……こんな『クイズ』を仕掛けようと思ったり、小悪魔のような笑みを浮かべるのは……。

『アヤベ』の声で『アヤリ』のような振る舞いをする少女に、トレーナーの脳は混乱する。

 脳の混乱を宥めるように今度は少女の顔をまじまじと観察してみるが、

 

 

「…………」

 

(いや無理……! 顔も姉妹で本当にそっくりだし……! わかるわけない……!)

 

 

 いくら長い付き合いとなってきたトレーナーでも、声や接し方といった要因無しで姉妹を見分けるのは困難を極める。彼女らの母親はともかく、父親だって未だに姉妹の見分けがつかない時があるらしいのだから。

 結果として、この行為はトレーナーの混乱を強めるだけだった。

 うんうんと頭を唸らせるトレーナーに対して、彼女は面白がっているような、呆れたような表情をした。

 

 そして、

 

 

「……じゃあ、ヒント」

 

 

 そう言うと、彼女はさっきまでトレーナーに詰めていた距離を離し、三歩ほど後ろ歩きをした。

 視界いっぱいに映っていたアヤベ(?)の姿が小さくなり、胸元や足など体の全体像が見えるようになる。

 

 

「…………」

 

「……えっと」

 

 

 そこで彼女はまた置物に戻った。

 ……おそらく、『顔以外の部位も見て判断してみろ』という意のヒントなのだろうが……生憎、顔以外も姉妹はそっくりなのである。強いて言うならアヤベの方が左手が若干むくんでいるなどがあるが……この距離でそれを確認するのは難しい。

 ……そうでなくとも、体のむくみを女性の識別基準にするなど失礼極まりないし。

 考えすぎて、次第に脳内に発生していた渦巻きが目にも浮かんできたように思えた。

 

(ダメだ、どうしてもわからない……。大人しく、降参しようかな……)

 

 捻りすぎた頭からようやく絞り出されたのは、そんな思考だった。

 このクイズをギブアップしてしまうのは、仮にも彼女らを担当してきたトレーナーとしてどうなのかと思わなくもなかったが……しかし本当にわからない。わからないのならば、もう……。

 

 脳は既に諦めモードに入りかけていたが……それでも足掻くように、空欄埋めを諦めた答案をもう一度見返すように、さっきまでの少女の振る舞いを再び脳裏で再生してみる。

 

 すると、

 

 

「───ん?」

 

 

 不意に、固い天井がひび割れたような、そんな気がした。

 

「……わかったの?」

 

 ヒントを与えた張本人の割に意外そうに少女が言う。

 だがそれに一々答える余裕はない。答えてる間に脳の隙間からこぼれ落ちてしまう。

 意図せず掴み取った正解の糸を丁寧に手繰り寄せ……トレーナーは少女の方を向いた。

 

 

「アヤリ……アドマイヤリラの方か?」

 

 

 その言葉を受けた少女は……一瞬だけ息を詰まらせた。だが見間違いだったかと思うほどのスピードで元に戻ると、不満そうに片手を腰に当てる。

 

 

「……まさか、当てずっぽうで言った?トレーナー、それは反則。ちゃんと推理した上で」

 

「推理……とまでは行かないけど、ちゃんと考えた上で、だよ。君はアヤリだ。間違いない」

 

「……ファイナルアンサー?」

 

「ファイナル、アンサー」

 

 

 ……最後の方で少しヒヨりかけたものの、それでもトレーナーは言いきった。

 その瞳を、少女は真正面から見つめる。トレーナーも見つめ返す。

 

 再び始まる睨めっこ。

 

 今度は、心臓の音は聞こえなかった。

 

 ……どれぐらい経ったか。

 トレーナーには五分ほどに思えたし、実際は十秒ほどだったかもしれない。

 

 

 だが目の前の少女はやがて……にぱっと笑った。

 

 

 

「あれま。バレちゃった♪」

 

 

 

 その声のトーンは、先ほどまでと違い姉よりもいくらか高い、アドマイヤリラのモノだった。

 やはり、意識して声を変えていたらしい。

 

 トレーナーは喜びよりもまず安堵が勝った。

 

 

「あーー……よかったぁ……正解できて」

 

「いやーすごいねトレーナーさん大正解!なんでわかったの? 耳カバーも無いのに、声もちゃんとお姉ちゃんを真似てたはずなのに!」

 

 

 離れてた距離を、またパタパタと詰めてくるアヤリ。近いよ、と咎めながらもトレーナーは言う。

 

 

「あのヒントのお陰だよ」

 

「あーやっぱりヒントかぁ。体のどこで見分けたの?手? 足? 体つき? それともむ───」

 

「歩き方だよ」

 

「歩き方……歩き方っ!?」

 

 

 予想外の部分だったのか、アヤリは叫んだ。

 

 

「距離を取るとき、アヤリ後ろ歩きしたでしょ? それを思い出してたらピンと来た」

 

「どういうこと?」

 

「アヤリって、アヤベさんと比べると歩くときの重心が軽いんだよ。足取りが軽いっていうか。足音もアヤリの方が少し小さいし」

 

 

 日頃から活発なアヤリはスキップするように歩いたりすることが多い。たぶんそのあたりに関係しているのだろう。

 とはいえ、それは僅かな違いである。二人の体重自体には差はなく、ただ体重の掛け方が違うだけなのだから。

 だがそれを意識して聞き比べたり見比べたりしていると……最近ようやく、トレーナーは『なんとなく』わかるようになってきたのだ。

 

 ちなみに後から聞いた話だが、これは姉妹の母親(ベガ)も二人を見分けるときの一つの基準にしているらしい。

 

 

「へぇ~そうだったんだぁ……! 私自身も知らなかったんだけど、それ……」

 

 

 本気で感心したように言うと、アヤリはまた顎に手を当てる。

 興奮したようにカバーの着いていない耳をピコピコ動かしてるのを見るに、どうやら、アヤリのお気にも召したらしい。

 

 

 その後、彼女が種明かししたところによると、結局姉妹の卓球対決はデュースのまま延々と続いていくことになってしまい、このままでは勝負がつかないとアヤベが判断しこの場では引き分けということで手を打ったらしい。

 またトレセンで学校で卓球をやる機会があったときとか、また次に温泉旅行に来た時に改めて決着をつけるんだとか。

 それでお互いに汗を拭いた後、アヤベはクールダウンも兼ねて外の自販機までミネラルウォーターを買いに行き、アヤリは一足先に部屋へと戻ってきた……ということらしい。

 耳カバーのことは完全に忘れていて最初声が低かったのも単に疲労していたからなのだが……トレーナーが面白そうな感じに誤解したので、ついイタズラをしかけてしまったようだ。

 

 

「んー……まさかヒントのそこで見分けるなんてね……。本当はちゃんと見た目で判別して欲しかったけどぉ……ま、これはこれで面白い着眼点だからいっか♪ ごーかくー!」

 

「……だいぶギリギリだったけどね」

 

 

 グッ、と両の親指を立てるアヤリにトレーナーは苦笑いする。

 最後の走馬灯的な行いがたまたまクリティカルを起こしたからよかったものの、それまでは完全に敗戦ムードだった。仮にも長い間一緒にいてコレでは、実質不合格のようにトレーナーは思っていた。

 

 

「ヒントが無きゃ無理だったよ……情けない」

 

「いーよいーよ! 最後には正解してくれたしっ!……それに」

 

 

 そう言ってアヤリはトレーナーを元気付けるような笑みを浮かべたが……最後のあたりで不意に彼女はその太陽のような笑顔を引っ込めた。

 そして、自分の胸にゆっくりと両手を当てると、しばらくの間……さっきのトレーナーの言葉を噛み締めているような時間を取った。

 取ってから、

 

 

 

「これは……トレーナーさんがお姉ちゃんだけじゃなくて、ちゃんと私のことも見てるってこと……『アドマイヤリラ』として、私のことを見てくれてるって証拠だもんねぇ」

 

 

 

 ポツリと、そう言った。

 その時のアヤリの笑顔は……いつも浮かべているものとは、明らかに成分が違っているように思えた。

 いつもの子供っぽい顔とは違う、大人びた物というか……むしろ年相応のようにすら見える。

 

 ……どこか妖艶な雰囲気すら、感じてしまう。

 

 その様に奇妙な感覚を覚えながらも、トレーナーはなんとか言葉を組み立てる。

 

 

「アドマイヤリラとしてどうこうっていうのはよくわからないけど……当然だよ。だってアヤベさんもアヤリも、二人とも大事な担当バなんだから」

 

「二人とも、大事……」

 

 

 静かにトレーナーの台詞を反芻するアヤリ。

 すると、彼女は急にその場で深呼吸をし始めた。胸元の上下運動までハッキリわかるほど大きく息を吸って吐く。

 そして、彼女は真正面からトレーナーの方を見た。

 

 

「トレーナーさん。一つ、聞いてみたいことがあるんだけど」

 

「……なに?」

 

 

 吸い込まれそうなアヤリの瞳の奥には、何か覚悟を決めたような炎があった。

 誤魔化したり、聞き逃すことは許されないと直感し、トレーナーは思わず背筋を伸ばして聞く体勢になる。

 

 それを確認したアヤリは、もう一度だけ深呼吸をしてから───

 

 

 

「さっきトレーナーさんは……私とお姉ちゃん、二人とも大事な担当バだって言ってくれたけどさ」

 

「う、うん」

 

「もし……もしもだよ?」

 

「うん」

 

「私とお姉ちゃん、どっちかだけ選べって言われたら───」

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

「帰ったわよ。リラ、トレーナー」

 

 

 

 部屋の入り口が開く音を響かせながら、アドマイヤベガが帰ってきた。

 

 

「───えっ」

 

 

 それまで魅入られたようになっていた体が、一気に自分の元に戻ったような気がする。慌てて部屋の入り口の方に目を向けてみると、そこには三本のミネラルウォーターを持ったアドマイヤベガの姿があった。

 それまでの状況など知る由もなく、寒かったなどと言いながら室内に入ってきたアヤベは……そこで何やら向かい合っている二人の姿を捉えると、不思議そうな顔をする。

 

 

「……何をやってるの? 二人とも」

 

「えっ。あ、いやっ……」

 

 

 それまで伸びていた背筋が一気にへにゃっとなる。

 彼は急いで一歩下がり、わたわたと弁明しようとしたが、

 

 

「何もないよお姉ちゃん! 窓から見える星が綺麗だから、ちょっと二人で見てただけ! ねっ、トレーナーさん!」

 

「えっ」

 

 

 それより先にアヤリがにぱっとした笑顔を浮かべながら言った。

 ……いつの間にやら、あの妖艶さのようなものはすっかり引っ込んでしまっている。

 まるでその場面だけがすっぽりと抜け落ちたように、完全に、いつものアヤリだった。

 その言葉にアヤベは「ああ」と頷く。

 

「確かに星は綺麗だったわね。帰る途中にもたくさん見えたわ」

 

「だよねー! ほら、ここからも色々見えるから、お姉ちゃんも早く来てよー!」

 

「ちょっと待ちなさい。トレーナーは、水いるの?」

 

「あっ……う、うん」

 

 戸惑っている内にアヤベから声をかけられ、トレーナーは質問も理解してないまま頷いた。

 だがそんなトレーナーの心中など知らないアヤベは「そう」とだけ言うと開けかけていた冷蔵庫から離れてミネラルウォーターをそのままトレーナーとアヤリに手渡した。

 

 

「……それとリラ。卓球場に耳カバー忘れてたわよ。また失くすから、ちゃんと着けておきなさい」

 

「あっ、ありがとうお姉ちゃん!いやー私としたことがつい……。後で拾いに行くつもりだったんだけど───」

 

 

 

 

 

 

 ……その後は何事もなく、時間が過ぎていった。三人で星を見て、正座に関する知識を教えてもらったりこれからの練習について語り合ったり。

 さっきまで色々とあったのが嘘のように、何事もなく穏やかな時が流れた。

 

 アドマイヤリラも普段通りの騒がしいノリに戻っており……話を掘り返す様子もなかったので、トレーナーはあの時のアヤリについて疑問には思いつつも追求はせず、そのまま時間を過ごすことにした。

 

 

 ……最後に少し不思議なこともあったが。

 

 

 姉妹との間に、かけがえのない絆を感じたひとときだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちぇっ。結局聞けなかったかぁ」

 

 

 その日の夜。

 ベッドの中でアドマイヤリラは不意に呟いた。

 既にトレーナーと姉は眠っているらしい。規則正しく聞こえる寝息がそれを証明している。

 ゴロリとふわふわの毛布の中で体を動かし、アヤリはトレーナーの方に体を向けた。

 

 

「……あの質問、トレーナーさんは何て答えてたのかな」

 

 

 あの質問がなんのことか。一々記憶を辿るまでもない。

 ……が、話が流れてしまった今、再びその質問をするのは難しいだろう。アヤリとしてもあの時は嬉しさのあまり一種の酔っぱらいのようなテンションで動いていた節はあったので、別の機会に改めて問い直してみる気にはなれなかった。

 

 

「……まぁ、仮にどっちが選ばれたとしても、恨みっこ無しだよね」

 

 

 トレーナーの更に向こうで眠っている姉に、そして自分自身に言い聞かせるように、アヤリは呟いた。

 

 

 

「牛乳とかと違って、『好きな人』だけは、半分こできないんだから」

 

 

 

 誰にも聞こえない言葉と共に、彼女は目を閉じた。

 

 

 

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