アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
11/21にタイトルの形式を少し変更しました。
リアルが忙しく、前回の投稿からかなり間が空いてしまい申し訳ありませんでした。今回は前々から少し予告していたちょっとした長編です。
ファン感謝祭はかなり長めの構想で、三話か四話かくらい続くと思います。続きも早く出せるかはわかりませんが、気長にお付き合いしていただけると幸いです。
その日は、蜘蛛の子を散らしたならぬ、雲を一つ残らず散らしたような快晴だった。
事前の予報では午後から天気が崩れるなどと言われていたが、どうやらそんな心配はしなくてよさそうである。天気予報もたまには良い方向に外れてくれるらしい。
そんな快晴の空の下で、二人の姉妹がなにやら言い合いをしていた。
「いいじゃんお姉ちゃーん! 行こうよーっ! やろうよーっ!」
「いやよ」
「なんでー!? この日の、ファン感謝祭の日のためにたくさん練習してきたじゃん私たち!」
「私はしてないから……リラが勝手に練習してただけでしょ」
「今日は羽目を外せる数少ない機会なんだよ!? ここで外さずしていつやるのーっ!」
「別に外せなくていいから」
「ほら、このファン感謝祭の中央ステージって幕間の飛び入りオーケーみたいだからさっ! 私たちの芸は一発芸みたいなものだからすぐ終わるしっ!」
「しつこいわね。やらないわよ」
「なんでよーっ!」
「お姉ちゃんの上に私が寝転がって『ゆうたいりだつー』って言いながら私が起き上がる芸をやったら絶対ウケるってばぁ!」
「絶対いや」
某日。
トレセン学園では一年に一度のファン感謝祭が行われていた。撮影会や借り物競争など様々な催しが行われ、その中でウマ娘とファンがいつもより近い距離で交流できる貴重なイベントである。
外装も校舎内も普段よりカラフルな化粧を施され、重く狭い門である正門も今日ばかりは大きく開け放たれていた。
「ねぇトレーナー! 次アレ食べたい! あの焼きそばっ!」
「さっきのお化け屋敷すごくなかった!? 去年よりめっちゃ怖かったんだけど!!」
「現役の格闘家ウマ娘との腕相撲勝負どうっすかー? 一回100円、勝てたらあのスイーツ店の食べ放題券プレゼントですよー! あ、ちゃんとハンデつけますんで!」
「ウマ娘対抗の障害物リレーって午後からだっけ? 楽しみー!」
まさにファン感謝祭に相応しいお祭り騒ぎ。見渡す限りに楽しそうな声が聞こえ、ウマ娘とニンゲンの笑顔があった。
そしてその騒がしさはやって来たファンだけでなく、当のウマ娘たちにも共有されているようで。
「お姉ちゃん早く行こっ! あっちでミラちゃんが手伝ってるお好み焼き屋さんがあるみたいだからさっ!」
「ミラちゃん……ああ、ヒシミラクルさんね。わかったからリラ、あんまりはしゃぎ過ぎないの」
今年のレースを色々な意味で盛り上げた『期待の二つ星』ことアドマイヤ姉妹。
その妹であるアドマイヤリラは、ヒマワリのような笑みを浮かべてファン感謝祭の中を走り回っていた。その後ろを彼女の姉であるアドマイヤベガがぶつかりそうになった通行人に「すいません」と謝りながら追いかける。
「もー! なんでこんな日までお堅いのさお姉ちゃん! 今日騒がないでいつ騒ぐのっ! ほらもっと元気一杯にっ!」
「ならないから……むしろリラが騒ぎすぎよ」
「だってだってっ、こんな風なお祭りにお姉ちゃんと一緒に参加するの何気に久しぶりだしっ!」
「……そうだったかしら?」
「そうだったよう! 子供の頃から公園の夏祭りとかに誘っても、お姉ちゃんと勉強があるからって参加しなかったり、予定が合わなかったり……」
……言われてみればそうだったような気がするとアヤベは思った。現に今、彼女自身も少し新鮮に感じているし。
「だからほらっ、目一杯楽しもうよ! お姉ちゃんも今日ぐらいはさっ!」
「わかったからリラっ。そんなに走ってたら
「なに言ってんの! ファンの人が来てるからこそいつも通りの私を見せるんじゃん! 今日はたっくさん騒ぐぞーーっ!!」
「もう、リラ……」
今にも転けてしいそうなほどの勢いで駆けていく妹に、姉は気が気でないようだった。……彼女なりに緊張しているのか、今日はいつもと比べるとやや肩肘も張っているようである。
ちなみに今更だが、今日の彼女たちはいつもの制服ではなく(催しに参加するウマ娘はほぼ全員だが)勝負服を着用している。この後に出場する行事があるからなのだが……。
「んー……えぇ!? うわ見てよお姉ちゃん!!」
と、駆ける傍らでスマホをふと見たアヤリが不意に叫んで立ち止まる。あまりに急に止まるので追いかけていたアヤベはアヤリの背中に顔をぶつけかけた。
「なによ今度は……せわしないわねあなた」
呟きながら彼女は妹のスマホを覗き込む。
その画面には、綺麗な芦毛の髪に赤いリボンと黒い耳カバーを着けた『カワイイ』ウマ娘の写真が映っていた。
「ほら見てよ! Currenのウマスタグラムがついさっき更新されたみたいっ!」
「かれん……?」
聞き慣れない名詞に眉間にシワが寄った。
「……誰だったかしら……?」
「え……えぇ!? お姉ちゃん忘れちゃったのぉ!? Currenだよほらっ! フォロワー3000万人の自撮りの女神様だよっ!」
「……あー」
情報を追加されてようやく脳内のタグが反応する。
そういえばいつぞや、アヤリからそんなウマスタグラマーの名前を聞いたことがあるような気がする。確か、姉妹でホラー映画を見たときだっただろうか?
今の今までほとんど忘れていた。
「Curren、今年のファン感謝祭は催し側としては参加しないってあったから密かに落ち込んでたけどぉ……ちゃんとお客さんとしては参加してるみたい! うわぁ~Currenの食べてるクレープも美味しそうだなぁ~!」
「……そういえばあなた、Currenの大ファンだったわね」
「当たり前だよぉ! とってもカワイイんだもん!……あ、ちゃんと『ウマいね』押しとかないとっ。……はぁ~……! やっぱりCurrenって見てて尊い~! Currenもこのファン感謝祭に参加してるんだとしたらぁ……うわーっ! どこかでばったり会っちゃったらどうしよ~!」
「……まぁ、私はそのあたりはよくわからないけど。……ていうかあなた、スマホのバッテリーがもうすぐ切れそうじゃない。後で充電しときなさいよ」
正直、妹が好いているから辛うじて興味を持っているだけで、アドマイヤベガは本来ならCurrenにはさほど興味を惹かれない。別にルームメイトというわけでもないし。
なので、あまり話題に出されても反応に困るのだが……。
「ほらお姉ちゃんもっ、Currenを見つけたら絶対に───」
「あ、あのっ!」
その時、続きかけた妹の言葉が、突然別の声に被せられた。
目を向けてみると、声の主はとある女性のようだった。トレセンのスーツを着ていないあたり一般の者だろう。なにやら目を輝かせて、興奮したように息を荒げている。
「あ、あなたっ、『期待の二つ星』のっ……えっと耳カバーが右側で肩のマントが付いてないから……アドマイヤリラさんですよね!?」
「おっ、せーかいっ! そうだよー!」
「じゃっ、じゃあもう片方は姉のアドマイヤベガさんの方で……!」
「……どうも」
女性の言葉にアヤリはにぱっと笑い、アヤベは丁寧にお辞儀をする。女性は「やっぱりっ!」と黄色い声を上げた。
「わ、わたしっ、『期待の二つ星』の大ファンなんですっ! 一度話してみたくて……うわぁぁぁ……! 近くで見るとホントにそっくりだぁ……!」
「双子だからねー。どうどう、一旦落ち着いてお姉さん。ほら、しんこきゅー」
「ひゃああああああっ!! アドマイヤリラさんに『お姉さん』って呼んでもらえたあああああっ!!」
女性の反応は完全に某ヤベー方のアグネスと同質のものだった。どうやら彼女が『大ファン』だと言うのは事実らしい。
ちなみに意外というか、そんな女性を前にしてもアドマイヤリラは一緒に騒ぐでもなく珍しく冷静な対応をしていた。
……後でアヤベが聞いたところ、「いやー私もお姉ちゃんやCurrenのことでよく似たような反応することがあるから……わかるよ……」とやたらシミジミした顔で言っていた。
「はー……いやすいません、お二人を前にしてつい……」
「いーのいーの。推しを前にしたらこうなっちゃうのは生物共通だからね♪」
「あ、あの! こないだお二人が一緒に走られたG1レースですけどっ! 私っ、もうっ感動しました! 現地でリアルタイムで見れて良かったなって思いました!!」
「えへへっ、ありがとう~!」
「ありがとうございます」
「それであ、あのっ、ごめんなさいやっと本題なんですけど……えっと、しゃ、写真っお願いしてもいいですか!?」
「お安い御用だよ~! えっと、どう撮る? 私とツーショット? お姉ちゃんとツーショット?」
「そ、その……お、お二人一編にというのは……?」
「りょーかい! ほらお姉ちゃん!」
「……わかったわ」
言うが早いか、姉妹は女性をサンドイッチする形で並んだ。
そのままアヤリが女性のスマホで「はいチーズ♪」とシャッターを切ると、その場に元気な悲鳴が響いた。
それはさながら、お祭りスタートの合図のようだった。
「ひー……ひー……はぁ……」
姉妹がファン感謝祭を回り始め、時計の短針が10と11の間に差し掛かった頃。
アドマイヤ姉妹は外にあるベンチに座って一休みしていた。風は少し冷たいが、その分太陽が強く照ってくれているので結果的に外の空気はちょうど心地好いものとなっている。
「いやー……すごかったねお姉ちゃん……さっきのお化け屋敷、ホントに怖かったよー……!」
「……そうね」
口調は元気ながらも、アヤリの顔にはやや青線がかかっていた。……もっとも、アヤベの顔にもまた別の成分が含まれた青線があったが。
「確かに皆が噂するわけだよ……。わ、私怖すぎて後半ずっと叫びっぱなしだったし……」
「……私は驚きすぎたあなたが私の足を思い切り踏んづけたり、セットを壊したのが別の意味で怖かったけど」
「え。あ、あはは……あれはその、あまりに怖すぎたから、つい……」
「あなた怖いの苦手だったでしょ……なんでお化け屋敷行こうって言ったのよ……」
「お、お姉ちゃんとなら大丈夫かなーって……」
「はぁ……」
後頭部に手を当てるアヤリに、アヤベは額に手を当てて呆れるしかない。
ちなみに、壊したセットはアヤリが『後生ですから祟らないでくださいーっ!!』とお化け役の人に土下座しつつガムテープで修理していた。端から見ればさぞかしシュールな光景だっただろう。
「……まぁ、ある意味楽しくはあったけど……。気を付けなさいよ。お化け役のウマ娘も焦ってたし」
「あはは……き、気を付けます~……」
言いながら、アドマイヤリラは腕に提げていた小さなビニール袋に手を突っ込むと、お菓子である『コアラのマ◯チ』を取り出した。
さっき……お化け屋敷の前に二人で挑戦した射的で落とした(アヤリは落とせていないが)景品である。
「……もう食べるの?」
「お化け屋敷で叫んだ分回復するんだよ~……あ、心配しなくてもちゃんとお姉ちゃんにもあげるって」
「元々私がもらったものだけどねそれ。……って、そうじゃなくて……」
その言葉と共に、アドマイヤベガは正面からアドマイヤリラの顔を見据えた。
「私たち午後からあのレースに出るでしょ。あなた、そんなに食べてて本番走れるの?」
アドマイヤリラの耳がピン、と立った。
口に含んでいたコアラのマ◯チを急いで飲み込むと、いつもより目尻を上げて不適に笑った。
「とーぜん! 気合いはいつでも充分だしっ! 走るための体力はしっかり残してあるよお姉ちゃん!」
アドマイヤベガが指すレース。それは、今日のファン感謝祭の目玉イベントの一つであり、この姉妹が勝負服を着ている理由であるレース。
午後から始まる『ドキッ! ウマ娘だらけのチームリレー! ~ダートもあるよ~』のことである。
……タイトルを見ればわかる通り、簡単に言えばウマ娘が六人でチームを組みタスキをつないでいく形式のリレー勝負である。
第一走者は芝700m、第二走者はパン食い競争、第三走者はダート700m、第四走者は障害物競争に、それぞれ挑戦することになる。
その競技に、アヤベとアヤリはテイエムオペラオーをリーダーとしたチームである『覇王ズセクステット』の一員として出場していたのだ。しかも、ポジションはアンカーにあたる第五走者……最後の二人三脚の部門である。
アドマイヤリラが熱くなるのも無理はないだろう。
そしてなにより、このレースの他の出場チームには、グラスワンダーやツルマルツヨシを始めとした『黄金世代』や、なんと現在進行形で快進撃を続けているチームである、メジロマックイーンを筆頭としたチーム『シリウス』の姿もあった。
この対戦カードはファン感謝祭前から大きく告知されており、これを目当てに今日のファン感謝祭を訪れているファンも少なくない。
そしてそれはもちろん『黄金世代』に対抗意識を持っているオペラオーたちも例外ではなく、今回のレースは絶対に勝ってやろうと息巻いているのだが……。
「お腹いっぱいで走れなくて負けました、なんて事態になったら笑い事じゃ済まないわよ……ファンの人たちもガッカリするだろうし……」
「だいじょぶだって~! お姉ちゃんと二人なら誰が相手だろうと負ける気がしないし♪ 絶対勝って、私たち姉妹の力を見せつけようねっ! オペラオーちゃんたち覇王ズセクステットの皆や、ファンの人たちのためにもっ!」
「……そうね。……オペラオーは除いていいけど」
……相変わらずオペラオーへの苦手意識は強いらしいアヤベだった。
「ようしっ! じゃあ尚更、今のうちにたくさん食べて体にエネルギー充電しとかないとねっ! ほらお姉ちゃんも!」
「はいはい……」
片方の手でガッツポーズを作りながら、もう片方の掌にビスケットを三つほど乗せて差し出すという、微妙に器用なことをするアヤリ。アヤベは、外遊びから帰ってきた孫が拾ってきた綺麗な石ころを受け取るときのおばあちゃんみたいな表情でそれをもらった。
そして「……あまり食べ過ぎないようにしなさいよ」と静かにビスケットを口に入れる。
今に至るまで廃れず受け継がれているお菓子なだけあり、やはり美味しかった。
と、そこでアヤリが不意に思い出したように「あ」と声を上げた。
「? どうしたのリラ」
「いや、そうだ。ちょっと、お姉ちゃんに……」
言いながら、手と口をウェットティッシュで拭くと、アヤリは勝負服のスカートのポケットに手を入れた。
しばらくゴソゴソとしていたが、やがて目的のものを掴み取ったらしく口を「お」の形にすると、件のモノを静かに大事そうに取り出した。
「よいしょっと。はいコレ! お姉ちゃんにっ!」
そう言ってアドマイヤリラが取り出したのは……あるゾウのぬいぐるみマスコットだった。カバンなどに付けられるタイプのヤツである。
唐突な贈り物にアヤベは不審そうな顔になる。
「……これは?」
「さっきお姉ちゃんお菓子のゴミとか飲みきったペットボトル捨てに行ってたでしょ? その間暇だったからさ、近くにあったくじ引きに挑戦したんだ。そしたら、そこで当たってもらえたんだよ。せっかくだからお姉ちゃんに渡そうかなって!」
「……くれるのは、嬉しいけど」
ん!とアヤリが促すので、アヤベはおそるおそるというように受け取った。……その顔は、何とも微妙そうである。
……それもそのはずで、
「このゾウ……すごくブサイクなんだけど……」
「えー!? なんてこと言うのお姉ちゃん!」
妹は頬を膨らませて憤慨するが、いくら見つめ直しても目の前の景色は変わらない。
「だってそうでしょ……一度見たら忘れないような顔っていうか……最悪夢に出そうだわ……」
「そこがいいんじゃん! ブサカワってヤツだよっ! ほらっ、しかもふわふわなんだよ!?」
「私がふわふわで何でも即決すると思ったら大間違いよ」
……とか言いながらも気になったのか、アヤベはブサイクなゾウの腹を指の腹で押してみる。……ゾウは彼女の力に対し、適度な反発を返してきて……確かに、まぁ、ふわふわしてると言えなくもなかった。
つい、口角が若干上がり気味になってしまう。くやしい……でもふわふわだ。
「それお姉ちゃんにあげるからさっ! カバンに付けてくれていいよっ♪」
「……カバンにつけるのは遠慮したいのだけれど」
「なんでさー!?」
「……別に可愛いわけでもないし……」
「えー……そんなに気に入らない?……まぁ、お姉ちゃんがいらないんだったら『お姉ちゃんが触ったマスコット』ってことで私が引き取って『お姉ちゃんコレクション』に加えるけど」
「いらないとは言ってないわよもらいはするわ。……あとその加える動機はちょっと気持ち悪いからやめて」
辛辣な言葉───もっとも、妹が自分関連のグッズを欠かさず収集していることを黙認している時点で充分寛容だが───をかけながらも、アドマイヤベガはゾウのマスコットを……なるべく潰さないようにスカートのポケットに入れた。
そして、小さく笑いながら言った。
「大事には……するわ。……あなたからのプレゼントだし」
姉のその言葉を受けて、アヤリは脳に幸福物質が一気に溢れたかのようにウマ耳と尻尾を一直線に伸ばした。
「うんっ! 大事にしてよねお姉ちゃんっ!」
太陽のような笑顔でそう返すと───その瞬間に「あー!」と言いながらベンチから立ち上がった。
「お姉ちゃん見てあそこっ! 次あそこ行こっ! あのチュロスのお店!」
「チュロス? また突然ね……行くのはいいけど……あなた、今コアラのマ◯チ食べてるんじゃないの?」
「さっきまではコアラのマ◯チの口だったけど、たった今チュロスの口になった!」
「ずいぶん忙しい口ね」
「いいから行こっ! お姉ちゃん!」
コロコロと気分と表情が変わるアヤリ。それはまるで、飼い主と遊べるのが楽しくてたまらない子犬のようだった。
そしてアヤベもまた、そんな妹に呆れながらも大人しく引っ張られていくのだった。
その後も、瓜二つの少女は時々ファンサービスに興じながら、ファン感謝祭の場を駆けていった。
「はぁー……夜店とかでもそうだけど、お祭りの日に食べるタコせんべいって何でこうも美味しいんだろうね……。ほら、お姉ちゃんも。半分こしよ半分こっ♪」
「私はいいわよ。あなたが買ったものなんだから、あなたが食べなさい」
「えー!? せっかく店員さんに頼んでマヨネーズ多めにかけてもらったのにー!」
「私はあなたほど常にお腹が空いてるわけじゃないのよ。……リラはそんなに食べてるなら、次の身体測定が楽しみね」
「うぐぅっ!? だ、大丈夫だし……午後のレースで全部消化しきるし……大丈夫だし……えっ、大丈夫だよね??」
「私に聞かないでよ」
「うえええええっ!! この輪投げ難しすぎない!? さっきから一個も入らないんだけどぉ!?」
「あなた、相変わらずこういうのは苦手なのね……」
「ちょっ、お姉ちゃん!! いつまでもそんな後方腕組み姉面してないで、仇を取ってよーっ!!」
「姉面も何も姉だし……。それに、私も得意ってわけじゃ……」
「お姉ちゃあん……」
「はぁ……。……下がってなさい」
「むふー……! さっきの美術室での絵しりとり、結構白熱したね! 『りんご』で始まって十個目に『カモメ』で終わらせなきゃいけないのって、意外と難しかったよぉ……」
「……私はあなたが変な絵ばっかり書くから三割増しぐらいで難しかったわよ。四個目に『チンアナゴ』を書いたり、八個目に『アノマロカリス』を書いたり……しかも絵も微妙に下手だし……」
「い、いやーなんか思い付いちゃったからつい……でもお姉ちゃん、全部しっかり把握してたよね……。我が姉ながらさすがにちょっと引いたよ……」
「当たり前よ。何年あなたの姉をやってると思ってるの」
「ねぇお姉ちゃーん! やろうよーっ!」
「いや」
「なんでー!? 他ならぬファンの人からのお願いじゃん!!」
「いくらファンの人のお願いでも聞かないものはあるから」
「ポーズ取るだけじゃん! すぐ終わるって!!」
「いやよ」
「なんでー!?」
「『フュージョンのポーズで写真撮ってください』って頼まれただけじゃん!! やろうよーっ!!」
「絶対いや」
「はぁ……すいませんねファンの方。お姉ちゃんああ見えて結構意地っ張りなんで……。なのでここは『ゆうたいりだつー』で勘弁していただいても……」
「そっちも絶対やらないから」
それは、幸せな時間だった。
二人とも笑顔で、軽口を言い合って。
ファン感謝祭という舞台を、思い切り楽しんでいた。
そんな楽しい時間が、午後までずっと続くと思っていた。
……だが。
「あー息苦しかったー……。にしても、さっきの金魚すくいも楽しかったねお姉ちゃんっ! まさかあんなことが起きるなんてねー……一歩間違ってたら店主のおっちゃんの関節が一本持ってかれることになってたかもしれなかったけど……」
それからしばらく時間が経ったあと。
適当なことを言いながら、アドマイヤリラは学内を歩いていた。
……だが、何故か姉からの返答はない。
「……? お姉ちゃーん?」
不思議に思ったアヤリは声を上げながら辺りを見回してみる。
だが、やはりアドマイヤベガの返事はなかった。
というか、姉の姿自体が無かった。
ただ一般の人たちの姿と声があるだけだった。
「……あれ? お姉ちゃんは?」
小首をかしげるアヤリ。その声は多くの喧騒の中に溶けていく。
気づけば、彼女は一人きりになっていた。
(まさか……迷った?)
頬を一筋冷たい汗が伝った。だがそれをすぐに勝負服の袖で拭い、落ち着け落ち着けと首を振る。
慌てるな慌てるな。まだ慌てるような時間じゃない。私のスカートのポケットには今日までのニンゲンの技術の結晶である便利な長方形、スマホが入っているじゃないか。
これを使えばお互いの位置などすぐに伝えられる。それで済む話だ。なんと簡単。現代っ子バンザイ。
そう思ってアヤリはスマホの電源ボタンを押した。
……だが、何故かいつまで経ってもスマホは光を発しない。不審に思いアヤリは画面を覗き込んでみる。
覗き込んだスマホの液晶画面には……LINEの代わりに、真っ暗な画面を背景に空っぽになった電池のマークが映っていた。
「……うそん?」
(あの娘……どこへ行ったのよっ……)
一方、アドマイヤベガもまたキョロキョロと視線を動かしながら歩き回っていた。
金魚すくいが終わった後、キャッチアンドリリースの精神で金魚を戻してから彼女らは再び歩き出していた。
だが、その直後に……さながらスーパーのタイムセールにかち合ってしまったように、突然色々なウマ娘やニンゲンの波にぶつかりもみくちゃにされてしまったのだ。
先程まで近くでなにやらイベントでもあったのか、その数は尋常でなかった。屋外だというのにセルフ満員電車ごっこができたぐらいだ。
そうしてしばらく流されていった末になんとか脱出……というよりかは弾き出されるように人の波から抜け出し、這う這うの体で安全地帯まで歩いた後にふと辺りを見回すと……妹の姿が消えていた、というわけなだが。
(こんな喧騒だと匂いや音で追うのも困難だし……LINEにメッセージ送っても何故か既読にならないしっ……)
ウマ耳をあらゆる方向へせわしなく向けながら、近くに設置されている時計へ目をやる。針を見てみると、それは既に十二時半になりかけていた。
ちょうど、もうそろそろ件の障害物レースの時間が迫ってくるので引き上げようかという話をしていたのだ。なので、早いとこアヤリと合流したいのだが……。
(いっそ、先にレースの会場へと行っておく? アヤリも最終的にはそこに向かうだろうし……いえ、でももしそれであの娘が私が迎えに来ると信じてはぐれた場所で留まるっていう選択肢を選んでたら悲惨なことになるし……せめてメッセージでやり取りできたらっ……!)
スマホの電源を点けるが、やはり新たな通知は届いていない。さっきからLINEでは五通くらい追いLINEをしたり通話をかけたりしているのだが……アヤリが反応する気配は一向に無かった。
……まさかとは思うが、彼女のスマホは充電切れになっているのだろうか?そういえば、数時間前にアヤリのスマホを覗き込んでいたときに、バッテリーがかなり少なくなっていたのを思い出す。
……詳細はわからないが、しかしあのアヤリが自分からのLINEにいつまで経っても返事をしないなどこれぐらいしか考えられない。
仮に本当にそうだとするなら、とんでもない間の悪さだ。現代っ子もこれでは形無しである。
(どうしましょう……時間も無いし……! と、とにかくっ、早く歩いて探しださないとっ……!)
焦った脳が短絡的な結論を下し、アヤベはとにかく急いで足を進めようとする。
だが、そんな状態になっていたせいだろうか。
不意に前方から来た衝撃に、アドマイヤベガは対応できなかった。
「っ!?」
「きゃっ!」
誰かにぶつかった、と気づいたのは自分の視界が急速に天井へ縫い付けられ、自分とは別の声が聞こえたからだった。
余裕無く渦巻いていた思考に声が割り込んでくる。まさに泣きっ面に蜂だった。
だが、奇しくもその声のお陰思考の渦が幾分切り裂かれ、ハッと我に返ることができた。
しまった。こんな状態で歩き回っていたら、誰かとぶつかって当然だった。
二拍ほど遅れてジンジンと痛み始める鼻先を押さえながら、驚く神経の回路を急いで繋ぎ直し、アドマイヤベガは急いでぶつかってしまった相手の元へ駆け寄った。
「っ、ごめんなさい。前を見てなかったわ。大丈夫?」
「いたた……だ、大丈夫ですよ~。こっちもちょっとボーッとしちゃってて……すみません……」
言葉と共に手を差し伸べると、相手は遠慮がちながらも掴んでくれた。そのまま「せーの」と引っ張りあげる。
そうして相手の全体像が見えるようになって気づいたが、相手はウマ耳と尻尾が生えており、どうやらウマ娘のようだった。
なるほど、ウマ娘の体幹同士でぶつかったのか。それなら痛くて当然───
「あーーーーっ!!」
瞬間、目の前のウマ娘がまた思考を掻き消す勢いで声を上げ、アヤベの肩が跳ねた。さながら、幼い頃に会った大切な人に街中で偶然再会したときのような声だった。
「なっ、なんですか……?」
アドマイヤベガが困惑しながら言葉を紡ぐと、目の前のウマ娘はそんなのお構い無しとばかりに一気に距離を詰めてきた。
「あのあのっ! あなた、アドマイヤベガさんですよねっ!? あのアドマイヤリラさんの双子のお姉さんのっ、あの『期待の二つ星』っ!!」
「……そうですけど……私のこと、知ってたんですか」
「そりゃあ、こないだのG1レースですっごく話題になってたから知ってますよっ! そういうのちゃんとチェックしてますので!うわ~こんなとこで会えちゃうなんて~!」
「……そういうあなたは一体───えっ?」
得心したように頷くウマ娘を見て、アヤベもまた思わず口を開いた。
目の前にいるウマ娘。
彼女のだけの特注の物ではないかと思えるほどに着こなしているトレセン学園の制服。絹糸のようにふわサラに見える芦毛の髪の毛と尻尾。
アヤベやアヤリとは違い両耳に付けられた黒い耳カバーと赤いリボン。
そして……それだけで世の男性を惑わせてしまえそうな、天使のようにも小悪魔のようにも見える魔性の笑み。
「……
そこに佇んでいたのは……あの超人気ウマスタグラマーの、『カワイイ』ウマ娘だった。