アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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姉妹のファン感謝祭:不思議な邂逅

 

 

 中庭の、少し外れにて。

 青を基調とした勝負服を身に纏ったウマ娘がベンチに座り込んでいた。その勝負服はとあるウマ娘の物と非常に似通っていたのだが、肩の部分のマントがないことからどちらなのか判別は容易だった。

 

「んーむ……むーん……」

 

『期待の二つ星(ジェミニ)』の片割れこと、アドマイヤリラ。

 星をあしらったような装飾がある姉のと比べると簡素に見える勝負服を着た彼女は、片手に買ったらしきバニラ味のソフトクリームを持って唸っていた。

 既にバニラ味のソフトクリームの形は崩れていた。だがそれは彼女が食べたからではなく、どうも時間経過によるものらしい。

 

「お姉ちゃん……来ないなぁ……」

 

 卓球を観戦している猫のように黒目を左右に動かす。さっきからベンチの前を通る人物を逐一確認しているのだが……彼女がこの世で最も信頼し最も尊敬している姉の姿は見えなかった。

 ……おそらくあの姉ならば、自分がはぐれたことに気づいたらすぐさまあちこち探し回るだろう。山で遭難したときは下手に動くよりもじっとして救助隊を待つのが一番だという。下手に動いて入れ違いになるのも嫌なので、アヤリはそれに倣い迷子になったのを認識した場所から動かず姉を待つことにした。

 

 待つことにした、の、だが……こうしてベンチに座って約五分、気分転換というかお茶濁しも兼ねてとりあえずソフトクリームを買いにいった時間もプラスすれば約七分が過ぎたのだが、未だに姉が通りがかる気配はない、というわけである。

 

「せめてスマホが使えればなぁ……」

 

 物言わぬ長方形となったスマホにジト目を向ける。このタイミングで主を見捨てるとはなんと薄情な(自業自得だが)。これが起動していればとっくに姉と再会できているのだが……残念ながらスマホを取り上げられた現代っ子は無力なのだ。

 ……ちなみに余談だが。姉妹故か、今アヤリがスマホに向けているジト目の形は、姉のアドマイヤベガがするジト目とよく似ていた。

 

「……仕方ないか」

 

 時計を一睨みしてから彼女は重い腰(体重的な意味ではない。決して)を上げる。……姉とすれ違いになったら嫌だが、かといってこのままじっとしてるのも得策とは思えない。

 なによりやはりアヤリ自身も大人しくしているのは性に合わないので、このまま姉を探しに行くこととした。

 

 そうと決まれば、とアヤリは手元のソフトクリームに目を落とし───ぶっちゃけ買ったはいいもののほとんど意識の外に消えてて放置してたので溶けてることに若干のショックを受けてから───すぐさま食べようとした。

 

 

 が、その時。

 

 人の気配、とでも言おうか。

 

 目の前に、何か空気の塊のようなものが立ち止まったのを、鼻と耳が感じ取った。

 

 

「っ、お姉ちゃんっ?」

 

 

 ピン、とベンチの上に敷いていた尻尾を伸ばし、アヤリは顔を上げた。

 

 

 そこに立っていたのはアヤリが探し続け、そしてアヤリを探し続けていた姉───

 

 

 ───ではなく、見覚えのない少女だった。

 

 

 見たところ小学校低学年ぐらいだろうか?ウマ娘のようで、まだ小さく短いがウマ耳と尻尾が生えている。

 

 

 予想外の人物にへぇ?とアヤリが口を開けた。

 だが口を開けているのは……目の前の少女も同じだった。

 

 

 ……その視線はアヤリの持っているソフトクリームへと一直線に注がれ……口の端からは、ヨダレが垂れていた。

 

 

「……お嬢ちゃん、食べる?」

 

 

 少女は何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで歯車が狂ったとしか思えない。

 今の状況を俯瞰して、アドマイヤベガが抱いたのはそんな感想だった。

 

 

「はいどうぞ! アドマイヤベガさんっ♪」

 

「あ……ありがとう……Curren(カレン)さん」

 

 

 近場の自販機から戻ってたウマ娘が、ミネラルウォーター二本を持ってアヤベが座るベンチへと戻って来る。差し出された一本をアヤベが受け取ると、ウマ娘……Currenは微笑してから隣に座りミネラルウォーターを飲み始めた。

 ……おかしい。

 

 

(あの『Curren』と自分が、一緒に座っているなんて)

 

 

『Curren』の名前は、アドマイヤベガも一応記憶の片隅にはあった(本名は知らないが)。

 ウマスダラムで200万……300万?のフォロワーを抱えており、少し呟くだけですぐに1万ウマいねを獲得する(ウマいねの基準はよく知らないが)自撮りの女神様。レースウマ娘としても一流であり、短距離部門を大いに盛り上げているカワイイウマ娘……。

 

 自分とは距離適性も学年も性格もあらゆる意味でジャンルが違うし、今後出会う機会も無いだろうと思っていた。

 そんなウマ娘が、今ここにいる。隣に座り、ミネラルウォーターを飲んで、笑いかけてくる。

 

 ……本当に、どこかで歯車が狂ったとしか思えない。

 

 いや、同じ学園にいる以上どこかで出会うのはおかしくはないのだが……。

 Currenの大ファンであるアヤリが見たら『ず~る~い~!!』と激怒しそうだ。

 というか、現に通行人の何人かはこのツーショットに気付き、

 

 

「えっあれ、マジ……!?」

 

「かっ、Currenとアドマイヤベガ……!? ど、どんな組み合わせ……!? 特に接点とか無かったろ……!?」

 

「ホログラム!? そ、それとも誰かのコスプレか!?」

 

 そんな風に遠巻きに話したりこっそりスマホのカメラを向けようとしている。

 

 

 

「……ふふっ♪ そこのあなた~! そんな遠くからでいいんですか~?」

 

『へぇっ!?』

 

 

 しかしそんなカメラの存在にCurrenはとっくに気付いていたらしい。小悪魔なような笑みを浮かべて通行人に手を振る。

 

「もっと近くで撮っても大丈夫ですよ~? それとも、ツーショットっていうのも……」

 

「か、Currenとツーショット……!?」

 

「そんなのっ……お、恐れ多いーーっ!!」

 

 彼らはみるみる顔を赤くすると、一瞬ウマ娘を超えたのではないかというほどのスピードで去っていってしまった。

 

「あっ。……ん~、一緒に写れるチャンスなのに~。場合によってはカワイイポーズもあげようかと思ったのに♪」

 

 きゅるん☆と効果音すら出ていそうな、並の男性なら一発で心奪われそうなウインクをするCurren。

 ……さすが人気ウマスタグラマー。カメラを向けられ慣れているというか、自分をカワイク見せる方法をよくわかっている。

 自分にとっては関わりの無い分野ながら、アヤベは思わず心の中で舌を巻いていた。

 

 

「にしても、本当にびっくりしましたよ~!」

 

「え?」

 

 

 その最中に出し抜けに言葉を掛けられたため、アヤベはつい言葉を聞き逃してしまった。

 だが、Currenはそれに気を悪くした様子もなく、

 

 

「『期待の二つ星』のアドマイヤベガさんっ、今年のレースを代表するウマ娘にこんな形で出会えるなんて! 不思議な縁ですね~♪」

 

「……代表ってほどではないわよ。私以外にも、今年に活躍したウマ娘はドトウにトップロードさんや……オペラオーもいるし」

 

「またまた~! G1の舞台であんな『姉妹対決』を演じておいて~! すっごく盛り上がってたじゃないですか♪」

 

「……それはどうも」

 

 

 大きな耳を揺らし少し戸惑いのようなものを見せながらも、アヤベは素直に称賛を受け取っておいた。

 まさかあのCurrenが、自分なんかを認知していたとは思わなかったのだ。さっきも言ったが、自分とはあらゆる意味でジャンルが違い、向こうも同様に感じていると思っていたから。

 意外に思ったが……いや、むしろインフルエンサーは世のあらゆる流行に常にアンテナを張っておく必要があると言われているから、これはある種当然なのかもしれない。

 

 と、そのあたりで不意にCurrenは辺りをキョロキョロとする仕草を見せた。

 

「……どうしたのCurrenさん?」

 

 ……まさかストーカーでもいたのか、とアヤベは首をかしげるが、Currenはいえいえと首を振った。

 

 

「そういえば今日は、そのアドマイヤリラさんはいないんですね?」

 

「……え?」

 

「だってアドマイヤさん姉妹って、すっっっごく仲が良いことで有名じゃないですか~! アドマイヤベガさん、いつも妹さんにベッタリされてるか、妹さんにベッタリしてるっていう噂ですし!」

 

「リラ……あっ」

 

 

 不覚だった。

 慌てて近くにあった時計に目を向けると、あれから更に時間が過ぎてしまっている。色々と立て続けにコトが起こったせいですっかり意識から弾き出されてしまっていた。

 こんなとこで油を売ってる場合じゃない。早く妹を迎えにいってやらなければ。

 

「ごめんなさいCurrenさんっ、私行かなくちゃ」

 

「? どこにですか?」

 

「リラ……アドマイヤリラと、今はぐれてしまっているのっ。この後競技にも出るから、すぐに合流したくて……」

 

「競技……あ~! あのウマ娘対抗リレーのことですか!それは大変ですっ! もっとゆっくり話したかったですけど……じゃあ仕方ないですね。早く会いに行ってあげてください!」

 

「そうさせてもらうわ」

 

 Currenに一礼して話を切り上げることを示す。

 本当に別れを惜しんでいるようなCurrenの顔から目を離し、アドマイヤベガは一応スマホに新しい通知が届いていないか確認しようと勝負服のスカートのポケットを探ってみる。

 

 

 だかその時に、あることに気づいた。

 もっと早く気づかなければならなかったことに。

 

 

 

「……あれ?」

 

「? どうしました?」

 

「……無い」

 

「え?」

 

 

 

 アドマイヤベガの頬に、冷たい汗が流れた。

 急いで反対側のポケットにも手を入れてみる。だが、そこにも無かった。

 

 

 何が無いのか。

 スマホはあった。だがスマホの他に、手に当たるはずの感触が無かったのだ。

 

 

(あの、ブサイクなゾウのマスコットが……無い……!?)

 

 

 身体中の体温が下がった気がした。いつの間にやら、あのマスコットの感触が消えているのだ。

 再びポケットに手を入れる。まさかとは思うのだが……しかしあのブサイクなふわふわは見つからない。両方のポケットを三回ずつ探ったところで、ようやくアヤベは目の前の事実を受け止めた。

 

 ……どうやら、どこかで落としてしまったらしい。

 

(どこで?)

 

 すぐさま頭を回転させる。

 心当たりがある場面といえば……先刻の多数の人の波にもみくちゃにされた場面……というかおそらくあそこしかないだろう。

 

 あのマスコットは、大事なものだ。

 

 ……いや、正直マスコット自体はそれほどでもない。が、『妹から贈られたもの』という修飾語が付くだけで彼女の中での価値は二十倍に跳ね上がるのだ。

 落としたままでは……誰かに踏まれたり、心無い何者かに持ち去られてしまうかもしれない。そう考え始めると、一気に焦りが込み上げてきた。

 

 

(どうしよう……! あの時は流されるばかりでどこをどう歩かされてたとか覚えてないし……あそこからももう移動しちゃったから、どこにあるかなんて詳しくは……! そもそも、この人混みの中あの大きさのマスコットを探すなんて……!)

 

 

 ぐるぐると思考が回る。

 マスコットを失くしてしまった。リラからの。この世で最も可愛くて最も大事にしている妹から貰ったものを。失くしてしまった……!

 

 ただでさえ時間が迫っているなどで疲弊していた精神をまた別角度から殴られ、アヤベは少しずつパニックに陥っていた。

 だが、

 

 

(こ、こうなったら、地面を這いつくばってでも───)

 

「アドマイヤベガさん」

 

「───えっ?」

 

 

 そんなアヤベを現実に引き戻してくれたのは、奇しくもまたCurrenの声だった。

 いつの間にやら、彼女は正面からアドマイヤベガを見据えていた。

 

「……何か、あったんですか?」

 

 先程まであった小悪魔さをいくらか引っ込めて問いかけてくる。

 自分でない誰かの介入に、アヤベの脳は少し落ち着きを取り戻した。思わず視線を逸らしてしまう。

 

「……いえ。……なんでもないわよ」

 

 ……その言葉がどれほど空虚に響いたかは、他ならぬアヤベ自身にすらわかっていた。

 Currenも同じように感じたらしく、さっきよりもアヤベと顔を近づける。

 

「……何かあったんですか? カレンで良ければ、お話聞きますよ?」

 

「……別にいいわよ。Currenさんには、関係ないから」

 

 こっちに関しては気遣いでも強がりでもなく、言葉通りの意味だった。

 Currenには本当に何も関係ない。これはあくまで姉妹間の……姉の不手際で起きた問題なのだ。だから姉だけで解決しなければならない。

 そう結論付けた故の台詞だったのだが……

 

 

「関係ないからこそ、ですよ♪」

 

「え?」

 

「確かにナリタトップロードさんたちと違って、こちらとアドマイヤベガさんたちは関係ありません。だから、アドマイヤベガさんが何か問題を起こしていたのだとしても、妹さんに告げ口することはできません。それって、却って気が楽じゃありませんか?」

 

「…………」

 

 

 まるでこちらの不安を見透かしたような言葉だった。

 

「ですから、もしかしたらこちらも手助けできることかもしれませんのでっ、相談してみてくれませんか?……今のアドマイヤベガさん、放っておけませんし」

 

 ね?とウインク混じりに言うCurrenのピンク色のような瞳を見ていると……不思議と、アドマイヤベガの心は絆されていて。

 

 気付けば、言葉は唇のフィルターをあっさりと貫通していた。

 

 ……甘え上手というかなんというか。アヤベはCurrenの姿に、思わずアヤリを重ねてしまった。

 

 

「なるほど……そんなことがあったんですか……」

 

 

 一連の事情を聞いたCurrenは顎に手を当てた。

 ……アドマイヤベガの話をカレンは大きなリアクションをするわけでもなく、ただ時折相槌を打ちながら大人しく聞いていた。ウマスタグラマーとして、どこかおちゃらけているようなイメージがあった彼女にこんな真面目な面があったのかとアヤベは驚くと同時に、少しの好感を持った。

 

「確かにそれは絶対に、なるべく急いで見つけないと、ですね……」

 

「えぇ……でも、手掛かりも時間もなくて……」

 

 ううむと二人して首を捻る。

 

「……なんでしたら、アドマイヤベガさんは先にレースに行ってていいかもですよ。マスコット捜索はこちらが引き継ぐって感じで」

 

「いえ、それはさすがに悪いから……」

 

「うーん。……そういえば、そもそもその妹さんがくれたマスコットって、どんなのなんですか?」

 

「ええっと……」

 

 通知を確認するためでなく、検索するためにスマホを取り出す。そういえば、伝聞では姿は伝わらない。あのゾウのマスコットの見た目は、言葉では中々説明しにくいのだ。

 幸いというかオリジナルグッズというわけでもないようで、調べると市販品の物が普通にヒットしてくれた。

 さっそくCurrenに見せてみる。

 

 

「これよ。この……ブサイクなゾウ」

 

「んー……んん?……えっ、えーーっ!?」

 

 

 瞬間。

 スマホの画面を覗き込んだCurrenが大声を上げた。思わずアヤベの尻尾が一直線になる。

 

 

「ど、どうしたのっ?」

 

「こ、これって! あのっ!」

 

 

 何やらわたわたとしたかと思うと、Currenは制服のポケットから自前のスマホを取り出し見せてくる。さっきと逆に、今度はアヤベが彼女のスマホを覗き込む形になった。

 

 件の画面はどうやらウマスタグラムのCurrenの投稿を映しているようであり……そこには一年ほど前の日付けと『一目惚れしちゃいましたっ♪』という文と共に、ブサイクなゾウのマスコットを付けた学生カバンを持っているCurrenの姿が───

 

 

「───えっ? これって」

 

「そうですっ! 今は持ってきてませんけど、カレンがカバンに付けてるのとお揃いのヤツですよコレ~!」

 

 

 興奮しているのか、Currenは黒い耳をピョコピョコとさせた。対して、アドマイヤベガは困惑気味である。

 

 

「え……Currenさんこんなの付けてたの? これブサイクだし……Currenさんが好むような物とは」

 

「そこがカワイイんじゃないですか~! うわ~! まさかアドマイヤベガさんも同じもの付けてたなんて~! 思わぬ接点ですね♪」

 

「いや……私は別にカワイイと思ってるわけじゃ……」

 

「それでですねっ! このゾウに関する投稿でしたらっ、ちょうど覚えがあるんですけど……!」

 

 

 言いながら、Currenは画面をスワイプさせていき、また別の投稿を映し見せてきた。

 今度はなんだと見てみると、どうやらそれは今日の……しかもついさっき、十分ほど前の投稿のようだった。

 

 

『なんか金魚すくいの店の近くで拾ったんだけど、誰のかわかんないから落とし物入れに届けといた。我ながら良いことした~』

 

 

 なんとそこにあった画像もまた、あのゾウのマスコットだったのだ。

 

 

「こっ、これ……!」

 

「はい! せっかくこれ付けてた人がいたらしいのに勿体無いなーって感じで記憶に残ってたんですけど……これひょっとしてアドマイヤベガさんのじゃないですか?」

 

 

 Currenのスマホを取り上げんばかりに食いつくアヤベ。

『金魚すくいの店の近く』というのも落としたであろう地点と一致している。ほぼそう見て間違いないだろう。

 確認するが早いか、二人はすぐさま校舎の中の落とし物入れがある場所へと走った。

 

 そして……。

 

 

「あった……!」

 

 

 パァッとアヤベの表情が明るくなる。

 そこには、確かにあったのだ。妹からもらった、あのブサイクなゾウのマスコットが。

 

 少し土などで汚れているが、誰かに踏まれたわけでもなさそうだった。思わず手に取って、頬擦りしようとして───Currenが近くにいるのを思い出して自重した。

 表情もなんとか元のポーカーフェイスに戻したが……Currenはアヤベの方を見ると、何やら意味ありげに笑うのだった。

 

 

「良かったですね、アドマイヤベガさんっ♪」

 

「っ……そうね」

 

 

 自分の顔がやや紅潮するのを感じる。迂闊な表情を見せてしまった。

 だが、それぐらい嬉しかったのも事実だった。本当に、妹からの贈り物を無事に見つけられてよかった。危うく妹に合わせる顔がなくなるところだった。

 ……この礼は、ちゃんとしなければならないだろう。

 アヤベはマスコットを今度こそ大事に握り締めると、正面からCurrenに頭を下げた。

 

 

「……ありがとう、Currenさん。私はウマスタグラムとか全然見ないから……たぶんあなたがいなかったら、意味のないところを延々と探すことになっていたわ」

 

「そんなぁ! いいんですよ~! たまたまウマスタを見て覚えていただけなんですし!」

 

 

 ブンブンと手を振るCurren。

 後から聞いた話だか、どうも彼女がそもそもアヤベとぶつかる羽目になったのも、スマホであの投稿を見て思わず目を奪われていたから、だったらしい。

 ……案外、歯車は狂っているようでその実しっかりと噛み合っていたのかもしれない。

 

 

「ただの偶然なんですからっ! アドマイヤベガさんは気にしなくていいんですよ~!」

 

「……でも、助けてもらったのは事実だから。本当にありがとうCurrenさん。この借りは、またいつか返させてもらうから」

 

「借りとか気にしなくて良いですって~……あ」

 

 

 また朗らかに笑おうとしたCurrenだったが……不意に何か思い付いたように目を光らせた。

 それはまるで、兄や姉にイタズラをしようとする妹のような目だった。

 

 

「やっぱり……じゃあ、今返してくださいっ♪」

 

「え?」

 

「はい、チーズ♪」

 

 

 反応する暇もなかった。

 Currenが急速にアヤベの隣にやってきたかと思うと、そのままインカメラにしたスマホのシャッターを切ったのだ。

 Currenとアドマイヤベガと、そして彼女の持っているゾウのマスコットが映る形で。

 数秒遅れてCurrenが何をしたのか、自分が何をされたのかを理解すると、アヤベは写真を確認する彼女に思わず詰め寄る。

 

 

「ちょ、ちょっとCurrenさん……!」

 

「いいじゃないですか~! アヤベさん綺麗で写真写り良いですから! 今の写真、ウマスタに上げたらきっとたくさん『ウマいね』が付きますよ♪」

 

「そういう問題じゃ……!」

 

「それに『借りを返したい』って言ってくれたじゃないですかっ♪」

 

「うっ……」

 

 

 ガチャンと心の天秤が音を立てた。

 正直、あまり良くはなかった。アヤベは自分のことを綺麗だと思ったことはないし、そういう柄でもないと自覚している。

 ……だが、Currenに助けてもらえた分の借りを返したいのも事実。

 そして……言ってしまえば、ウマスタ用の写真を撮られる程度のことでCurrenの気が済むのなら……それがCurrenのしたいことなのならば……。

 

 

「はぁ……わかったわ。良いわよ」

 

「やったー! でしたらさっそく、『思わぬ同志を発見♪ #カレン #と #期待の二つ星 #アドマイヤベガさん #カワイイとベガ #これからもっと仲良くなりたい』……よし、これで投稿完了っと!」

 

「カワイイとベガ……?……まぁよくわからないけど、Currenさんの気が済んだのなら良かったわ」

 

「はい~! それはもう! ありがとうごさいます~!」

 

 

 花が咲くような笑顔を見せるCurren。その雰囲気は……やはり『妹』に似ていた。

 

 ……この場にリラもいたら、どんな風になるのだろうか。

 

 不意に考えてしまう。確実に心労は二倍になるだろうが……少し、その騒ぎを楽しみにも感じてしまった。

 そこまで考えたところでアヤベは思考を打ち切った。

 

 元々自分は急がなければならないのだった。そして、今度こそ用事が終わったのだから、Currenとのやり取りはここらで切り上げるべきだろう。

 そう思い、アヤベはもう一度だけ礼をしてから去ろうとした。

 

 

「それじゃあまた……Currenさん」

 

「はい♪……あっ。そうだ、やっぱり待ってくださいアドマイヤベガさん!」

 

 

 だがその背中を、再びCurrenが呼び止めた。

 まだなにか?とアヤベは不思議そうに振り返る。

 

 するとCurrenは……少し考えるような間を取った後、やがてビシィッ!とアドマイヤベガを指差した。

 

 

「『Curren』じゃなくて、『カレン』ですからねっ!」

 

「……え?」

 

 

 言葉の意味がわからず、頭上にハテナマークが浮かぶ。

 

 

「最初っからずっと気になってましたけどぉ……アドマイヤベガさん、カレンのこと『カレン』じゃなくて、ウマスタグラムの『Curren』って呼んでましたよね?」

 

「……そうだったかしら?」

 

「そうですよぉ! カレンその辺りの発音の違い、ちゃんとわかりますからねっ!」

 

 

 ぷくぅ、と頬を膨らませるCurren。

 ……確かに『Curren』というニュアンスで呼んでいたのは事実だが……どこが違うのかさっぱりわからない。

 しかし、本人的には結構大事なとこらしい。

 

 

「カレンの本名は『カレンチャン』ですっ! なのでっ、これからは『Currenさん』じゃなくて『カレンさん』って呼んでください! 同じトレセン学園の生徒なんですから!」

 

「え……いや、それは……」

 

 

 アヤベの顔に戸惑いが浮かぶ。

 ……Currenとカレン。文字列と発音だけ見れば特に意味は変わらないかもしれないが……『Currenさん』という呼び方は、あくまでアヤベがその名前しか知らないからできていた呼び方である。

 細かいかもだが、『Curren』のことを『Currenさん』と呼ぶのと、『カレンチャン』を縮めて愛称のように『カレンさん』と呼ぶのとでは……なんというか、また距離感的に意味合いが変わってくる。

 

 まだ自分とCurrenはそこまで仲良くはなってない気がするのだが……しかしカレンにとってもここは譲れないらしい。まるで駄々を捏ねる妹のように、両手と両足を広げて『大』のような、『☆』のような姿勢を取り始める。

 

 

「もうっ! 呼ぶだけじゃないですかぁ~! アドマイヤベガさんがそう呼んでくれるまで、カレンここから逃がしませんよぉ~!?」

 

「わ、わかったわよっ」

 

 

 無視したらそのまま追いかけてきそうである。時計を確認してこれ以上は一分も無駄にできないと判断し、アヤベは半ば自暴自棄気味に了承した。

 

 そして、言葉と同時に背を向けて走り出す。

 

 

 

「じゃあ、改めてありがとう。……カレンさん」

 

「はい! またいつかゆっくり話しましょうね~! アドマイヤベガさん……いえ、アヤベさん♪」

 

 

 

 ───その呼び方、そのやり取りに。

 

 不思議とどこか懐かしさのようなものを覚えながら、アヤベはCurren……改め、カレンの前から去ったのだった。

 

 

 

 

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