アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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忙しく、更新が非常に遅れてしまい本当に申し訳ありませんでした。
書きたいことを詰め込んだ結果非常に長くなってしまったのでやむなく二話に分けました。次が本当に最後で、明日に投稿できると思います。

ここまでお付き合いいただけてる方、本当にありがとうございます。もう一話だけお付き合いくださると嬉しいです。




姉妹のファン感謝祭:リレー対決

 

 

 朝から始まったファン感謝祭。それは午後になり一旦の折り返しを迎えていた。

 そして、時計の針が一時を回った頃。

 トレセン学園のレース場は多大な熱気に包まれていた。

 理由は単純、前々から予告されていた一大イベントが、ついに始まろうとしているからである。

 

 

『さぁて!レディース&ジェントルメン&ウマ娘ぇ!ついにこの時間がやって来ましたぁ!ファン感謝祭午後の部の目玉の一つ!「ドキッ! ウマ娘だらけのチームリレー! ~ダートもあるよ~」ついに開幕ですっ!』

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 

 レース場に、マイクテスト無しの一発で発したらしきハイテンションな声が響くき、観客たちの熱を多分に含んだ声が追従した。

 

『ドキッ! ウマ娘だらけのチームリレー!~ダートもあるよ~』

 

 名前の通り、ウマ娘が六人でチームを組みタスキをつないでいく形式のリレー勝負。走者はそれぞれ、第一走者は芝700m、第二走者はパン食い競争、第三走者はダート700m、第四走者は障害物競争、第五と第六走者は二人三脚に挑戦することになる。

 このファン感謝祭においての……色んな意味で台風の目のようになっていたレースの時間が、ついにやって来たのである。

 

『さぁてこの年末の某リアル野球盤の如きお祭りレースっ!実況を務めますのは私……いえ、出場メンバーに比べるとネームバリューが無さすぎますので、やっぱり適当に「実況」とでも呼んでてください!隣にいるのも同様の理由で「解説」で!』

 

『よろしくお願いします』

 

 実況を名乗る黒髪のウマ娘、そして解説と呼ばれた芦毛のウマ娘がそれぞれ席に座り礼をする。

 ……おそらく運営委員のウマ娘なのだろう。テンションが対称的な黒白の二人だった。

 

『ではあんまり無駄話して校長先生呼ばわりされるのも嫌なので!さっそく出場チームの発表ですっ!』

 

 観客がややウケを返したのを見てから、実況のウマ娘は舞台の上にいるかのように大袈裟に腕を動かした。

 

 

『まず最初のチームはっ!新メンバーを次々加え飛ぶ破竹を落とす勢いで快進撃を続けているチームっ!かつてはあの伝説のオグリキャップさんも所属していたチーム、「シリウス」ですっ!』

 

 

 実況の声で、観客たちの目が会場のとある一点に集中する。勝負服を着た『シリウス』のメンバーたちが立っている場所だ。

 

 

「うおーーっ!!アタシ燃えてきたよおおおおおっ!!見ででねハヤヒデにダイジィィイイイン!!」

 

「はぁ……まさか私がこんな催しに出ることになってしまうだなんて……」

 

「おいおいマックイーン!ここに来てヘタレちまうってのかよ?」

 

「なっ……ヘタレてはいませんわ!……ですがそもそもっ、ゴールドシップさんが皆さんに無断で出走届けを出すからこんなことに……!」

 

「安心しろやい!アタシの知り合いにゃあ荒くれモンの格闘ウマ娘とオッドアイの格闘ウマ娘二人がいるからな!レースで負けてもいざとなりゃソイツらを呼んで格闘戦に持ち込んでやるって!」

 

「またあなたのエア知り合いですか……?ていうか格闘戦じゃなくてレースで勝負してくださいましっ!それに、別に負ける心配はしていませんわ!」

 

 

 なにやら号泣したりぎゃあぎゃあと言い合う声が聞こえる……かと思いきや、サイレンススズカのように無言でストレッチに勤しんでいる者もいる。

 ……いつも通り、個性豊かなチームだった。

 

 

『そして二つ目のチームは、数年前にトゥインクルシリーズを大いに盛り上げっ!そして近年では「覇王世代」の高過ぎる壁として君臨していたことでお馴染みのウマ娘たちっ!あの伝説のウマ娘たちが再び集結の、「黄金世代」チームっ!……ちなみに誘われた順番と人数の関係で、本来は先述の「シリウス」に所属しているスペシャルウィーク選手は「黄金世代」として出場しています!』

 

 

 実況の言葉に、また観客席から大歓声が上がり、視線も集まる。

 

 

「よーーしっ!けっぱりますよーっ!」

 

「ブエノー!このレース、勝つのはエルたちデースっ!」

 

「おーっ!私も死に物狂いで頑張りま……うっ、ゲホッゲホッ!うぶっ!ゲホォッ!!」

 

「ツルちゃんっ!?大丈夫!?」

 

「す、すいませっ……つ、唾が気管に……ゲホッゴホッ!……あ、待って、さっき食べた昼食が……ゲホォッ」

 

「ツルちゃーーんっ!!」

 

 

 既に死が近づいてるような気がするツルマルツヨシに「だいじょうぶかー!?」と観客からの声が上がる。

 既に青くなりかけながらもなんとか「大丈夫です」の意を示しながらツルマルツヨシは準備に入り、彼女を介抱しながら他の黄金世代も後を追った。

 

 

『さぁここらで最後のチーム……と言いたいところですが……えーっと、誠に急なのですが、「三チームじゃちょっと少なくないか?」と他の運営委員から意見がありましたので……ここで急遽新たなチームが飛び入り参戦ですっ!……なんで本番の五日前に言うんだよしかも所詮実況のアタシに言われても知らねぇよマジでよぉ……』

 

『実況さん、声拾われてますよ』

 

『ン゛ン゛っ!!さぁてというわけでっ、紹介は三番目になりましたがぁ……幻の四つ目、飛び入り参加のチーム!五日前から立候補を募り、様々なチームからメンバーを選抜して構成された混成チーム、「ミルキーウェイ」ですっ!まぁ要するに「余った他校の生徒同士で組んだチーム」みたいなものですね。いずれも中々粒揃いなメンバーたちですよ!』

 

 実況の声と共にそれまであまり視線が向かなかった会場の一角が注目される。それまで他のネームドウマ娘に埋もれて目立たなかったが、確かにそこには勝負服を着た『ミルキーウェイ』のウマ娘たちがいた。

 何人かどこかのレースで見たような顔もある。

 

「あー……そんな賑やかしの当てウマみたいな経緯で結成されてたんだ……私たちのチーム」

 

 その内の一人のウマ娘が苦笑しながら頬を掻いていた。

 トップロードと同じような……いや、彼女のよりも更に濃い、毒々しいほどの紫色の勝負服を着込んでいるウマ娘である。

 名前は確か……スコービオン、だっただろうか?確か、まだ未熟だったアヤリに対して一度勝利したことがあるウマ娘だった。

 

「なんか複雑だなぁ……あの覇王世代や黄金世代の人たちと競えるっていうから参加したけど、そんな理由だったんだ……」

 

「まあまあ。いいじゃあないですかスコービオンちゃあん」

 

「そうじゃよそうじゃよ~。結局、先輩方の胸を借りられるのには変わりないんだからねぇ」

 

 そんなスコービオンの台詞に傍らにいた二人のウマ娘が答える。あのウマ娘たちも見たことある気がする。

 確か……ミスヴァルゴとカプリコームだったか。

 アドマイヤリラがG1レースに挑む前のOPレースで、一度アヤリを下してそれぞれ2着と1着に輝き、一時『大判狂わせのジャイアントキリングウマ娘』と話題になったウマ娘たちである。

 どうやら解説の『粒揃いなメンバーたち』という評価は事実らしい。

 

「それにいそれにい……ファン感謝祭のレースに出るからっていうことでえ、私たちも発注だけはしてたこの勝負服にめでたく袖を通せたんじゃあん」

 

「ホントじゃよ、ビックリしたね~。まさかG1レースに出る前に勝負服を着れるなんて……!」

 

「それはっ……私も嬉しいけど……」

 

「これが着納めになっちゃうかもなんだし、今のうちにしっかり堪能しておかないとね~」

 

 嬉しそうにその場でくるくると回るカプリコーム。どうやらカプリコームの勝負服は手紙の配達員を、ミスヴァルゴのはドレスをイメージしているらしい。

『勝負服を着れる』というのは、レースウマ娘にとっての憧れのような、一種のステータスのようなもの。それが思いがけず叶い彼女らは嬉しいようだった。

 

「しかしまぁ、まさかまたアドマイヤリラちゃんと戦うことになるとはのう。しかもヴァルゴちゃんとの二人三脚で。今回は勝てるかね~?」

 

「私たちってほぼ過去にアヤリちゃんに勝った功績を買われて呼ばれたようなものだけどお……その時ってアヤリちゃんはまだ不調っぽかったもんねえ」

 

「これ完全にアレじゃのう。レース界でたまに出てくる『本格化を迎える前のスターウマ娘に勝って過大評価されてるウマ娘』じゃのう。まさか私たちがそうなるとは……」

 

「でもでもお、せっかくならアヤリちゃんに雪辱果たしたいなあ。……あ、けどもうアヤリちゃんに一回雪辱は果たされた形だからあ、この場合は雪辱の雪辱になるのかなあ?」

 

「はぁ……」

 

 間延びした声とお婆ちゃんのような口調。タイプの異なる『ゆるふわ系』の二人に、スコービオンはいつの間にか毒気を抜かれたように呆れた顔をしていたのだった。

 

 

『さぁそして最後は皆さんお待ちかね!去年のトゥインクルシリーズに旋風を巻き起こしっ!そして今年は可愛い妹キャラを加えて新たな名勝負を生み出してくれたウマ娘たちっ、「覇王ズセクステット」ですっ!』

 

 

 満を持してのようにマイクを握って実況が叫ぶと、同時にうおおおおおお!!と観客から声が上がる。

 まさに今の時代をときめくウマ娘なだけあって、観客の盛り上がりもひとしおのようだった。

 そんな観客たちの声に、メイショウドトウは恐れ多そうに、ハルウララは麗らかに、ナリタトップロードは手を振り返しながら、アドマイヤベガはクールに応えていた。

 

 

「はっ、はわわわ~……す、すごい人たちですぅ~……!」

 

「あーっ!あっちの方は商店街の人たちがいるよーっ!みんな来てくれたんだ~!」

 

「ホントですね!うわぁ~横断幕も作ってくれてるみたいで……!なんというかその……えっと、すごく嬉しいですっ!」

 

「……でも、本当にすごい数ね。まさかここまで人が集まるなんて……」

 

「はーっはっはっはっ!好都合じゃないか!」

 

 

 その中で、一際目立つウマ娘がアヤベの隣に並んだ。

 彼女が嫌そうな顔をして一歩距離を取ったのも気にせず……この覇王ズセクステットの(非公認)リーダー格であるウマ娘、テイエムオペラオーは大きく手を広げる。

 

 

「やぁ!今日この場に来てくれた者たちよ!君たちは非常に幸運だ!なぜならば、『シリウス』を倒し、『黄金世代』の先輩たちにサヨナラマタナをし、『ミルキーウェイ』の後輩たちを粉砕するボクたちの輝きを目に焼き付け、そのまま目を焦がすことができるのだからねっ!」

 

 

 相変わらずこういうのをやらせるとオペラオーは上手い。よく通る声で行われる『挑発』に、観客はワクワクした笑みを浮かべ、相手チームのウマ娘は不敵な笑みを浮かべていた。

 と、その盛り上りが一段落したあたりでふと観客から声が上がった。

 

 

「……そういえば聞いた?彼女らの走るの順番、なんか変わったらしいね?」

 

「あっ聞いた!最後の二人三脚……当初は『期待の二つ星』の二人でやるはずだったのに、急に姉さんの方が一番手の芝700に出て二人三脚は妹さんとオペラオーさんとでやるみたいだよ」

 

「えーうそー!?アドマイヤさん二人で走るの楽しみにしてたのにぃ……」

 

 

 突如発表されたらしいその事実に観客席の一角がザワつき始める。

 すると、それを耳聡く聞いていたのか。

 

 

「いやー、ごめんねファンの方々っ!」

 

 

 トップロードの後ろに、大きなウマ耳を伸ばしながら……覇王ズセクステット最後のメンバー、アドマイヤリラがピョコンと姿を現した。

 近くにいたアヤベが若干ギョっとしたのも気にせず……彼女はトップロードの肩に手を添えながら、いつも通りのにぱっとした笑みを見せている。

 

「私も皆にお姉ちゃんとの抜群のコンビネーションを見せたかったのは山々なんだけどねっ!ちょっと諸々あって……音楽性の違いがあったというか、宇宙の法則が乱れちゃったというかぁ……そのために、私はオペラオーちゃんと組まないとなの……」

 

「なぁに問題ない!ボクとアヤリさんの組み合わせも最強さ!なにせ、覇王とこと座(リラ)の組み合わせだからね!アヤベさんの代わりにボクとアヤリさんが、宇宙の代わりに次元の法則を揺るがせてみせようじゃないか!」

 

「そ、そういうことっ!今回は宇宙が可愛そうだから次元で勘弁してやろうってことっ!だから今のうちに皆はパラレルワールドに飛ぶ準備をしといてよねっ!」

 

 

「はーっはっはっはっ!!」

「あーっはっはっはっ!!」

 

 

 

 

「まぁ、妹さんとオペラオーとで走るのも楽しそうか……」

 

「こっちも結構良いコンビだしねっ!」

 

「ああ……妹をオペラオーに取られてアドマイヤベガさんがちょっと複雑そうな顔してる……美しい……!推せる~っ!」

 

 

 ……あまりにも二人の息が合っていたからだろうか。最初は少し不満もありそうだったが、次第に『これはこれで』みたいな声が増えてきた。

 それで区切りがついたと判断したか、実況のウマ娘がメンバーが最後の準備に入ること、レースは大体三分後ぐらいに開始することをマイクで説明していく。

 

 オペラオーはもう一笑いしながら準備に戻っていき、他のメンバーもつられるように移動していった。

 ……移動する直前、トップロードだけはアドマイヤリラと軽く目配せし、アヤリも彼女の背中にくっついたまま移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、一団が観客から見えない裏手に来たあたりで、アヤリはゆっくりと口を開いた。

 

 

「トップロードさん……その、も、もう大丈夫かな?」

 

「はい、大丈夫だと思います。私たち以外は誰も見ていませんよ」

 

「じゃ、じゃあっ……あひぃー……!つ、疲れたぁ……」

 

「よく頑張りましたよアヤリちゃん……!」

 

 

 それまでなんともなさそうに振る舞っていたアヤリは、突然生まれたての小鹿のように脚をプルプルとさせると、近くにあった椅子に倒れ込むように座った。

 彼女の姉であるアドマイヤベガが呆れたように腰に手を当てる。

 

「まったく……ヒヤヒヤさせないでよ。挨拶は私たちに任せて、リラは騒がず大人しくしてなさいって言ってたでしょ……」

 

「あ、あはは……ごめん。色々言われてたから、ちょっとフォローしないと不味いかなって……」

 

「まぁまぁ!ボクとアヤリさんの息の合った言葉によってファンの人たちもより盛り上がったしいいじゃないか!」

 

「……あのやり取りのせいで、普通にあなたとリラが走ってたとしても息が合ってたんだろうなと思えるのが嫌なんだけど……」

 

 苦虫を見るような目をオペラオーに向けるアヤベ。……相変わらずオペラオーとアヤリが仲良くしているのは快く思っていないようだ。

 

 先刻のチーム紹介時。

 さすがにあそこでファンの前に姿を見せないのは不自然だろうということで、アヤリも彼女らと共に立っていることにしたのだが。

 このレース前のとある一件で脚を酷く捻ってしまった今のアヤリは、立っていることすら困難である。

 そこで話し合った結果、アヤリはこの中では長身な方であるトップロードの肩にしがみつくように……さながら戸◯呂兄のような感じでなるべく脚に負担をかけないように立っていたのだ。

 そのお陰で一先ずはアヤリが脚を捻っていることはバレずに済んだようだが……。

 

 しかし彼女の……いや、彼女たちの本当の勝負はここからである。

 

 

「あ……あのさ、お姉ちゃん」

 

「なに?」

 

「その……ほ、本当に、やるの?」

 

 

 トレーナーに巻いてもらった脚のテーピングを撫でながらアヤリが訊くと……アヤベはさっきとは違う種類の呆れの感情を浮かべた。

 

 

「……今更リラがそれを言うの?……そもそも、『ファンや運営の人に怪我かバレないように、それでいてレースは何事もなく進行できるようにしたい』って、リラが言ったんじゃないの」

 

「そ、そうだけどっ……いざやる段階になったらやっぱりさ……。お、お姉ちゃんは大丈夫なのっ?……私と入れ替わっての、一人二役で二回走るのなんて……!」

 

「静かに。誰かに聞こえたらどうするのよ」

 

「あっ、ご、ごめん……」

 

 

 

 

 

『リラ。あなたの耳カバーと勝負服、貸して』

 

 

 あの台詞の後。

 脚を捻ったアヤリのためにアドマイヤベガが提案した作戦は、概要だけ見れば単純な『入れ替わり作戦』だった。

 まずは走る順番を変更して姉妹での二人三脚は中止とし、アヤベの位置には代わりに(かなり葛藤があったが)オペラオーに入ってもらう。そしてアヤベはアンカーから最も遠い第一走者の位置に移る。

 レースが始まると、第一走者のアヤベは『アヤベ』として普通に走り、ゴールした後は第五走者までの間にアヤリと勝負服、耳カバーを交換して姉妹で入れ替わっておく。そうして第五走者の時はアヤベは『アヤリ』として再びオペラオーとの二人三脚を走る。

 ……要するに、リレーで欠員が出たときの定番の『一人が二人分走る』作戦をファンや相手ウマ娘にバレないように行うわけである。トレーナーでさえ見分けるのが困難なアドマイヤ姉妹なら、入れ替わること自体は難しくないだろうという算段だ。

 ……確かに、普通のレースの範囲内であれば問題ない作戦に思えるが。

 

 

「お姉ちゃん……今からやるのって、お遊びとはいえウマ娘同士のレースだよ?しかも相手はシリウスとか黄金世代の超一流の皆だし……その人らもテンションMAXのやる気満々だし……。激しい競り合いになって展開もハイペースになるだろうから、スタミナを回復させる暇もないと思うけど……大丈夫なの?」

 

 

 心配そうにアヤリが言うと、アヤベは相手ウマ娘がいる方向を見ながら腕を組んだ。

 

「……正直、かなり無理があるとは思うわ」

 

「そ、それじゃあ……!」

 

「でも……少なくとも私は他に作戦は思い付かなかった。……リラに代案があるなら、採用してもいいけど?」

 

「うっ。そ、それは……無いけど……」

 

「なら、これでいくしかないでしょ」

 

 言い聞かせるようにアヤベが言うとアヤリは腹を括ったように項垂れ……膝の上で手を震わせた。

 

 

「……ごめん、お姉ちゃん」

 

「……なにが?」

 

「私のせいで、お姉ちゃんに負担をかけちゃって……。そもそも私が怪我さえしなかったら、全部丸く収まってたのにっ……!」

 

 

 本心から申し訳なく思っているような声音だった。伏せられた瞳が、光を反射して潤んでいるのがわかる。今の状況がどれだけ自分のワガママを押し通した結果かというのは、彼女も痛いほどわかっているようだった。

 

 そんな妹をアヤベは無言で見つめていた。

 

 だがやがて、アヤベはアヤリの前へと無言で歩いていき……ゆっくりと手を上げた。

 

「っ!」

 

 ぶたれる、と思ったのかアヤリがキュッと目を閉じる。

 

 だが次にアヤリの体に来た感触は───自分の肩に優しく置かれた姉の手だった。

 

 

「あれ……お姉ちゃん……?」

 

「……過ぎたことを悔やんでも仕方ないでしょ。あなたも別に、悪いことをして脚を捻ったわけじゃなくて、むしろ正しいことをした結果でしょ」

 

「…………」

 

「『ファンの人たちの気持ちに水を差したくない』という気持ちも、理解はできるから。他人の気持ちを思って行動することは何も間違ってはいないわ。だからあなたはもっと堂々としてなさい。……それに」

 

「……それに?」

 

 

 アヤリが聞き返すと……アヤベは安心させるように、少し茶化すように表情を柔らかくさせた。

 

 

「私が何年あなたの『姉』をやってきたと思ってるのよ。あなたのワガママに振り回されるのなんて、今に始まったことでもないし慣れたものだわ。……姉は、妹のワガママを叶えなきゃいけない存在なんだから」

 

「お姉ちゃん……」

 

「だからあなたはとにかく、この入れ替わりがバレないようにすることだけを考えなさい。私も頑張るけど……あなたがヘマをしても全部台無しだから」

 

「……うん、わかった!」

 

 

 そう言うと、ようやくアヤリの顔にいつもの笑顔が戻った。そのことにアヤベだけでなく、ドトウやトップロードも安堵したような表情を見せる。

 と、そこでオペラオーが場の空気を切り替えるように咳払いした。

 

「さて!第一走者のレースが始まったら、ボクはアヤリさんを連れて移動しておこうか!アヤベさん、レース場の外れにあるトイレ、そこの奥から二番目の個室で落ち合おう」

 

「……わかったわ」

 

「さぁ、では始めよう!少しのトラブルはあったが、むしろ舞台は多少のトラブルがあった方が盛り上がるもの!」

 

 覇王ズセクステットメンバーの一人ずつと目を合わせながらオペラオーは言葉を紡いでいく。

 

 

「ボクたちの勝利のため、応援してくれているファンの人たちのため!……そしてなによりも、アヤリさんの気持ちに報いるためにもっ!このレース、絶対に勝とうじゃないか!!」

 

「は、はいぃ~!」

 

「もちろんですっ!」

 

「お~!がんばるぞ~!」

 

「オペラオーちゃん……みんな……!」

 

 

 急なトラブルに文句を言うこともなく頷いていくメンバーに、アヤリは込み上げて来るものがあったのか、瞳を震わせていた。

 

「……さて、そうなれば」

 

 言うと、出し抜けにオペラオーは傍らにいたトップロードとハルウララの肩に手を回した。するとその行動の意図を察したのか、トップロードはアヤベに、ハルウララはドトウに手を伸ばす。

 アヤベはため息混じりに、ドトウはあわあわとしながらもその手を取り、五人はちょうど円のような形になる。そしてその円の最後の一角に、オペラオーたちから動いて嵌め込むような形でアドマイヤリラを入れた。

 ご丁寧に座っているアヤリに合わせるように皆中腰になっている。

 そうして、覇王ズセクステット六人で円陣が組まれた。

 

 

「よし……勝つぞ皆っ!!テイエムオペラ~~!?」

 

『オーーっ!!』

 

「……おー。……なんでそこであなたの名前でやるのよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁそれでは各チームの第一走者の方、位置についてください!』

 

 会場に再び実況のウマ娘の声が響く。その声にシリウスのサイレンススズカ、黄金世代のセイウンスカイ、ミルキーウェイのスコービオン、そして覇王ズセクステットのアドマイヤベガがそれぞれ決められた場所に移動する。

 ……ちなみに、所属ウマ娘の実力的なハンデとしてミルキーウェイのウマ娘たちは一番内枠でのレースとなっている。

 

 

『それでは、よーい……!』

 

 

 シン、と一気に会場が静まり返った。水を打ったような、僅かに動くことすら躊躇するような静寂。

 もうすぐ、始まる。アドマイヤベガたちにとって、二つの勝負を制さなければならなくなるこのレースが。

 

 そして、各々の集中力が最高に高まったとき。

 

 

『ドンっ!!』

 

 

 実況の声によりついにレースの火蓋が切られた。

 

 そしてそれとほぼ同時に。

 

 ギュンッ!と緑色の耳カバーと勝負服を纏ったウマ娘が一気に先頭へと躍り出た。

 

 超高速のスタートダッシュ。

 その主は確認するまでもない。『シリウス』の一番手にして異次元の逃亡者、サイレンススズカである。

 そしてそれを呼び水としたように、他のウマ娘たちも一斉に動きだし会場も音を取り戻す。

 

 

『さぁついに始まりました!ドキッ!ウマ娘だらけのチーム以下略!ウマ娘六人でタスキを繋いでいくリレー対決!最初の種目は芝700m!そして開始と同時に「シリウス」のサイレンススズカ、次いで「黄金世代」のセイウンスカイが先頭を駆けていきます!二人とも開幕からトップスピードですっ!』

 

『700mは短距離レースの最短距離である1000mよりも短いですからね。ウマ娘にとっては常に全力疾走でもまぁ問題ないような距離です』

 

 

 実況と解説のウマ娘の言葉通り、スズカとスカイはぐんぐんとスピードを上げていく。単純なレース対決であるこの部門は逃げウマ娘にとっては適任のようで、二人とも水を得た魚のように駆けていた。

 後続との距離はぐんぐんと開いていく。

 そしてそんな二人の後ろ、そしてスコービオンより少し前のあたりで。アドマイヤベガはトップスピード一歩手前ぐらいの、脚を抜いたスピードで走っていた。

 

(やっぱりっ……さすがに速いわね)

 

 頬に当たる風が冷たい。

 力を温存している分、少し余裕のある頭で考える。

 こうして走っている間にも既に「ひーっ、無理~」とか言ってる『ミルキーウェイ』のスコービオンやアドマイヤベガと、前方の二人の逃げウマとの距離はどんどん開いていく。

 

(もう少しスピードを出せば、差は抑えられるけど……っ)

 

 スピードを上げたいのは山々。

 しかし、自分はここから更に最後の正念場である二人三脚に出る分の体力も残しておかなければならないのだ。よって最初のこの芝700mではある程度力をセーブして走る必要があり、他のメンバーも最初からアヤベがある程度距離を開けられることは想定しているのだが……。

 

 

(でも……いえっ、私はやれる!!)

 

 

 元来の性格故か。

 自分が体力を温存するために他人にシワ寄せをするというのは、どうもアヤベの性に合わないようだった。

 

 約350mの地点。

 アヤベは急速にギアを上げ、全力疾走をし始める。

 あの異次元の逃亡者に追い付こうとしていること、そして緊張状態なのもあってかスタミナがガリガリと削れていく感覚があるが、気にしてられない。

 ……その甲斐があったかはわからないが。

 前の二人がゴールして、シリウスの次走のウイニングチケット、黄金世代のグラスワンダーがそれぞれ走り出すのに、二拍ほど遅れる程度で済んでアヤベはゴールにたどり着いた。

 

「っ、ごめんなさいトップロードさんっ!」

 

「大丈夫ですっ!アヤベさんの分は私が取り戻しますよ!」

 

 タスキを受け取ると、頼もしく笑いながらトップロードは駆けていく。

 瞬間、客席の方から「いいんちょーっ!頑張れー!」という応援が響き、トップロードも律儀に「ありがとうございます!」と走りながら返していた。

 

 

『さぁ第二種目はパン食い競争っ!徒競走をしつつ、途中にぶら下がっているあんパンをくわえ取ってゴールしてもらいます!』

 

『ウマ娘の身体能力に合わせてパンの大きさや高さも調整されていますからね。簡単に思えて中々歯応えがある種目だと思いますよ』

 

『まぁパンは柔らかいんですけどね!』

 

『アンタちょっと黙ってください』

 

 

 

 

 

「……じゃんけんでグラスちゃんが出ることになったけど、私これに出たかったなぁ……」

 

「スペちゃん何ヨダレ垂らしてるんデスか?」

 

 実況とウマ娘の声を耳に挟みながら、アドマイヤベガは選手用の席へと戻ってきた。

 

「はぁ……はぁ……ふー……」

 

 短い距離とはいえあのサイレンススズカやセイウンスカイとまともに競り合ったためか、体力の消耗はかなり大きいようだった。……そもそも、アヤベは持久力に特別自信があるタイプではないのだ。

 肩で息をしながらあたりを見回すと、アヤリとオペラオーの姿はなかった。おそらくもう移動しているのだろう。

 軽く息を整えつつアヤベもすぐに指定の場所へ向かおうとする。

 

「あっ、アヤベさんっ!」

 

 とその前に、背中に声がかかった。振り返ってみると、彼女の担当トレーナーが選手用の控え室へと走ってきていた。

 

「……トレーナー。遅かったわね」

 

「ご、ごめっ……ちょっとトレーナーがやらなきゃいけない作業に追われててっ……!今やっと終わったところなんだっ……!」

 

 レースをしてたわけでもないのに何故か彼まで息を切らせている。……どうやら相当急いできたらしい。

 やむを得ない事情なのだからそこまで気にしなくていいのにとアヤベは少し呆れる。……そもそも中庭にアヤリを介抱しにきた時も、その作業を無理言って抜け出した状態だったらしく、むしろ迷惑をかけているのはアヤベたち側だというのに。

 

「いっ、今レースはどんな感じ!?アヤベさんのっ……その、作戦は上手くいってる?」

 

「……まさに、今から入れ替わりに行くところよ」

 

「あっ……ごめん、なんか絶妙なタイミングだったみたいで……」

 

 トレーナーは一応周りを気にして言葉をボカしたが、アヤベは周りの目がほとんど第二走者のレースに向かっていることを知っていたのでそのまま言う。

 瞬間、レースに動きがあったのか大きな声が上がる。

 事前のアヤリの予測通り、かなりハイペースで進んでいるらしい。グズグズはしてられないようだ。

 

「……トレーナー、もし誰かが私を探しにきたら、適当に誤魔化しておいて」

 

「わ、わかった!」

 

 そのまま観戦に回るらしいトレーナーに告げながら、彼女は疲労が残る脚でグラウンドの外にあるトイレへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おおっとぉ!パン食い競争一位は「シリウス」は第二走者、ウイニングチケットだぁ!サイレンススズカが作ったリードをそのまま保つ形で第三レースダート700m走へ!通称「前髪ぱっつんのウマ娘」にバトンを渡します!意外な人選ですね!』

 

『実況が通称を使わないでください。まぁともかく、「シリウス」はダートを走れるウマ娘が少ないですからね。その中でもやや適正が高めだった前髪ぱっつんのウマ娘に急遽白羽の矢が立った感じでしょうか』

 

 

(くぅっ……!これ、意外と難しいですっ)

 

 

 実況と解説の声をウマ耳に挟みながら、覇王ズセクステット第二走者であるナリタトップロードは必死にパン目掛けてジャンプしていた。

 パンに到達するまでの走りは良かったのだが……彼女の元来の不器用さが災いして、中々パンをくわえ取ることができないのだ。

 どうしても後一歩届かなかったり口の位置がズレてしまったりで……こんなところまで口下手なのかと焦りと疲労が積み重なっていく。

 隣で同じく苦戦していたらしきグラスワンダーも、先刻ついに成功してゴールへと向かってしまった。

 また焦燥感が出てくるが……しかし同時に、

 

 

(何やってるんですか私……っ!ここで少しでもリードを縮めて、後の皆さんを楽させてあげないとなのに……!)

 

 

 だからこそ次は必ず成功させなければという使命感のようなものがトップロードの体に湧いてくる。

 

 その時、彼女の脳裏にふと思い出されたモノがあった。

 それは、開始前のアドマイヤベガとの会話である。

 

 

 

『……トップロードさん、ありがとう』

 

『はい?なんのことですか?』

 

『この700m走、本来ならトップロードさんが出るはずだったのに……無理言って交代してもらって……』

 

『ああ、大丈夫ですよ!アヤベさんが……えっと、二回走る以上、一回目は早めに終わらせて体力を少しでも回復してもらうのは当然ですから!だから気にしないでくださいっ!』

 

『……ごめんなさい。私たち姉妹のために、あなたに負担をかけて……』

 

 

 

(アヤベさんもアヤリさんも気にしすぎなんですよ……!私たちの仲なんですから、困っていたら助けるのは当然のことじゃないですかっ!)

 

 今さらのことながら若干ぷんすかと頬を膨らませそうになってしまう。しかしそれをどうにか押さえながら、

 

(……アヤリちゃんはあのとき中庭で、『自分が怪我したと知ったらファンがガッカリする』とか『エリアスちゃんやキャンサちゃんも責任を感じてしまうかも』みたいに言ってましたけど……でもきっと、私たちがこの勝負に負けたら今度はアヤリちゃんが責任を感じてしまうと思います……!『自分が怪我をして、皆への負担が増えたせいだ』、みたいに!)

 

 改めてトップロードは脚に力を込め、頭の上にあるパンを()め付けた。

 

 

(だから、絶対に勝ちたいですっ!私だってファンの皆さんがガッカリするのは嫌ですけど……アヤリちゃんが落ち込む姿も見たくありませんっ!だってアヤリちゃんはアヤベさんの大切な妹で、覇王ズセクステットの一員で……私の大事な友達なんですからっ!)

 

 

 決意を込めたトップロードのジャンプは……ついにパンへと届き、その口もパンを無事にくわえ取った。

 そのままパンを噛む間も惜しいほどに全力で手と脚を動かし、どうにかトップロードはグラスワンダーに一バ身遅れる形でゴールした。

 

 

「うららひゃんっ!おねがひまふっ!」

 

「まかせてーっ!ばびゅーんと走ってくるからー!」

 

 

 なんとかハルウララにタスキを渡すと、すぐに邪魔にならないようコースから外れる。度重なるジャンプでトップロードはすっかりヘトヘトになっていた。

 

 

「ふう……ふう……んん?」

 

 

 パンをくわえたまま息を整えていると、ふと観客席の方からの黄色い声援がトプロの耳に届いた。

 

 

「トプロー!カッコよかったぞーっ!」

 

「さっすが私たちのいいんちょー!」

 

 

 その声ににわかにトップロードの目が輝く。

 そうだ。自分があのジャンプをできたのは、今応援してくれているファンの人やクラスメイトの皆のお陰でもあったのだ。

 なればと、トップロードは笑い、客席へと大きく礼をする。感謝の気持ちを伝えるために───

 

 

「ふぁひがほふぁいます!みなさのおふぁげでふごいひからをだせてふごくふぁんはふぉふぉができまふぁた!!」

 

『ああっとナリタトップロード選手!なにやら感謝の言葉を述べているようですがパン食べ終わってから喋ってくれないと何を言ってるかさっぱりわかりません!』

 

『まぁどうせ「すごい」しか言ってないと思うので大丈夫でしょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘だらけの以下略第三レース、ダート700m走。

 早いものでウマ娘六人中の折り返し地点に来たもあり(第五と第六走者は二人三脚で実質同時に走るため、折り返しはとっくに過ぎている)、そろそろウマ娘たちが勝負に出始める頃である。

 

 

「いっくよー!このまま1着になってみせるから~!」

 

「ノンノンノン!勝つのはエルたちデーースっ!!」

 

「これやっぱり場違いかな私……?いや場違いだよねシリウスの他の皆と比べたら……あー帰りたいよお……!」

 

 

 前からそれぞれ『シリウス』三番手の前髪ぱっつんのウマ娘、『黄金世代』のエルコンドルパサー、『覇王ズセクステット』のハルウララ、そして今ようやく二番手のアクアピスケスからタスキが回った『ミルキーウェイ』三番手のレオターボルの順で走っている。

 さすがにこの中では実力は劣るらしく前髪ぱっつんのウマ娘はジワジワと後続に距離を詰められている。さすがにダートだからかハルウララもいつもより元気に駆けており……なにより客席にいる商店街のおっちゃんたちからの声援を追い風としてスピードを上げている。

 

 まさに手に汗握る戦い。客席にいるトレーナーも、レースから戻ってきたトップロードと共にその様を見ていたが、

 

 

「……戻ったわ」

 

 

 後ろから声が聞こえてきて、二人は同時に反応した。

 

 果たしてそこには……アドマイヤリラがいた。

 

 ……いや、違う。

 確かに勝負服や耳カバーがつけられている方向はアヤリだったが……それを身に纏っているのは、アドマイヤベガだった。

 その後ろには同じように自分のの代わりに姉の勝負服を着たアヤリと、そんな彼女に肩を貸すテイエムオペラオーの姿がある。どうやら一先ず『入れ替わり』は無事に終わったらしい。

 

 

「えっと、アヤ……アヤベさん、どう?」

 

 

 トレーナー自身も間違いそうになりながら問いかける。

 アヤベは改めて自分の体を確認し、軽くジャンプなどもする。

 

 

「……一応は大丈夫そうね。思った通り、私とリラの体格は同じだから、お互いの勝負服も問題なく着ることができたわ」

 

 

 それでも多少の違和感はあるのか、片手を頻繁に開いて閉じたり、本来は小さなマントが着いている左肩部分を落ち着きなく回したりしていた。

 

 ちなみにアヤリの方はどうなんだろうと確認してみると……彼女はオペラオーに椅子に座らせてもらいながら、

 

 

「すぅー……ふおお……!お、お姉ちゃんの勝負服だぁ……!」

 

 

 ……なんか興奮していた。

 

 

「お姉ちゃんのだぁ……!お姉ちゃんのぉ……お姉ちゃんの匂いがするぅ……!……トイレの個室でオペラオーちゃんとお姉ちゃんの手ですっぽんぽんにされかけてまで着たからには、この匂いはしっかり味わってやるんだからぁ……!」

 

「はーっはっはっはっ!さすがはアヤリさんだ!転んでもタダでは起きないね!」

 

「うう……ぐすっ、お姉ちゃんはともかくオペラオーちゃんにまで脱がされたぁ……もうお嫁に行けないぃ……!いや……まぁ最悪結婚できなくても将来はお姉ちゃんの養子にしてもらえればいいか……。あ、マントの部分も……すぅー……うへへぇ……♪」

 

「……トレーナー、私今だけ一人っ子ってことにしてもいいかしら?」

 

「たぶん脚の痛みとか服脱がされたショックとかアヤベさんの勝負服を着れた嬉しさとか色々重なってハイになってるんだよ。許してあげてアヤベさん」

 

 もはや呆れなどを通り越して『無』の表情になっているアヤベに慌ててフォローしてやる。……一体トイレの個室でナニがあったのだろうか。

 ともかく、アヤベの勝負服を着たアヤリとアヤリの勝負服を着たアヤベ。

 耳カバーも交換したしで、これで入れ替わりは完了したわけである。

 

(……それにしても……)

 

 トレーナーは思わずアドマイヤベガをまじまじと見てしまう。

 目の前にいる……元はアドマイヤリラのものである勝負服を着た彼女の姿は……何故だか、非常にサマになっていた。新鮮に感じるどころか、むしろ見慣れたように感じる。

 勝負服というのは本来そのウマ娘専用というか、そのウマ娘にだけ似合うように作られているはずなのだが……その姿は、まるで本来はこっちが正しかったのではないかとまで思───

 

 

「……トレーナー?どうしたの?」

 

「えっ?あ……いや」

 

 

 なんでもない、とトレーナーは首を振った。

 なんだか、いつぞやも似たようなデジャブを抱いた気がする。そんなのを今はウダウダと考えている暇はない。

 

「そういえば二人とも……声は大丈夫なの?もし話しかけられたりしたときに、お互いにその声のままだったらバレちゃうよ」

 

 正体不明の疑念を振り払うためにもトレーナーは口火を切った。

 姉の勝負服の吸引を終えたらしき妹のウマ耳がピンと立つ。

 

 

「だいじょーぶだってトレーナーさん!私がお姉ちゃんの声マネ得意ってのはトレーナーさんもよく知ってるでしょ?ほら、温泉旅行の時のアレとか!」

 

「まぁ、そうだけど……」

 

「……ちょっと待って。リラ、温泉旅行の時ってどういうこ」

 

「お姉ちゃんのファン第一号の私ならっ、お姉ちゃんの声を真似るなんて簡単なことだよっ!───こんな感じに」

 

「っ……」

 

 

 一瞬だった。『こんな感じに』と言う時にはもう、アヤリの声はやや低く掠れたアヤベのソレになっていた。……相変わらずの早業だ。

 トレーナーは以前の温泉旅行の時に、そしてメイショウドトウもずっと前にイタズラで騙されたらしいが……姉妹とはいえ、まるで全く同じ人物が出しているかの如き声真似には舌を巻くしかない。

 またトレーナーを騙せて嬉しかったのか、アヤリはにぱっと笑いながら一旦声を元に戻す。

 

 

「とまぁ、私はこれだからオッケーとしても……問題はお姉ちゃんだよねぇ……」

 

「……どういう意味よ」

 

「だってお姉ちゃん、私の声マネ……ていうか私のマネってしたことないでしょ?」

 

「……別にできなくても大丈夫でしょ。喋るのを控えめにして、なにか聞かれても『疲労で声が低くなってる』みたいに誤魔化せば」

 

「うーんでも……自分で言うのもなんだけどさ、私結構あれこれ喋る方だから無口でいると怪しまれるかもだよ?……そもそもお姉ちゃんの雰囲気だと見た目からしてローテンションだし」

 

「……自覚あるんならあなたはもう少し落ち着きを持ちなさいよ」

 

 

 小言は言いつつも一理はあると思ったのか、アヤベは顎に手を当てて考え込む。そんな姉に、アヤリはむふんと胸を張った。

 

「お姉ちゃんがどうしてもというならコツを教えてあげよっか!?えっとね、コツとしては頭の中で一番好きな場面の相手の声に───」

 

「別にいいわよ、自分でやるから。……あなたにできるなら、私にもできるはずよ」

 

 そう言うと、アヤベは顎に当ててた掌を喉元に移動させると「あ、あ、あー」と一音ずつ声を出していく。まるで楽器のチューニングのようだなと思いながらも、トレーナーは本当にできるのかと心配もしていた。

 なんとなく、アヤベはこういうのは苦手そうなイメージがあったのだ。

 もし何かあったら、本当に疲労やら風邪気味ということにして自分も口裏を合わせておく必要があるだろう。

 

 

『さぁダート700m走は前髪ぱっつんのウマ娘にエルコンドルパサーが差を詰める形でゴールっ!それぞれ「シリウス」はライスシャワーに、「黄金世代」はキングヘイローへとタスキが渡り第四レース障害競争へ……あっ!今ハルウララもゴールしました!客席からの称賛の声がすごいことになっていますっ!』

 

 

 レース場から実況のウマ娘の声が響く。その声にほんの数瞬、トレーナーの意識が逸れた時だった。

 

 

『ねぇ、トレーナーさん』

 

「……ん?」

 

 

 その声に再び意識を戻され、トレーナーは声がした方に顔を向けた。声のトーンと言葉遣い的に、おそらく妹のアヤリが話しかけてきたのだろうと思っていた。

 ……だが、トレーナーの目に入ってきたのは……片手を喉に当てたままのアドマイヤベガと、そんな姉の横で口をポカンとさせているアヤリだった。

 思わずトレーナーまでもが「え」の口になる。

 

 そんな二人の反応を確認すると、アヤベはパチリと瞬きしてからもう一度言葉を紡いだ。

 

 

『……こんな感じでどうかな?トレーナー』

 

「えっ、えっえっ……!?今の、アヤリ……?」

 

「い、いやっ……わ、私は何にも言ってないよ……!?」

 

 

 視界の隅で当のアヤリがブンブンと腕を振る。

 ……いや、確認せずともトレーナーにもわかっていた。ただあまりに急な光景すぎて咄嗟に信じられなかったのだ。

 

 アドマイヤベガのあの低めの掠れた声が、今はやや高めのものになっている。アドマイヤリラの声を完璧に模倣していたのだ。

 

 ……アヤベさんそんなトーンの声出せたんだ、とつい失礼なことまで思ってしまったほどである。

 口をあんぐりとさせる二人を見ると、アヤベは

 

「これでいいかしら。……トレーナーを騙せたのなら充分ね」

 

 ほんの少しだけ……得意そうな顔になってから二人に背を向けた。一瞬どこへ行くのかとトレーナーは疑問を持ったが、

 

 

 

『さぁ第四レース障害物競走!ああっと「覇王ズセクステット」のメイショウドトウ選手がまた転びました!!そしてそれに釣られるように「シリウス」のライスシャワー選手も転びます!!二チームとも一向に進んでいないぞ!!』

 

『仮にも障害物競争なのに何も障害がないとこで転ぶのやめてもらっていいですかね。反応に困るので』

 

『そしてそれを尻目に、ここで意外なほどの健闘を見せているのは「ミルキーウェイ」四番手のサジタリスマナ選手!!メイショウドトウ選手を抜かして一気に上がっていきます!!なんという軽やかな動き!!』

 

『彼女は最近障害物レースへの転向も視野に入れているそうですからね。期待の新人となるかもしれません』

 

『まるで映画泥棒のような身のこなしですね!』

 

『もう少し例えは考えてあげてください』

 

 

 

 実況の声を聞いて納得する。どうやら決戦の時が近づいているらしい。

 息を呑むトレーナーを余所に、レース場へと向かっていたアヤベはふと立ち止まった。

 どうしたのかと思うと、彼女は振り返ってアヤリの方へ視線をやる。

 

 

「ねぇ、リラ」

 

「んぇっ……な、なぁにお姉ちゃん?」

 

「……今はお姉ちゃん呼びはやめときなさい」

 

 

 首をかしげるアヤリにアヤベは静かに人差し指を立てる。

 そして、妹の目を正面から見つめた。

 

 

「じゃあ、あなたの分も走って、勝ってくるから。あなたは『姉』として、客席からしっかり見てなさい」

 

 

 姉の言葉を受けたアヤリは、しばらく目を見開きパチクリとさせていた。

 だがやがて言葉の意味を理解すると───心から嬉しそうに、にぱっと笑ったのだった。

 

 

「うん!ちゃんと見てるから!頑張ってきてねお姉ちゃ……いや、『リラ』!」

 

「えぇ。頑張ってくるわよ、『お姉ちゃん』」

 

 

 そう言って、アヤベは『アヤリ』としてレース場へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああっと泥臭く障害物を越えていた黄金世代のキングヘイロー選手っ!ついに障害物レースラストの小麦粉に顔を突っ込みましたぁ!!豪快です!!』

 

『さっきから「話が違う」だの「こんなのリハではしなかったじゃない」などとゴネていましたが、とうとう腹を括ったようですね』

 

『そして小麦粉の中にあった飴玉を取り、ついに先頭を独占していたシリウスに追い付く形でアンカーへとタスキを渡します!』

 

 

 

「ようしっ!頑張ろうねツルちゃん!」

 

「合点ですスペちゃんっ!キングちゃんのためにも、なんとしても1着で……ゴホッゴホッ!!」

 

「ツルちゃん!?」

 

「だっ大丈夫……走るのに支障はありませんのでっ……!あ、でもタスキはスペちゃんが着けてもらっててもいいかな……?私どこかで落としそうで怖いし……」

 

 

 

『そしてチーム「シリウス」のライスシャワーもついにゴールへ!シリウスのアンカーを務めるのは、あのメジロマックイーンとゴールドシップの黄金タッグだぁ!!』

 

『タッグ組まなくてもゴールドシップ単品の時点で「黄金」ですけどね』

 

 

 

「よっしゃー!やったれワン小僧だぜーっ!!」

 

「お願いしますわよ?お願いですので真面目に走ってくださいね??ホントにお願いしますわよ!?」

 

「任せてろってゴルシちゃんの握力嘗めんなっての!」

 

「任せられる要素ゼロなのですけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今回だけだから」

 

 

 レース場の、タスキを待つ第五、第六走者がスタンバイする場所にて。

 いつもと比べて履き慣れないシューズのつま先をトントンとしながら、アドマイヤベガは言い訳するように言った。

 その声は傍で次々駆けていくウマ娘や観客の喧騒に飲み込まれるかと思ったが……しかし彼女とペアを組む相手はしっかりと聞いていたらしい。形の良いウマ耳をピコピコとしながら、テイエムオペラオーは首をかしげた。

 

 

「今回だけ?なにがだい?」

 

「……私があなたと組むのは今回だけ。勘違いしないでよ」

 

「なんだそんなことか!わかっているとも!」

 

 

 大仰に手を上げる仕草をしながら答えるオペラオー。話しながらも二人はいつも通り、そっぽを向き合うようにして立っている。

 

 

「あなたと二人三脚をするなんて、本来は不本意も良いところだから……。あくまで、リラのためにやるだけだから」

 

「はーっはっはっはっ!そんなに念押ししなくてもわかっているさ!……それに、アヤリさんに責任を感じてほしくないのは、アヤリさんのために勝ちたいというのは、他ならぬボクも同じだからね」

 

 

 ついさっきタスキを受け取って走り去った三チームのウマ娘たち……特に『黄金世代』の二人の背中を見つめながらオペラオーは不敵に笑う。

 そして、

 

 

「……今、ボクたちの利害は一致している。ならば、たまには共に一曲踊るのも、悪くないんじゃないかな?」

 

 

 言いながら、オペラオーは一歩近づき片足をアドマイヤベガの隣に出した。

 しばらくアヤベはその足を無言で見つめていたが……やがてため息を吐いてから、自分の脚とオペラオーの脚を特注の紐でしっかりと結んでいく。

 

 

「……脚、引っ張らないでよ」

 

「はーっはっはっはっ!脚を引っ張ってもらうのをご所望ならいくらでも引っ張ってあげるさ!一人のウマ娘を導くことなど覇王には容易いことだからね!」

 

「はぁ……」

 

 

 言葉のキャッチボール……というよりかはドッジボールを終えた辺りで。

 後方から荒い息づかいが聞こえてきた。

 

 

「ごごごっ、ごめんなさ~い!私がドジしすぎちゃったせいで、こんなに遅れちゃってぇ……!」

 

 

 息を切らしながらドタドタとメイショウドトウが走ってきている。その靴は土まみれで、小麦粉のせいで顔……どころか何故かジャージの胸元やズボンまで真っ白けになっていた。事情を知らない人が見たらもはや『ホワイトマン』みたいな一種の怪異と勘違いされそうである。

 

 

「ドトウ、落ち着いて」

 

「大丈夫だよドトウ!この覇王の舞台を盛り上げるため、君はよく働いてくれたさ!」

 

 

 また転けそうになったドトウから同じく小麦粉まみれのタスキを受け取ると、オペラオーは躊躇うことなくそれを自分の体に掛けた。

 

 そして、二人一度だけ目を合わせると。

 

 

 

「では行こうか!『アヤリさん』!」

 

「えぇ、オペラオー………………ちゃん」

 

 

 

 一日限りのベガと覇王のタッグが、今走り出した。

 

 

 

 

 

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