アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
今回のファン感謝祭の一大イベント、『ドキッ! ウマ娘だらけのチームリレー!~ダートもあるよ~』。
それはついに最終局面のアンカー対決へともつれ込んでいた。
『さぁ長らく続きましたドキッ!ウマ娘だらけの以下略!!ついに全てのチームのアンカーにタスキが行き渡りました!先頭を走るのは最初から堅実に走り続けていたチーム「黄金世代」!それをほぼ一バ身差で「シリウス」が追い、「ミルキーウェイ」がじみーに距離を詰めています!そして「覇王ズセクステット」は現在まさかの最下位!覇王ズセクステットはここらで現役ウマ娘の意地を見せてほしいところだ!』
『しかしウマ娘同士の二人三脚は、脚質やスピードの合わせがより難しいと言われています。トップと六バ身ほど離れている今の状況だと、ここから逆転は難しいかもですね』
実況と解説のウマ娘が、マイクの横に置かれている水で喉を潤しながら言う。実際、彼女らの言っていることは事実だった。
ウマ娘同士の二人三脚はニンゲンのソレよりも緻密な走りが要求される。ニンゲンよりも何倍か上のスピードと膂力で行われる以上、転けたら悲惨なことになりかねないし、走り方というのはウマ娘にとって繊細なものである。
それを合わせようとすると最初から飛ばしてトップスピードで走るのは難しくなり、必然的に速く走ろうと思えば『ジワジワとスピードを上げていく』という形になる。
そうなるとゴールまでの距離があまり無い以上、既にリードを保っている『シリウス』や『黄金世代』が圧倒的に有利という形になるのだが……。
何故か有利なチームの一つである『シリウス』は、ここに来て大きくペースダウンし始めていた。
……なにやら二人がぎゃあぎゃあと言い合っている声が聞こえる。
「おいおいどうしたんだマックイーン!アタシらあんまスピード出てねぇぞ!?」
「当然ですわよ……」
「ちくしょう!!もっと
「いやあなたのせいですからね!?さっきからあなたが掛け声もリズムもメチャクチャに走るから合わせられませんのよっ!!」
「なぁんだよ情けねぇなぁ~!それでもゴルシちゃんと一緒に深海に行った仲かよ!?」
「練習ではちゃんとできていましたわよね!?なんで本番でふざけますの!?私たちは今トレーナーさんや『シリウス』の看板も背負って走ってますのよ!?本当にお願いしますから真面目に走って……!」
「じゃ今から合わせるぜっ!せーの、ワンツースリーフォー!!」
「ワンツー……ってなんで掛け声が四拍子なんですの!?四拍子にするぐらいなら二拍子で良いじゃありませっ……あああぁぁぁぁぁ」
『おおっとチームシリウスの黄金タッグっ!!カーブを曲がりきれず盛大に転びましたぁ!!二人とも立ち上がれません!!そしてそれを見た客席から大爆笑が起きています!!』
『……今マックイーン選手の中のガラス製のナニかがズタズタになったような気がするのですが……レース後はトレーナーあたりがしっかりとケアしてあげてほしいです』
……幸いというか、二人とも怪我は無いようである。しかしあらゆる意味で心が折れたのか二人とも転んだ体勢のまま動かず(何故かゴルシは敵の自爆に巻き込まれた戦士のような倒れ方をしていた)、アヤベとオペラオーのコンビにすら追い抜かされていた。
……実質リタイアの形であるので、これでとりあえず最下位は『シリウス』に決まっただろう。
思わぬ形でシリウスが脱落した後。
『黄金世代』の後方に位置するミルキーウェイ組。
そのアンカーである、手紙の配達員のような勝負服を着たカプリコームとドレスのような装いのミスヴァルゴは走りながら顔を見合わせていた。
「ねぇミスヴァルゴさんや~」
「なあにカプリコームちゃあん?」
「なんかこの短い間に諸々あったみたいで~……なんでかわからないけど、私たち今2位みたいじゃよ?」
「えっほんとお?……わ、ほんとおだ。目の前には黄金世代の方々しかいないねえ」
「……こうなると、ミスヴァルゴさんや」
「はあい?」
「正直私はこのレース、大先輩たちと一緒に走れれば……それなりに爪痕を残せればそれで良かったけど~……ここまで来たら……ねぇ?」
「あー……1着目指しちゃう……ってことお?」
「そうじゃ。……どうだい?ミスヴァルゴさんや」
「そりゃあ───ここまで来たら目指すに決まってるでしょお!!ここで走らなきゃウマ娘じゃないよねえ!!」
「さっすがミスヴァルゴちゃんじゃ!!じゃあ行くかの~!!もう一度、私らで下バ評覆してのジャイアントキリングをやってみせるのじゃ~!!」
「なあにが黄金世代のスペシャルウィークですかあ!?所詮は天皇賞春秋とジャパンカップを勝っただけでしょお!?それが偉いんですかあ!?」
『ああっとここを勝機と見たか!?ここに来てチーム「ミルキーウェイ」の二人が訳のわからないことを言いながら一気に加速!!スペシャルウィーク選手とツルマルツヨシ選手のコンビに少しずつ肉薄していきます!!まさにこのレースのダークホースか!?相手を考えれば意外なほどの大健闘を見せています!!』
『実際のレースならともかく、このようなお遊びレースの最終盤は冷静になったり弱気になったら負けな所ありますからね。虚勢でも良いのでとにかく声を張り上げ、押せ押せで行くのは有効な戦術と言えるでしょう』
『そういう意味では不良の喧嘩と似通った部分があるかもですね!』
『なんであなたは一々危ない例え方をするんですか?』
「ツルちゃん!」
「わかってますよぉ!」
ミルキーウェイの追い上げに対し黄金世代の二人も反応したようでペースを上げていく。
そんな彼女らの競り合いに、盛り上がってまいりましたと言わんばかりに歓声と拍手が上がる観客席。
「むむ……前の方はかなり面白いことになっているようだね……!」
「っ……」
そんな舞台から一バ……どころか五バ身ほど後ろにて。
不安要素が多かったオペラオーとアドマイヤベガの凸凹コンビは、なんとか空中分解することなく走れていた。
しかし、それは走れているだけ。『ダッダッダ』というよりは『ドタドタ』というような。
リズムこそ合ってはいるが、お互いにトップスピードからは程遠いペースである。
前方の黄金世代やミルキーウェイとはどんどん差がついていってしまう。
(っ……このままじゃ……!)
アドマイヤベガの頬に運動によるものとは違う種類の汗が流れる。先述の通り、ウマ娘の二人三脚においては急激にスピードを上げるのはリスクが高い。少しずつスピードを上げる必要があるのだが……このままではそのための距離すら無くなってしまう。
そうなっては、前を走る黄金世代を差し切って1着になることなど……客席でこちらを見つめるアドマイヤリラの期待に応えることなど不可能である。
しかし、そうしようにも思うようにスピードが出ない。
では、何故スピードが出ていないのか。
二人三脚において、速く走れない要因は大きく分けると二つ。
一つは走るもの同士の息が合っていないこと。
だがそこは、先に脱落した『シリウス』とは違い、アヤベとオペラオーの息自体はなんとか合っている。
ならば、原因は二つ目の要因にあると言えるだろう。
それは……片方のスピードが極端に遅く、もう片方の者もそれに合わせさせられているということ。
(……やっぱり、私のせい)
アドマイヤベガの干上がった喉に空気が入り込んだ。脚が、思うように動かない。
……懸念していた通り、一走目の芝700mでのサイレンススズカたちに追い付くための全力疾走は、確実にアドマイヤベガの体力を奪っていたらしい。……もう一度言うが、アドマイヤベガはトップロードなどと違い特別スタミナに自信がある方ではない。
一走目で疲労した状態から、更に二人三脚で黄金世代を相手にするというのは……。
やはり一走目でもう少し体力を温存するべきだったかと思うが、今さら後悔しても仕方ないだろう。それにあそこで温存を選んでいたら今よりもっと差が広がっていたかもしれないのだ。
(そんな前のことよりもっ、今気にすべきなのはっ……)
脳を回転させながらアヤベは目だけを横に向ける。
意図せず組むことになった、忌々しい覇王へと。走りながらもそれほど息が切れていないと見えるウマ娘、オペラオーへと。
……このふざけた覇王は。どうやら。
(疲労のせいで私が全力で走れていないから……オペラオーも本来の脚を発揮できていない)
そしてそのことをオペラオー自身は……アドマイヤベガに伝えるつもりはないらしい。
奥歯を噛み締めた音が、自分自身の耳に届いた。
……アドマイヤベガは、テイエムオペラオーのことが好きではない。というかなんなら苦手だ。
態度がふざけてるし、妹のアヤリを巻き込むし、話を聞かないし、アヤリに変なことを教えるし、アヤリをどんどん自分の色に染めていくし、肝心のアヤリからも好かれているし。
苦手以上、ギリギリ嫌い未満だ。できることなら関わりたくはない。
しかし……それでもなんだかんだでアヤベがオペラオーのことを意識しているのは……彼女が『強い』からだ。
悔しいが……本当に悔しいが、彼女は強い。
『覇王世代』の中でも頭一つは抜けているだろう。
トゥインクルシリーズの上を目指すのに、彼女はどうしても無視できない存在だ。できることなら関わりたくないのに、そのせいで意識せざるを、関わらざるを得なくなる。
……そういうところも嫌いなのだけど。
そんな、アドマイヤベガも強さを認めているテイエムオペラオーが。
『アドマイヤリラを喜ばせる』という利害の一致した存在が、全力を出せていない。
他ならぬ、自分のせいで。
───その考えに至った瞬間。
自分の心にのし掛かってきた……ふがいなさのような感情を受け、アヤベの瞳から青い火花が散ったような気がした。
迷っている余裕はもうない。
アヤベは即座に一つの決断を下して、口を開く。
「オペラオー」
「ん?なんだいアヤベさん?」
「これから私が合図したら、全力で走って」
「……んん!?」
さすがのオペラオーも驚愕したような顔をした。
それほどまでに唐突な提案であった。
「ほ、本気かいアヤベさん?それでは……」
「いいから。このまま私に合わせてたんじゃ負ける。だからここからは、私があなたのペースに合わせるわ」
「しかし、それでは君の体が……」
「いいからっ……!」
アヤベはようやく顔をオペラオーの方に向けた。力強い目だった。もしも走ってる途中でなければ、そのまま詰め寄っていそうである。
「あなたはいつもみたいに、自分の走りたいように走ればいい。私のことは気にせずに。あなたのスピードで走れば、ここからでも巻き返すことができる」
「そうかもしれないが……」
オペラオーはまだ眉をひそめている。おそらくまだアヤベのスタミナを気にして踏ん切りがついていないのだろう。
そんな彼女に、アヤベはしびれを切らしたように言った。
「あのね……!ずっと私たちを巻き込んで走り続けていたあなたが、何を今更躊躇してるのよ……!」
「…………」
「……いつも、私が止めてもリラを巻き込んで騒いでるでしょ。だから今回もそうすればいいの。……今日は……今だけは、私が『リラ』なんだから───」
アヤベはそこで、覚悟を決めたように深呼吸を挟んだ。
「───たまには、私もあなたに付き合ってあげるわ」
その言葉を聞いた瞬間。
まだ少し揺れていたオペラオーの紫色の瞳が、熱を持った。
そして、
「ふっ……はーっはっはっはっ!!なんだいなんだい!!アヤベさんもすっかりボクのオペラオー劇場のファンになってくれているではないか!!」
「……別にファンになったつもりはないから」
「いやみなまで言わなくて良いさ!まったく仕方ないなぁ!はーっはっはっはっ!!他ならぬアヤベさんからそんな愉快なキラーパスを出されては、ボクも応えないわけにはいかないねぇ!!」
心から嬉しそうに叫ぶオペラオー。完全に、いつも通りのノリだ。
「……なら、もう話してる時間が惜しいから。いくわよ」
「オーケーさ!いつでもどうぞっ!」
「じゃあ……いち、にの……っ!!」
ギュンッ!と音がした。
その音を最初にウマ耳に捉えたのは、意外にも一番先頭を走る黄金世代のスペシャルウィークとツルマルツヨシだった。
現在、後続から迫るミルキーウェイをよりスピードを上げて再び引き離しかけていた二人。
前方の尻尾を追いかけるので精一杯なミルキーウェイのウマ娘たちと違い、全力で競り合いをしながらも他の音にまで注意を払えるのは、さすがは黄金世代と呼ばれるウマ娘なだけあるか。
そこから二拍ほど遅れて、他の者たちもようやく後方の『その光景』に気づいた。気づいて、一瞬だけ静まり返った。
『えっ……え?……っ、な、なんとぉ!?覇王ズセクステットだ!!ここに来て覇王ズセクステットっ!!テイエムオペラオーとアドマイヤリラのコンビがっ、ここに来て最後方からぐんぐんとスピードを上げているぅぅぅ!!』
実況のウマ娘の声でようやく状況を認識したファンたちが、割れんばかりの大歓声を上げ始める。
『すごいスピードだっ!!すごいスピードっ……ほぼ全力疾走でしょうか!?全力疾走一歩手前ぐらいのスピードっ!!先頭との距離を一気に縮めていきます!!こんなにスピードを出して大丈夫なのでしょうかぁ!?
……えっ大丈夫ですよね??大丈夫ですよね解説さん??』
『私に聞かないでください』
『えっマジで大丈夫ですよね!?アタシ知らないからね!?本当に怪我とかしないでよ!?』
『とはいえ今のところは走れていますね。息もピッタリです。ミルキーウェイのウマ娘をあっという間に抜かしてしまいました』
実況のウマ娘はあらゆる意味で困惑しているように、解説のウマ娘は目の前の光景を一瞬たりとも見逃すまいとしているように言う。
「ええちょっとお!?こ、ここで覇王世代の方々が来るなんて聞いてないんだけどお!?」
「あれま二重の意味で速すぎる……短い天下じゃったのぅ……」
アヤベとオペラオーに追い抜かされて「無理~」と無念そうにリタイアしていくミルキーウェイ。
彼女らをなぎ払った覇王ズセクステットの二人の姿に、興奮がピークに達した観客たちはついに席から立ち上がり、贔屓にしてる方のチームの勝利を全力で叫び始めた。
そしてそれは選手用の客席にいたトップロードやドトウ、ハルウララ、トレーナーも同じ。
「いけーっ!!もう少しですよアヤっ……アヤリさーん!!」
「おおっ、オペラオーさ~~ん!!頑張ってくださいぃぃ~~!!」
「あはははいっけいっけ~っ!!」
「諸々言いたいことはあるけどっ……とりあえず今はがんばれーっ!」
───そしてそれは、アドマイヤリラも例外ではなかった。
「お、お姉ちゃんがっ……!」
彼女は、口許に手を当てながら、まさに『見たかったものが見れた』と言わんばかりに目を輝かせている。
「あのお姉ちゃんとオペラオーちゃんが、二人で走ってる……!すごい……すごいよ!お姉ちゃん、かっこいい……!」
「す、スペちゃんっ!ミルキーウェイの人らに続いて第二波が来たよっ!」
「も、もう一度スピードを上げますよツヨシちゃん!せーのっ!」
ギュンッと目の前まで迫っていた黄金世代の二人が少し脚を早める。しかしそれでも常識外れのスピードを出しているオペラオーとアヤベのコンビにはジワジワと距離を詰められている。
どうやらその前のミルキーウェイとの競り合いで、彼女らも予想外にいくらか体力を削られていたらしい。
そして、その隙を見逃す覇王世代ではない。
「はーっはっはっはっ!!行進!猛進!全身全霊!!今、世界はボクらの言いなりさっ!!」
「喋らないでオペラオー脚の動きがブレるからっ」
心から楽しそうに高笑いするオペラオーにアヤベは舌を噛みそうになる。
ほぼ全力一歩手前のスピードで走るオペラオーにぴったりペースを合わせてついていく。
このウマ娘の二人三脚においての常識外れどころか、ともすれば自殺行為になりかねない走りができているのは、ひとえにウマ娘の高い身体能力と動体視力があるから、アヤベの力が120%引き出されているから、そしてなによりこれまでにライバルとしてお互いの走りを研究し尽くしていたが故だった。
おそらく昨日今日出会ったばかりの関係でやろうとしていたら二秒で破綻していただろう。
限界以上の力を引き出そうとして脳にアドレナリンが分泌され出したのか。
先程まで感じていた疲労はもはや吹き飛んでいた。
これなら行ける。勝てる。
直感的にアドマイヤベガはそう思っていた。
前方の風を切り裂きながら、ついにスペシャルウィークとツルマルツヨシの影が隣に並んだ。
その場のあらゆるニンゲン、ウマ娘が同時に声を上げたという錯覚すら覚えそうになる。
そして────
『ゴーールっ!!今ゴールしましたぁ!!大波乱のドキッウマ娘だらけ以下略レース!!まさかまさかの大どんでん返し!!1着に輝いたのは、チーム「覇王ズセクステット」だああああ!!なんとも素晴らしいっ……素晴らしい?……そこは審議が入るでしょうが、とにかく凄まじい走りでした!!大逆転勝利です!!』
『……まぁ、伝説には残りましたね。色んな意味で』
ワァァァァァーー!!と実況の声を掻き消すような勢いで観客たちが叫ぶ。
それを受けながら、ゴールしたオペラオーとアヤベは慎重に……本当に慎重にスピードを落としていった。
そして立ち止まると……アドマイヤベガはゆっくりと息を吐いた。
「……勝てた、の?」
「もちろんっ!ボクたちの勝利さ!!」
思わず呟いたような言葉にすぐ隣からオペラオーの返事が来て、アヤベは今になって驚いたような顔をした。
しかしそんなのも気にしないほどオペラオーは上機嫌のようで、
「はーっはっはっはっ!!いやー素晴らしい!エクセレント!素晴らしいよ!!まさかこれほどのアンサンブルを奏でることができるとは!!」
大袈裟に手を動かしながら言葉を紡いでいく。……脚が結ばれていて体の距離が近いので腕が当たりそうである。
「やはりボクが見込んだ通りだったよ!是非、次も一緒にやろうじゃないか!!」
「……言ったでしょ、今だけだって。もうお断りよ」
万雷の拍手を受け、そして自分自身でも拍手をするオペラオーに、アヤベはすっかり元の素っ気ない態度でさっさと脚に結ばれていた紐をほどいてしまった。
そうして、「やれやれ素直じゃないなぁ」と肩をすくめるオペラオーを尻目に、辺りを見渡す。自分達に向けられる大歓声や、悔しそうにしている黄金世代とミルキーウェイ、そしてゴールドシップを追いかけ回しているメジロマックイーンの姿を見ると……改めて自分が勝利できたのだと思える。
(良かったっ……)
アドレナリンの効果が切れたか。
ドッと疲れが吹き出てきて、乳酸の溜まりきった脚がガクガクと震え始める。今すぐ倒れ込みそうになるが、ファンの前だからということでなんとか耐える。
……一時はどうなることかと……本当にどうなることかと思ったが、なんだかんだで入れ替わりもバレずに済んだ。
これで覇王ズセクステットの皆や……可愛い妹の思いに報いることができただろうか───
「ナイスファイトでしたよーっ!!」
───噂をすれば。
声がした方を見てみると、やはりそこには手をメガホン代わりにして声を張り上げるトップロードの姿があった。
隣では安堵やら感動やらで若干涙ぐんでいるドトウや、いつもより満開の笑顔を浮かべているハルウララもいる。
そして、
「トップロードさんの言う通り!すごかったよー!二人ともーっ!!」
椅子に座ったまま大きく声を出す……『アヤベ』の勝負服を着たアヤリの姿もあった。
その顔は、弾けるほどの笑顔で。
それを見た瞬間、アドマイヤベガは正しい意味で疲労が全て飛んでいったように思った。
……可愛い妹のあんな顔を見れたのなら、頑張った甲斐もあるというもの。
尚も「ホントにすごかったー!!」と叫ぶ妹に頷きで返そうとして───そういえば今は自分が『アヤリ』だったかと思い直し……アヤベは『アヤリ』らしく、手を振り返して応えることにした。
それが嬉しかったのか『アヤベ』の格好をしたアヤリはまた嬉しそうに声を上げ、観客も姉妹の仲睦まじい光景を見れて満足したように笑っている。
それを確認して、アヤベはほうと息を吐いた。
……本当に、良かった。
これにて、一件落着か。
無事に1着は取れたし、入れ替りがバレることもなかった。
……今のアヤリの発言は、いつもの『アヤベ』のことを思えば若干キャラ崩壊ぽくなってるかもしれないが、まぁ別にいくらでも誤魔化しが効く範囲だろう。
では、あとは無言で選手用の客席に戻り隙を見つけて服を交換し直せば大丈夫───
「ホントにカッコ良かったよー!さすがは私の自慢のお姉ちゃんだーーっ!!…………あっ」
───アヤベは思わず吹き出した。
それまで微笑ましい姉妹だなと眺めていた観客たちの目が点になる。
事情を知っているトップロードたちはおろか、あのオペラオーまでもがギョッとした顔になった。
「……んん?今、アドマイヤベガさんなんて言った?」
「えっと……自慢のお姉ちゃん??あれ??妹じゃなくて??」
「ってか、そもそもアヤベさんあんなキャラだったっけ……?」
「ど、どゆこと??言い間違えたの?」
徐々に広まるどよめき。
観客たちの間で困惑が共有されていく。
ワナワナとアヤベの体が震え始めた。
(なにやってんのあの娘っ……バカっ……!!)
さすがにこの時ばかりは彼女もアヤリに怒りの籠った視線を向けた。視線に質量があったら今頃アヤリの体には穴が空いているだろう。
だが、当のアヤリも最後の最後に自分がやらかしてしまったことは自覚しているらしい。オロオロと黒目をあちこち動かしている。
回りの覇王ズセクステット(ウララを除く)もなんとかフォローの言葉を考えようとしているようだが、あまりに急すぎるピンチに頭が上手く回ってないようだった。
だが、やがて。
何かしらの覚悟を決めたのか、ピタ、とアヤリは不意に動きを止めて口を真一文字に結んだ。こちらを刺してくるアドマイヤベガの瞳を、正面から見つめ返す。
そして、コホンと一つ咳払いすると。
『カッコ良かったわよー!さすがは私の自慢の妹ー!!』
姉の声質を極限まで真似て……台詞を言い直した。
……ついでに、口調も少し修正して。
そしてそうなれば。
観客の目が今度は一斉に『アヤリ』の装いをしたアヤベの方に向くので。
さっきみたいに無言で手を振り返すだけのわけにはいかず。
……もう、アヤベは。
妹の声質と口調を極限まで真似ながら。
こう応えるしかないだろう。
『あっ……当たり前だよーーっ!!だって、私はお姉ちゃんの妹なんだからーー!!この私と……お……オペラオー、ちゃんが組めばっ!最強なんだからねーーっ!!』
この日、アドマイヤベガは羞恥心を捨てた。
グラウンドに設置された時計。
その短針が、『5』の部分を過ぎ始める。
ファン感謝祭が閉会となり、大勢いたファンは笑顔のまま帰路についていた。片付けのウマ娘ぐらいしか人の気配が無くなったグラウンドには、オレンジ色の光が差し込み出している。
そんなグラウンドにて。
「あの、おねえちゃ……アドマイヤベガさん?」
「……なに?」
「えっと、その……怒ってます……か?」
「…………」
「…………」
「……寮の、私たちの部屋に帰ったら」
「ふぇ?」
「たまには『整理』しましょうか。あなたが溜め込んでる『お姉ちゃんコレクション』。またぱかプチの足とかはみ出してたし」
「うわああああごめんなさいお姉ちゃんっ!!それだけは!!それだけはどうかご勘弁をーーっ!!」
「お願いだからーっ!」と肩をポカポカ叩いてくるアヤリに、アヤベは「わかったわよ冗談だからっ」と急いで返した。
……あの、ウマ娘対抗リレーの後。
何はともあれ、見事レースの1着に輝いたオペラオーたち『覇王ズセクステット』は、運営委員から表彰状を受け取ることができた(アヤリは相変わらずトップロードにしがみつく生まれたての小鹿状態だった)。
……ちなみに、二人三脚におけるあの全力一歩手前の走り方は、その後運営委員のウマ娘や他ならぬトレーナーから『もしあれで怪我をしたらどうするんだ』と結構真面目に叱られた。
そうして、無事にバレることなくリレーを……ファン感謝祭の目玉イベントの一つを終えることができた彼女らは、去っていくファンたちを見送ってから勝負服を脱いでジャージに着替え、会場の後片付けの手伝いをし……そして今ようやく終わったところである。
オペラオーたちが一足先に校舎の方へと戻る中……アドマイヤベガは、脚を捻ったアドマイヤリラをおんぶしてゆっくり歩いていた。
そんな中で、アヤリはひたすらに申し訳なさそうにしている。
「あの……ホントにごめんねお姉ちゃん……。その、私これでも今回ばかりは結構反省してるからさ……」
「本当よ……時間ギリギリまではぐれるし、脚は捻るし、最後の最後で入れ替りがバレかけるし……散々だったわ。今日だけで三十年は老けた気がするし……明日はきっと脚もガタガタよ」
「うう……。ごめんなさい、お姉ちゃん……」
おんぶしていて顔が見えなくてもわかるほどに、アヤリはしょぼんとする。
……どうやら反省しているのは本当らしい。ペショリと垂れたウマ耳が、アヤベのウマ耳に少し当たる。
アドマイヤベガはため息を吐いた。
「……別にいいわよ」
言いながら、アヤベはアヤリの体を背負い直した。
うわっ!?という声が背中にかかる。
「レース前にも言ったけど、あなたに振り回されるのなんてもう慣れたものなんだから。……それに……なんだかんだで、楽しかったし」
「お姉ちゃん……」
嘘偽りの無い本心だった。……妹の存在がなければ、自分はこんなにも騒がしいファン感謝祭の日を過ごすことはなかっただろう。
そしてそれは……アヤベは別に悪いこととは思わない。
「……えへへっ。ならよかった♪」
後ろを見なくてもわかる。
さっきまで沈んでいたのが嘘のように元気に言うと、アヤリはよりアヤベの首に腕を回して、顔を更に密着させた。それを受けて、アヤベもまた彼女の体を背負い直す。
夕日に照らされながら、ゆったりと歩く姉妹。 髪の毛に感じる、アヤリの頬やウマ耳の感触。
掌に感じられる温度と、背中に響いてくる鼓動。
生きている者が、実体のあるものだけが発する、人肌の温かさ。
可愛い妹が生きていて、今ここにいる。 その確たる証拠を、アドマイヤベガは感じていた。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
不意に、アドマイヤリラが口を開いた。
「……なに?」
「今日……本当に色んなことがあって、それをお姉ちゃんと一緒に乗り越えて……改めて思ったよ」
なんとなく、アドマイヤベガは立ち止まって。妹の顔が見えるように首を後ろに向ける。
姉の顔を視界に捉えると……アヤリはその目をしばらく真正面から見つめて、そして。
「ずっと一緒にいようね」
今日一番と言えるほどの晴れやかさで。
「私、お姉ちゃんと絶対に離れたくない。明日も、明後日も、これからもずっと。ずぅっと一緒にいたい」
そう言って彼女は───にぱっと笑った。
「世界で一番大好きな、私のお姉ちゃんっ♪」
───その言葉を受けたアヤベは、しばらくパチパチと瞬きをしていた。
だが、やがて。
はぁ、と息を吐いて。
「……当たり前でしょ。だってあなたは、世界で一番世話が焼けて」
どこまでも呆れたように、
「世界で一番大事な、私の妹なんだから」
どこまでも優しい声音で、そう言ったのだった。
「あっ!いました~!」
ふと、アドマイヤ姉妹の耳に元気な声が響いた。
顔を向けてみると、校舎の入り口の近くにナリタトップロードが立っている。それだけでなく、近くにはオペラオーやドトウ、ハルウララと……覇王ズセクステットの面々が勢揃いしていた。
彼女らは、一斉にアドマイヤ姉妹の元へ駆けていく。
「……トップロードさんにドトウに……みんな。どうしてここに?」
「『どうして?』じゃないですよー!オペラオーちゃんがですねっ、勝利した記念に皆で打ち上げをしないかーって言ってくれてるんですよ!」
「はーっはっはっはっ!あれだけのアンサンブル、ひいてはセクステットを奏でたのだからね!その後の宴はあって然るべきだろう!」
「そ、そのぉ……商店街の人たちも、売れ残ったたこ焼きや焼きそばを色々分けてくれてぇ……」
「わ~い!皆で食べればきっと楽しいよ~!」
「……どうする?リラ」
「えぇ!?い、いやぁ……その、私、参加していいのかなぁ……?」
「? なんでそう思うんですかアヤリちゃん?」
「だ、だって……私本番ではダウンしてたし……実質あの勝ちは五人で掴んだものだから、私参加していいのかなーって……」
「何を言うかっ!アヤリさんだってボクたちと一緒に戦っていたさ!」
「そ、そうですよぉ!」
「応援すっごくしてたもんね~!」
「私たちやアヤベさんが本番ですごく頑張れたのは、他ならぬアヤリちゃんのためにやっていたからなんですよ!」
「そうともっ!だから、アヤリさんも間違いなく勝利の立役者の一人なのさ!」
「オペラオーちゃん……皆……!……うんっ、そうだよねっ!皆の者、我のためによく働いてくれたぞよー!……なーんて!」
「そう!アヤリさんはそうやってふんぞり返っていればいいのさ!」
「えへへっ、ありがとうオペラオーちゃん!」
『はーっはっはっはっ!!』
「……リラ。背中の上で高笑いしないで。落とすわよ」
「落とす!?『降ろす』じゃなくて!?ちょっとお姉ちゃ───いいっ待って本当に落ちるっ!!ごめんなさいごめんなさい!!今落ちたらこれから走れなくなっちゃうってぇ!!」
ぎゃあぎゃあと、うるさく、楽しそうに騒いでいくウマ娘たち。
そんなウマ娘たちを遠巻きに見つつ……縦向きにしたスマホを構えるウマ娘がいた。
艶のある芦毛をなびかせ、黒い耳カバーを着けた『カワイイ』ウマ娘。
彼女はカメラモードにしたスマホを構えながら……気持ち、アドマイヤベガが画面の中心に来るようにして、シャッターを切った。
「……ふふっ。良い写真が撮れたっ♪」
数秒して、写真が手ブレもなく綺麗に撮れていることを確認すると、そのウマ娘……カレンチャンは、満足そうな笑みを浮かべてスマホを操作した。
「じゃあ今日のウマスタは、これで決まりっ♪」
こうして姉妹のファン感謝祭は、笑顔の中で幕を閉じた。