アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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ポジション的には前話までのファン感謝祭編の番外編にあたる話です。
ですがファン感謝祭編を読んでいなくてもさほど問題はありません。




姉とのツーショット

 

 

「話は聞かせてもらったよお姉ちゃん!!」

 

 

 突然のことだった。

 その日は、灰色の雲が空をモクモクと覆っていた。事前の予報では降水確率30%と言われており、トレーナーやウマ娘の間でも外で練習するか室内で練習するか意見が割れるような、そんな微妙な天気の日。

 色々なことがありすぎたファン感謝祭から、早いもので三日ほどが過ぎた。ウマ娘たちに残響していたお祭りムードは無くなってきていて、トレセン学園内もようやく元の呼吸を取り戻しかけている、そんな時。

 

 放課後になり、教師の手伝いのために呼び出されていたアドマイヤベガは、元々トレーニングが休みになっていたことを幸運に思いながら手伝いを終えて寮の部屋へ帰ってきたのだが。

 

 扉を開けると、自分より一足先に部屋に帰っていた大事な妹であるアドマイヤリラが……何故かベッドの上で腕組みして仁王立ちしていたのである。

 

 

「……なにしてるの? リラ」

 

 

 急な事態に戸惑いながらも……また変な漫画でも読んで変な影響を受けたのかと思いながら、アヤベは室内に足を踏み入れ扉を閉める。

 

「『話は聞かせてもらった』って、一体なんのこと?……というか、私はまだ何も言ってないのだけれど」

 

「おおっと大丈夫だよお姉ちゃん!」

 

 アヤベの言葉を遮る形でアヤリが掌を前に突き出す。人差し指以外の指を折り曲げると、残った人差し指だけをチッチと左右に振った。

 

「みなまで言わなくていいよお姉ちゃん。ちゃんと裏は取れてるから」

 

「何の裏よ……私は何も言ってないのだけど」

 

「ふーん。あくまでもお姉ちゃんは『知らない』って言ってシラを切るつもりなんだね」

 

「いや、だから私は何も言ってないって……」

 

「ええいお姉ちゃ……いや、被告人、だまらっしゃい! 目は口ほどに物を言うんだよ!」

 

「被告人?」

 

 怪訝な顔をする。

 今回は弁護士か検察のドラマに影響されたのかとアヤベが考えていると、アヤリは不意に仁王立ちの体勢を崩して、アヤベを睨みつけた。

 

 ……なにやらゲームの決戦前のような雰囲気である。

 

 すると次の瞬間、彼女はウマ娘の筋力とベッドのスプリングを掛け算して「とうっ!」と叫びながら綺麗にジャンプしてみせた。

 おそらくアヤリの脳内では、漫画のヒーローが高台から降りてくる場面のような、そういうのを意識していたのだろう。

 

 部屋の電気を後光のようにしながら飛び上がると、そのまま彼女はアヤベの前に華麗に着地しようとして───

 

 

 

 ビキィィィィィン!!

 

 

「あ゛っ……!!しっ、しまったっ……!ファン感謝祭の日に捻った脚っ、まだ治ってないんだったっ……!!おおおぉぉぉ……!!」

 

(嗚呼……私の妹はバカだ……)

 

 

 

 そして悶絶した。

 

 

 右足に刺すような痛みが走ってアヤリは顔を真っ青にすると、たちまちベッドの上へトンボ返りして今朝姉に巻いてもらった右足のテーピング部分を押さえてもだえ始める。

 

 

 それを見るアヤベの目は……木登りに失敗したパンダを見る観光客のような目……というよりかは、自分が押したわけでもないのに勝手に谷底へ転がり落ちていく子供を見る母ライオンのようなものだった。

 一連の行動に完全に呆れながらも、とりあえず学生カバンを適当に置きながらアヤリの傍に行く。

 

 

「もう……大丈夫なのリラ?」

 

「大丈夫じゃないよお姉ちゃあん……!あ、脚が痛くて……!」

 

「……あの日に捻挫した脚、まだ三日しか経ってないんだから治ってないに決まってるでしょ。トレーナーからも激しい運動はやめなさいって言われてたし。そんな風にしてたら治るものも治らないわよ」

 

「ううっ……歩くのは大丈夫になったから、イケると思ったんだよぉ……!でも無理だったぁ……!も、燃え尽きたよ……真っ白にぃ……!」

 

「自分から水を被りに行った感じでしょ……」

 

 

 肺の中の空気を全て吐き出したのではと思うほど大きなため息が出た。

 ちなみにだが、アヤリだけでなくアヤベの方にも。あのファン感謝祭の日には妹の分も含めて二回分走って全力以上の力を引き出したのもあり、当然というか脚には筋肉痛という名の代償があった。今も少し痛い。

 

 まぁともかくとして、ベッドの上でゴロゴロと転がる妹に、アヤベは仕方なく宥める意も込めて頭を優しく撫でてやった。

 すると、手の感触を感じ取ったのか「んみゅ……」とアヤリの動きが止まる。しばらくするとそれが心地好かったのか、キツく閉じていた目が徐々に柔らかなモノになっていく。

 

 ……なんと単純な妹だろうか。

 

 アヤベの優しい手付きに、アヤリはたちまち子猫のようにゴロゴロと喉を鳴らし始め───

 

 

「───って違う!!」

 

 

 すぐに上体を起こして叫んだ。

 てっきりこのまま撫でられてくれると思っていたアヤベは思わずホールドアップの体勢のように手を上げる。

 

「……リラ、急に叫ばないでよ。驚くじゃない」

 

 ジト目になるアヤベだが、対するアヤリもジト目で返してきた。

 

「あ、危なかったぁ油断も隙もないよお姉ちゃん……その手には乗らないからね!こうやって妹を籠絡して問題をウヤムヤにしようとするなんて……!」

 

「籠絡って……じゃあ、やめた方がいいかしら?」

 

「いややめるなんて許さないよ!?やると決めたからには続けなさいっ!!」

 

「はぁ……」

 

 なんとワガママで天真爛漫。別の時代に生まれていればきっと立派な女王になれただろう。

 片手で妹の頭を撫でたまま、アヤベはもう片方の手を自分の額に当てた。

 

 ……いつの間にやら完全に普段通りの雰囲気になってしまっている。このままでは埒が明かない。

 仕方ないので、彼女の方からアヤリの話に合わせてやることにした。

 

 

「……で、『話は聞かせてもらった』ってなんのことなの?」

 

「あっ。そうそれだよ!まったくもうお姉ちゃんは……!」

 

 

 自分から仕掛けた話なのに、アヤリは完全に今思い出したような顔をしていた。

 そしてぶつくさと言いながらスカートのポケットを漁り始める。数秒経って取り出したソレは、スマホだった。

 

 

「これっ!どういうことなのお姉ちゃん!?」

 

 

 スマホを素早く操作すると、アヤベの顔の前に突きつける。

 ……その様はさながら、浮気相手との密会現場の写真を夫に問い詰める妻のようでもあった。……いや、アヤリからすればまさしくそんな感じなのかもしれないが。

 

 ともかく、一体どんな画面なのかとアヤベが確認してみると、そこに映っていたのは……

 

 

「……あ。これって……」

 

「……『思わぬ同志を発見♪ #カレン #と #期待の二つ星 #アドマイヤベガさん #カワイイとベガ』……楽しそうだねぇお姉ちゃん?これどういうこと??なんでお姉ちゃんとあのCurrenが一緒に写真撮ってるの!?しかもなんでそれがCurrenのウマスタに投稿されてるの!?」

 

 

 スマホに映っていたのは、ファン感謝祭のあの日に。様々な事情が絡んだ末に偶然出会ったCurren……いや、カレンチャンとの別れ際に半強制的に撮らされたツーショットの写真だった。

 

 何故その写真が、と思ったが、そういえばカレンは撮った写真はウマスタに上げるみたいなことを言っていた。そしてアヤベもその時は彼女に借りがあるからと了承していたのだが……。

 

 

「ファン感謝祭の日は私のスマホのバッテリーが切れてたから確認し損ねてたけど、今確認してビックリしたよ……!まさかお姉ちゃんがあのCurrenに会っていたなんて……本気で心臓が口から出るかと思った……!というか『カワイイとベガ』ってなに??新しいコンビユニットの名前??」

 

「それはっ……カレンさんが勝手に……」

 

「……ふーん。写真撮った部分否定しないってことは、そういうことなんだ。あの日……私がお姉ちゃんとはぐれたりスマホのバッテリーが切れたり迷子の娘と出会ったりしてあっぷあっぷしてる中で、お姉ちゃんはCurrenと出会って写真撮影なんかしてたんだ……」

 

 

 話すごとに何やら黒いオーラのようなものを濃くしていくアヤリ。前髪に隠れてその表情は見えない。

 心の中でアヤベはあの時の自分を睨み付けた。

 

 妹であるアヤリはあの『カワイイ』ウマスタグラマーであるCurrenの大ファンなのだった。

 それは、Currenの投稿を逐一チェックしていたり、Currenがやったことにすぐに影響されて真似したり、彼女のカワイイ投稿を見ると一瞬で『尊い』とか言って限界オタク化してしまうことからも明らか。

 

 

 そんなCurrenにアヤリが知らない間にアヤベが出会っていて、更にツーショット写真を撮っており、更に更にそれをアヤリに伝えていなかったとなれば……というかそもそもあの非常事態時にそんなことをしていたと知れば、そりゃあ彼女が怒るのも無理はないだろう。

 控え目に見積もっても地雷を二個以上は踏んでしまっている。

 

 

「こんなっ……こんな写真見せつけられてさぁ……!」

 

 

 事実、アヤリは今にも爆発しそうなほどワナワナと震えている。奥歯を噛み締めた音がこっちまで聞こえてきそうだ。

 ……これは彼女の説教も甘んじて受け入れなければならないか。

 さすがに今回ばかりはアヤベも目を伏せ、大人しく覚悟を決めた。

 

 

 そうしてアヤベが目を伏せた時……反対にアヤリはカッと目を見開いた。

 

 

「私はっ……私は一体、お姉ちゃんかCurrenのどっちに嫉妬すればいいの!?こんなひっじょーにウラヤマけしからんツーショット写真を見つけてしまってっ!!」

 

「それはっ……………………はぁ?」

 

 

 てっきり怒りの言葉が来るかと───いや実際怒ってはいたのだが……なんだかベクトルが違う気がする言葉に、アヤベは思わずバカみたいに口を開けてしまった。

 が、そんな姉に妹はより憤慨したように詰め寄り捲し立てていく。

 

 

「『はぁ?』って何さお姉ちゃん!?私がこの写真を最初見た時、なんて思ったかわかってるのっ!?」

 

「いや、わからないけど……」

 

「あのCurrenと写真を撮れて、しかもそれをウマスタに採用してもらえるとかお姉ちゃんなんてウラヤマシイ……!!けどそれと同時に、私のお姉ちゃんとツーショットを撮れて、しかもちょっと困惑気味の顔っていうレアな表情を見れたCurrenもけしからんし……!!というかそもそもお姉ちゃんとCurrenのツーショットなんて私にとっては例えるならマ◯オとソニ◯クのごとき夢の共演で、二人とも顔が良すぎて尊さマリアナ海溝のガチ恋一歩手前なのにぃ……!!もうウラヤマシイだとかけしからんだとか尊いだかでっ……なんか、もっ、『あ゛ーーっ!!』って感じだったんだよ!?わかる!?」

 

「……言葉の半分ぐらいは意味がわからないのだけど……とりあえずその例えだと私はマリ◯とソ◯ックのどっちなの?どっちでも嫌なんだけど」

 

「そこはどうでもいいよ!もうさ……一体どこまで私の感情を迷子にすれば気が済むのお姉ちゃんはぁ!?」

 

「なんなのその文句……念のため確認したいのだけど、あなたは結局なにに怒ってるの?」

 

「そりゃ当然っ、勝手にCurrenに会ったこととかそれを私に黙ってたこととか色々あるけど……一番はこんな尊い写真を撮ってアップして、私の感情を迷子にしたことだよ!!『覚悟の準備をしておいてください!あなたは犯罪者です!』案件だよ!?」

 

「そんなこと言われても……」

 

「ええい口答えするんじゃない!!ちゃんと謝ってよねお姉ちゃんっ!?」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 ……何故自分は謝っているのだろう。写真を撮ったのもアップしたのもカレンチャンだというのに。

 内心そう思いつつもアヤベは素直に頭を下げておいた。

 そのお陰で一先ずは溜飲が下がったのか、膨らんでいたアヤリの頬は空気が抜けたように萎んでいく。

 

 

「まぁ、今回は私のスマホのバッテリーも切れてたし、結果的にこんな尊い写真も見れたしだから許してあげるけどぉ……次もしCurrenに会ったら絶対私にも伝えてよね!?Currenと会えるなら、私は天の川の向こうにいても絶対すぐに駆けつけてCurrenと一緒に写真を───いや待てよ?……私は敢えてカメラマンに徹して、お姉ちゃんとCurrenのツーショットを写真に収めるのもアリかも……?うーむ……」

 

「いや、もうたぶん私とカレンさんが写真を撮る機会は無いと思うけど……」

 

 

 呆れたように言いながらも。アヤベはアヤリの機嫌が直ったこと、そしてアヤリが自分が思ったよりは怒っていなかったことに無意識的ながら安堵していた。

 

 

 ……アドマイヤ姉妹の関係。

 片やワガママ、片やクールな性格であるため、二人の関係は猛獣と猛獣使いのようなソレを連想しがちだが……実は彼女らはどちらかと言うとポケモンのゴーストタイプとゴーストタイプのような関係なのである。

 

 アヤリがアヤベに怒られたりすると大ダメージを負うのはもはや周知の事実だが……その一方でアヤベの方もアヤリに『ウザい姉』と思われると普通にショックを受けるし、素っ気ない態度を取られると密かに落ち込んでしまうのだ。

 

 要するに、お互いがお互いに致命傷を与えかねない、ある意味では対等な関係なのである。

 

 

 閑話休題。

 細かいことは置いといてアヤリの怒り事が落ち着いたのを認識すると……ふと、アヤベは思ったことがあった。

 

 

「ていうかリラ……私とツーショットを撮れたカレンさんがウラヤマシイて言ってたけど……」

 

「お姉ちゃん、そっちは『けしからん』だよ?」

 

「どっちでも良いわよ。……とにかく、私とのツーショット写真が欲しいって言っても……リラだって持ってるでしょ?別にそれで良いんじゃないの?」

 

 

 腰に手を当てて言う。

 ……とは言いつつも、アヤベは心の中ではリラのことだから、どうせ

 

 

『何を言うかっ!?お姉ちゃんとの写真なんて何枚でも、いや何百枚あっても良いんだもん!!この世界でお姉ちゃんとのツーショット写真を一番持ってるのは私であるべきなんだからっ!!』

 

 

 とか言うのかなぁと思っていた。

 思っていた上での、一応の確認というかじゃれ合いのようなものである。なので、アヤベのウマ耳は『な』の文字を待ち望んでいたのだが。

 

 だがしかし。

 

 

 

「えっ……な、何を言うか……お姉ちゃん」

 

「……え?」

 

 

 何故か帰ってきたのは、想定よりもずっとテンションの低いアヤリの声だった。思ったよりもマジレス調というか……。

 まるで放火をした張本人に『何故この家は燃えているのですか?』と問いかけられた家主のような……そんな声である。

 予想外の反応にアヤベが首を傾げていると、「はーまったくお姉ちゃんは……」とか言いながらアヤリは姉の隣に来て見せつけるようにスマホの画面を向けた。

 

 

「ほら見てよ私のフォトアプリ。……お姉ちゃんとのツーショット写真、一番新しいのでコレだよ。ほら、お姉ちゃんが初めてG1を勝った時に感極まった私が頼み込んで一緒に撮ったヤツ」

 

 

 画面をスワイプして映し出されたのは……確かにそのときの写真に相違なかった。

 アヤベが初めてG1を勝った時……日本ダービーのレースの時というと、大体一年ぐらい前のことである。

 

 

「えっ……そ、そこまで遡るの?あなたとのツーショットって、もっと他の機会にも撮ってなかったかしら?」

 

「撮ってなかったようっ!」

 

 

 一度鎮火した怒りが再び燃え出したように……また、前からの不満もプラスされているようにアヤリは声を張り上げた。

 対するアヤベはただただ想定外だったという顔である。

 

 

「そう……だったの……?」

 

「……まぁ、身内同士って意外と写真撮る機会無いしねぇ。あっても家族の皆とかでだし。……それにお姉ちゃん、あんまりカメラ向けられるの好きじゃなさそうだし」

 

 

 唇を尖らせるリラ。……確かにそれはそうだった。

 家族全員での集合写真などならともかく、アヤベは写真を撮られるのは特別好きなタイプではない。恥ずかしいし、さほど綺麗ではない自分なんか撮って何が楽しいのかと思うし。

 ……どうやらその辺りが、あれほど仲の良い姉妹でありながらアヤベとアヤリのツーショット写真が少ない理由のようだった。

 アヤベがそう分析する横で、アヤリは「お姉ちゃん綺麗なのにもったいないなぁー……」とスマホの画面をスワイプさせていた。

 

 

「私はもっと色んなお姉ちゃんの写真を撮りたいし、お姉ちゃんと写真撮りたいのに……。だから仕方なく、あーお姉ちゃんとの写真欲しいなーって思ったときは……あ、ほら。この写真みたいに」

 

「……あれ。私とあなたのツーショット写真、あるじゃないの。端っこに何か見切れてるのが気になるけど……これ、オペラオーやトップロードさんの尻尾かしら?」

 

「うん。だってこれあのファン感謝祭の日の最後に覇王ズセクステットの皆で撮った写真を、私とお姉ちゃんの部分だけ切り抜き編集した写真だもん。こんな風にっ、我慢できないときはお姉ちゃんと写ってる集合写真をツーショット写真風に加工して我慢してたんだよ私!?」

 

「そんなことしてたのあなた……」

 

 

 そんな涙ぐましい(?)努力をする妹など知りたくなかった。

 

 

「はぁ……別に一々写真に撮らなくても、いつも一緒にいるんだからいいじゃない。あんまり見返す機会とかも無いし……」

 

「いや確かにそうかもだけどさぁ……はぁ~、本当に現代の女子高生なのかなぁウチのお姉ちゃんはぁ~……!」

 

 

 ぶーぶーと両の指を突き合わせながら言うアヤリに「余計なお世話よ」と返すアヤベ。

 またすっかり、場はいつも通りの空気に戻り始める。

 

 ……そうした流れの中で。

 

 ふと、成り行き気味にアヤリのスマホはアヤベの手元へと渡ってしまっていた。

 そのことにアヤベは気づいたのだが、目の前のアヤリはぶーたれるのに夢中で気づいていないようである。

 

 

(…………)

 

 

 ……ちょっとした出来心である。

 つい、アヤベはそのままアヤリのフォトアプリを覗いてしまっていた。姉として、そして純粋な好奇心として、妹がどんな写真を撮っているのかは気になってしまうものなのである。

 まぁ別にLINEのようなプライバシーの強い部分を覗いてるわけでもないし、向こうが気づいたらすぐに返せばいいだろう。

 アヤベはそう思っていた。

 

 

 そうと決まれば、画面を現在の日時より前の部分へとスワイプさせていく。そこでアヤベの目に飛び込んできたのは……。

 

 

(……あの娘、結構頻繁に撮ってるのね)

 

 

 道端にいたらしきブサイクな野良猫の写真や、雪が降ったときの写真、そして一時Currenに影響されてやっていたらしきその日の昼食を収めた写真(三日で終わっていた)などなど……アヤリの性格を反映したような雑多な写真群だった。

 中には食べかけのラーメンが写っているだけの『これの何が面白いんだ』と言いたくなるような写真もあったが……きっと勝手に消したらアヤリは文句を言いまくるのだろう。親から見たらゴミにしか見えないガラクタでも子供にとっては大事なモノ的なアレである。

 

 

(……にしても)

 

 

 そんな風に様々な写真を見ていくと、アヤベはとあることに気がついた。

 

 

(……あの娘、意外と交遊関係が広いし、色んな人としょっちゅう写真を撮ってるのね……)

 

 

 ……アヤリの交遊関係が自分より遥かに広いというのは既に知っていたし。さっき『いつも一緒にいる』とは言ったものの、別に二十四時間ずっと一緒なわけではないしお互いに単独行動を取ることもしばしばなので当たり前っちゃ当たり前なのだが。

 イマドキの子はすぐ友達との写真を残そうとするというイメージ通り、アヤリのアルバムには他のウマ娘と一緒に自撮りしたらしき写真もあった。

 

 水晶玉を掲げるマチカネフクキタルと写った写真や、同じく『イマドキの子』であるマヤノトップガンやヒシミラクルと一緒に昼食を摂ってる時の写真……そして、テイエムオペラオーと一緒に高笑いのポーズを取っている写真などなど……。

 

 いずれも楽しそうだった。

 楽しそうに、笑っていた。

 

 そして、もっと日時を遡ればもっと色んな写真が出てくるだろう。

 

 青い春と言い換えても良さそうな、眩しい写真の山。

 

 

 

 

 ……しかし、だ。

 

 

 これだけ写真があるのに。

 

 こんなにも、可愛いアヤリは笑っているのに。

 

 

 そんなアヤリの姉であるアドマイヤベガが……自分がアヤリと写っている写真は、ほとんど無い。

 

 一年前の日本ダービーの頃にまで遡らないと、無い。

 

 

 

 

 そのことを改めて認識したときだった。

 

 

 アヤベの心に……なにか、仄かに薄暗いものが混ざり始めた。

 

 

 それは、痛みを伴うモノではなかった。

 

 だが……放っておくとナニやら……妙な気持ち悪さというか、ナニか……とにかく、ナニかが心に走るのだ。

 

 

 

 敢えて言うならば、コレは……

 

 

 

(……面白く、ない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇリラ」

 

「ん?なぁにお姉ちゃん?」

 

 

 しばらくしてアヤベが声をかけると、アヤリはそこで初めてぼやきモードから戻ってきたように顔を上げた。

 と同時に、いつの間にか姉の手に自分のスマホが握られていたことに気づいたようだった。

 

 

「あっちょっ、お姉ちゃん私のスマホ返してよ!それは私の大事な個人情報がたくさん詰まった長方形なんだよ!?……まぁ別にお姉ちゃんだったらいくら見られてもいいけ」

 

「リラ」

 

 

 一瞬で焦ったり怒ったりケロリとしたりコロコロと表情を変える妹の話を遮ると、アヤベはゆっくり口を開いた。

 

 

「……ツーショット写真、あなた欲しいって言ってたわよね?」

 

「え?うん、そうだけど」

 

「……じゃあ、今から撮りましょうか」

 

「えっ…………えぇっ!?」

 

 

 アヤベの言葉にアヤリは目玉が飛び出んほどに驚いた。脳内のどこかに『驚きメーター』というものがあれば、それはおそらく最大値を振り切っていただろう。

 

 

「いっ……いいのお姉ちゃんっ!?」

 

「……別にいいわよ」

 

「なっ、なんで急に……?いや嬉しいけどさ……」

 

「……なんでもいいでしょ。撮るの?撮らないの?」

 

「と、撮りますぅっ!!」

 

 

 一瞬でアヤリの目に手裏剣が光った。

 スマホを返却してもらうと、わたわたと操作しながら彼女はもう片方の手で髪の毛を手櫛で整えていく。

 それを見ながら……アヤベも少しだけ、制服の襟元が乱れていないかなどを確認していた。

 

 

「じゃじゃっ、お姉ちゃん行くよー!?ほらっ、お姉ちゃんももっと寄って!!」

 

「はいはい」

 

 

 さっきまでの不機嫌さはどこへやら。

 インカメラにしたスマホを手に持って自撮りの体勢になると、アヤリはベッドに座らせた体をアヤベに密着させた。

 同じように座り、肩や太ももに妹の体温を感じながら……アヤベはスマホへと視線を向けた。

 

 姉妹の顔を認識したカメラが、画面に四角い枠を表示させる。

 機械の方は、準備完了のようだ。

 

 

 

「ようしっ!お姉ちゃん準備はいい?」

 

「……えぇ、いつでも」

 

「ちゃんと笑ってよ!?いつもの仏頂面じゃダメだからね!?じゃっ……はい、ジェミニ~!」

 

 

 カシャッ、という音が部屋に鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むほおおぉぉ……!素晴らしい…素晴らしいよぉ……!私は今、猛烈に感動している……!お姉ちゃんとのツーショット写真最新版が……!私の望んだ写真が、今目の前にあるっ!!」

 

「……リラ、隣の部屋にその言葉が聞こえたらすごく恥ずかしいからやめて」

 

 

 そう注意するも、アヤリは何度もスマホに保存された写真を見つめては、訳のわからないことを言ったりスマホを頬擦りしたりしていた。

 

 あの写真撮影。

 写真は、最初アヤベの方は一枚で済ませるつもりだったのだが、アヤリがゴネにゴネた結果、なんやかんやで八枚ぐらい撮ることになった。

 そしてその中からアヤリが時間をかけて厳正な審査を重ね(あまりに時間をかけるのでアヤベは途中から授業中に出された課題をしていた)選び取った一枚が、今LINEを通してアヤベのスマホにも送られた。

 

 

 部屋のベッドに腰掛けて、姉妹で並んで撮った写真。

 

 首をちょこんと傾け満開の笑みを浮かべながらピースをしているアドマイヤリラと……やや固い表情ながらも、ちゃんと口角を上げているアドマイヤベガ。

 

 

 久しぶりに撮った、姉妹のツーショット写真だ。

 

 

「ねっねっお姉ちゃん!この写真スマホのホーム画面とロック画面に設定して良い!?」

 

「……好きにして良いわよ。ウマスタとか、ネットにあげたりしなければ」

 

「あげるわけないじゃん!!これは私だけが独占するんだか───あっ待てよ?そうだ、せっかくだからお母さんにも送っといてあげよっと!」

 

 

 ルンルンとスマホを操作していくアヤリを尻目に……写真を確認し終えたアヤベはフォトアプリを閉じると……彼女も静かにスマホの壁紙設定を開いた。

 ……一応、妹からは見えないように。

 

 

 そしてさっきの写真をタップし……さすがにホーム画面にまでするのは恥ずかしかったので、代わりにロック画面の方に設定する。

 

 

 

 

「……ふふっ」

 

 

 

 

 そこに映った写真を……妹とのツーショット写真を見ていると───アヤベの顔にも、笑みが浮かんだのだった。

 

 

 

 いつの間にか脚の痛みは感じなくなっていた。

 

 

 

 

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