アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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暇な時間の一幕

 

 

 人生には退屈な時間というものがある。

 

 

 例えば、飲食店の行列に並んでいる時。

 

 例えば、職場へ向かう電車に乗っている時。

 

 例えば、年端もいかない子供と遊んでいる時。

 

 例えば、ソシャゲの追加データのダウンロードを待っている時。

 

 

 もちろんこれらの感覚は人によって違う。これらの時間を退屈に思う人もいれば、むしろ行列で待っている時間こそ至高に感じるという人もいるだろう。

 

 

 そんな千差万別十人十色な時間の中で。

 トレセン学園所属、『期待の二つ星(ジェミニ)』の片割れであるアドマイヤリラが『退屈な時間』だと認定している時は───

 

 

 

「……ねぇお姉ちゃん聞いてよ」

 

「なに?」

 

「昨日さ、結構な雨降ったじゃん?」

 

「降ってたわね」

 

「だから運動場におっきな水溜まりできてて。見てたらウズウズしてきちゃって……だから私体育の時間についバシャーン!ってやっちゃったんだよね~」

 

「そう。ほどほどにしておきなさいよ」

 

「いや~もうほどほどにしときますよ~あはははは~……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 ───この時間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は夕方辺り。場は栗東寮のアドマイヤ姉妹の部屋。

 トレーナー側の都合により急遽トレーニングが休みとなった今日、姉妹は他のウマ娘たちに先んじて寮へと戻ってきていた。

 そして部屋につくなり妹のアドマイヤリラは鞄を放り投げてベッドに横になり、姉のアドマイヤベガは机の前で本日出された課題に取り組んでいた。……なんとも対称的な姉妹である。

 

「…………」

 

 制服にシワが付くのも厭わず体を捩ってうつ伏せの体勢になると、アヤリはむぅと唇を尖らせた。

 いつもは見開かれている瞳が仄かなジト目を作る。視線の先にあるのはもちろん、真っ直ぐ伸びたまま微動だにしていない姉の背中だ。

 

 

(……退屈だなぁ)

 

 

 口の中だけで呟く。

 

 ……そう。結論から言うと、今のアドマイヤリラは猛烈に退屈していた。

 

 いつもニコニコ元気100倍疲れ知らずで楽しいことが大好きなアヤリにとって、ジッと静かにしていることは何より苦手なことである。

 ……だが、まぁそれだけなら別に我慢はできる。日頃子供っぽいと怒られまくってはいるが、アヤリも本当の子供というわけではない。やろうと思えば黙ることだって平気だ。

 

 人生において、アヤリが真に『退屈な時間』だと定めているのは……こんな風な『姉が自分に構ってくれない時』だ。

 彼女が楽しく騒げているのは一重に反応してくれるトレーナーやオペラオーたち同期のウマ娘……そして姉の存在があってこそである。

 

 放課後になりトレーニングも終わった(無かった)後のアドマイヤベガは、授業中に課題が出ていたりするとさっさとそれに取りかかってしまう。そして課題に集中しているときのアヤベは、可愛い妹がどんなに話しかけようとも生返事が多めになってしまうのだ。

 

 冒頭のヤツであるアヤリの水溜まりの話だって、いつものアヤベなら

 

 

『何やってるのよあなた……だからあなたの練習用シューズが濡れてたのね。もうあなたも子供じゃないんだからそういうのはやめなさい。大体その靴についた汚れも誰が拭くんだと思ってうんぬんかんぬん』

 

 

 みたいにありがたく説教をしてくれただろう。しかしこの時間中はそんなことはしてくれなくなる。

 ……アヤベに構ってもらえることを何よりの喜びとしているアヤリにとって、それはあまり面白いことではない。

 ツッコミ役がいない場でボケることほど虚しいことはないのだ。

 

 

 もちろんアヤベの方にだって外せない用事やプライバシーはあるだろう。アヤリもさすがにそこは弁えているので、四六時中姉にベッタリするつもりはない。

 むしろその辺りで言うなら、姉を抜きにして様々なウマ娘と交友関係を持っているアヤリだって人のことは言えないだろう。

 

 ……なにより今こうして姉が課題をキッチリやってくれているからこそ、入浴を終えたあたりで自分が『お姉ちゃん課題写させて~! たぶん位置的に明日私が当てられちゃうんだよ~!』と駄々をこねて写させてもらうことができるのだ。

 

 

 その辺りはわかっている。だが、わかった上で───

 

 

(退屈だなぁ……トレセン学園爆発しないかなぁ……)

 

 

 それでも、面白くないものは面白くないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちぇっ。つまんないの)

 

 

 不貞寝するような感覚でうつ伏せから仰向けに移るアヤリ。視界が180度回転して、姉のウマ耳が地面とくっ付いた。

 ……まぁ、構ってもらえないものは仕方ない。アヤベの課題が完了するまで、大人しくしているしかないだろう。姉の集中を乱すといけないから、なるべく静かに。

 こういう時の心強い味方であるスマホは、ただ今長い勤務を終えての食事中。

 

 さて、どう時間を潰したものか。

 

 意識して目の力を緩め、視界のピントをずらす。そうしてリラックスした目でアヤリはあちらこちらに視線をやり、ボンヤリと脳を回転させた。

 

 

 

 

 ……あれ。天井のあんなところにシミなんてあったっけ? 天井のシミって数えようと思うと意外と見つからないよね。

 

 ……あ、部屋の隅にちょっと埃溜まってるな。そういえば最近掃除とかもしてなかったし。今ちょうど暇だからやろうかなーあー無理だやっぱめんどくさい。待てよ? お姉ちゃんも誘って一緒にやろうかな?それなら楽しくやれるかも。んでそこまでしてするぐらいならオペラオーちゃんたちも誘おうかな? きっと皆でやったら楽しいし。

 

 ……そろそろお腹空いてきたなー。晩ご飯はなに食べよう? 今日はなんかガッツリしたのが食べたい気分だなぁ。カツカレーとか良いかも……あれ、なんか三日ぐらい前にも食べた気がするなコレ。カロリーとかもヤバイかも……?ま、いっか。食べたら走ればいいんだし。

 

 ……あ、お姉ちゃんコレクションの一部が机からはみ出してる。あれぱかプチの足かな? 困るなー勝手に机から出てこられたら。そうだ来週あたりにまたお姉ちゃんのグッズが発売されるんだっけ。ガシャポン限定のフィギュアかなんか。今の内に千円……いや一万円両替しとかないと……。

 

 

 

 

 そこまで考えたあたりで、アドマイヤリラは目に力を入れ直して壁に備え付けられている時計へと視線を移した。その時計の針は───

 

 

(……やっと一分が過ぎたかぁ)

 

 

 無意識的に口許が三日月を作ってしまう。

 アヤリの中ではもう三十分ぐらい過ごした気分だったのだが、時計の秒針はまだ一周しかしていないようだった。

 ……時間というのはイジワルだ。向こうの都合で勝手に早くも遅くもなる。

 

 ダメだ。このままでは暇過ぎて頭がどうにかなってしまいそうになる。ディズニ◯のごとく突然歌い出してしまいそうになる。

 ため息を吐きながら、アヤリはまた仰向けからうつ伏せに戻る。視界が180度回るが……正面にいるアドマイヤベガは先刻からマネキンか何かなのではと思うほどに全く体勢を変えていなかった。

 たまに動く尻尾とカリカリと鳴るシャーペンのお陰で、ようやく生きてるのだとわかるほどだった。

 

(お姉ちゃんはすごいなぁ……あんなに集中できるなんて)

 

 姉への尊敬の念を深めながら、アヤリは何か面白いものでもあってくれないかと、さっきよりも距離が近くなっているベッドの下へと目線を向けてみた。

 

 

 すると、ふとそこに何かが落ちているのを発見した。

 

 

(……なんだろ?)

 

 

 上半身だけを動かして拾い上げてみる。

 拾い上げてわかった。それはなんの変哲もないただの輪ゴムだった。

 大方何かを結んでいたのを解いた時に落としてしまって気づかず放置してしまっていたのだろう。色も少しくすんでいる。

 

「…………」

 

 ……おそらく平時ならば、そこで興味は尽きていただろう。

 しかし、今のアヤリは暇で暇で仕方のない状態である。そしてそんな状態で、辛うじてオモチャになりかねないものを拾ったとするならば……。

 

 

「……わーい」

 

 

 本を持ったらとりあえず読むように。石ころを見つけたらとりあえず蹴るように。

 輪ゴムを持つととりあえず引っ張りたくなるのが人情というものだった。

 

 びよーんびよーんと適当に引っ張ってみる。

 ニンゲンの力ならともかく、ウマ娘の力で引っ張ると輪ゴムは案外簡単に千切れてしまうのである程度手加減して。

 ……が、やってみるとコレは意外と悪くなかった。池のコイにエサをやってるような感じというか、なんとなく無心で楽しめるというか。

 ジッとしているのと体の一部分でも動かしているのとではやはり違う。少なくとも、さっきまでのひたすら部屋の景色を眺めて考え事をするのよりは遥かにマシだった。

 

 すると、アヤリの脳裏にふと思い立ったものがあった。

 右の掌を開き、そこに輪ゴムを伸ばして指に引っ掛けていく。そのまま脳の中でとある記憶を検索して引っ張り出し、内容を思い出しながら……

 

 

(えーっと、確かこんな感じだったはず……。んで最後にここをこうして……とっ!)

 

 

 ようやくソレは形になる。三十秒ほどの格闘の末に、アヤリは右手を鉄砲の形にした状態で輪ゴムをセッティングさせることができていた。

 そう。子供の頃に誰もが一度はやったであろう、輪ゴム鉄砲である。

 

 

(懐かしー……さすが私、よく覚えてたよ!)

 

 

 過去の記憶だけを頼りにして完成させられたことに仄かな達成感が湧いてくる。もしコレが漫画であればアヤリの口のあたりには『むふー』というオノマトペが浮いていただろう。

 

 とはいえ、輪ゴム鉄砲を作ったことにさして目的や意味はない。なんとなく暇潰しになれば良いなーと思っていただけだ。

 

 

 ……しかしこうなってくると。

 剣を持つととりあえず振りたくなるように。新しい魔法を覚えたらとりあえず唱えたくなるように。

 輪ゴム鉄砲を作るととりあえず何かに向けて撃ちたくなるのが人情だった。

 

 

(とはいえ……ここには空き缶とかそれっぽいマトもないしなぁ……。無難に壁に撃とうかな……)

 

 

 考えながらアヤリは輪ゴム鉄砲にした指をあちらへこちらへと向けてみる。

 

 その手が───やがてとある一点の前で止まった。

 

 

 課題をやっている、アドマイヤベガの背中……より正確に言うなら、それより更に上の後頭部の前で。

 

 

「────」

 

 

 瞬間、さながら雷に撃たれたような緊張感がアドマイヤリラの体を駆け巡った。

 

 本能的にアヤリは悟った。

 

 

 

 自分は今、究極の二択を突き付けられている。

 

 

 

 アヤベの方はアヤリの動きに気づいた様子はない。

 

 ……この距離。ウマ娘のエイム力や諸々を鑑みれば、まず間違いなく当てることができるだろう。

 自分を放ったからかしにして黙々と課題やっている、にっくき姉への後頭部へと。

 

 

 ……どうするか。

 撃つべきか、撃たざるべきか。

 

 

 焦り、期待、興奮、イタズラ心、芸人魂。

 

 様々な思いがアヤリの中で渦巻いていく。

 

 さながら開けてはいけないパンドラの箱を前にしているような気分。

 

 

 撃ったら絶対にこの退屈な時間に楽しい嵐を巻き起こしてくれるだろうというワクワクと、撃った後に必ず襲い来るであろう制裁とがのし掛かり、心の天秤がガッチャンと音を立てる。

 

 

 コメカミに一筋の汗が流れ、無意識的に唾を飲み込んだ。

 

 

 そしてたっぷり一分ほど悩んだ末に、アヤリは───

 

 

 

(……いや、やめとこう)

 

 

 

 輪ゴム鉄砲を形作っている指から力を抜き、一つ息を吐いた。

 

 

(さすがに私もまだ命は惜しいし……ウマ娘だから大丈夫とは言え普通に考えて他人に向けて撃つのはダメだもんね、うん。……うん、なんか芸人的に考えるとすごく勿体無いことをしてるような気もするけど……世の中には越えちゃいけないラインがあるからね。そもそも私芸人じゃないしパンピーだし)

 

 

 意外と一般常識自体はちゃんと持ち合わせているアヤリはそう判断を下したのだった。

 嵐が起きていた脳内がその決断で落ち着いたような気がして、一先ずの安寧を取り戻したことに「さすが私」と自画自賛する。

 

 さて、そうと決まれば危ないのでさっさとこの輪ゴム鉄砲(武器)を下ろして───

 

 

 

「───ん。そういえばリラ」

 

「っうぇ?? あっ───」

 

 

 

 そんな中で、不意に声をかけられた。

 

 さっきまで課題に取り組んでいた姉が、突然こちらを振り返って声を発した。

 それは理解できた。だが体の理解が追い付かなかった。

 

 元々力を抜き掛けていた指が、その出来事で完全に形が崩れる。僅かに手汗が滲んでいたことで輪ゴムが滑る。

 それに伴い、諸々の力を込めて伸ばされていた輪ゴムが元の形に戻り、その勢いで指から発射された。

 

 

 全てがスローモーションになったようだった。

 

 

 放たれた輪ゴムは、確かな力を持ちながら一直線にアヤベの顔へ向けて飛んでいき……せめて外れてくれないかなというアヤリの思いも虚しく……

 

 

 

「───いたっ」

 

 

 

 彼女の眉間の位置へ、正確に着弾した。

 

 

 ───空気が、凍った。

 

 

 輪ゴムが地面へと落ちる音が、やけに大きく聞こえた。

 

 口を「あ」の形にしたまま、アヤリは動けない。

 

 

 一方、アヤベの方は一応ウマ娘の体ということでダメージ自体はそうでもなかったのか、数秒間眉間を押さえただけだった。

 そしてウマ耳を微かに絞らせると……目をギョロリと下に向ける。

 

 

 

「……輪ゴム」

 

 

 

 突然の襲撃の正体である物体を拾い上げると……そのまま、撃ち出した本人であろうアヤリの方を見つめる。

 

 その視線は、過去最高(最低)に冷えていた。

 

 

 

「……リラ?」

 

「いや待ってお姉ちゃん誤解だよ。私はこんなことするつもりはなかったんだ。……いや一瞬しようかなと悩みはしたけど。けど悩んだだけなんだよ、ちゃんと未遂で終わったよ。だからこれは事故なんだ、ねぇお姉ちゃん??」

 

「…………」

 

「お姉ちゃん、話し合おう? ほら、私たちは血を分けた姉妹だよ? 姉妹が話し合いでわかり合えないなんてことあるわけないじゃん? 暴力で解決できることなんて世の中にはほとんど無いって言うし。今の世界はただでさえ争い事が無くならないんだから、せめて私たちの間では争い事は起こさないようにしよう? そう、その精神こそがまさに今の世界に欠けているものであって私はそれを表現したくて輪ゴム鉄砲をだね───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い痛い痛いっ!! お姉ちゃん許してっ!! 本当に未遂のつもりだったのっ!! やるつもりだったけどやるつもりは無かったんだよぉっ!!」

 

「……反省した?」

 

「いやこれ反省どうこうの問題じゃないって!! いくらウマ娘と言えども膝の関節はそっち側には曲がらないよ!! このままじゃ私膝の可動域が新たに増えた第二世代のウマ娘になっちゃうからぁ!!」

 

「……新人類って感じで良いかもしれないわね。妹がそんな存在として大成したら、姉の私としては誇らしいわよ」

 

「私は従来の人類として大成したいんだけっ……あ待ってお姉ちゃん本当に待って。今本能で直感したわそれ以上引っ張られたら私の骨がバキッていう気がす───」

 

「ふんっ」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」

 

 

 

 夜の(とばり)が下りたトレセン学園に、何かが折れたような音と元気な悲鳴が響き渡る。

 

 

 薄れゆく意識の中で、アヤリは輪ゴムなんかで遊んでしまったことを後悔しつつ……『でもまぁこれはこれでお姉ちゃんに構ってもらえたからいっか☆』なんてことを思っていたのだった。

 

 

 ……ちなみに当然ながら膝の関節は増えず、アヤリが次世代型のウマ娘になることはなかった。

 

 

 

 

 

 





リアルが忙しく前回の投稿から非常に間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
時期がズレてしまいますが、次はバレンタインデーの話を書こうと思っています。

評価などくださるととても嬉しいです。


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