アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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また更新が遅れてしまい、申し訳ありません。

劇場で改めてRTTTを見て書きたくなった話です。いつもより山場もオチも弱めですがよろしくお願いします。




走りたかった時間

 

 

 朝練に付き合いたい。

 

 

 その日の夜、トレセン学園のウマ娘であるアドマイヤリラは、確かにそう言った。

 夕食を食べて入浴も済ませ、寝間着にも着替えてさぁ後は寝るだけ……という中での突然の発言。布団乾燥機を起動していた、アドマイヤリラの姉であるアドマイヤベガはいつも細めの目を更に細くした。

 

「……どういうこと? リラ」

 

 そんな風に問い掛けると、アヤリは姉のアヤベとそっくりな目を反対に丸くさせる。

 

「えぇ~お姉ちゃん聞いてなかったの!?明日のお姉ちゃんの朝練、私も一緒にやりたいってこと!」

 

「……聞いてはいたわよ。ただ、あなたがそんなことを言うなんて珍しいから。……増してや明日は土曜日なのに」

 

 アドマイヤベガは頻繁に朝練をしている。

 それはG1に勝つ前もG1に勝った後も変わらない。元々ストイックな面があるからか、彼女は朝からある程度体を動かしていないとなんとなく落ち着かないのだ。……もちろん休日の日はほどほどにしているし、朝のグラウンドは『先約』のウマ娘も多いので毎日朝練しているわけではないが。

 ともかく、そういうわけなので平日のこの姉妹の部屋においては、朝の五時にアヤベがアラームで起き(アヤリを起こさないようすぐに止める)、アヤリが爆睡する横で一人でジャージに着替えてさっさと朝練に行くのが若干の定番になってもいる。

 

 そんな中での唐突なアヤリの私も朝練する発言。しかも明日は土曜日なのに。

 

 そりゃあ姉としては不審にも思うものだろう。

 ……が、そのことについて問い掛けてみてもアヤリはちょこんと小首を傾げながら

 

「うーん……なんとなく?」

 

 なんて答えるだけだった。

 

「なんとなくって……あなたねぇ……」

 

「いやーほら! 最近なんかウマ娘のレース界隈も前より盛り上がってるみたいだし? 私も頑張らなきゃなーって感じのやる気が出てきたんですよぉ!」

 

「たまに出るやる気はやる気じゃなくて気まぐれって言うのよ……」

 

 まぁリラは年中気紛れで動いてるようなものだけど、とシレッと失礼なことを思いながら、アヤベは温めの完了した布団乾燥機のスイッチを切った。

 瞬間、アドマイヤリラの目がキランと光る。

 

 

「はい決定~! 明日は私も朝練参加するからね! というわけで今夜は早めに寝まーす!とうっ!」

 

「っ!? ちょっとリラっ! なんで私の布団に入ってるの!? しかも私より先に───」

 

「いいじゃん明日一緒にやるんだったら一緒に寝てた方が都合良いし! 私が朝起きられないの知ってるでしょ?」

 

「自慢気に言うことじゃないでしょ……」

 

「えっへへ……うわぁお布団あったかふわふわぁ!!あ~……やっぱこれだねぇ……♪ ごくらく、ごくらくぅ……」

 

「私が育てたふわふわを先に堪能するなんて……! というかせめて寝るなら端に寄って。真ん中で寝られたら私が入れないじゃないの、ねぇ」

 

「じゃあそういうわけで明日よろしくぅ……おやすみ……♪」

 

 

 そう言って……いや、言い残した瞬間。金曜日までの疲れも溜まっていたのか、アヤリは一瞬で寝息を立て始めてしまった。口の左端からは早くもヨダレを垂らしている。

 

「……はぁ」

 

 肺の空気全てを吐き出したのではと思えるほど深いため息が出た。

 さすがに諸々怒りたくもなったが……しかし、あまりに無防備に気持ち良さそうに眠っているアヤリを見ていると……不思議と飲み込んでしまう。姉の悲しいサガだ。

 まぁ、明日は元から軽く体を動かすつもりだったし、そこに妹が増えたところで特に変わりはしないだろう。精々少し騒がしくなるだけだ。

 

 もう一度だけため息を吐いてから、アヤベは最低限の明日の用意をし、スマホのアラームを設定する。自分のスマホを充電するついでに、アダプターがしっかり繋がっていなかったアヤリのスマホをちゃんと繋いでやった。

 

「……おやすみ」

 

 結局真ん中を陣取ってるアヤリを動かさないようにしながら布団に入り(枕だけはテーブルクロス引きの要領で少し自分の方に寄せた)、駄賃代わりとして彼女の頭も軽く撫でて寝顔も目に焼き付けてから、アヤベは明日に備えてふわふわの布団で目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、早朝。

 案の定というかなんというか。

 

 

「ぐごぉ……ぐごぉ……」

 

「……リラ。……ねぇリラってば。もう五時だから起きて。あなたが抱き締めてるから、あなたが起きてくれないと私も布団から出られないからっ……!」

 

「ぐごぉ……むにゃむにゃ……うへへ、今日の朝ご飯はすき焼きだぁ……おいしいねオペラオーちゃん……もむもむ……」

 

「あなたが食べてるの私の耳だから。唾液でベタベタになってるからやめて。ていうかなんで朝からそんな重いもの食べて───待って今オペラオーと一緒に食べてるの?」

 

 

 早朝からさっそく姉のツッコミは渋滞することになった。

 ともかく、このままでは朝練に遅れてしまうしウマ娘の体温もあって熱いので、アヤベは早急に拘束を解こうと妹のモチモチほっぺをペチペチ叩く。

 

「ほら、起きて」

 

「ん……んんっ……おねえちゃん、そんなに叩かなくても、すき焼きは逃げないから……あっ、このおにくはオペラオーちゃんにあげるね……えへへ、それほどでもありますよぉ……♪」

 

「…………」

 

「んむぅ……おねえちゃん頬つねらないでぇ……このすき焼きパーティーが開催されたのはオペラオーちゃんのお陰なのにぃ……ほらお姉ちゃんにも野菜あげるから……のびちゃうって……わたしの頬が野比のび───って待って本当に痛いんだけど!? 何事!? 敵襲!?」

 

 急覚醒を促され飛び起きた妹は、姉の『隣の部屋のウマ娘が起きるでしょ』のチョップで再びベッドに沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節もあってか、朝のグラウンドは少しひんやりとしていた。長袖のジャージに袖を通していなければ、なんとなく肌寒さを感じてしまう。

 ターフの向こうには、ナリタトップロードに似た金髪のウマ娘がゆったりと芝を駆けているのが見えた。ここからは距離があるのもあるが、ウマ娘の視力でもその顔までは把握できない。

 

 やはり早朝のトレセン学園はまだまだ薄暗い。

 

 しかし薄暗いながらも、地平線の向こうには既に黄色とオレンジを混ぜたような色の朝日がひょっこり顔を出しかけている。それが仄かな光源となっているので、闇の中のような雰囲気はあまり感じなかった。

 

 そんなトレセンのターフの上にて、アドマイヤ姉妹は準備体操をしていた。

 

 

「おいっちにっ、おいっちにっ、と……」

 

「…………」

 

「……はい!じゃあ次お姉ちゃんの番ね!」

 

「はいはい」

 

 

 にぱっと笑いながら妹のアヤリが背中を向けてくる。不意に吹いた風にまだ若干湿ってる気がする右耳を揺らしてから、アヤベはその背中に同じく自分の背中を向けた。

 背丈の変わらない姉妹、旋毛(つむじ)から踵までぴったりとくっつく。

 それから予め開いていた腕の、肘から手首までの部分を絡ませる。

 そして一度呼吸をしてから、

 

「せー、のっ……」

 

 アヤベはゆっくりと前屈をし、テコの原理でアヤリを持ち上げた。反対にアヤリの体は後ろ反りの体勢になり、脚が地面から離れる。

 所謂『担ぎ合い』のストレッチだった。

 

 

「ふんっ……」

 

「おっ……お~~……! 背骨がっ……ポキポキと鳴って気持ち良い……! あ~~……」

 

「オッサンみたいな声出さないでリラ。……はい、下ろすわよ」

 

「あい……ふぃ~……。はいお姉ちゃん早く次お願い!」

 

「はいはい……ふっ……」

 

「あぁ~……背骨が健全に曲がる~……」

 

 

 前屈をしているアヤベからはアヤリの顔は見えない。それでもきっと、温泉に浸かったカピバラのような顔をしているのだろうということは想像に難くなかった。

 準備運動の頃からこんなノリで大丈夫かと思いつつ……ふと気になったことをアヤベは言ってみる。

 

 

「……ねぇリラ」

 

「ん? なぁにお姉ちゃん?」

 

「……あなた、少し重くなった?」

 

「重くなってません!! 太ってません!!重くなったとしてもそれは筋肉です筋肉!! ぱわーー!!」

 

「わかったわよ私が悪かったから背中で叫ばないで」

 

 

 ターフの反対側で走ってた金髪のウマ娘がなんだなんだと見てくる気配がしたので、騒ぐ妹を黙らせる意も込めてアヤベは前屈を深めた。連動して反りがより大きくなり「う゛お゛う゛っ!?」とアヤリが汚い声を上げたのだがスルーしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして姉妹は早朝のターフを駆けていく。ジョギングほどのゆったりとした速さで。尤も、ジョギングといってもそれはウマ娘のレベルでのものだが。

 思ってたよりもペースが遅く不満に思ったのか、アヤリが唇を尖らせる。

 

「んー……ねぇお姉ちゃん、もっと速く走らないの?」

 

「走らないわよ」

 

「んー……ずっとこんなペースじゃつまんないし~……もっと風を切りたいな~」

 

「本来今日は休日だし。体が鈍らないためにある程度動かしておくのが目的だもの。ここで無理に運動して怪我したら元も子もないから」

 

「えぇ~……」

 

「……別に、あなたが走りたいなら止めはしないけど。勝手に走ってて良いわよ」

 

「えっ……あ、いや……だ、大丈夫だって! アヤリ、ジョギングだーいすきだからっ! たまにはオツなものだよねっ!」

 

 朝に手間をかけさせられたささやかな意趣返しも込めてワザと突き放すように言ってみると、アヤリは慌てたように言いながら早めかけていたペースを元に戻す。

 

 調子の良い娘だと思いつつイジワルなことを言ったかと反省しつつ……あわあわしてるアヤリを見ると、ほんの少し楽しく思ってしまう。

 

 ……どうやらアヤリが日頃発揮しまくっているイタズラ心は、アヤベも何割かは持っているらしい(表に出るのはごく稀だが)。

 いつもは正反対な性格であることを実感することが多いが、こういう時はやはり同じ血を引いている姉妹なのだなということを再認識する。

 

 ……たまのこの瞬間が、アヤベは好きだった。

 自分たちが紛れもなく姉妹で、この世界で共に生きているのだと実感できるから。

 

 そうこうしている間に、姉妹の脚はいつの間にやらターフの第二コーナーへと差し掛かっていた。

 

 彼方に見えるのは眩しさ控えめの太陽。

 頬に当たるのは冷たすぎない風。

 

 最初はぶーたれていたが、アヤリも次第にこのジョギングを心地好く思い始めたらしい。ペースが緩く呼吸にも余裕があるためか、彼女はいつものように雑談の話題も振ってきていた。

 

 

「ねぇねぇお姉ちゃん、見てよほら、あの雲」

 

「あの雲……どの雲?」

 

「あれだってば。あの雲……なんだかにんじんオッチャホイに見えない?」

 

「だからどの雲よ……もしかしてアレ?」

 

「そうそう。なんかあの雲見てたらにんじんオッチャホイ食べたくなってきちゃった……。だから今日のお昼さ、駅前の新しくできたお店行かない? ダンちゃんが言ってたんだけど、あそこのにんじんオッチャホイすごく美味しいんだって!」

 

「ダンちゃん……?……ダンツフレームさんのこと? まぁ、別にいいけどいいけど……」

 

「やったー!」

 

「……また重くなるわよ」

 

「今走ってるからチャラですーっ!」

 

 

 続いてゆっくりと第三コーナーへ。

 

 

「……あっ」

 

「? どうしたのリラ?」

 

「いや……そういえば『LOVEだっちシーズン6』の4話の放送日、今日だったなーって」

 

「らぶだっち……あぁ、あなたが前から追ってた番組のことね」

 

「危なかった忘れてたよ……お風呂上がったらマヤちゃんやイクノディクタスさんと早く合流するようにしないと……」

 

「そう」

 

「むー……お姉ちゃんは見ないの? 今回のLOVEだっちは野良レース界で頂点を目指すっていう異色の主人公なのに……」

 

「興味ないから。それにもう4話なんでしょ?」

 

「大丈夫だって! 今ならネットで『まだ間に合う!6分12秒でわかるLOVEだっちシーズン6!』の動画が公式から出てるし!朝練終わったら一緒に見よ?」

 

「別に良いから。……というか、そのはみ出してる12秒はなんなのよ」

 

 

 そんなことを話しながら……一列に並んだ姉妹はついに第四コーナーを目前にする。……通常のレースなら、そろそろ最後の競り合いが始まる部分だ。

 

 まぁ尤も、今の仲良くジョギング中の姉妹には縁の無い話であるが。

 

 ……縁の無い、話なのだが。

 

 

「……ねぇお姉ちゃん」

 

「……なに?」

 

「なにってもう……わかってるくせに」

 

「……口許ニヤけさせてるのやめて」

 

「だってさぁ……第四コーナーまで来たんだよ?」

 

「…………」

 

「……ちょっとだけ、全力で走らない?」

 

「あのね……最初にも言ったけど、これはあくまで軽い運動なんだから……」

 

「もう釣れないなぁお姉ちゃん! せっかく可愛い妹が一緒に走ってるんだよ? 珍しい機会だよ?……お姉ちゃんだって、口ではそう言ってるけど脚はウズウズしてるんじゃないの? うりうり」

 

 

 ニヤニヤと笑いながら脇腹をついてくるアヤリ。

 正直鬱陶しいが……しかし、実際気持ちがやや昂っているのも事実だった。

 ……アヤベもやはりウマ娘の子ということか。見透かされて悔しい気持ちを、アヤベはため息で誤魔化した。

 

 

 

「……はぁ。わかったわ。今回だけよ」

 

「やったー! それでは、いつぞやのG1の二回戦と行きましょうか!……じゃあ私が『3……2……1……ゴー!』って言うから。『ゴー』でスタートね?」

 

「……わかったわよ」

 

「そいじゃあ行くよ……」

 

「…………」

 

「さん……にぃ……いちと見せ掛けてゴー!!」

 

「っ!? ちょっとリラ!! 反則でしょそれっ!!」

 

「あっはっはっ!! おさきおさきーー!!」

 

「っ!!」

 

 

 

 ターフに、二つの轟音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体感時間では十分ほど。実際にタイムで測れば、ほんの数秒ほどだっただろう。

 

 スタートした場所と同じ所で姉妹は二人、大の字になって並んでいた。

 いつの間にか太陽はすっかり全身を見せており、姉妹の体を照らしている。最後の急速な運動のせいか、アヤベは大量の汗を流しておりアヤリもさすがに疲れたように笑っていた。

 

「あははっ、ははっ……!風がきもちー……」

 

「はっ……はっ……あなたねぇ……あんな騙し討ちみたいなことするなんて……」

 

「あはははっ……まぁ、楽しかったから良いじゃん! 久しぶりに、お姉ちゃんとも全力で競り合えたし!」

 

「はぁ……」

 

 仮にも共にG1の一線級を走れるほどのウマ娘。そんな二人が全力で競ったためか、さすがに疲労困憊のようだった。

 姉と全力で走れたのがそんなに楽しかったのか、アヤリは相変わらず笑いながら……ふと、アヤベの方に目を向ける。

 

「……ねぇお姉ちゃん」

 

「なに?」

 

 息を整えながらのアヤリの言葉に、アヤベも彼女の方を向く。すると、大の字にしていた手の左側を、そっと隣の姉の右手に重ねた。

 アヤベは少しだけ目を見開いたが……特に抵抗もせず、そのままどちらともなく指を絡ませる。

 

 

「ふふっ……お姉ちゃんの手、汗でしっとりしてる」

 

「当たり前でしょ……あんなに走ったんだから。……帰ったらシャワー浴びましょうか」

 

「おー! それはなんたる名案! 女同士は、やっぱり裸の付き合いあってこそだよねー!」

 

「もっとあるでしょ付き合い方は……」

 

「まぁそうだよね! 私とお姉ちゃんは、子供の頃からもう十年以上色んな付き合いしてるもんねー!」

 

「はぁ……」

 

 

 よくもまぁ、こんな調子の良いことがペラペラ出てくるものだ。

 アドマイヤベガは、妹と繋いでいた右手を不意にほどいた。姉の手の感触がなくなってアヤリは一瞬「えっ」と寂しげな表情になる。だが、その姉の手がすぐに移動して今度は自分の髪の毛に触れ始めると、アヤリはすぐに頬をほころばせ、にへらと笑った。

 その顔を見て、アヤベの心にもまた温かいものが溢れ出たのを感じた。

 

 

「……ねぇリラ」

 

 

 そんな中でアヤベは、ふと問い掛けてみる。

 

 

「なぁにお姉ちゃん?」

 

「今日……一緒に走れて、楽しかった?」

 

 

 その問いに。ほんの少しだけアヤリは目を見開いた。

 だが次の時には迷うことなく、アヤリはにぱっと笑って答えた。

 

 

「当たり前っ! だって、お姉ちゃんと一緒に走れてるんだもん!」

 

 

 そう言った瞬間。

 アヤリは頭を撫でてくれていた姉の手を掴むと、そのまま「よっこいせ!」という掛け声と共に一息で立ち上がってみせた。連動して、アヤベの体も思い切り引っ張りあげられる。

 

 

「っ!? リラ……!?」

 

「さっ! もう一周だけ走ろお姉ちゃん!」

 

「一周って……もう私は疲れたし終わりたいのだけど……脚も少し痛いし……」

 

「テーピングだったら私が後で巻いてあげるから!それに、今度はちゃんと最初から最後までジョギングのスピードだから大丈夫だって!」

 

「どれだけスタミナがあるのよあなたは……」

 

「だってね! なんだか今日はすっごく走りたいんだもん! 心が走りたがってるんだ! なんだか、私の中に別の誰かいるみたいにっ!」

 

 

 星のような、キラキラとした目でそう語るアヤリ。おそらく嘘や方便ではなく、思ったままを言っているのだと直感できた。

 ……そんな妹の気持ちを無下にするのは、どうやらこの姉には無理だったらしい。

 

 

「……そう。気まぐれもここまで来ると立派なやる気ね……。ちょっと軽く伸脚だけさせて」

 

「はーい! ではでは、姉妹列車アドマイヤ号! 最後の一周に行きませうー!」

 

「……恥ずかしいからやめて」

 

 

 口ではぎゃあぎゃあと言いながらも。

 アヤリの声を合図として、姉妹はまた走り始めていた。

 

 空は既に、青色が広がっていた。雲も一つもない。今日はきっと、朝から晩まで快晴なのだろう。

 

 

 そんなターフを、仲の良い姉妹が駆けていく。

 二つ分の息遣いと、四つ分の蹄鉄を響かせて。

 

 幼い頃から繰り返してきた、このアドマイヤベガにとっては掛け替えのない日常。

 

 そして、これからも続いていくはずの日常。

 

 ……だが何故か

 

 

「……え?」

 

 

 そのことに、アドマイヤベガの瞳にはうっすらと涙が滲みかけていた。

 理由がわからなかった。本当に、突然滲み始めたのだ。

 目にゴミでも入ったのか、とアヤベはいらぬ誤解を受けないために急いでジャージの袖で涙を拭う。

 

 

「ねぇほらっ! 早くっ!」

 

 

 その間に、アドマイヤリラはタタっとスキップをするように前へと走る。

 そしてアヤベの方をゆっくりと振り向いた。

 

 

 

『楽しいね、お姉ちゃん』

 

 

 

 その姿に、アヤベは裸足で走る少女の姿を幻視したような気がした。

 

 

 

 

 

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