アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~ 作:トマリ
5/4に◯◯部分を修正しました。
私立トレセン学園。
その昔、様々な障害や偏見に悩まされながらも、それらを乗り越えながら設立された学園である。
数多の名ウマ娘、迷ウマ娘、名トレーナーを排出した文句無しの一流学園。
そんな学園の昼休みにて。
「それでさぁ、酷いと思わないトレーナさん!?」
子供のような声が響いた。
昼休みの食堂。それはトレセン学園において、長い授業時間から解放されたウマ娘たちが、その食欲を解放するべく集まる場所である。
周りを見渡すと、僕ら以外にも何人かで仲良く食べているウマ娘や、一人で黙々とご飯をお代わりし続けているウマ娘など様々な者がいた。
ここで燃料を補給して、また彼女らは午後からの活動に臨むのだろう。
「ちょっとー! トレーナーさん聞いてる!?」
「えっ? あ、ああ、うん、まぁ」
「それでさ、なーんかお姉ちゃん寝相悪いなーうなされてるなーって思ってたら、お姉ちゃんったら私の存在を抹消した夢を見てたらしいんだよー!ねぇトレーナーさん酷いと思わない!?」
「あ、あはは……確かに酷いかもね」
……そんな場所で、補給したばかりの燃料をすぐ言葉に変換して吐き出している少女に、僕は苦笑いしながら相槌を打っていた。
傍らではそんな彼女の姉であるアヤベさんが(皆同じのを食べているのだが)豚カツ定食を食べながら「……もう、そんなの一々言わなくていいでしょ」と少し怒ったように言っている。
見慣れた、いつも通りの光景だ。
自己紹介が遅れてしまったが、僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガことアヤベさんと、その妹であるアドマイヤリラことアヤリさん。
新人の身なのだが、既に二人のウマ娘を担当している。というのも、僕自身も当初は選抜レースで一目惚れしたアヤベさん一人に絞るつもりだったのだが、彼女を通して紹介されたアヤベさんの妹になにやら気に入られたらしく、
『お姉ちゃんだけズルいー! お姉ちゃんを担当したんなら私の担当にもなってよー!』
とグイグイ来られやむなく折れたのだ。
そうしてアヤベさんとは二年、妹さんとは一年の付き合いとなっている。いきなり二人も担当するのは大変だったのだが、姉の方であるアヤベさんがその苦労を察してくれて度々アヤリの手綱を握ってくれたり仕事を手伝ってくれているので、(情けない話だが)どうにかやってこれていた。
……というかなんなら、アヤベさんは日本ダービーを制した『ダービーウマ娘』、妹のアヤリもデビュー戦を快勝で終えたばかりの期待の大型ウマ娘だしで、新人トレーナーとしては既に多大な栄誉と期待に包まれている。
……あくまでレースで勝ててるのは彼女らの実力のお陰で僕はあまり関係ないのだが、世間は二人のことを『今年デビューの期待の
『トレーナーとして成功すると胃薬が手離せなくなる』とはよく聞いたが、どうやらその通りのようだ。
最近の僕の気が休まるのは、こうして担当姉妹二人とご飯を食べているときぐらいである。
ちなみに一応説明しておくと、現在の僕らは四人用の丸テーブルに椅子を一つ除けて三人で座っている形である。
……見る位置によっては、僕の両隣に見た目がほぼ同じ少女がいるように見えるだろう。両手に花ならぬ、両手にアヤベさん状態である。
(ホントに似てるな……)
ごっちゃにならないように、常に脳の片隅に『左隣の方が姉』と注意書きを浮かべておく。
僕ですらこの姉妹を見分けることは未だに困難である。喋り方はともかく見た目では耳メンコの位置ぐらいしか違いが無いなので、黙っていられたらきっとわからないだろう。
もっとも、彼女らの母親(確か『ベガ』さんといったか?)は見分けられるらしいが。さすがである。
「そうそうあの時も酷かったんだよー!? トレセン近くのスーパーに行ったときとかさ、最初は『必要なものだけ買って帰るわよ』て言ってたのに、お姉ちゃったらふわふわのクッションを見た───」
「もういいからっ、口に物入れたまま喋らないの。あーもうほら、口にソースついてるじゃない」
「ふむぐっ。んんっ……別にいいじゃん! 食べ終わってからまとめて拭くから~!」
「見ててだらしないのよ。ほら、ジッとしてて」
「むー!」
「『むー』じゃないの」
「お姉ちゃん細かい~!」
「リラは振る舞いに無頓着すぎなのよ。あなただってこの間、スカートの中を下敷きで扇いだりして───」
「あれは周りにトレーナーさんとか男の人がいないからやっただけで……ていうかここで言わないでよー!?」
どんどん本題から外れてギャアギャアと騒ぐ二人。それを見ていると……なんとなく微笑ましくなり僕の口角は上がっていた。
文字で見ると二人の言い合いは険悪そうに思えるかもしれないが……実際の二人の表情にはさほどの険悪さはないのだ。
グチグチと小言を言ってる割には、アヤベさんは可愛い娘の世話を焼く母親のような目をしているし、アヤリだってブツブツと文句を言ってる割には、特に抵抗もせずその口をアヤベさんに拭かせている。
こういったやり取りは、この姉妹にとっては幼き頃から繰り返してきたもの……じゃれ合いの延長線のようなものなのだ。
この二人は、姉妹ということを加味しても非常に仲が良い。……極一部で『シスコンビ』と揶揄される程度には。
妹であるアヤリはどんな形であれ姉に構ってもらえるのを何よりの喜びとしている節がある(ベガさん情報)し、アヤベさんの方も所謂『好きな相手に世話を焼きたくなる』、『手のかかる子ほど可愛い』というような感じで妹に接している。
もちろん常に仲が良いわけではなくケンカだってする(むしろしょっちゅうしている)らしいが、それでもいつの間にか仲直りしているらしい。
(……いいなぁ)
僕は一人っ子だったので、こうやってお互いを尊重し足並みを揃えて歩むことができている二人を見ていると……ちょっと羨ましくなってしまう。
「……はい。拭き終わった」
「んー別にいいのにー……あ」
そんな二人をジジイみたいな心境で見ていたとき。
僕の視線に気づいたらしい。アヤリとバッチリ目が合った。
すると、彼女は突然にぱっと───どこか小悪魔のように笑った。
どうしたのだろうか?
何か電波でも受信したのかと思っていると、アヤリは箸を動かして、
「はいトレーナーさん、あーん♪」
「ちょっ……!?」
「……え?」
自分の皿にあったカツを掴むと、僕の口許に差し出してきた。アヤベさんも思わず席を立たんほどに驚いている。
……台詞に出していたので説明は不要かもしれないが……それでもあえて説明するならば、今の僕とアヤリの構図は俗に言う『あーん』の体勢となっていた。
「えーっと……何をやってるのアドマイヤリラ?」
「? 見たらわかるじゃん。『あーん』だよトレーナーさん」
「それはわかるけど……な、なんで?」
「んー……なんとなく、したくなったから?」
そんなチョコンと首をかしげられても困るんだけど。
ほら、周りの視線がヤバいよ。あそこの新入生のウマ娘なんか顔真っ赤になってるし。まるでドラマのラブシーン見てるような顔だよ。
「ほら、このカツ美味しいし、トレーナーさんにも味わってほしいなぁって!」
「いや、僕も同じの食べてるから知ってるんだけど……」
「いーからいーから♪」
「いや、ちょ、トレーナーとウマ娘がこんなことするの不味いって……」
「もうトレーナーさん細かいなぁ。最近のトレーナーさんお姉ちゃんに似てきたような気がするよー……待ってお姉ちゃんに似てきた!? ちょっと!似るなら私に似てきてよトレーナーさん!!」
「なにを一人で勝手に怒ってんの!? ……それに、ここ公共の場だし……!」
「わかってないなぁ。だからやるんじゃん♪」
さっぱりわからない理屈だ。しかし僕が理解する間も作らず、アヤリはアヤベさんと瓜二つの顔に小悪魔っぽい笑みを浮かべながら、ほれほれとカツを向けてくる。
……困った。彼女はこんな風にちょっと積極的というか、無防備過ぎるような面がある。この傾向は担当したその日からずっとであり、その度に僕やアヤベさんが注意しているのだが彼女が直す様子はない。
もしや彼女は大人をからかって遊んでいるのだろうか……。
「とにかくっ、ここ公共の場だからさ……ほら、アヤベさんからも何か言ってよ……」
「…………」
「……アヤベさん?」
ここはアヤリにとって最も権力を持っているであろうアヤベさんに注意してもらおうと思ったのだが……何故か彼女は先刻の驚いた表情のまま固まっていた。
さながら、前から狙っていた青年を空から落ちて来る系のヒロインにかっさらわれた直後の幼馴染み系ヒロインのようである。
「…………」
そして数秒ほど、自分の皿にあるカツと「ねぇトレーナーさん早くー。この体勢疲れてきたよー」とぼやくアヤリを交互に見つめたかと思うと、やがて意を決したように
「……はい」
「え?」
───彼女もカツを箸で掴み僕に差し出してきた。
外野のウマ娘たちのザワつきが大きくなったような気がした。
ストッパーになることを期待していたアヤベさんのまさかの裏切りに、僕の頭はパニックになっていく。
「ちょ、あ、アヤベさん!? なんで……」
「……私はもうお腹いっぱいだから。残したらもったいないでしょ。だからあなたが食べれば良いわ。男の人でしょ」
「い、いや……僕も割と少食な方なんですけど」
「……いいから」
……ついさっきこの姉妹を『お互いを尊重し足並みを揃えて歩むことができている』と評したばかりなのだが。
実は最近、時々この姉妹の足並みが揃わなくなることがある……ような気がする。さながら二人三脚から急に徒競走に移行しているような……そんな空気を感じることなあるのだ。
一体なぜ……?こんなに仲が良い姉妹だというのに……。
「トレーナー」
「ひゃいっ!?」
「ほら、早く食べなさい」
「え……えぇ……」
なんかアヤベさんから発せられてる圧がヤバいんですけど……?
気圧されて食欲が失せていくのを感じていると、そんなアヤベさんに対抗するように右隣のアヤリが近づいてくる。
「むー! なによお姉ちゃん! 残すんだったら私が食べてあげるよー?」
「……あなたはもう充分食べてるでしょ。というか、最近のあなたは食べ過ぎだわ。晩ご飯前の間食もよくしてるし……そんなんじゃ、太るわよ」
「だ、大丈夫です育ち盛りなんですっ! そ、それに食べた分はちゃんと走って消費してるから……って、だからここで言わないでよー!?」
言い合いながらも、二人は少しずつ僕との距離を詰めていく。
僕としては、一昔前のバラエティーによくあった迫り来る壁の部屋に閉じ込められた気分だった。
……なんだかどっちのカツを食べてもヤバくなるような気がするし、かといってこのままいても、いずれ姉妹の壁にサンドイッチされるような気がする。
挟まれる……。
潰される……。
姉妹に……。
姉妹のカツに……。
カツ……カツによってサンドイッチ……。
……これぞホントのカツサンドってか。
やかましいわ。
姉妹の壁と外野ウマ娘のヒューヒュー声に囲まれながら、僕の昼休みは過ぎていった。
……しばらく豚カツは見るのもごめんである。