アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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前回のお話から非常に非常に間が空いてしまい本当に申し訳ありませんでした。一応失踪していたわけではないのですが、そう思われても仕方ないと思います。

こんな作者ではありますが、これからも気が向いたときにお付き合いいただけますと幸いです。
ハチャメチャGPをある程度知ってた方が良いかもです。




姉妹のハチャメチャGP練習

 

 ダンッ、ダンッ、ダンッ、と。 何かがぶつかるような音が響く。

 トレセン学園の体育館ではなく、外に設置された大きなコート。9月らしい涼しい風と9月らしくないやや暑めの日差し。両方を感じながら、アドマイヤベガはもう一度手元にあったボールを地面に落とした。

 一秒後に落とした分と同じ力で、オレンジ色のボールが手元に返ってくる。それを持ったまま、アドマイヤベガは軽く息を吐くと共に前方の景色を()めつけた。

 その先には、自分の背後にあるものと同じ────ウマ娘用の高さに調整されたバスケットゴールがあるのが見えた。そしてそのゴールの前……より正確に言うとアヤベの目の前には、彼女の大切な妹である少女、アドマイヤリラが立ち塞がっていた。

 

「ふっふっふ……こっちは準備は万端モーマンタイン……!いつでも来るがいいよお姉ちゃん!」

 

 不敵に笑いながら、何やら威嚇する熊のようなヒールレスラーのような謎の構えを取っているアヤリ。

 自分と瓜二つの姿でそんなアホなことをしないで欲しいのだけど、という言葉を飲み込みアヤベは呼吸を浅くする。

 コートにいながら、気分はゲートの中にいるよう。そして五まで数えてから……アヤベは強く地面を蹴った。

 強い風が頬にぶつかる。そう感じたのとほぼ同時に、アヤリがディフェンスとして立ち塞がった。

 

 1on1

 同じ身長、同じ体格。条件は五分。

 

「っ!」

 

 息継ぎをする暇もない。ダンダンと地面からボールが跳ね返り、キュキュッと地面とシューズが擦れる。

 アヤベの方はこの競技に向けて教本やサイトから事前に予習をした知識を元に、アヤリの方は天性の運動センスとスタミナで立ち回る。結果として攻守は完全に拮抗していた。

 ……こうなると勝敗を分ける要因となってくるのは。

 

(……さすがリラね。動きは大雑把だけど、こっちの攻めるチャンスは的確に潰してくる……。気を抜いたら取られる)

 

 レース時とは違う意味で『一秒』が長く感じられる時間。

 その中で素早く思考を巡らせてアヤベは一つの作戦を立てる。スタミナはアヤリの方が多いので、長引くとこちらが不利。だからアヤベはすぐに仕掛けた。

 

(こういう時のリラは反射神経が良いから、目で見えたものにすぐ向かってくる傾向がある。つまりフェイントに弱い。前もそれで勝ったし。なら、何度か左に行く素振りを見せて────)

 

「────左に行く素振りを見せてから、反対の右でしょお姉ちゃんならっ!」

 

 動きが互角なら、後は読み。いかに相手の癖や行動を予測できるか。

 長年の妹人生によってアヤベの思考を予測していたアヤリは、必殺のタイミングで右方向(アヤリから見ると左)に腕を伸ばした。

 

 ……が、そこには誰もいなかった。

 

「あ、あれっ??」

 

「残念ね」

 

 ハテナマークを浮かべるアヤリの背中から、ボールの音と姉の声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、彼女は悠々とゴールへ向けてドリブルしていっている。

 

「えぇ!?なんでぇ!?」

 

 アヤリの悲鳴を受けながら、アヤベはさっきの競り合い時とは反対にゆっくりとラインまでボールを運び、両足を揃え丁寧にジャンプシュートをした。初心者へのお手本映像にも使えそうなほど綺麗なフォームだった。

 そうして放たれたシュートは……吸い込まれるようにゴールへと入る。見事なスリーポイントシュートだった。

 

「うあーーっ!!負けたーー!!」

 

 膝をガックリと落として思い切り叫ぶアヤリ。一昔前の『orz』のようなポーズだった。

 走りじゃないスポーツだろうと、姉妹の勝負はいつだって本気。増してや完全に思考の上をいかれる形で敗北したため、悔しさもひとしおらしい。

 

「なんでぇ……!完璧にお姉ちゃんの思考を読みきったハズだったのにぃ……!」

 

「えぇ、そうね。あなたは私の思考をしっかりと読んでたわよ」

 

 排熱処理のように長く息を吐いてから、アヤベは地面と睨めっこする妹に手を差し伸べる。アヤリが手を掴んだのを確認すると、息を合わせて引っ張り上げながら彼女は続けた。

 

「だから更に裏をかいたのよ」

 

「更に裏?」

 

「……リラは別にバカじゃないし。本気で集中してるときのあなたなら、過去に負けた手段の予測もしっかりしてると思った。だから敢えてフェイントをかけずに当初の予定のまま左から抜けたのよ」

 

「おー、なるほど……!お姉ちゃんはそんなとこまで……」

 

 姉の解説にアヤリは目を丸くし素直な尊敬の眼差しを向ける。……と同時に。

 

「……えへへ」

 

「? どうしたのリラ」

 

「いやー……そうだよねっ!私バカじゃないもんね!やればできる娘だもんねー!そりゃあお姉ちゃんが警戒するのも無理はないですよー!」

 

「……いや、基本はバカだけど」

 

 一緒に褒めてもらえたのが嬉しかったのか、さっきの悔しさなど嘘のようににぱっとした笑みを見せた。

 相変わらず単純な妹に、アヤベはいつも通り額に手を当てる。……まぁアヤベはアヤベで、さらっと『妹がやればできる娘』の部分は否定していなかったりするのだが。

 

「えへへ。ふへへ」

 

 ともかく、よほど褒めてもらえた(?)のが嬉しかったのか、アヤリは転がっていたバスケットボールを拾い上げると、何故かそれでリフティングを始めた(ボールの固さはウマ娘なので問題ないらしい)。

 ハチャメチャGPに向けての1on1の練習もなんだかんだで既に10戦(アヤベが6勝、アヤリが4勝)だが、アヤリは汗をかきこそすれまだスタミナは有り余っているようだった。

 

 

 

 

 そう。ハチャメチャGP。

 それはトレセン学園で毎年春と秋に開催されるファン大感謝祭において、今年行われることとなった特別なイベントだ。

『バスケ』、『ドッジ』、『大食い』、『大障害』のそれぞれ四つの競技があり、ウマ娘の身体機能をフルに活かしたダイナミックな試合が展開されていく。それらの合計スコアによって優勝が決まるという、ウマ娘ごとのチーム戦である。

 

 テイエムオペラオーをはじめとした愉快事に目が無い覇王世代の面々は、もちろんこのイベントに出場することになっていた(アドマイヤベガはギリギリまで渋っていたものの、妹とトップロードによって押し切られた)。

 

 そうして四つの競技の内アドマイヤリラことアヤリは『バスケ』に出場することになっていたため、今こうして姉を相手に練習をしている……というわけである。

 

「…………」

 

 トン、トン、トン、と。

 冒頭のドリブルとは違う音がコートに響く。その音を環境音として鼓膜に受け止めつつ……アドマイヤベガは置いてあった自分の水筒を飲んだ。外気の影響か少なめの氷でも冷たさを維持していたお茶が喉を潤していく。

 そうやってアヤベが一息つくと……改めて疲労が染み出してきた。ウマ娘ということを考慮しても……いや、ウマ娘だからこそ右へ左へ所狭しと走り回ったのだ。そりゃ体も疲れていて当然だろう。

 近くに置かれていた時計で時刻を確認すると、アヤベは妹に声を掛けた。

 

「リラ、そろそろ終わりにしましょう」

 

「えー!?なんでさお姉ちゃんこれからってとこなのにー!私はまだまだ行けるよ?」

 

 双方、リフティングの音に負けないよう声を張る。

 

「あなたが行けても私が辛いのよ」

 

「やだやだもっと練習したいよー!」

 

「もう充分したじゃないの。あまりにやると私も付き合いきれないわよ」

 

「なにさお姉ちゃんっ!」

 

 トンっ!と。そこでアヤリは一際ボールを強く蹴り上げた。重力に従って落ちてきたボールを胸の前で取りながら唇を尖らせる。

 

「そもそも、本来私はバスケなんてやる予定なかったんだよ?」

 

「それは……」

 

「お姉ちゃんが言うから、『大食いダービー』への出走から急遽バスケに移動になったんじゃん!」

 

「…………」

 

 アヤベが痛いところを突かれたというような表情になる。

 ……というのも、ここで話は少し遡り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハチャメチャGPの競技の一つ、大食いこと大食いダービー。まぁ簡単に言うと、文字通りの大食い競技だ。

 ウマ娘たちは料理を運ぶ『サーバー』と、料理を食べる『イーター』の2人1組で挑むことになる。イーターは指定のテーブルに座り、そこにサーバーがフィールドに散らばった料理を次から次へと届けていき、イーターはひたすらそれを食べていく……という内容である。

 簡単なルールながら、サーバー側は他よりも迅速に料理を拾い、更にイーター側の食べるペースや好き嫌いなども考慮して料理を選ぶなどかなりの判断力が重視され、サーバーとイーターの息も合わせなければ好成績は狙えない種目だ。

 この種目の『2人1組で挑む』という説明を聞いた瞬間に、アヤリは手裏剣のように目を光らせた。

 

「ねぇお姉ちゃんっ!あの大食いやろうよ大食いっ!私とお姉ちゃんで組んで!!」

 

「また急に決めないでよ……そういうのは一応トップロードさんとかチームの皆と話し合ってから……」

 

「私とお姉ちゃんが組めば素敵に無敵だって!絶対勝てるからっ!弁慶に薙刀!鬼に金棒!蛙飛びこむ水の音で絶対勝てるよっ!」

 

「意味がわからないんだけど……」

 

 その後、ため息を吐きながらチームメンバーであるオペラオーやトップロードにも話したところ……普通にオッケーをもらってしまい、なし崩し的に一先ず二人は全チーム対抗の模擬戦に出ることになったのだった。

 ちなみに役割分担は、アヤリが

 

「私がイーターやるからね!?そこは絶対譲らないから!!逆らうならお姉ちゃんから食ってやるよ!?」

 

 と断固として主張したため、アヤリがイーター、アヤベがサーバーとなっている。まぁイーターをやらされてもアヤベは困っていたのだけど。

 ともかく、適材適所(?)で役回りが決まりそのまま競技が始まる。

 

『それでは大食いダービー模擬戦、スタートですっ!』

 

「ようしお姉ちゃんっ!そうれ取ってこーいっ!」

 

「犬みたいに命令しないで」

 

 実況の声が聞こえたと同時に、アヤベは他のウマ娘よりも速く動き出した。

 ブツブツとツッコミながらも、彼女は優れた瞬発力で、子供舌のアヤリに合わせてオムライスとハンバーグが乗った皿を素早く回収し彼女の元に届ける。

 

「はい。食べるのはリラの仕事だから」

 

「わかってますって!うわ~おいしそ~!いっただっきまーす♪」

 

 言うが早いか、アヤリは持たされていたナイフとフォークでさっそくハンバーグを切っていく。数日前から予めお腹を空かせておいたのと(やるからにはとアヤベもポテチを遠ざけておいた)、オグリほどではないがアヤリもそれなりに大食いであるというのもあってか、アヤベが次の二皿を取ったときにはアヤリは既にハンバーグをペロリと平らげており、オムライスも半分以上食べ終えていた。

 

「おいし~……!タンパク質の暴力……!」

 

(……少しペースを早めた方が良いかも)

 

 アヤリに遅れないように、アヤベも続いて山盛りポテトやカツ丼が乗った皿をいそいそと運んでいく。

 対するアヤリの方は、普段食べ過ぎを察知するとチクチクガミガミと響いてくる姉の言葉が無いからか、いつにも増した食欲を見せている。見てる方がお腹いっぱい……いや、胃がキツくなりそうだ。

 なによりも、この大食いダービーに合わせて料理もいつもより()りを掛けて作られているというのと……やはり何より『姉が持ってきてくれている』ことが大きいようだ。

 

「んん~~!おいひい~~!あっ、お姉ちゃんポテト一本食べる?」

 

「いや、私が食べたら反則になるから」

 

 一口食べるごとに頬が落ちそうな表情になっているアヤリに料理を運びつつ、短い間で目を動かしていく。

 

(……少しペースを上げ過ぎたかも。掻き込みすぎるとすぐお腹いっぱいになるし、一旦ペースを戻さないと。次に持ってくるのは一皿だけとして……この辺りで口直しもさせた方が良いわね)

 

 アヤベはまた会場を走って料理を取ると、アヤリが今食べてる料理を食べ終わるのに合わせる形で帰ってきた。

 

「はいリラ、次はこれよ」

 

「けぷっ。ま、まかせんしゃいお姉ちゃん!私まだまだ……おおっ!?」

 

 口許を押さえながら姉が持ってきた次なる皿に手を伸ばそうとしたアヤリだが……その目が見開かれた。

 

「こ、これって……パフェじゃんっ!!しかも私が大好きなイチゴの!!いいのお姉ちゃん!?」

 

「いいもなにも、あなたは私が持ってきたのを食べるのが仕事なんだから。別にいいわよ」

 

「やったーーっ!お姉ちゃん大好きっ!!」

 

「……たまたま手に取ったのがそれだっただけだから」

 

 すぐさま一口食べて「おいひ~!!スイーツは別腹~♪」と顔を蕩けさせる妹を一瞥しつつ顎に手を当てる。

 

(……これでちょっとは口直しになったかしら。でも、ここですぐに次を持ってくると意味がないから、少し待って……)

 

 作戦の甲斐あってか、やや翳りが見えていたアヤリの食欲も元に戻ったようだった。

 

 姉が運び、妹が食べる。

 妹が遅くなれば姉が気遣い、姉が気遣えば妹は心配ないと言わんばかりに平らげる。

 

 ……ここまでは良かった。

 むしろ、理想的なチームの動きだった。

 

 

 ……だが。

 試合の時間が進み、終盤。土壇場も土壇場な局面になってきたあたりで。

 

「あっ、お姉ちゃん次パスタ食べた~い!」

 

「見つけられたらね」

 

 短く返して、アヤベは料理が置かれている場へと駆ける。そしてパスタを素早く取ると、さてもう片方の手には何を乗せようかと見回す。

 

(麻婆豆腐……これはやめておいた方が良いわね。リラ、辛いものはあまり得意じゃないし)

 

『おいし~♪しあわせ~♪』

 

(ならあっちのステーキを……ちょっと重めだけど、リラなら食べられるはず。あんなに食べてたんだし……。……ちょっと待って)

 

 ふとそこで、アヤベの脳内に浮かんでくる物あった。

 

 それは……アヤリの横に積み上がっていた、彼女がそれまで食べてきた料理の皿。

 

 そして……この間から、何やら冷や汗を流しながら体重計に乗っていた妹の姿。

 

 

(……高カロリーの食べ物、リラは今いくつ食べてる?最近食べるのは控えめにしてたとはいえ、これだけ食べてたらいよいよさすがに……なんじゃないかしら。この間おんぶした時も前より重くなってた気がしたし)

 

『ショートケーキの最後のイチゴを食べる瞬間……!ん~!天国はここにあったのか~♪』

 

(ならやっぱり、ここで口直しも兼ねてデザートを持っていくべきじゃ……いやデザートってよりカロリー高いじゃないの。ていうかデザートも割と持っていっちゃったわよね)

 

『は~美味しかった……ってあれ?食べる料理が無くなっちゃった。お姉ちゃーん、次早く持ってきてー?』

 

(ならあそこにあるサラダを……いやでもあの娘はサラダ嫌いだし……いやいや野菜も食べないと栄養バランスが……いやいやでもこれはそもそも大食い対決なんだから食べられない料理を……っ、別のチームに取られた……!)

 

『あのっ、お姉ちゃーん?さっきからなんで立ち止まってるのー?』

 

(なら何を持っていけば……。というかそもそも、あの娘はご飯を食べ過ぎなのよ……!体重もすぐ増えるのに……!自分の体質をちゃんと考えた食生活を……!)

 

『ねぇお姉ちゃん料理が全然運ばれてこないんだけど!?ちょっ、聞いてる!?』

 

(それで結局太ったら色々気遣うのは私だし……!この模擬戦に出るのも本当はあんまり気が進まなかったのに……!ちょうど良いし、いい加減栄養バランスを自分で考えられるように─────)

 

『あのっ、お姉ちゃんさーん!?他のチームに点数追い付かれそうなんだけど!?このままじゃ負けちゃうよ!?腹が減ってるのに戦ができないんだけど!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ていうことがあって、結局あれこれ考えてお姉ちゃんの手が止まったから模擬戦で負けちゃって、その後お姉ちゃんが頼み込んだから仕方なく私は大食いから外れてバスケにすることになったんじゃん」

 

「……それはっ」

 

 ボールを地面にぶつけながらぶーたれるアヤリにアヤベは気まずそうな顔をする。そのまま、珍しく言葉を探すように目を逸らしていたが……

 

「……いえ、ごめんなさい」

 

 しかし今回は自分に非があると思ったらしく素直に頭を下げる。

 なんとなく釈然としない思いはありながらも、一応アヤベは反省していた。少なくとも一度模擬戦に出るのを了承した以上、始まってから私情を持ち込むべきではなかった。

 姉の後頭部を見ながらアヤリはプンプンと怒って

 

「その通りだよ!だから、ちゃんとバスケの練習付き合ってよねお姉ちゃん!もっと練習して、オペラオーちゃんやドトウちゃんトップロードさんのために、なんとしてもチームに貢献しないとなんだから!」

 

 ビシィ!とオノマトペが出そうな程の勢いで指を差し、彼女はにぱっと笑った。

『なんとしてもチームに貢献しないといけない』という言葉の割にその笑みは……プレッシャーに溢れたものではなく、ただ単純に『皆と騒げる時が楽しみで、そんな日を余すことなく楽しめるようにしたい』というもので。

 そんな眩しい、遠足を前にした子供のような顔を見ていると……不思議とアヤベは負の感情が霧散してしまうのだった。

 

「……わかったわよリラ」

 

「やったー!お姉ちゃんとまだバスケができる~♪」

 

「でも、やっぱり次で終わりにしましょう。あなたは余裕があっても、もう私は本当に限界だから。時間も時間だし」

 

「えーっ!さっき私喜んだばかりなのに!?喜び損じゃん!!」

 

 ぶーぶーと怒るアヤリに対して、アヤベはわざとらしく目を細めた。

 

「……なら、もっと続ける?たぶんこれ以上続けたら明日の私は疲労困憊で動けなくなると思うけど。私が動けなくなったら、朝あなたを起こしてあげられないし朝の支度も手伝わないし、ノートも写してあげないしご飯も譲らないことになると思うけど?」

 

「えぇっ!?そ、それは困るなぁ……朝起こしてもらえないのとかノート写してもらえないのとか……」

 

 いつもやってあげていることをつらつらと上げていくと、途端にアヤリは弱ったような顔になっていく。

 ……『高校生なのにそれが困るのはどうなんだろう』とアヤベは思ったが口には出さなかった。せっかく説得が成功しかけているのだ。

 その後もアヤリはむんむんとウマ耳を垂らしていたが、やがて小さく息を吐いて

 

「ちぇっ、わかったよう。じゃあここは計画を変更して、最後にお姉ちゃんに勝つ形で気持ち良く終わるようにしよっかな」

 

 目をキランと光らせると、準備運動のようにドリブルをしながら最後の一戦のためにコートを移動する。

 ……これまでの10戦で、アヤベは6勝、アヤリは4勝。ここでアヤリが勝っても6対5で彼女の勝ち越しとはならないのだが……いやはや、こういうのは結局最後に勝った方が全体の勝者のようなところはある。試合に負けて勝負に勝った的なだ。

 アヤベの方もウマ娘として、何より姉として試合に勝って勝負に負けるようなことになるのはなんとなく嫌なため、太ももを軽く叩いて気合いを入れ直した。

 1on1のバスケットボール、11戦目。さっきと交代し、オフェンスはアヤリ、ディフェンスはアヤベとなる。

 二人が定位置に着いて数秒。微かに吹く風や彼方から聞こえるウマ娘たちの声以外の音が、世界から消えた。

 そんな世界の中で────アドマイヤリラの目が一瞬だけ細くなった。

 

「よーい……スタートッ!」

 

 言葉と同時にアヤリが強く踏み込む。更にそれと同時に立ち塞がるアヤベ。

 さながら先程の再現。さっきの試合も含めてビデオに撮っていれば、間違い探しの映像として使えたかもしれない。

 

 取り込んだ酸素をすぐさま脳に回してアヤリは思考する。

 同じ身長、同じ体格、動きも同じ。ならばあと勝敗を分けるのは読みの能力。

 しかし読みの能力に関しては、自分はあらゆる意味で姉には勝てない。それは先ほど証明された。

 

 ならば────

 

(お姉ちゃんはどう考えてるかわからないけどっ……こっちは裏をかけなくて向こうは裏をかけるんだから、長引けば長引くほど私が不利……!なら先手必勝で決めるしかないっ!)

 

 カッと目を見開くと、アヤリはレースでピッチを上げる時のように素早く脚を動かす。鋭い摩擦音が鼓膜に突き刺さった。

 

「行かせないわよ」

 

 だがその動きに追従するようにアヤベが立ちはだかる。やはりこのタイミングで仕掛けることは読まれていたらしい。

 

(さすがだなぁお姉ちゃん……)

 

 口の片側を上げる笑みを浮かべるアヤリ。だが称賛しながらもその腹の中には……とある策略があった。

 

 常にこちらの手を読んでくる相手を出し抜く方法は二つある。

 一つは単純に読み合いで上を行くこと。

 

 そしてもう一つは……相手が予想できない手を打つことだ。

 

 

「ねぇお姉ちゃん」

 

「……なに?」

 

 

 一瞬の息継ぎの、合間を縫って口を開く。

 急な声掛けに警戒しているのか、返ってきた姉の声はいつにも増して素っ気なかった。そしてこの間にも攻防は行われている。

 そんな中で────

 

「良いこと教えてあげよっか?」

 

 アヤリは地面にぶつけ跳ね返ってきたボールを両手で取り直すと、一歩だけバックステップのような動きをした。それによって激しい攻防に、一瞬だけ休止符ができたような形になる

 それしきのことで気は緩めず、アヤベは『良いこと?』と低くオウム返しをしようとした。

 だが、そうして改めて妹を視界に納めようとした時……彼女の姿はコートから消えていた。

 

「っ!?」

 

 アヤベの瞳孔が細くなり、すぐさま妹を探してあちらこちらへと目を向ける。

 すると、連動して動かしていたウマ耳がある音を捉えた。

 

 

「今は練習だから何にもないけど……これは元々は『ハチャメチャGP』!!当日は破壊妨害のスーパープレーのなんでもありなんだよっ♪」

 

 

 声は、上空から聞こえた。

 すぐさまアヤベが顔を向けて見えたのは……夕焼けを後光のようにして宙に飛んでいるアヤリだった。おそらくウマ娘の筋力をバネのように使って大ジャンプをしたのだろう。

 

「─────」

 

 予想だにしない光景にアヤベの脳が一瞬フリーズする。それはまさにアヤリの作戦通りだった。

 口許に三日月を作ったアヤリは、そんな三日月と逆の放物線を描きながら姉の立っている場所に迫っていく。

 

「ちょっ、リラ……!?」

 

「ふっふん♪肩借りるよお姉ちゃんっ!」

 

 このままではぶつかる、とアヤベは衝撃に備え目を閉じたが……衝撃が来たのは顔ではなかった。

 リラの履いているシューズが鳥類の爪のように肩に食い込む。

 

「よおっこいせっと!!」

 

 そこから間髪入れずに思い切り蹴られて、アヤベの体は作用反作用の法則に従って後ろ(アヤベからは前)に大きくよろけた。

 

(なっ……!?わ、私を踏み台にしたっ!?)

 

 何をしたのか気づいた時には、アヤリは既に二段ジャンプでもしてみせたように、再び放物線を描いていた。そのままゴールへとゆっくりと吸い込まれていき────

 

「くらえぇい!!これが私とお姉ちゃんの合体技っ!!ダブルデュアルトゥワイスジェミニ……えーっと、トリプルダーーンク!!」

 

 バガン!!という音と共に見事なダンクシュートを決めた。ウマ娘の筋力と普段以上の跳躍を活かした豪快なゴール。

 バスケットゴールが、それどころかコート全体が揺れたような錯覚を覚えそうになった。

 

 これで勝負はアドマイヤリラの勝ち。

 最後の最後で勝てたこと、そして頭で思い描いていた通りの展開に運べたことに、ゴールにぶら下がるアヤリの表情は一気に明るくなった。

 

「へっへーん上手くいったっ!!どうよお姉ちゃん!私特製のダンクシュート!これっ、本番でも使えるんじゃない!?」

 

 そうなればすぐさま、この世で最も尊敬している姉にドヤ顔をするためにアヤリはそのままの体勢で後ろを振り返ろうとする。

 

 だがその瞬間。

 

 ズルッ

 

 そんなオノマトペが目に見えたような気がした。

 同時に、宙で支えられて止まっていたはずの体に、突然重力が襲い掛かってくる。慌ててアヤリは指先を動かそうとするが、そこには何も掴まれていない。

 ……なんてことはない。アヤリの体はバスケットゴールから落下していた。

 

 

「わぁぁぁぁっ!!?おちっ、お、おっ、落ちるぅぅ!!??」

 

 

 理解して一瞬。夢心地の誇らしい気分だったアヤリの顔が急速に凍り付く。

 景色が急速に上へスライドしている。

 おそらく無理な勢いでダンクシュートを決めたのと、それなりに長時間運動をして手汗をかいていたからだろう。それがゴールに引っ掻けていた手の平の表面を滑らせてしまったのだ。

 このバスケットゴールはニンゲンではなくウマ娘用に高さを調整されている。そんな高さから────しかも今のアヤリの体勢的に背中から────固い地面にぶつかることになってしまったら……。

 

 これから起きる惨事を想像して、アヤリは本能的に目を閉じた。

 

 そして数瞬後、背中から衝撃が走った。

 ……だがそれは、予想していたものよりは遥かに小さいものだった。

 まるで何かに受け止めてもらえたような……

 

「…………?」

 

 おそるおそるアヤリが目を開けてみると……真っ先に視界に入ったのは自分の顔だった。

 ……いや、自分の顔じゃない。それは自分に瓜二つな……

 

「もうっ……危ないところだったわよあなたっ……!」

 

「お、お姉ちゃんっ!?」

 

 目の前にあったのは、紛れもなく姉の顔だった。肩甲骨の下あたりと膝の裏側に手を通されて、お姫様抱っこの形でアヤリを受け止めていたのだ。

 しかし、アヤベはついさっきアヤリ自身によって肩を踏み台にされてよろめいていたはずなのだが……。地面に目を向けてみると、ちょうど先程までアヤベがいたところからこのゴールの下までに向けて、ブレーキ痕のように仄かに黒い線があるのが見えた(もっとも、このコートにそういうのはたくさんあるのだが)。

 

「お姉ちゃん……もしかして駆け寄ってくれてたの?トップスピードで……?」

 

「……疲労困憊の姉に、中々無茶をさせてくれるわねあなたは」

 

「お姉ちゃあん……!」

 

 先のアヤベの言葉は事実上の肯定だった。自分を踏み台にした不躾な妹を守るために、姉は一瞬のトップスピードでクッションになりに来てくれたのだ。

 そのことにアヤリは心から感激していた。

 

「お、お姉ちゃん……!」

 

「なに?」

 

「ちょっと、お姉ちゃんのイケメンさに惚れ直したかも。鼻血出そう」

 

「ふんっ」

 

「いたぁ!?」

 

 ぽーっとした目をしていたアヤリを意味のない……いや、意味ありありな姉のヘッドバットが襲う。

 少々荒っぽい技だが、両手はアヤリを支えて塞がっている故だろう。

 

「なにすんのさお姉ちゃん!?頭が割れるんだけど!?」

 

「こっちの台詞よ。あのまま落ちてたら、あなたそれぐらいの痛みじゃ済まなかったのよ?」

 

「う……」

 

 頭を押さえて抗議する気満々のアヤリだったが、やらかしたという自覚自体はあったのかすぐに縮こまってしまう。そんな妹に対しアヤベは姉として、怒りと諭しを混ぜ合わせたような声音で言い聞かせていく。

 

「あなたの言う通り、ハチャメチャGPは基本的には何でもありな大会。だけど、だからって怪我のリスクがあるプレーも積極的にしろっていうわけではないわよ」

 

「そ、それは……」

 

「……もちろん、リラなりに考えた上で行動してるのはわかってるつもりだし、何よりあなたが楽しんでるのが一番」

 

「…………」

 

「……だけど、それでもしあなたに取り返しのつかない怪我をされたら、私は……」

 

「……ごめんなさい」

 

 さすがにおちゃらけてはいけないと思ったか、素直に頭を下げるアヤリ。その耳はすっかり垂れてしまっている。

 それを見るとアヤベもハッとし「……いえ、私こそちょっと過剰に反応しすぎたわ」と続ける。

 

 ……そうしたやり取りを経ると、ほんの少し空気が固くなってしまった。仄かな気まずさを感じてしまうような、そんな空気。

 どうしたものかとアヤベは心の中で思考し、一先ずアヤリを地面に下ろそうかとした。

 だがその前に。アヤベの腕に包まれていた温もりが……ゆっくりと動く気配がした。

 

「……ねぇお姉ちゃん」

 

「なに?」

 

 そうアヤベが妹の方を向いた時。ほぼ同時に、頭に何かの感触が来た敵襲か、とアヤベの体が強張りかけたが……しかし冷静に確認するとそれはなんてことはない。お姫様抱っこされているアヤリが、自分の腕を伸ばしてアヤベの頭を撫でているのだった。

 

「……リラ?」

 

「ごめんなさい。……でもありがとっ、お姉ちゃん。私を助けてくれたお姉ちゃん、すっごくカッコ良かった!惚れ直したのも本当だよっ♪」

 

 夕陽と疲労によるものだろうが、頬をリンゴのように赤く染めながら、アヤリはにぱっと笑っていた。

 

「さっきの動きが本番でもできたらきっとすごいことになるって!……はっ!?ひょっとしてこれは、私とお姉ちゃんと本番で変わった方が良いパターン……?」

 

「……あんな動き二回もできないわよ。それに……」

 

 胸の中にある温もり。

 夕陽のソレとは決定的に違う温かさを、アドマイヤベガは改めて噛み締めた。

 

 

「私は、あなたが頑張っている所を見られればそれで満足だから」

 

 

 その後、『ねぇお姉ちゃんお姫様抱っこのまま寮まで運んでってくれない?』『嫌よ恥ずかしいし』『いーじゃん減るものじゃないし~!』『それあなた側が言う台詞じゃないでしょ』というやり取りを交わしながら、二人は寮まで戻っていった。

 

 

 本番は……果たしてどうなることやら。

 

 

 

 

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