アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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姉妹の練習の一幕

 

 ある日のこと。

 昨夜に吹いた強風によって雲が大体飛ばされ結果的に快晴となった空の下にて。

 放課後となったトレセン学園のとある練習場にて私───アドマイヤベガと、その妹であるアドマイヤリラは集結していた。……集結していた、とはいってもそれは約一時間ほど前からの話であるが。

 まだこのトレーニング場は『解禁』されたばかりで競争率が高いので、早く確保しておかなければ他に取られてしまうのだ。

 

 

「───んじゃお姉ちゃん、もう一回お願い!」

 

 

 そんな場所で、今回のこの練習の発案者にあたる少女……体操着と運動シューズを身に付けたアドマイヤリラ───通称アヤリは(私は『リラ』と呼んでいるが)軽く伸脚をしつつ言った。

 声こそいつも通りだったが……瞳に宿る色はいつもより真面目成分が濃くなっているし、体操着やシューズは持ち主のこれまでの努力を表すようにドロドロのクタクタになっていた。

 

「…………」

 

 対して、私の方はまだそれほど汗もかいていないし体操着も綺麗なままである。

 今までほとんど『投げる係』に徹していたから仕方ないとは言え、端から見るとなんだか誤解を受けそうな差でなんとなく落ち着かない。

 ……まぁ、今この場は私たち姉妹で確保しているから───このショットガンタッチのトレーニングを『端から見る人』などほとんどこないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは、今朝の登校時に遡る。

 ……とはいっても文字でまとめれば、秋川理事長がトレーニング施設の強化をし新しくショットガンタッチのトレーニングが出来るようになったという噂をリラが聞き付けてきて、それに私を誘ったというだけなのだが。

 ……リラはデビューしたばっかりだから新しいトレーニングはどんなものでも取り入れたいだろうし、私も他ならぬ妹から宣戦布告された身であるため能力の強化はしたい。

 お互いのニーズが合致したことで、私たちはこのトレーニング施設の利用に踏み切ったわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、行くわよ」

 

 そう言って私は両足を開き、肩を軽く回す。手元にはこのトレセンの体育の授業でも使われているような普通のボールがあった。

 そのボールを何度か手遊びするように両手の間で転がしてから───私は眼前の先にある砂場を()め付けた。

 

 

「せぇ……のっ……!」

 

「ッ!!」

 

 

 大きく振りかぶり、『の』を言い終えた瞬間。

 肩と足、二人のウマ娘による二つの動きが場を揺るがした。赤子ならそれだけで吹き飛ばされてしまいそうな風圧が起きる。

 ビュン!!と空気を切り裂く音までハッキリと聞こえた気がした。

 

 それ自体には何の変哲もないはずのボールは、ウマ娘の筋力を推進力としたことでさながらハンマー投のハンマーのように高速で空を飛んでいく。そしてそのボールに、私の妹であるリラはピッタリと追従して走っていった。

 走る前にこちらを見つめていたあのクリクリとしていた可愛らしい瞳も……今は獲物を追う獣のようにギラギラと輝いている。

 

 

「ッ!!」

 

 

 二つの物体の距離は次第に縮まっていく。

 ボールは力を失い失速していくが、アヤリは逆に力を得て加速していく。

 このままなら、放っておけばいつかは追い付けるだろう。しかし、このトレーニングには時間制限がある。眼前に見えてきた砂場にボールが落ちる前に追い付かなければならない。

 ボールは既に山なりの最後の曲線を描いている。地面に着くまでの猶予はあと二秒ほど。アヤリとボールの距離は───

 

 

「うおおおああああああ!!チェェストォォォォォォォッ!!」

 

 

 声高々に叫び───リラは勢いそのままに砂場へと飛び込んだ。

 

 

 

 バッフォォッ!!

 

 

 

 隕石が着弾したかと思うほどの音がした。思わず目を覆ってしまう。

 アドマイヤリラほどの質量がダイブしたことにより、砂場からは大量の砂埃と風圧が起きていた。……特に風圧に関しては、砂場まで距離のある私の元まで届き、髪の毛を少し揺らしたぐらいである。

 

 

「っ、もうあの娘はまた……今のところ毎回のショットガンタッチであんな風に飛び込んでるじゃないの……!」

 

 

 あの娘は砂場をプールか何かと勘違いしているのではないだろうか。口許を押さえながら思わず呆れてしまう。

 今回も含めてリラのショットガンタッチは四回目になるが、四回とも見事な飛び込みを決めている。だから昨日洗濯したばかりの彼女の体操着はああも砂で汚れているのだ。もう……少しはそうやって汚れきった体操着を丁寧に畳んで洗濯機の元まで運んでいく私の気持ちも考えなさいよ……。

 

 まぁとりあえず、芸術点だけは高いであろう飛び込みの結果を確認しようと、私はさっきまでアヤリが通っていた道を、彼女よりやや遅く走る。

 隕石が落ちた現場である砂場へたどり着き、砂埃を払うと……やがて視界がクリアになっていく。

 

 

 果たしてそこには……ちょうど漢字の『一』の字のようにうつ伏せに伸びているアドマイヤリラの姿があった。

 

 そして、その手元にボールは───

 

 

 

 

「……え」

 

 

 

 

 その手元にボールは───持たれていなかった。

 

 

 ……かすってすらいなかった。

 

 

 ……あんなにも堂々と飛び込んでおいて。

 

 

 ていうか普通に届いていなかった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 自分の目が急速に細まっていくのを感じる。

 私がそうしている間に「ぶはっ!」とか言いながアヤリが砂場から顔を起こした。

 

 

「えっとっ……ボールはっ、ボールは……?」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回す。

 まず、一度首を回して自分の眼前に転がっているボールを見つけ、そして二度回したところで近くに立っている私を見つけるリラ。

 

 ……ばっちりと目が合った。

 

 しばらくアドマイヤリラは無表情で私とのにらめっこに興じていたが……やがて照れ臭そうににぱっと笑うと───警察官のように片手をコメカミのあたりに当てた。

 

 

「えへへっ、やりました!不肖アドマイヤリラ、無事に不正解の泥の方ではなく正解の砂場の方に飛び込めましたっ!!」

 

「目的とゲーム変わってるじゃないの」

 

 

 コンプラの影響か最近見なくなった懐かしいバラエティゲームを思い起こさせながら、ペチンと頭をはたいた。「あうっ」とリラの頭が揺れた弾みに、彼女の髪に付着した砂が胞子のように舞う。

 

「うぅ……ぶっ、ぺっぺっ!ああっ砂が、砂が目とか口の中に~!ちょっ、助けてお姉ちゃっ……ぺっぺっ……!」

 

「いや、そりゃそうなるわよ……」

 

「お、お姉ちゃあん……!」

 

「ああもう泣かないの……」

 

「ううっ……泣いてないもん!これはただ砂が目に染みやがるだけなんだから……!」

 

 嗚呼……ウチの妹はバカだ……。

 完全に呆れながらも、私は妹の顔を濡れタオルで拭いていき、体操着の砂汚れもパンパンと払ってやる。持ち込んだときは真っ白だったタオルもすっかり茶色になっていた。

 きっと今日も洗濯機が大活躍するだろう。

 妹に使う専用の私お墨付きふわふわタオルをリラの顔の上で踊らせること一分。

 

「……はい。これでもう大丈夫でしょ」

 

「だいじょぶ~……」

 

 小学生の頃の誕生日プレゼントとして妹と分けあった耳カバーまで丁寧に拭いてやってから、私は妹から離れた。

 そうしてある程度の体裁が整うと、リラは水遊び後の犬のようにブルブルと体を震わせ、にぱっと笑った。

 

 

「いぇい!アドマイヤリラ、お姉ちゃんのお陰で見事に復活ですっ!!」

 

 

 ……陽気にピース作ってみせるアヤリの姿に私がため息を濃くしたのは言うまでもないだろう。

 

「……で、肝心のショットガンタッチの方だけど」

 

 そのあたりへの意趣返しも兼ねて、私は腕組みしながら気持ちいつもより低めの声音で言った。

 効果は覿面(てきめん)のようでリラはビクッ!と肩を震わせ目線を逸らす。

 

「え、え~っとぉ~……」

 

「……結局、四回目になっても取れなかったわね」

 

「うぐっ」

 

「この距離感だと一歩……いや、二歩半足りないって感じかしら」

 

「ぎぐっ」

 

「確かやる前にあなた何か賭けてたわよね。確か、『この四回目でも取れなかったら、今晩のコロッケはお姉ちゃんに譲る』とかどうとか……」

 

「ううっ……け、結構難しいんだよこれぇ!!お姉ちゃんはまだ投げてる側しかやってないからわかんないだろうけど!!そんなに文句言うならお姉ちゃんもやってみてよぉ!!」

 

「……いや、さっきからやりたいのは私も山々だったんだけど」

 

 本来はお互いの疲労度合いを考えて一回ごとに交代しようと提案していたのを『もう一回!もう一回だけ!』と三回ぐらいゴネていたのはリラだったのだが。……まぁ、このあたりはリラのためにも飲み込んでおいてあげよう。

 それにほら。こんな風に座り込んでぶーたれていながらも、そんなリラに手を差し伸べてやれば……彼女は一瞬で嬉しそうに頬を綻ばせて私の手を掴むし。

 バカだけど、なんと単純で可愛い妹だろうか。

 

 

「えへへっ……。ふぁいっとぉー♪」

 

 

『いっぱぁーつ』は絶対言ってあげないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んじゃお姉ちゃん、行くよ?」

 

 さっきまでと立ち位置、役割を交代して再び練習場に立つ。上半身の方は肩部分を散々動かしていたので、準備運動は脚だけで済んだ。

 

「……えぇ。いつでも行けるわよ」

 

 妹の方を向きながら言う。

 すると、私と目を合わせた妹は……なぜか急に表情をニヤニヤとさせたものに変化させ始めた。

 ……なんだろうか。私の顔になにかついていたのだろうか?

 

 

「……ねぇお姉ちゃん、今回もなにか賭けない?」

 

「賭け?」

 

「ほら、さっき私が言ったみたいな、『これ取れなかったら晩ご飯のコロッケあげるー』みたいな」

 

 

 思わずため息が出そうになった。

 

 

「あのね……これはあくまで練習であって、遊びじゃないのよ」

 

「え~。だってこのまま普通にやったらつまんないじゃん~!」

 

「練習なんてつまらなくてちょうど良いから。ふざけたことしてないで、わかったら早く……」

 

「……ちぇっ。残念」

 

 

 そこで明確にリラの声色が変わった……ような気がした。

 つい私がリラの方を向くと、彼女はまるで卵を抱き抱えるようにボールを両の手にすっぽり納めていた。

 

 

「こうしたら否が応でも盛り上がるから…… またカッコいいお姉ちゃんが見られるかもって思ったのに」

 

「…………」

 

「そもそも、こうやってお姉ちゃんと練習すること自体久しぶりだし……だから、ちょっとでも楽しみたいなぁって思ったのに……」

 

 

 ……果たしてこの妹は狙ってやっているのだろうか。素でやっているのだろうか。

 狙ってやってるのだとしたら随分悪い方向の成長をしたし、素でやってるんだとしたらとんだ天然姉たらしだ。

 確かに最近、私と妹は同じ練習をしたことはなかった。一年前は私はデビューし始めてて、妹はまだデビューしていない調整中となっていたから、当然する練習も変わって別々のものになっていたし、私も妹の調整を邪魔したくないから一人で練習していた。そして最近は……ようやく妹はデビューしたけど、妹がひたすら基礎練習をしているのに対して私は応用とかそっち方面の練習にいってしまっている。

 だから同じトレーナーの元に属していながら、意外と共に練習をする機会は少ないのだ。

 

 ……リラは、ずっとそれを気にしていたのだろうか。

 

 

「……わかったわよ。やるわ」

 

「えっホント!?やったーー!!」

 

 

 ……これが惚れた弱みならぬ姉の弱みというものだろうか。幼い頃のままのように喜ぶ妹を見ると、不思議とふざけたことに付き合うのも悪くはないかと思えてしまう。

 相手がオペラオーではきっと永遠にこうはならないだろう。

 

 

「じゃあじゃあっ、お姉ちゃん何を賭ける!?」

 

「そうね……リラは何にするの?」

 

「私?んー、私はぁ……あ!じゃあ、お姉ちゃんがこのボールを取れなかったらさっきのコロッケを返してもらうってことで!」

 

「わかったわ。じゃあそうね……私がボールを取ることができたら、晩ご飯のコロッケに続いて、ポテトサラダも貰うことにしようかしら」

 

「うぐっ!? じょ、上等だよお姉ちゃん……後で吠え面かくんじゃないよ!?」

 

 

 既に吠え面みたいな顔をしながら叫ぶリラ。

 ……まぁ、どうせ私はそんなに食べないから、貰ってもすぐに返すつもりなんだけど。

 妹の言っていたことも案外的外れではなかったか。何かしら賭ける物があると自覚すると、体が一気に集中しだすのがわかった。

 さっきとは違う意味で、コースの先にある砂場を睨め付ける。

 

 集中力は万全。……あとは合図を待つだけだ。

 

 後ろの方でふぅとリラが息をつくのと、二、三度ぐらいボールを跳ねさせる気配がした。

 

 

 

「それじゃ……よいしょっとっ!!」

 

「ッ!!」

 

 

 

『と』が耳に入った瞬間に私は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、コロッケとポテトサラダは姉妹で仲良く分けることにした。

 

 

 

 

 

 





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