一文字隼人、オタクに優しいギャルみたいな奴だよね。 作:よよよーよ・だーだだ
その後、SHOCKERについての証言や資料を集めて記事の構想をまとめ上げたあーしは、さっそくネタを馴染みの雑誌社へと持ち込んだ。
そこはかつてあーしが新人賞を獲ったときの記事を載せてくれた雑誌で、あーしのことをどこよりも買ってくれている。特にあそこの編集長は『オモシロければ何でもヨシ!』という気骨のある人で、しかも野心家だ。SHOCKERみたいな大ネタならきっと喜んで飛びつくだろう。
……そう思っていたのだが。
「ダメだ。ウチじゃ扱えない」
SHOCKERを扱ったものであることを説明した途端、中身も読まずに門前払いを喰らってしまった。
……なんで、どうして。今回は特に渾身の一本だ。それを読まれもせずにボツにされて、そんなの流石に受け容れられない。どうしてもスッキリ納得のいかなかったあーしは社に乗り込み、編集長のところまで怒鳴り込んだ。
実際に対面した馴染みの編集長は、困ったように深々と溜息を吐いて言った。
「……なあ、一文字さん。アンタ、何書いたかわかってんのか?」
「何って、そりゃあもちろん、SHOCKERの……」
「あーダメダメ!」
SHOCKERの名前を口にしようとした途端、編集長は遮った。人目をはばかるように周囲の様子を窺ってから、抑えた声で話を続ける。
「……いいか。“ヤツら”の話は、アンタみたいな駆け出しジャーナリストがちょいと調べただけでも出てくるような話だ。だけどどこも報じないし、誰も話題にしない。なぜだと思うね?」
「……部屋の中の象、ってことっスか」
部屋の中の象、つまり『そこにあるのに誰も触れられない、あまりにデカすぎる問題』。
不服な態度を隠さないあーしに、編集長は眉をしかめながら「一文字さん、これは親切で言ってやってるんだぜ」と言って聞かせた。
「たしかにアンタの才能もガッツも買ってるし、別のネタならいくらでも買うよ。与党批判、汚職、談合、公金横領、政治ネタは良い。芸能の暴露ネタ、不倫、スキャンダルだって大いに結構。だけど“ヤツら”だけはダメだ、ヤバすぎる。どーしてもやりたいなら少なくともウチでは無理、もしそれでも書きたいっていうんなら、アンタとは今後の付き合いも考えさせてもらうからな」
話は終わりだ。そう言って編集長は、あーしの肩を押して編集部から追い出してしまったのだった。
さらにあーしは壁にブチ当たり続けた。あーしが次の持ち込み先を検討していた矢先、今度は依頼人から耳を疑うような連絡が入った。いわく『やっぱり記事を取り下げて欲しい』のだという。
SHOCKERの奴らに脅されでもしたのかと、すぐさま会ってみたのだが……。
「……もう、いいんです」
そんな、言ってたじゃないスかっ、『娘を拐ったSHOCKERのことを告発してもらいたい』って! 娘さんの無念はどーなるんです!?
思わずそんな激しい口調で問い詰めてしまったのだけれど、その人はゆっくりと首を振るだけだった。
「だって、今はもうそれ以上に“幸せ”ですから……!」
そう答える依頼人の表情は、つい先日まで悪い奴らに娘を攫われて失意に暮れていたとは思えないほど晴れやかに澄み切った笑顔だった。脅されたわけでも、大金を握らされたわけでもない、心の底から“幸せ”を感じているかのような。
そこであーしはようやく思い出す。SHOCKERへ潜入取材したときにあーしが見た、楽しげに笑い合うSHOCKER下級構成員たち。依頼人の顔はまさに、あいつらと全く同じだった。
……この人、SHOCKERに何かされたんだ。
そのことに思い至り、あーしは心の底からゾーッとしてしまった。
とはいえ、これで諦めたか、って?
んなわけねーし。そこまでオリコーサンじゃねーっての。掲載誌からは断られ、依頼元からも引き上げられ、それでも諦めきれなかったあーしは取材を続けた。こーなりゃもはや意地だ、新しいネタ元を探してなにがなんでも記事にしてやらねーとスッキリしねえ。そう決めた。
……こうして振り返ってみれば、あーしはこのとき既に『力に溺れてた』んだろーなって思う。改造人間としての力じゃあない、『正義のペンの力』ってヤツだ。そうやってチョーシこいてたからこそ、このあとの展開も“バチ”が当たったのかもしれない。
だけどこのときのあーしは、まだまだ世間知らずな青二才の小娘。オマケに立派な賞まで貰ってちっとばかし天狗になっていた。だから、そんな自分のオオマチガイには気づきもしなかったのだ。
その日は何も変わらない、いつもどおりの朝のはずだった。
毎朝のとおり出かける支度を進めていたあーしは、何気なくBGM代わりにつけていたニュース番組へ耳を止めた。すぐさまニュースのボリュームを上げ、その内容に耳を傾ける。
それは、ある児童相談所の施設で起こった事件のニュース速報。暴漢が刃物を持って施設へ押し入ろうとしたのだという。
そしてその児童相談所というのは、ミユキチの勤め先だった。
……まさか。
あーしは取るものも取りあえず、すぐさまアパートを飛び出してバイクをブッ飛ばした。赤信号、道交法、人を轢き殺さない限りにおいては全部無視だ。
「そこの暴走バイク、停まりなさいっ!」
うるせェ、それどころじゃねーッ!
途中でネズミ捕りのスピード違反取り締まりに止められそうになったけど、そこは力技で強引に突破し、追ってきた白バイやパトカーも全部ブッちぎった。
まさか、まさか、まさか……ッ!!
総身の血の気が引いて、嫌な予感ばかりがひたすらに膨れ上がっていく。そんな最悪の想像を振り払うように、あーしは死に物狂いでバイクをブッ飛ばし続けた。
あーしが現地へ到着したとき、辺りは既に野次馬が集まっていた。テレビ局や報道関係者が殺到しており、何台も停まっているクルマの中にはパトカーや救急車も見える。
あーしは、ちゃんと駐車もせずにバイクから飛び降り、その人だかりへと突貫した。
「どけェッ!」
そう怒鳴りながら割り込んできたあーしに驚いた人たちが何事かと振り返るが、もはや気にしてなどいられない。ひしめき合う人混みを押しのけて最前列へと押し入った先、視界に飛び込んできたのは見覚えのある大きな建物。やっぱりミユキチの勤め先の児童相談所だ、かつて飲みの席でミユキチから写真で見せられた覚えがある。
ただあーしの記憶と違っていたところもあった。まずは玄関ドアのガラスが粉々に割られていたこと、警官や救急隊員が何人も慌ただしげに出入りしていたこと、そして玄関前には凄まじい量の血だまりが広がっていたこと。なにか血生臭い事態が起こったのは、誰の目から見たって明らかだ。
あーしがもっとよく見ようと身を乗り出したところ、そのことに目ざとく気付いた警官の一人が声を荒げた。
「そこの貴女っ、押さないで! 下がって!」
うるせエ、どけっつってんだよ!
怒鳴り返すと同時に警官を突き飛ばし、張られていた立ち入り禁止のテープをくぐって、あーしは施設の中へと飛び込んだ。
そこであーしが見たもの、それは……
ミユキチは、施設の子供を守ろうとしたらしい。
児童相談所の施設を襲った犯人の身元はすぐに明らかになった。そいつは施設で保護された被虐待児の親で、虐待がバレて子供と引き離されたのを逆恨みし、我が子を奪い返そうと施設に乗り込んできたのだという。
そんな緊急事態においてミユキチは児童相談所の職員として、怒り狂った親から子供たちを庇った。凄まじい剣幕で暴れようとする親を前にしてミユキチは一歩も引かず、むしろ丁寧に説得して追い返そうとしたらしい。玄関にあった血だまりはきっと、そんなミユキチによる決死の覚悟の表れだったのだろう。
そして他の職員の通報で警察が駆けつけたとき、犯人はすぐさま取り押さえられたそうだ。施設で保護されていた子供たちも無事だったけれど、既に悲劇は起こってしまっていた。
ミユキチは、死んだ。子供たちには指一本触れさせなかった、立派な最期だったという。
事件現場へ無理矢理押し入った件と各種道交法違犯で警察の事情聴取を受けたあと、あーしはミユキチの亡骸が安置されている病院へ向かった。
病室へ入るとそこには、ベッドの上で横たわるミユキチの姿があった。清拭と死化粧で整えられたその顔は穏やかに微笑んでおり、まるで眠っているかのようですらあった。
けれどその顔色に血の気はないし、閉じられた瞼が開くことはない。その表情が変わることも、いつもみたいにあーしへ笑いかけることだって未来永劫、二度と無い。
そして『震災』以来、ミユキチに家族と言えるような身寄りはいない。ミユキチはこのまま、独りで葬られることになるのだろう。
「…………。」
あーしは何も言えなかった。
ただその場に立ち尽くしたまま、目の前の現実を受け入れることができなかった。そうやってぼんやり立ち続けてどのくらい時間が経ったのか、ふと背後に人の気配を感じて振り返ると、ミユキチの同僚の女性職員が立っていた。
「あ、あのっ、ミユキさんのお友達の方、ですよね……?」
その問いにあーしは答えなかったけれど、それだけでわかってくれたようだった。彼女は何か言いかけたけれど、その言葉を飲み込んで静かに一礼。そのまま踵を返し、病室の外へと出て行ってくれた。
……なんとなくその気持ちは分かった。今あーしがどんな顔をしているかなんて、鏡を見なくても分かってしまう。だから、誰もいない方がよかった。
アパートに帰ってから、あーしは荒れた。
「このッ、このッ!」
アパートの家具は洗いざらい引っ繰り返し、記事を書くために買ったパソコンは蹴り壊し、スマホはぶん投げて窓ガラスを粉砕。誇らしげに飾ってあったノンフィクション新人賞のトロフィーも、回し蹴りを叩き込んで真っ二つにブチ折ってしまった。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ!」
何がジャーナリストだ、何が『正義のペン』だっ。そんなの、そんなのっ、
「『本物の暴力』の前では無力じゃんか……!」
大切な人を襲った突然の暴力に、あーしは何も出来なかった。SHOCKER? そんなどーでもいい奴ら追っかけまわして何になる。『ペンの力で世の中変えてやる!』なんて息巻いておきながら、実際には親友一人救えなかったのだ。
そんな無力なあーしへ近寄ってきたのは、よりにもよってSHOCKERのヤツらだった。かつて出会ったSHOCKER上級幹部構成員の最筆頭、緑川イチロー。絶望のどん底へと堕ちたあーしへ自ら接触してきたアイツは、あーしにこう囁いた。
「……言ったろう、おまえの言うことなんか誰も聞かない。本当のこと、不都合な現実なんて誰も聞きたくはないからな」
イチローは、あーしのことなんか何も知らない。だからその言葉は、きっとあーしの現状を鑑みてのことではなかったろうけれど、今のあーしには深々と刺さるものだった。
その傷口に、イチローは付け入った。
「一文字、と言ったか。おまえにはSHOCKERで“幸せ”になる資格がある」
あーしが、なぜ。その問いにイチローは答える。
「おまえがそれを望んでいるからだ。生まれつき“そう”なのか、それとも子供の頃のトラウマか……おまえの心には空っぽの
……まるで、あーしを見透かしたかのような言葉だった。
かつてミユキチと一緒に暮らした村、そしてそこを襲った恐ろしい『震災』。それ以来あーしの心はいつだって何かを求めていて、だけどいったい何が欲しいのかよくわからないまま生きてきた。
そんなあーしに緑川イチローは「……おまえの気持ちは分かる」と心から慈しむように言った。
「人は誰かを信じることで生き延びてきた。だがそれと同時に、誰かを信じることで裏切られてもきた。そして『人の幸せ』なんてものは簡単に壊れる。その不条理に引き裂かれて、おまえの空っぽの心はボロボロだ。『Nulla in mundo pax sincera:真の安らぎはこの世になく』、その絶望を乗り越える力を今のおまえは欲している」
緑川イチローが言う、あーしの『心の
だけどそれも満たされる。現実の不条理さが突き付けてきた自分の無力さも、親友を失った悲しみも、そしてそれらすべての絶望さえも。ジャーナリズムだのペンの力だのいうインチキなマガイモノなんかじゃあない、『ホンモノの力』さえあれば。
あーしの目に暗い光が灯ったのに気が付いたのか、イチローは表情の薄い顔の口元を歪めて言った。
「……暴力を求めるか。まぁ、それもよかろう。“IF YOU WANT TO BE HAPPY,BE:幸せになりたいのなら、なりなさい”、それがおれたちSHOCKERだからな」
イチローはあーしと目線を併せると顎をくいと持ち上げ、あーしの方もイチローと真正面から見上げて向き合った。
真っ直ぐ見つめたイチローの目には底無しの闇を湛えていて、あーしはどこまでも吸い込まれてゆきそうな気がした。
「望み通り、おまえを本物の『暴力装置』に作り変えてやろう。そこでおまえはおまえの“幸せ”を楽しむといい。そして存分に楽しんだら、そのあとは……」
このおれが“救済”してやる。
そう言って緑川イチロー、いや、SHOCKER上級幹部構成員にして大幹部チョウオーグは、あーしへ手を差し伸べた。
ギャル文字隼人について、流石に女性で「隼人」は無理があるので、「一文字 颯(いちもんじ はやて)」という本名も設定してあります。まあ苗字はともかく、名前は一切出てこないけどね!
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