一文字隼人、オタクに優しいギャルみたいな奴だよね。 作:よよよーよ・だーだだ
緑川ルリ子に洗脳を
そこは穏やかな風が吹いている麗らかな世界で、そしてSHOCKERに洗脳されていたあいだには絶対に思い出さなかった人物が出てきた。
「おひさっ、イッちゃん!」
そう笑いかけながら現れたのはあーしの幼馴染、ミユキチ。
これは夢だ、とあーしはすぐに思い至った。だって、ミユキチは死んだのだから。ミユキチはこの世の不条理に襲われ、不条理に命を奪われて殺された。だからもうこの世にはいない。
……これは夢、それもとびきりに都合の良い幸せな夢だ。それがわかっていたからこそあーしは、自分に都合が良いように動くことにした。
「……ごめんな、ミユキチ」
「ん、なにが?」
怪訝に小首を捻るミユキチへ、あーしは言った。
「オマエのこと、守ってやれなかった。『正義のジャーナリスト』なんて息巻いてたくせにあーしときたら、オマエのためには何にもしてやれなかった」
あーしの心からの懺悔に、ミユキチは「ううん」と首を振る。
「いいんだよイッちゃん。わたしが死んじゃったのは、イッちゃんのせいじゃないんだから。まあ、こういうこともあるんだよ、きっと」
……なあ、ミユキチ。もしも本当にオマエが生きてたら、本物のオマエもきっとそう言ってくれるよな。それを期待してこんなこと言うあーし、マジでサイテーだよな。そういう自分の狡さが本当に許せねーよ。
ミユキチから目を背けて俯いたまま、あーしは拳を固く握る。
「それだけじゃあない。あーしはオマエの死から目を背けようとした。オマエのことから逃げ出した。あーしは身勝手で、大馬鹿で、弱っちくて、悪党に誑かされて、チカラに溺れてッ……」
「だーめ」
もはや自分だけでは止められないあーしの悔悟の言葉を、ミユキチは強引に遮った。えい、とあーしの頬を両掌で包み、そのまま無理やりに前へ向き直させる。
あーしとミユキチ、互いに真正面から向き合いながら、ミユキチが口を開いた。
「そーやって自分ばっかり責めてても始まらないよ、イッちゃん。それにイッちゃんだったら、ちゃんとこれからやり直せるよ。なんてったって、イッちゃんは誰よりも強いんだから!」
「……別に、強くなんかねーし」
あーしはただ我儘で、頭が悪くて、周りに八つ当たりしてただけだ。『強い』というのならミユキチ、オマエの方こそいつだってひたむきで、あーしなんかよりずーっと強かったじゃんか。
あーしはそう言ったのだけれど、ミユキチは生きていたときみたいにニコニコ笑うだけだった。
「……あのね、イッちゃん。わたしにとってイッちゃんはね、ヒーローだったんだよ?」
あーしが、ヒーロー……?
あーしが怪訝に聞き返すと、ミユキチは「うん」と頷くのだった。
「だって、イッちゃんったら周りの大人たちの言うことなんか全然聞かないし、とゆーかわたしの言うことだって聞かないし。周りなんか全然気にしないで言いたいことを言って、やりたいことをやる、そんなだからすぐケンカになるし、こうと決めたら馬鹿みたいに一直線だしさ。弱者ビジネスの取材のときだってさんざん傷ついてたし、SHOCKERの取材のときも『やめときなよ』って遠回しに言ってんのに全然聞かないでグイグイ行っちゃったじゃん。イッちゃんってホント、おバカだよね」
……はっ、バカにすんなし。そんなマヌケ、ヒーローでもなんでもねーじゃん。
あーしは呆れて笑うのだけれど、ミユキチは穏やかな笑顔のまま「……でもね」と首を振った。
「そんなイッちゃんのカッコいい強さに、わたしがどれだけ救われてたか。イッちゃんは忘れてるかもしれないけどさ、『震災』で皆死んじゃって、わたしだけ独りぼっちになっちゃって、そんなときもイッちゃんはずっとわたしの傍に居てくれたよね」
……そういえば、そうだったかもな。
そんなことを思うあーしに、ミユキチは続ける。
「イッちゃんはわたしのこと『ひたむき』だなんて褒めてくれるけど、わたしからすればイッちゃんみたいなヒーローが傍にいてくれたからこそ、わたしは頑張れたんだよ。もしもイッちゃんがいてくれなかったらわたしなんて、とっくのとうに折れてたと思う。ほら、先生も言ってたでしょ? イッちゃんは、人の『
……そうか。
「だからイッちゃん、もう泣かないで。緑川ルリ子さんの願い、叶えてあげて。いつもみたいにサイコーにカッコいい、わたしのヒーローでいてほしい。お願いだよ」
…………。
「……元気出た?」
……ああ。お蔭様で。
目元を拭いながらそう答えると、あーしの顔を覗き込んでいたミユキチは「よかった!」とまたもや満足げに微笑んでくれた。
「さて、イッちゃん。そろそろわたし、行くね」
そう言ってミユキチは、あーしから離れて歩き出した。
気がつけば、いつのまにか一帯に強い風が吹き始めていた。幸せな夢は終わり、現実へと帰るときが来たのだ。幸せな夢のおかげで自ら立ち上がる気力を取り戻したあーしは、その場を去ってゆくミユキチへ告げる。
「ありがとなミユキチ……いや、
礼を告げるあーしへミユキチは振り返り、あーしの顔を見てまたしてもフフッと吹き出しながら、最後にこう言った。
「もう、イッちゃんのおバカ。『泣かないで』って言ってんじゃん」
そして長い回想を終えたあーしが現実へ立ち返ると、事態は急変していた。
「うひャはハハッ!」
調子の狂った下品な笑いを挙げながらそこに立っていたのは、長身痩躯の改造人間オーグメントだった。手に携えているのは血に濡れたバカデカいナイフで、肩に羽織っているのは返り血を浴びた光学迷彩仕様のケープ、そして頭部に被っているのは昆虫と爬虫類が混じったアシンメトリーの奇っ怪なマスク。
……こいつの噂は、SHOCKERに操られていた頃からあーしも耳にしていた。
ヤツの名前はカマキリカメレオンオーグ、自称:K.Kオーグ。『SHOCKERのニューホープ』とも自称しているとおり、ヤツはつい最近造られたばかりの三種合成型オーグメント、その最新モデルだ。
「うぐっ、ごほっ……!」
そいつの足元ではSHOCKERの裏切り者、緑川ルリ子が喘ぎながら地に伏していた。羽織ったコートの隙間、華奢な彼女の体からは大量の鮮血が止め処なく溢れている。
そんな致命傷を負った緑川ルリ子をナイフの刃先でつついて弄びながら、K.Kオーグは満足げに狂喜の声を漏らしていた。
「うヒょオーぅ、ワレながら
緑川ルリ子はどうやら、K.Kオーグに刺されたらしい。
無理もない。K.Kオーグは奇襲暗殺特化型のオーグメント、しかも緑川ルリ子がSHOCKERを抜けたあとに完成したばかりの最新モデルだ。それに開発を手掛けたのはかつてクモオーグを造り出した死神博士のグループで、もともと緑川ルリ子が属していた緑川博士のグループとは派閥が異なるから情報も無くあらかじめ用心しようがない。日頃は常に用意周到な緑川ルリ子も、今度ばかりは不意を突かれてしまったのだろう。
そしてK.Kオーグは今、緑川ルリ子にとどめを刺そうとしていた。
「……裏切りは殺人より悪、敵討ちは人助けよりも善ッ! クモセンパイのカタキだ、死ねェ!」
瀕死状態で動けない緑川ルリ子めがけて、K.Kオーグは浮かれた様子でナイフを振り上げる。そんな光景を目の当たりにしていたあーしの耳元に、優しい風が囁いた。
――行きなっ、イッちゃん!
勢いよく背中を押されたような気がしたかと思うと、あーしはいつのまにか前へ駆け出していた。背中のスラスターからプラーナの斥力を放出して一気に加速、強い風に身を委ねて真っ直ぐ向かった先はK.Kオーグ。
あーしは雄叫びと共に、K.Kオーグへ飛び掛かった。
「おンどりゃアッッ!!」
K.Kオーグが緑川ルリ子へ最後のナイフを突き立てようとした刹那、そのすんでのところであーしはK.Kオーグの背後へ飛び蹴りを叩き込むことに成功した。
「ごぶべっ!?」
振り下ろそうとしたナイフの一撃が緑川ルリ子に届くことも無いまま、K.Kオーグは廃工場の片隅へと吹っ飛ばされた。錆び付いたタンクや資材を巻き添えにしながら、K.Kオーグは階下へと堕ちてゆく。
「ぐぬぅ……!」
あーしがすぐさま後を追った先、K.Kオーグは全身をさすりながらゆっくり起き上がっていた。あーしのキックはK.Kオーグを蹴り飛ばす程度には成功したが、仕留めるまでには至らなかったようだ。
「なんだァ、キサマァ!?」
すぐさま起き上がってこちらへ振り返るK.K.オーグに、あーしは堂々と言い放つ。
「あーしか? あーしは今から人類の味方、SHOCKERの敵、そして……」
……アンタから託された想いは聞き届けたよ、緑川ルリ子さん。そしてありがとな、ミユキチ。二人のおかげであーしも気持ち、スッキリだ。
あーしはマスクを着装して吼えた。
「今からあーしは、仮面ライダー第2号だッ!」
あーしの名乗りにK.Kオーグは「……ハァ?」となおも首を傾げていた。
「カメンライダァ? なんだ、それ??」
……まあ、アンタごとき悪党にわかってもらわなくてもいいさ。バカにして笑うK.Kオーグに構うこと無く、あーしは緑川ルリ子から与えられたマフラーを風になびかせながら続けた。
「お嬢さんのおかげであーしの心をスッキリさせてもらった。これからはあーしの“好き”にさせてもらう。まずは……」
と、あーしは真っ直ぐ前へ指を差した。突き付けたその先に居るのは、緑川ルリ子を不意打ちで手にかけた薄汚い下劣なSHOCKERの殺し屋、他ならぬK.Kオーグだ。
「アンタを倒して、SHOCKERへ借りを返させてもらうことにする。じゃないと『スッキリ』しねーじゃん?」
そんなあーしによる宣戦布告の意志を、K.Kオーグのヤツもようやく読み取ったようだった。
「なるほどな……つまり、キサマは『裏切りホヤホヤ』ってワケだ……!」
『裏切りホヤホヤ』ってのがどーゆー意味かは知らんが、ま、そーかもな。
次なる標的をあーしに定めたK.Kオーグは得物のナイフを抜き、マスク越しでもわかるほど盛大に音を立てて舌舐りした。鋭いナイフを両手に構えたその姿はまさに、目の前の獲物を狩り捕ろうとする獰猛なカマキリだ。
心底嬉しそうに、K.Kオーグは叫んだ。
「オマエを殺すの、カクテェーイ……!」
躍りかかるK.Kオーグに、あーしも真正面から応じる。これが、仮面ライダー第2号の初陣。
「トウッ!」
「
戦いは、あーしの方が優勢だった。
K.Kオーグの脳天にあーしが疾風のようなチョップをぶちこむと、カマキリとカメレオンを象ったK.Kオーグのマスクの半分が砕け散り、K.Kオーグの素顔の半分が露わになった。
激痛で悶えながら顔を抑えて後ずさるK.Kオーグに、あーしは言い放つ。
「どーした、K.Kオーグ。『死神グループの最新モデル』とか自慢してたが、それで得意なのは不意打ちだけか?」
「キサマッ……!」
昆虫と爬虫類、二種類の生き物の要素を組み込まれた異形。そんな醜い素顔を曝したK.Kオーグの目は、薄っぺらな屈辱と憎悪に燃えていた。
「ボクのチョーゼツイケてるカマキリマスクをよくも! バッタのくせにマジ許せねえ! 許さんぞォ……!」
そんな勝手なことを喚きながら、腕に仕込んだカマを展開するK.Kオーグ。
……また刃物か、コイツどんだけ刃物好きなんだよ。マスクが
呆れるあーしにかまうことなく、怒り狂ったK.Kオーグが腕のカマを振りかざして襲い掛かってきた。
「死ねッ、死ねッ、死ねッッ!!」
K.Kオーグによるカマの乱打を、あーしは容易く掻い潜った。K.Kオーグ、ガムシャラに刃物を振り回すのは得意みたいだが、怒りに身を任せすぎてて自分自身のコントロールがなってない。そんなんじゃあ滅多切りは出来ても、素早いバッタオーグのあーしに届くわけがない。
その刹那、あーしの脳裏にフラッシュバックが走る。
……刃物、ミユキチの命を奪った凶器。ミユキチが死んだことと、今あーしの目の前で起こってること、それぞれ違う話だ。別にK.Kオーグがミユキチを殺したわけじゃあない、SHOCKERでさえ関係が無い。んなこたぁわかってる。
だがな、知るか。
逆恨みだろーがスジチガイだろーが、あーしの知ったことか。刃物で人を傷つけて喜ぶよーな悪党は許さねえ。とにかくあーしはコイツに勝つ、そうしないとスッキリしねえ。そう決めた。
「……ふんっ!」
そしてあーしはわずかなスキへと付け入って腕のカマを白刃獲り、すかさずキックを叩き込んでやった。響く鋭い金属音、K.Kオーグのカマは根本からあっさりブチ折れた。
「んなッ!?」
K.Kオーグは、目の前で信じられないことが起こったかのような顔をしていた。あーしの蹴りでチンケなプライドまでブチ折れちまったらしい、今まさに折られた腕のカマのように。
――これで、とどめだッ!
あーしはバッタオーグの脚力で大地を蹴り、背中のスラスターを吹かして高く跳んだ。腰を捻り、思いきり右足を突き出したキックの構え。
「喰らえッ!」
奥の手まで破られて動転したK.Kオーグに、あーしはプラーナの斥力で加速した全力の飛び蹴りをお見舞いした。
瞬間数十トン以上に及ぶ強烈な破壊力が、K.Kオーグの全身を打ち砕く。
「ぐわァァァ――――ッッ……!!」
断末魔の悲鳴と共に廃工場の瓦礫へと叩き込まれ、K.Kオーグは息絶えたのだった。
K.Kオーグとの戦いを制したあーしが戻ったとき、そこには本郷猛しかいなかった。傍にはK.Kオーグに刺された緑川ルリ子が倒れていたはずだ。けれどそこに彼女の姿はなかった。
……SHOCKERの構成員は皆、機密保持のために死体が残らないようになっている。息絶えると全身が溶け出し、身につけたものを含めてすべてが泡となって消えてしまうのだ。
今、本郷猛の眼前には、人の形をした僅かなシミが浮かんでいる。それがお嬢さん、緑川ルリ子の最期の名残だった。しかもその泡は揮発性、だからこれもすぐに風で乾いて跡形もなく消えてしまうだろう。
その光景を仮面ライダー、本郷猛はただ黙って見つめていた。
「…………っ……!」
本郷猛は一言も喋らなかった。マスクを脱ぎ捨てたその顔は今にも潰れそうなほどにくしゃくしゃで、本郷は内側から溢れ出そうな何かを必死に堪えながら震えていた。
本郷の手に握られているのは赤いマフラー、つい先程まで本郷自身が首に巻いていたはずのものだ。今それが
だけど本郷は間に合わなかった。まるで
「うぅっ、ぐっ、っ……ッ!」
不条理な現実に、本郷猛はただひたすら打ちひしがれているようだった。そして、そんな光景を遠くから見つめているあーし。
……このときあーしは、自分自身もまたマフラーへ手を伸ばしていたことにようやく気づいた。あーしが今首に巻いている真っ赤なマフラーは本郷が手にしているのと同じもので、そしてあーしがSHOCKERからの洗脳を解除してもらったときに緑川ルリ子が巻いてくれたものだ。
『貴女もライダーになって』
緑川ルリ子があーしにマフラーを巻いたとき、彼女はそんな祈りを籠めていた。きっと本郷のマフラーも、そうやって与えられたものだったのだろう。
「…………。」
風に吹かれて容易くなびく、薄い布切れ一枚。そのはずなのに、今のあーしにはこの真紅のマフラーが何だかとてつもなく重いもののような気がした。
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