Project Moon RPG気ままに実況プレイ 作:とろねぎ
それは、今の囚人たちにも限界が訪れようとしている時だった。
〈...?これは......霧?〉
まるで...ねじれたアリスの...
「ごめん、ダンテ...やっと目が覚めた。」
風一つ吹いていない水面のような穏やかな声は、ナオから発されていた。
〈...それは...E.G.O...なのか?〉
「...その姿。」
獣が初めて、揺らぎを見せた気がする。
ナオの頭には赤と白の花で編まれた花冠が体の一部かのようにぴったりと嵌っていて。
それから、腰の辺りから、自分の体ごと覆い隠せてしまいそうな巨大な白い翼が生えていて。
それは引き摺られ、地面に擦れる度に霧になって辺りに蔓延していく。
「ねえみんな...起きて。」
深く息を吐くとそれも霧となって広がり、囚人の傷に入り込む。
そして、それらは囚人たちの破損した肉と肉を繋ぎ合わせていた。
「...そう......ようやくね。」
小さく笑った獣の顔は、嘲笑ではなかった。
むしろどこか安堵したような、肩の荷が降りたような柔らかい笑みまで浮かべていた。
〈え?〉
私が反応するよりも早く、重く潰されそうな重圧が夢だったかのように消えた。
「...えっ?」
ナオも目を丸くして気まずそうに拳を握ったり開いたりしていた。
潰されてしまいそうな沈黙ではなく、ただ...会話が中途半端な位置で途切れたような気まずい沈黙だった。
ゆったりと、服の埃を払うように体を揺らした獣は穏やかな笑みを浮かべていた。
「本当に......時間かかりすぎ...全員殺しちゃうんじゃないかって焦ったのよ?」
「ね、ねえ...どういうこと...?なんのつもり...?」
引き摺られていた翼が所在なさげに蠢く。
「何って...そのままよ。あなたがそこに辿り着くのを、ずっと待っていた。先に咲かせた花に遮られて、育つことの出来ない種があったから。」
「どういうこと...?もっと、わかるように言ってよ...」
うんざりしたような声のナオを諌めるように獣は自身の輪郭を炎のように揺らめかせ、最初に見せた狐の姿になった。
『なにから...話しましょうか。』
ゆっくりと腰を下ろし、完全に戦闘を放棄する体勢になった。
どこか気の抜ける空気が流れるけど...次に発されるであろう言葉は散々振り回された爪よりも重く感じた。
『...そこの時計。お仲間は蘇生しなくていいの?』
〈......あっ。〉
「...ねえ...なんか気が抜けるんだけど。」
私が時計を回し人格牌を外している間にも、ナオの背中にあった翼が少しずつ引っ込んでいく。
「...マジでどうなってんだ?」
「えっと...私たち、助かったの?」
「...もしかして私たち、騙されたんじゃ...」
ヒースクリフとロージャの困惑と、どこか寒気がするように顔を顰めるイシュメール。
「E.G.Oは心的表象の具現化であり、発現の過程に差異はあっても本質そのものが変質することは考えにくい...ですが...」
ファウストに至っては自分の世界に入ろうとしている。
「わぁ〜、ナオさんかっこよかったですよ〜。」
「...なんか、戻ったって感じするね。」
囚人たちの思い思いの行動を獣はただ、微笑ましそうに見ていた。
「...いつものおかあさんの顔だ。優しくてふわふわした顔。」
時計を回し終えると、死んでいた全員の口が開いて、固まった。
「対象の敵対反応は確認できない。」
まあ、ムルソーはいつも通りだったけど。
「ふう...く・茶だったな。」
「く、くだらない茶番って...良秀さん、分かってたんですか...!?」
「あいつにゃハナから殺す気はなかった。それだけだろ。追い込み、追い詰め、殻をぶち破らせる。前・時なやり口だ。」
「前時代的なやり口...」
「う、うおぉおぉぉ!!深緑殿!そ、その翼は一体なんであろうか!?!?」
「はいはい後で話すから。」
「羽ばたくこと叶わずとも、誰ぞを覆い隠し守ることなら叶いし...ナオ嬢の心を体現せりしE.G.Oなり。」
「E.G.Oぉ!?な、ななななんと!!?」
「イサン余計なこと言わないで。」
『...話していい?』
〈あ、そ、そうだね。〉
おそるおそる許可を求めてきてるような感じがして、今となってはどこかこじんまりとした存在に思えた。
『ナオ、まずはごめんなさい。私を...恨んで。』
「...まずは話してよ。なんでこんなことしたの。」
ナオにとっては、得た一つよりも失った一つの方がはるかに大きいようだった。
『あなたに力をつけさせるためだった。強引な手段だったのは認める。でもそうしないといけなかったの。全て計画されたことで...あとはあなた次第だった。』
「我々が外郭へ転移させられたというのは貴様の仕業か?」
「あのロボトミー支部も。」
「まさか、チェシャ殿もであるか。」
『全て、肯定しましょう。』
ナオの表情に陰が差した。
『あなた達が探している黄金の枝。あれと私の力、あなたの先輩の記憶を重ねて存在しなかった時間を作った。』
〈存在しなかった時間...〉
『あなた達の動向を観察し、異変を起こす。それの発現には感情的な揺らぎが必要なのは聞いていたから。』
「...聞いていたって...もしかして、チェーちゃんと...仕組んでたの?」
『あなたの為に力を惜しまないのは私だけじゃなかった。』
「じゃあ......殺すのも、計画だったってことなんだ。」
獣の耳が伏せられた。
『......ごめんなさい。』
ナオの心を抉り、深く傷を付けた事を心から反省しているような、そんな声だった。
ナオはチェシャから渡された指輪...右手の小指に嵌められたそれをナオは見つめていた。
「...ねえ、私のお母さんを...知ってるの?」
『...友達...これが一番、しっくりとくる。あなたを託された。それだけ。』
任された、というのが少し引っかかった。
娘を信用のできる友人に預ける...それは理解ができる。
でもどうして預けないといけなくなったんだろう。
死別ならわかりやすいけど、でもアリスは生きていた。
〈あのロボトミー支部で見た出来事は、全て実際にあった事なのか?〉
「...あの場所の出来事が全て実際の出来事なのかって。」
獣は無言で肯定した。
なら...アリスは死んでいなければ、ねじれ、その後幻想体になったんだろう。
つまり、死別が理由では無さそうだ。
「...私は...捨てられたんだよね。おかあさんが言ってた通り───」
『そんなことをする訳がないでしょう。』
獣の声には確かな怒気があった。
友達を疑われたから...というには少し過激なようにも見えた。
『事情があった。あなたを生かすために仕方が無いことだった。あの子が...鬱陶しいぐらいに娘の自慢をしてくる人間が、捨てるわけないでしょう...』
〈鬱陶しいって...〉
つい苦笑が漏れた。
『あなたが産まれてからはあなたの話しかしなかったのよ。』
「じゃあなんで、私を置いていったの。」
『...』
再び訪れた沈黙は、ナオの問いにどう答えるか迷っているようにも見えた。
『......ナオ、あなたは私の事を...危機に駆けつけるヒーローのように思っているのかもしれない。でもそれは、全て知っていたからできることなの。』
「それ...どういうことですか?なにかの比喩なんですか?」
イシュメールはもう恐怖より好奇心の方が勝っているようだった。
『ただ、何度も繰り返した。それだけ。』
「繰り返した...?」
『最初はあっけなかった。ナオから目を離した隙に、そこらの獣に食い殺されていたわ。』
「......私が...?」
獣は諦めたように、自嘲するように笑った気がする。
『えぇ。だからやり直した。全てを始めに戻した。』
「それはえっと...つまり、時間を巻き戻したってことですか?」
『前後に移動することはできない。ただ、まだ失敗していない似た世界に移っただけ。絶え間なく生み出されていく似通った軸を渡った。』
「鏡、あるいは人格と似つかわしきものに感じ。可能性の世界。ナオ嬢がその命を落とせりし時、未だ存命せし可能性に移り、そして守りと繰り返せじや?」
『人間にしては理解が早いのね。』
「じゃあ...ずっと、同じ一人の人生を見ていたってことですか?」
『全部同じじゃなかった。病死も、事故死も、自死も。全て見てきた。助ければいつか死ぬ。助けないと目の前で死ぬ。与えるべき苦痛と取り除くべき障害を把握して、ここまで来た。』
「......何回、かかったの。」
『そんな些末なことは数えていない。知らなくていいのよ。全てはあなたが生きていくためだったから。気にする必要もなかった。』
「私...もう、大丈夫だよ...一人でも生きていけるよ...」
『みたいね。それに、もうできないの。似通った世界はどこか違って、同じだから。元いた私を殺して削られ、不純物である私は存在しているだけで少しずつ削られていった。今回が、最後だった。』
「最後って体、大丈夫なの...」
外郭に放り出された時よりも、チェシャに武器を向けられた時よりも、育て親に敵意を向けられた時よりも。
ナオはずっと傷付いた顔をしていた。
『最後の機会で...最後の賭けを行った。残されていた私のほとんどを、あなたに与えた。あとは...少しずつ消えるだけ。』
「じゃ、じゃあ、返す。もういらないよ...こんなのいらない...!だから...」
『これは、あなたのものよ。今まで生きることの出来なかったあなた達の分を生きれるようにしたの。無造作に引き裂いて介入した、全ての可能性を繋ぎ合わせた。これはあなたが持っているべきなの。』
「でも...もう嫌だよ...私ばかり守られて...私だけ取り残さないでよ...!私を置いていかないでよ!おかあさん!」
ナオの足元にぽたり、ぽたりと雫が落ちて、弾けた。
『...ナオ。』
「私だけ残るのはもう嫌だよ...怖いよ...どうしてみんな、自分を大事にしてくれないの......一人は...やなんだよ...」
『ナオ。』
はっきりと呼びかけられたナオの体が一瞬宙に浮き、体を丸めた獣の上に落ちた。
「っえ...?」
『まだ時間はあるから...話しましょう。私が知らないあなたを。あなたが知らないあなたを。』
「私が知らない...私...?」
動けないでいる囚人たちの中で、最初に動いたのがドンキホーテだった。
血の繋がらない...血よりも濃いもので繋がっている親子に背を向けて私を真っ直ぐ見る。
「我らはこの場に留まるべきではないな。この光景は...衆人環視に晒される見世物ではないがゆえ。」
〈...うん。そうだね。〉
私たちはまた繋がりかけたそれが切れないように、慎重にその場を離れた。
...いや、元々ちぎれてなんていなかったのかもしれない。
しっかりと頑丈に...幾重にもなって繋がっていたのに、目に見えないほど細かっただけで。
それが見えるほどの太さになったならきっと...もう二度と、繋ぎ直す必要すらもないのだろう。
『...もう今だから言うけど...一回だけ、私の不注意であなたを潰したことあるの。』
「えっ。えっと...比喩とかじゃなくて...こう、プチッと?」
『プチッと。寝返り打ったら...』
「なっ...なにやってんの...!?...確かにおかあさん、私が足元うろうろしたらいつも固まってたし、いつも奥の方で身動き取れないように挟まってたよね...あれそういうことだったんだ。」
『...まあ。』
「あははっ...なにそれ。ねえ、そういえばさ...私のお母さんって、どんな人だったの?」
『アリスは......とんでもない馬鹿女だったわ。』
「へー...とんでもない馬鹿女...とんでもない馬鹿女!?」
『だって...いえ、これはあなたの名誉のために、黙っておくわ。』
「なにやったの...!?ねぇ本当になにやったの私のお母さん...!?」
ただこの場には、幸せな親子の声だけが響いていた。