サッカーをやろうと言われて、ただ応じただけだった。
深く考えることもなく、同じスポーツを愛好する者同士だ。やってみれば自然に仲良くなれる。そんな風に考えていた。
安易だったと思わざるを得ない。否、彼らにはそう思う冷静さすらなかった。
思わぬ展開に動揺を抑えられずに、心情がプレーにまで表れている。
突然目の前に現れた彼ら。未来的なスーツを着用して、先頭に立つ赤毛の少年以外、頭部を覆い隠す仮面を装着している。怪しいと言えば怪しかったのだ。それでもサッカーを通じて分かり合うことができるのではないかと思い、勝負を受けたのが運の尽き。
試合開始直前、おそらくリーダーであろう少年、アルファは確かに呟いた。
「我々が勝った時、お前たちを回収する」
不安を覚えたのも束の間、そうして始まった試合は、あまりにも一方的な展開だった。
確かに各々の事情があってレギュラーメンバーは揃っていなかった。そうは言っても参加していないのはほんの数名、その穴埋めを1年生が務めている。それでも負けるつもりはなく、本気の勝負をして勝とうと考えていた。多くの選手がそうだ。
やる気は十分。しかし、敵わない。その光景は当人でなくとも不気味に思えた。
異常なキック力。まるで機械のように統率されたフォーメーション。選手たちの動きはあらかじめ決められているかの如く、一切の無駄なく淡々とこなしている。その姿はただの人間に見えず、思わずロボットなのではないかと疑ってしまうほどだ。
非の打ち所がない完璧なパスワークで簡単にボールを運ばれ、次々にシュートを決められる。
それだけではない。
彼らは、暴力とすら言えるプレーを一切躊躇わなかった。
敢えてファールになる行動は避け、蹴ったボールを選手にぶつけて、彼らを追い詰めるのだ。
身体能力は常人の比ではない。雷門中サッカー部もまた、訓練場を用いた常軌を逸した練習により規格外の身体能力を手に入れている。しかしアルファをはじめとした彼らはその雷門中サッカー部の選手ですら敵わないほどのパワー・スピード・テクニックを誇る。
フォワードからゴールキーパーまで全員がエース級。その上、チームワークなどという言葉では生温い隙のない連携。突然現れた驚きも合わせて、異常性ばかりが目に付く。
明らかな蹂躙である。もはやそれはサッカーの試合などではなかった。
2年生は必死に抵抗していたのだが、1年生の精神は持たなかった。
点差をつけられて足が止まり、痛めつけられて座り込む。心を折られた選手が一人、また一人と動かなくなっていき、試合に参加する人数が着実に減っていた。
それでも円堂は諦めず、必死に仲間たちへ声をかける。
「みんな諦めるな! まだ試合は終わっていないぞ! 俺が必ずボールを取るから、いつも通り、練習した通りにプレーして――!」
「NO。残り5分、20-0を逆転する方法はない。試合結果はすでに決定している」
「そんなことない! 俺たちは最後まで諦めないんだ! そうすればまだ逆転だってできる!」
「NO。お前たちの力では不可能」
もはや試合の様相もままならなくなった頃、アルファが高くボールを蹴り上げる。
試合を投げたわけではない。大胆なパスを出したのだ。
空高く舞うボールを目掛けてフォワードの一人が迷わず飛び、両足を大きく開いて回転し、足先に炎を纏わせながら接近する。
その光景は雷門中サッカー部も見覚えがある技であった。
「ファイアトルネード‼」
「くっ……うおおおおおっ! ゴッドハンド‼」
強烈なキックでボールが燃え盛り、天から落下するかのようなシュートが撃たれる。
唯一反応した円堂がゴールを守るべく、右腕を掲げ、輝きを放つオーラで巨大な手を模ると逃げも隠れもせずにボールを受け止めようとした。
逸れることなく正面から激突。強い閃光。
激しい押し合いを行った末、結果が出るのは一瞬だった。
バキン、と何かが砕けて壊れる音が響いた直後、炎を纏うボールは円堂の腹部に激突し、彼の体を運びながら直進する。ゴールネットに突き刺さってもその勢いは失われず、ゴールと円堂を弾き飛ばして尚も一直線に飛んでいった。
まさかと思うその時、燃えるボールは校舎に激突して、あまりの威力にコンクリートの壁を破壊して突き破る。炎の威力が波状的に伝わり、一部とはいえ校舎が爆発するようにして吹き飛んだ。
とてもサッカーとは思えない。まるで世界の終わりを見るかのようであった。
見ていた雷門中の生徒たちは慌てて逃げ出し、サッカー部の選手も圧倒されて動けなくなる。
必死に歯を食いしばって体を起こそうとした円堂は、再び立ち向かうことを許されず、立ち上がる前に眼前に立ったアルファに見下ろされる。
「お前たちの負けだ」
「まだ時間は残ってる……! まだ終わってない!」
「NO。これ以上お前たちの遊びに付き合うつもりはない。任務を遂行する」
「遊びだと……⁉」
装着しているベルトが光を発して、アルファは新たなボールを取り出した。奇妙な色のそれは明らかにただサッカーをするための物ではなく機械化されており、異様な雰囲気を纏っている。
困惑、混乱、それ以上に怒りを見せた円堂は倒れた状態で彼を睨み付けていた。
「俺たちは必死で、真剣にサッカーをやってるんだ! 遊びなんかじゃない!」
「そのサッカーはエルドラドによって管理される。全てのサッカーは我々のものだ」
「何っ⁉」
「そしてお前も、我々の手駒として働いてもらう」
目の前でボールを蹴られた。
円堂の顔面にぶつけられた途端、悲鳴を発する暇すら与えられず、彼の体が唐突に発生した光に包まれて消える。
ボールの中に吸収されてしまったかのように見えた。部員たちが黙り込む中、アルファが呟く。
「Sクラス“円堂守”を回収。続けて“豪炎寺修也”“風丸一郎太”を回収する」
なぜこうした事態になっているのか。何が起こっているのか。円堂はどこへ消えたのか。わからないことだらけで校舎まで傷つけられて、状況を理解することができない。
ただ明らかなことが一つ。自分たちが攻撃されていること、円堂が彼らに攫われたことだ。
傷だらけの体で立ち上がった豪炎寺が、自らアルファの前に立つ。
アルファは無表情で動かず、代わりとばかりに仮面を着けた選手の一人が立ちはだかった。
「やってみろ……」
「YES。Sクラス“豪炎寺修也”の回収を開始」
試合は強引に中断されて、豪炎寺が一対一の勝負を挑んだのだ。
俺が到着した時、校舎全体が燃え上がっていた。
誰かが火を点けて広がったんだ。ただ、そうしようと思ってそうしたのかはわからない。もしかすると、本人も意図していない内に燃えてしまって、誰にも止められないくらい広がっただけなのかもしれない。
現場に着いて、グラウンドを目にした時、なんとなくだけど状況が理解できた。きっとフェイがここに来るまでに色々教えてくれたからだと思う。
グラウンドに立っていたのは豪炎寺だった。ただし俺が知っている、俺のチームメイトじゃないのは一目でわかる。褐色の肌、逆立てた赤い髪、強気そうな目つき。容姿や体型自体はよく似ているけど大きな違いは、顔の左半分に刺青を入れていること。
あれは間違いなく別の世界の豪炎寺だ。
そしてその豪炎寺の傍に立っているのは、こちらもまたイナズマイレブンGOで登場した人物。
エルドラドに所属しているはずのアルファという少年だ。
彼らはフェイが言う通り、この世界のサッカーをどうにかするためにやってきたんだ。
「データ照合……詳細情報無し。回収の必要無しと断定する」
「ワタル、逃げよう!」
フェイに腕を掴まれて引っ張られる。
確かに、ここに残っていても良いことはなさそうだ。
何より部員のみんなの姿がない。みんな、ここから離れられたんだろうか。それとも……。
「残念だけど、君の友達は……」
……やっぱり、そういうことみたいだ。
状況は俺が予想していたよりもずっと悪い。校舎が焼かれたこともそうだし、仲間たちももうここには居ない。死んではいない、と思いたいけど、彼らが何かしたのは間違いなかった。
ここに居るのはまずそうだ。俺たちも狙われるのかもしれない。
「待て!」
フェイを先頭に走り出すと、俺たちの行く手を阻むように蹴られたボールが飛んできた。普通とは思えないスピードだったけど、咄嗟にフェイが足を伸ばしてトラップ。なんとか勢いを殺して足元に転がした。
多分気にせず走った方がよかったんだろうけど、フェイが足を止めたことで俺も止まる。
後ろを振り返ると、別世界の豪炎寺がボールを蹴ったことが姿勢でわかった。その隣には無表情のアルファが並んでこっちを見ている。何の用もないとは思えない。
「レジスタンス所属のフェイ・ルーン。お前には捕獲命令が出ている。捕獲開始」
「ふーん、そうなんだ。でも捕まるわけにはいかないんだよね」
フェイはやっぱり有名人みたいだ。というより彼らの敵として認識されている。
アルファと見知らぬ豪炎寺、そしてあと9人。みんなヘルメットみたいなのを被って顔を隠してるとはいえ、ひょっとしたら知ってる人かもしれない。
多勢に無勢。まずそうなのは流石にわかる。
その時、バリバリって音がしたかと思ったら、空間を破って青い車が現れた。
前世で見た覚えがある。時空を超えることができるイナズマキャラバン。いや、正式名称はもう少し違ったかもしれないけど、そう呼んでもおかしくないのは確かなはずだ。
フェイの顔をちらっと確認すると余裕がある様子だった。相手を見ると豪炎寺は少なからず驚いてるけどアルファは無表情。
運転席にはくまのぬいぐるみみたいなロボット、ワンダバが座っていた。男前な動きでハンドルをグルグル回して、俺たちの傍にキャラバンが停まる。
すぐに扉が開けられて、中からワンダバが叫んできた。
「急げフェイ! ずらかるぞ! 乗れェ!」
「ワタル! 乗って!」
「逃がすか……!」
後ろからは豪炎寺の声が聞こえた。だけど振り返っている暇はない。
俺とフェイは同時に頭から飛び込むみたいにキャラバンの中へ乗り込む。
扉が閉められて、発車したのか、一瞬の浮遊感を感じた。
気付いた時には別の場所に居た。
多分、上手く時空を超えることができたんだろう。キャラバンのどこかから変な音がしているから攻撃が当たったのかもしれない。豪炎寺のシュート力はかなりのものだ。エースストライカーになるのも納得で、まともにぶつけられたら普通の人は立てなくなるはず。
無事だったのは奇跡かもしれない。ほっと胸を撫で下ろす時間くらいはあってよかった。
「危なかったな。間に合ってよかったぜ」
「ありがとうワンダバ。助かったよ」
「なんでわざわざ敵が居るとこに近付いたんだよ! 聞いてた座標とも違うし、俺が気を利かして急がなかったら今頃捕まってたんだぞ!」
「ごめんってば。だってワタルが心配そうにしてたから、確認しなきゃって思ってさぁ」
それはそうだ。何が起こったのかを自分の目で確かめたくて、行かない方がいいってフェイに言われたのに、無理を言って頼んだんだ。
本当に危なかった。ギリギリだ。はっきり怖いと思った。だけど、後悔はしていない。
これから俺が何をしなきゃいけないのか、自分の目で見たからこそもう明確にわかってる。
「みんなは……俺の仲間は、あいつらに捕まったのかな」
「うん、多分ね。あいつらはああやって色んな次元から強い選手を集めてる。誘拐と洗脳で自分たちのチームを強くして、全ての次元のサッカーを支配するために」
「みんなを取り戻すには」
「エルドラドを倒すしかない」
「……わかった」
これで、始まってしまったストーリーから逃げることはできない。
俺がみんなを取り戻さなきゃいけないのだ。
衝撃的な出来事だった。どうしても暗い顔をしてしまう俺に対して、フェイとワンダバは優しくしてくれる。最悪な状況の中でそれだけが幸い。
時空を超えるための運転の中、俺は落ち着くために窓の外の風景を眺めていた。