周りの人間はよく言う。
もったいない、と。
俺はそんな風に思っていないのに。
地元のサッカーチームに入ってサッカーをする。俺はそれだけで満足していた。
サッカーは楽しくて、練習すればするほど上手くなる。
チームの人数は少なくて、全員で8人。11人必要だから試合さえできない。
俺はチームで一番上手いと言われている。みんなはすごいすごいと持ち上げるが、正直に言うとどうでもいい。ただみんなに教えるのは楽しかった。
俺はここで満足している。
君なら将来プロになれるとか、強豪校に移った方がいいとか、周りの大人は勝手に言うし、たまにはチームのメンバーでさえそんなことを言ってくるが、俺はここでサッカーしていることに不満はなくて、もっと活躍したいとかもない。
妹が交通事故で怪我をしてから田舎へ引っ越した。
じいちゃんばあちゃんの家で暮らし始めて、山に囲まれた和風の家も気に入ってる。
妹は世話が必要だけど別に苦じゃない。甘えたがりで大変だけど大した問題じゃなかった。
サッカーは元々やってた。前はかなり強いチームに居た。引っ越すと言った時、みんななんとかならないかって言ってくれたけど、今となってはやっぱり来てよかったと思う。
みんな同じことを言う。
俺の才能がもったいないって。
強いチームをやめることも、田舎に引っ越すことも、11人居ないチームで続けることも、誘われたのに強豪校へ移らないのも。全部同じことを言われる。
俺がサッカーをしていると常に誰かに言われている。
もったいない。
俺はそうは思わない。
サッカーは、楽しいからだ。
「見つけたぞ! 豪炎寺修也!」
「よかった~。この次元の君はエルドラドに捕まってなかったんだね」
引っ越してから一年が経って、中学二年になった春先、知らない奴に声をかけられた。
近くでは見ない奴。同じ学校の生徒じゃないと思う。
青いクマのぬいぐるみが自分の足で歩いてきて、多分話しかけてきた。あと二人、同年代くらいの男が居るけど見たことはない。
変な奴らだ。
「オレたちは全マルチバースのサッカーを救うためにやってきた! 豪炎寺修也、オレが監督するチームに参加しないか! 世界を救う我々“ワンダバーズ”に!」
「えっ、なにその名前。なんで勝手に決めてるのさ。ちゃんとみんなで考えようよ」
「なぜだ。せっかくオレが監督なのに」
「ダサくない?」
「ダッ⁉ ダサくねぇよ! むしろハイセンスだろうが!」
俺をスカウトしに来た連中なのはわかる。
今までにもそういう奴らが居たし、別に珍しくもない話だ。
ただ今回の奴らは何かが変で、少しだけ興味を持った。
「信じられないだろうけど、俺たちは別の世界から来たんだ。俺たちと一緒にサッカーしない?」
今まで誘いは全部断ってきた。
でも、今回だけはちゃんと話を聞いてみようと思った。
浅黒い肌と逆立てた白い髪が印象的な少年である。
基本となる世界では稀代のエースストライカーとして注目を集めており、他のどの次元であろうと素晴らしいサッカープレイヤーとして活躍している、らしい。
イナズマキャラバンで次元の壁を越え、元居た場所とは異なる世界へやってきた渉たちは、スカウト最初の一人となる豪炎寺に会っていた。
田舎町の片隅で暮らしていた彼は意外にも冷静に話を聞き、さほど驚きすら見せずに彼らを迎え入れると、事情の説明も冷静に聞き入れる。
別次元からやってきたんだ。マルチバースの危機だ。
そう言われたところで取り乱す様子は皆無だった。
「なるほど。サッカーを悪用する組織と、サッカーを支配する考えか。そいつらに対して正々堂々サッカーで立ち向かおうって話だな」
「その通り! オレたちに力を貸してくれないか!」
「今更だけど、本当に信じてくれるの? かなり突拍子もないこと言ってると思うんだけど」
はしゃぐワンダバとは裏腹に、渉が困った顔で声をかけた。
豪炎寺の態度は淡々としており、「別次元からやってきた」という話を真顔で聞いて、彼の問いかけに対しても冷静なまま対応する。
「普通なら信じられない。だが、面白そうだと思ったんだ。今までただ楽しいからサッカーを続けてきたのに、世界を救うためにサッカーが必要だなんて思わなかった」
「おぉ、あっさり受け入れてる」
「素直な人なんだね。それとも天然?」
「どっちもかなぁ」
意外な返答に驚きつつも、豪炎寺の次の言葉でさらに驚く。
「興味はあるが、俺じゃない方がいい。みんなから言われるんだ。もったいないって」
「え?」
「何?」
「俺は今に満足している。妹の怪我は回復に向かっていて、田舎が好きになって、ここでサッカーをやれているから。勝ち負けに興味がないんだ」
冷静な声からは感情が読み取れない。嘘はついていないだろうと思うが、現状を認めているように感じる一方、諦めにも思えてしまう。
不思議そうにしていたフェイとは違って、渉は何かを感じ取らずにはいられなかったようだ。
「世界を救うための戦いなら、俺みたいに勝ち負けを気にしない奴は邪魔になる。俺じゃない人間を連れて行った方がいい」
「勝ち負け……そうか。この世界に生きてる君は、そうなんだね」
「ああ」
「試合に勝ちたいとか、有名になりたいとか」
「ない。プロになれるんじゃないかって言われたけどなりたいと思ったことはない。ただこのままサッカーができればそれでいいんだ」
「そう……」
きっと断るための方便ではなく本心だ。
渉は、なんと言っていいのかわからず口を閉ざしてしまう。
彼が知る豪炎寺修也は広く知られたエースストライカー。心の内まで知るわけではないが勝利のために全力を尽くす姿を知っている。少なくとも勝ち負けがどうでもいいなどとは思っていないことだけは間違いないだろう。
世界が変われば、これまでの経験が違えば、こうまで違うものなのか。
豪炎寺修也の外見と名を持つ人物ではあるものの、まるで別人。
ようやく、自分たちが始めた旅路の意味を理解した気がする。
これからきっと多くの人に出会う。しかしその人は自分が知ってるようで知らない人。
同じ人物でも異なる人生を歩んだ人物なのだ。
「俺だときっと迷惑をかける。だから俺じゃない方がいい」
「別にいいんじゃないの?」
言葉を詰まらせていた渉に代わり、きょとんとした顔でフェイが呟く。
伏し目がちに語っていた豪炎寺は咄嗟に彼の顔を見た。
「勝ち負けを気にしなくてもいいんじゃない? サッカーが好きなんでしょ?」
「ああ……だが、世界を救うんだろう?」
「そうだよ。そのためにサッカーで戦うんだ」
「負けるわけにはいかないはずだ」
「もちろん。でもサッカーを楽しんじゃいけないなんてルールはないよ。だから僕は、もちろんエルドラドに勝つし、たくさんサッカーを楽しむつもり」
あっけらかんとした口振りで呆気なく言われた。
豪炎寺は変わらず冷静な表情とはいえ、少なからず驚きが見られる。
二人の様子を見て何かを感じて、思わず渉も豪炎寺へ言った。
「俺は、奪われた仲間を取り戻したい。そのためにエルドラドと戦わなくちゃいけない。だから一人でも多く協力してもらいたいんだ」
「俺はそこまですごい奴じゃない」
「そうだとしても、サッカーは好きなんでしょ? さっき興味があるって言ってたよ」
今度は豪炎寺が言葉を失くす。
黙り込んで考え込んでいるらしく、その間も渉と合わせた視線を逸らさなかった。
「さっきの言葉を聞いただけなら、俺はこのまま去ろうと思ってたけど……フェイの言葉で考えが変わった。勝ち負けは気にしなくていい」
「そうそう。楽しんだもの勝ち、なんて言うしね」
「試合の勝敗は俺たちがなんとかするからいい。君はただ楽しんでくれればいいよ」
「それいいね! ナイスアイディア!」
「だが、それでは……」
戸惑う豪炎寺だがはっきりと断ることができないでいるようだ。
迷っているのだろう。そのつもりなら迷わず断ることができるはず。迎え入れられようとしているために、気持ちはすでに決まっているのではないか。しかし事の重大さを感じ、おいそれとそれを口にできずにいる。
変化を察したワンダバがずいっと彼らの間に割り込んできた。
ハイテンションは鳴りを潜め、クマのぬいぐるみとはいえ真剣な表情。
おそらく豪炎寺を気遣ったのだろう。改めて彼に伝える。
「オレたちはお前が欲しい。一緒に来て手伝ってほしい。だがハッキリ言って危険だ。お前には妹はもちろん家族が居るんだろ? 答えは少し考えてからでいいぞ」
「そんな時間があるのか?」
「少しくらいなんとかする! 未来技術の粋を極めたイナズマキャラバンは時空を飛び越えることだってできるのだ!」
豪炎寺は考える素振りを見せて、少ししてから呟いた。
「家族と話してくる……期待はしないでくれ」
「うん。大丈夫。どうかしてる話だってわかってるから」
「僕らも一緒に行こうか? 未来技術がいっぱいあるから簡単に信じてもらえるよー」
「いや、いい。俺一人で行く」
そう言って豪炎寺は一人でその場を去る。
残された三人は、おそらく彼は帰ってくるだろうと思い、小さくなっていく背中を見送った。
豪炎寺が戻ってきた。
二時間も経っていないがいつの間にか辺りは暗くなっていて、暗闇の中から静かに現れ、ライトで周囲を照らすイナズマキャラバンまで歩いてくる。
「全部話した。受け入れたとは言い難いだろうが、夕香……妹が背を押してくれた」
「なんて?」
「フェイ。そこは別に」
「お兄ちゃんのやりたいことをやってきて。だそうだ」
豪炎寺の表情は硬く、嬉しいのか悲しいのか、何を思うのかはわからない。
ただ、すでに覚悟はできていると感じた。
「夕香が怪我をしたのは俺が目を離したからだ。俺が夕香を守らなければいけなかった。だが本人にしてみれば、そうして俺が気に病んでいるのが鬱陶しかったようだな」
「いやそこまでじゃないんじゃ」
「へーそうなんだ」
「素直に頷かないで」
「もしも俺が協力しなかったことで、お前たちが負けたら、俺たちが住むこの世界も無事では済まないんだろう?」
予想しなかった質問に声が詰まった。
渉とフェイは同時に振り返る。
視線を送られたワンダバは短い腕を組み、険しい表情で答えた。
「オレたちが負けてこの世界がどうなるかは正直わからん。だが少なくとも、サッカーの実力が認められてる豪炎寺修也は、どの次元においても今まで通りの生活は送れない。捕まえてどこかへ閉じ込められるか、洗脳されて兵士として利用されるか、家族と一緒に暮らすのは無理だろうな」
「そうか……それなら、俺にも勝ち負けに拘る理由がある」
初めて豪炎寺が笑みを見せた。
驚きつつも、渉とフェイも笑顔を返す。
「俺も一緒に行かせてくれ。お前たちと一緒に戦う」
「ありがとう。これからよろしく」
「やったー!」
「よーしよし! 幸先いいぞ! 早速一人目……いやワタルの次だから二人目か!」
豪炎寺が差し出した手を渉が取った。すかさずフェイが飛びつくようにして、二人の手を包むように両手で握り、喜びを隠さずワンダバも飛び込んでくる。
豪炎寺が仲間になった。
ただそれだけとも言えるが喜びは抑えられず、確かな前進だと実感する。
「豪炎寺修也。ディフェンダーだ。これまでセンターバック一筋だった」
「え」
「ん? そうだっけ?」
「ああ。よろしく」
渡されたデータに目を通したのはワンダバだけだった。二人はそれを簡単に聞かされただけだ。
あぁ、そうなのか。そう思って、渉は反応に困ったがすぐに受け入れようとしていた。