つなげ!マルチバース・イレブン‼   作:ヘビとマングース

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普通が一番

「普通が一番」

 

 もう聞き飽きた言葉だ。

 中間(なかま)(わたる)は叔父の(よう)の口癖を平然と聞き流す。

 その言葉が無駄だとは思わない。確かに普通は大切だと共感するため、その言葉自体は昔から胸に抱いて生きてきた。ただ言い出したのは最近ではなく、今よりもずっと昔から。もう飽き飽きするくらい言われてるから聞かなくても覚えていると言いたいのだ。

 

 サッカーボールをぽんと蹴り、簡単なパスを繰り返しながら庸は改めて言う。それはサッカーに熱中する甥の背を自分なりに押してやりたいと思っているかのようだ。

 父にねだってサッカーを始めた渉は小学校に入る前から目覚ましい成長を遂げていた。勉強もよくしているようで、自発的に学ぶ姿は鬼気迫る様子にすら思える。しかし本人は心底楽しんでいて苦には思っていないらしい。

 小学校に入る頃には高いサッカーIQと技術を持ち合わせ、地元では知られた天才児として有名になったのだという。

 

 そうした環境だからこそ敢えて重ねて言うのだろう。

 上には上が居る。渉もそれは自覚していた。

 地元で有名になったからといって全国に通用するかと言えば、実はそれほど簡単ではない。

 

「サッカーは、必殺技がなくともプレーできる。スピード、フィジカル、戦術、チームとしての連携や組織力など、サッカーを構築する要素は多岐に及ぶ。必殺技が全てではない」

「うん、知ってる。何度も聞いたよ、おじさん」

「君が進もうとしている道は決して間違いじゃない。自信を持って進みなさい」

 

 うんと頷いて渉は素直に受け止める。

 普通が一番。

 一番かどうかはわからないが、普通であることを認めていて受け入れている。普通に生きて普通にサッカーができるのだ。これ以上の贅沢などあるのだろうか。

 

 渉はサッカーにおける必殺技が使えない。巷のサッカーを見れば、珍しいとはいえ小学生の中にも時には必殺技を意識的に使える選手が居る。そうした人間は大抵が天才だの神童だのと呼ばれて将来的にはプロになったりするのだ。

 中学、高校、或いはそれ以上のプロにまでなると、もはや彼らが言う“普通”とは異なるサッカーがプレーされるのも不思議ではない。

 

 渉は必殺技が使えない。使わないのではなく使えない。

 本人は使ってみたいという願望もあって努力を続けていたのだが一向に成果は見られず、地元では天才選手などと呼ばれてもちょっとした技の一つさえ使えない。

 努力が足りないのか、それとも体質的な問題なのか。

 どちらにせよ渉はこの事態を重く見ていない。使えないのは残念だがサッカーはできる。そんな時こそ「普通が一番」という言葉が胸に沁みた。

 

 普通に生きて、普通にサッカーを楽しむ。

 それを良しとする渉は必殺技が使えなくても絶望していなかった。

 普通上等。結果を出すことは十分に可能である。

 

「俺は楽しんでるよ。だから平気」

「そうか。プロになるつもりはあるのか?」

「んー、流石にそこまでは。楽しそうだなとは思うけど、本当にやれるかどうかわからないし……今はとにかく、必殺技が使える人と一緒に試合してみたい」

 

 庸は否定するでもなくうんと頷く。

 普通が一番。常日頃からそう言う彼だが、決して無理などとは言わない。サッカー中継を好んで見ていた渉がサッカーを始めたいと言った時も無理とは言わずに基本的な指導を施してやり、仮に彼がプロになりたいと言っても一言で無理とは言わないであろう。挑戦する気があるのなら常に自分で考え、決断すべきだと諭していた。

 

 パスの精度は格別に高い。渉が軽く蹴ったボールは庸の足元へすぽんと収まり、研鑽したのだろう技術を感じる。勢いはあるが気遣いと優しさを感じる、他人を活かすためのパスだ。

 少し見ない間にどんどん上手くなる。庸が渉の成長を楽しんでいるのは間違いなかった。

 

「渉。来年から中学生だろう」

「うん」

「どこへ行くのか決めたのか?」

「え? どこって別に、地元の中学だと思うけど」

「雷門に行く気はないか?」

 

 唐突な提案。普段はそうして言うことがない人物なだけに渉は驚く。しかし彼の口から出た言葉が引っ掛かったらしく、目を丸くしながらも興味を覗かせた。

 庸は気にせずに続ける。

 

「俺の母校だ。その昔、そこでサッカーをしていた。もうずいぶん前から廃部だそうで、こういうことを言うのはなんだが、昔は凄かった。かつてのチームの呼び名は――」

「イナズマイレブン?」

「ん? よく知ってるな。話したか?」

「あーっと……どこかで聞いたことがあるような」

「そうか」

 

 焦りか、動揺か、指先で頬を掻いた渉が言い淀む。しかしそこに固執するつもりはない。

 別段意味のある問いかけではなかった。彼に何かを変えてほしいわけでもなければ、サッカーに対する姿勢に注文をつけるつもりもない。ただの好奇心。

 そのはずだったのだが予想以上の好奇心を見せられたことで庸が興味を持つ。

 

「選択肢の一つにどうかと思ってな。両親を説得する必要はあるだろうが、俺の家に住めば少なくとも登校は難しくない。と言っても、サッカー部はひょっとするとないかもしれない。俺も詳しいことはわからないが」

「考えといてもいいかな? ちょっと……うん。そのつもりはあるから」

「そうか」

 

 庸は頷き、嬉しさを隠せずに微笑む。

 渉がおねだりをすることはほとんどない。サッカーを始めたいと言ったのと、そのための道具を欲したくらいだ。自己主張は少ないが自分で決定する意思と行動力があり、穏やかな気質ながら意外なほどあれこれ挑戦する。そのどれもが楽しそうだから不思議に思われる少年だった。

 

 何を求めるつもりもなく、選択肢が増えればいいと思って言っただけだったとはいえ、想像よりもその気になったことは少なからず嬉しく思う。

 庸は“普通”を好んでいるだけで挑戦には寛容だ。面倒見が良く渉との仲は良好である。

 

 情熱というよりただ楽しいという気持ちが大きいのみ。

 サッカーに没頭する渉は必殺技などなくとも今後を期待させる凄みがあった。

 庸が教えたからというのもあるが、それを差し引いても他者を気遣える優しさがある。普段の生活では自己主張や発言は少ないものの、サッカーのプレーにおいてはまた別。

 可能な限り背を押してやろうと決めた庸は彼が中学生になることを心待ちにしていたようだ。

 

「それじゃあ、それまでにもう少し上手くなっておくか」

「うん」

 

 庸の問いかけに素直に頷いて、渉はつま先で軽くボールを蹴り上げた。

 

 

 

 以前にも増して練習に身が入り、集中力が増して、実力がめきめき上がっている自覚があった。

 だからだろうか。誘いは唐突にやってきた。

 知らない話題を不思議には思ったが興味深い内容で思わず耳を傾ける。

 

「交流会?」

「小学生の日本代表を決める選考会があるんだが、ついでと言っちゃなんだけど、全国から候補選手を集めて行われるんだ。中間は元々ポテンシャルが高いし、推薦してみたら興味があるみたいで返事が来たんだ。中間さえ良ければ参加できるよ」

 

 参加する小学生チームのコーチが言い出したことだった。

 詳細を知らされたのは誘いがあった後なのだが、何とはなしに理解する。どうやらこちらから応募して快い返事があったらしい。

 ぽかんとしていた渉は、少し経って理解すると好奇心を覗かせた。

 

「全国大会みたいなものですか」

「うーん大会じゃないんだけど、全国から選手が集まるのは確かだよ。日本代表チームを作って、世界のチームと戦うわけだね」

「小学生が?」

「そうだよ」

「でも俺、必殺技使えません」

「いや、それはほんの一握りだから必須じゃないよ。むしろ中間はそういう必殺技がなくたって上手で強いんだから、すごいことなんだよ」

 

 渉は素直な性格だ。ふむ、とすぐに飲み込んで納得した。

 

「選考会に参加するわけじゃないから、代表には選ばれないと思うけど、同世代のトップであろう選手を間近で見ておくのはきっと中間のためになると思う。交流会はただみんなでサッカーを楽しもうっていうくらいの認識でいいんじゃないかな。どうだろう?」

「行ってみたいです。上手い人が集まるんですよね」

「そうそう、その通り」

 

 興味を持ってもらえてよかった。コーチは心からそう思う。

 必殺技が使えないこともおそらくは一つの要因。中間渉は小学生の日本代表には選抜されない。まだその域には達していないのだろう。しかし地元のチームでは頭が一つどころか二つ三つ飛び抜けて優れていて、同じレベルでプレーできる小学生は居ない。

 

 交流会を開く目的は、そうした全国各地で埋もれた才能を発見するためでもあった。チームとしては注目されないが個人を見るともったいないと思える、そんな選手を集めて、選手のサッカーに対する熱意を高め、日本サッカーのレベルを向上させることを期待していた。

 必殺技の有無は別にしても、渉には更なる高みを見せておいた方がいい。そう思っていた矢先の交流会への参加の許可。これ以上ないくらいの良いイベントだ。

 これはきっと渉のためになる。コーチもまた誘いの話に胸を躍らせていたのだ。

 

 了承はあっという間に得られた。

 彼の向上心は途方もない。チームで一番と称されてもまだ上を目指している。

 きっとまだまだ伸びるはずと期待して、コーチは喜びを隠せない様子で頷いた。

 

「それじゃあ、手続しておくよ。現場に行く時も心配しないで。こっちで全部用意するから」

「すみません。よろしくお願いします」

「君は礼儀正しいねぇ」

 

 時折言われる言葉で、そう珍しいものではない。

 小学生らしくない、という意味が込められていることには気付いていた。

 渉は意気揚々と準備に向かうコーチを見送り、子供らしく無邪気にサッカーボールを追いかける同じチームの小学生を眺めて、なるほどと思った。

 

「もっとはしゃいだ方がいいのかな……苦手だけど」

 

 テンションが上がらないわけではないものの、素直に表現するのが苦手だった。表情があまり変わらないのは気取っているからではなく、自分の感情を押し殺すことにすっかり慣れてしまっているからである。実は表情をよく見れば目の開き具合や微妙な変化で感情を読み取ることは可能なはずなのだが、大人しいというイメージがそうさせるのか、あまり注目されることがない。

 傍から見れば普段通りの姿。しかし今日の渉は妙にテンションが高くて嬉しそうだった。

 誰にも言わずに、他の子の練習を眺めながら考える。

 

(全国からってことは、鬼道さんとかも来るのかな? 日本代表とかならきっと来るんだろうな。会えるかな? 楽しみだ)

 

 敢えて他人に言いふらすことはしなかったが彼はつらつらと考え事をして楽しむ癖があった。

 その日も自分なりの思考に浸り、楽しんでいたのだろう。

 無言で練習を眺めて突っ立っている姿は周囲から疑問視されることもなく、いつものように当然のものとして受け入れられていた。

 

 日取りはいつだろうか。

 胸の内は早くも期待でいっぱいだった。

 ようやく会えるという気持ちすらあって、周りには言わないがこの時を楽しみにしていた。

 

 渉は同年代の実力者たちをよく知っている。

 自身は必殺技の一つさえ使えないが、誰がどんな必殺技を使えるかも理解していて、いずれ習得するだろう技もそれとなく把握していた。

 いつか自分が直面する時が来るのだろう。早くその時が来てほしいと思う。

 渉は表情をほとんど変化させないまま、大きく開いた目をキラキラ輝かせていた。

 

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