5分単位で次々に試合を行っていく。
無作為に選ばれた選手たちはその場でチームを作り、自分で考え、監督やコーチなど大人の手を借りずにプレーする。その様を見て個人の評価を定めるのだ。
「今年はレベル高いですねぇ。際立った選手が居るのは例年とはいえ、妙にその数が多い」
「ええ、間違いなく豊作ですよ。どうですか影山監督?」
近くに立つスタッフから声をかけられたのはサングラスをかけた強面の男だった。
多くを語らずにじっとフィールドを見やり、観察している。
カリカリとペンを走らせる音。他のスタッフは選手の個性やデータを書き込んでいたが彼は必要としていない。自らの目で見て判断しようとしている。
「鬼道君はやはり図抜けてますね。全国No.1ミッドフィルダーの実力は本物ですよ。影山監督の指導の賜物でしょう」
「それを言うなら源田君もそうですよ。現時点で間違いなく全国No.1ゴールキーパーです。防御力は去年よりも上がってますよ」
「五条君も流石ですね。体幹が強くてフィジカル負けしないし、指示が的確です。ディフェンダーは彼が一人居るだけでガラッと変わりますよ」
小学生とはいえ、日本代表チームの監督になると得てしてこういうことが起こりえる。
ご機嫌を取るためか、それとも本心か。どちらにしてもどうでもいいのだが、自身が指導した選手がこれでもかと褒められることは珍しくなかった。
それに対して当然だとさえ思っている。
なぜならば、
鬼道有人は幼い頃から頭角を現していて、小学3年生の頃に全国No.1の称号を得ると、当初は幼さもあって懐疑的な評価を為されていたが4年生の頃には実力は本物だと世間に知らしめた。ありとあらゆる技能・プレーが並び立つ者なしと判断され、圧倒的1位として君臨している。
源田幸次郎は小学5年生の頃に全国No.1ゴールキーパーの称号を奪取して、驚異の防御率を記録して“キング・オブ・ゴールキーパー”と呼ばれるようになった。
他にも影山が指導した選手はほんの数試合で高い評価を得ている。
小学生、中学生、高校生といくつかの学生チームで監督を務めている彼は常識外れの手広い活動をしながら、確実に結果を出すことで知られていた。全国優勝は当たり前、日本代表チームを任されても数度の優勝を経験している。
現役監督の中で間違いなくNo.1。そうした評価を不動のものにしているのが影山零治だ。
擦り寄ってくる人間が居るなど当たり前。なぜなら圧倒的No.1だからである。
周囲の声など一切意に介さず、影山は己の眼で選手を見る。
全国から選手を集めるのは新たな発掘を楽しみにしているからでもあった。日本代表を決めるだけでなく自らのチーム作りに対するチャンスであることもまた事実。
「彼らが活躍するのはわかっていたことだ。世界でも通用するよう育てたつもりだからな。それよりも私が知らない選手を」
「あ、あぁはい」
わかり切ったことを言うスタッフ陣にぴしゃりと言いのけて、影山は視線を動かさなかった。
周囲に居る人々は慌てて資料をめくり、要望に応えられる選手の名前を挙げる。
「亜風炉君はいいですね。アシスト付きとはいえ源田君から点を取った。守備への意識の薄さが気になりますけど、シュート力は鬼道君に匹敵するかそれ以上です」
「佐久間君はどうですか? 今年初参加で、フォワード経験しかなくてシュート力は鬼道君より少し劣るかもしれませんが、彼の長所は豊富なスタミナと張り付くようなディフェンスですよ。前線でボールに固執できる意識と能力は良いんじゃないでしょうか」
尋ねてみれば次から次に名前が出てきた。
なぜそれを最初に言わないんだというわずかな苛立ちはあったが敢えて口には出さない。すでに慣れていて期待していないからでもある。
交流会には女の子も参加していた。
「でも何より彼ですね。豪炎寺君」
「ええ、間違いない。これだけの人が集まっても彼はエースになりますよ」
「守備は少し不安がありますが、ストライカーの中じゃ一番でしょう」
進言を受けて影山は小さく頷きながら件の人物を見る。
個人技に秀でてシュート力が抜群。オリジナルの必殺技まで持っている。守備やパスの技術に多少の不安はあれども、それらを差し置くほどのカリスマ性が感じられるのだ。
チーム力の差によって埋もれてしまう才能は少なくない。彼はまさにそうした原石であり、自力で自らを磨くこともできる逸材でもあるのだろう。
豪炎寺を発見できただけでも日本サッカー界にとって大きな利益であった。
「今年のチームは強くなりそうですね。考えるだけでもわくわくしますよ」
「しかも一世代にぎゅっと集まってますからねー。来年の中学サッカーも期待しちゃうなぁ」
「二階堂さんはどうですか?」
声をかけられた男性は試合から彼らへ視線を移す。
ううんと少し考えはしたものの、気になることがあったようで躊躇わずにそれを言う。
「そうですね、面白いと思いますよ。彼はどうです? 中間渉君」
「なかま? ああ、交流会参加の子ですね。亜風炉君にアシストして源田君から点を取った」
「確かに悪くないですけど、ちょっと地味ですねぇ。ミッドフィルダーは特に、鬼道君を筆頭にして辺見君、緑川君、八神さん、風魔君……優秀な子が多いですから」
「物静かそうな子ですし、アシストできるとしても司令塔としては不安がありますかねぇ」
そうですか、と小さく呟いて
確かに地味な印象があり、物静かで頼りなく見られても仕方ないだろう。しかしそう思う一方で彼のプレーを見ているとサッカーをよく知っていることがわかる。何よりサッカーを心から楽しんでいることが伝わってくるのだ。
実力重視では注目されないことは納得しているものの、何かをきっかけに急成長してもおかしくないのでは。そんな期待も込めたつもりなのだが、二階堂は残念そうな顔をする。
ぱっと見は大したことがなくても、試合の中で大きな活躍をする選手というのは居る。身体能力は特筆するほどのものがなくとも試合経験を積むことで化ける選手は居る。
そういう選手を知るからこそ、彼もひょっとしたらどちらかかもしれない、という期待をした。しかしその考えは伝えることなく終わりそうだ。
二階堂の発言を聞いてか、影山がおもむろに呟いた。
彼の存在は集った大人たちの中で明らかに異質。不意に声を出すだけで周囲が黙り込み、真剣に話を聞こうとする。
「代表メンバーには入れない。その資質がないからだ。二階堂さん」
「はい?」
「彼は強い味方が居ると活躍する選手だ。優れた味方の力を活性化させてさらに強くするだろう。だが私が求めるのは自分で考え、行動し、結果を出す強さを持つ選手だ。他人の力を頼る選手を中心に据えるチーム作りをすることはあり得ない」
きちんと説明されてしまっては反応しないわけにはいかない。
二階堂は頷き、納得するだけでなく同意する姿勢を見せた。
チームに関する具体的なビジョンがあるのならば言うことはない。そして彼が求めるチームは常に同じで揺るがないものだ。圧倒的に強いチームを作る。
チームに適合しないならば取らない。考えようもなくシンプルな方針だ。影山は常にそうして自分のチームを作ってきた。
たった5分の試合。とはいえ実力のある選手が集まればただのミニゲームとは思えない。
高レベルなゲームがそこかしこで行われていた。
自らもいくつかの試合を経験して、出番のないタイミングで休憩していた渉は、気付けば隣に居ることが当たり前になっているアフロディの話を聞く。
「君はもったいないなワタル。どうしてそんなに自信がないんだ」
わからないっ、と隠すつもりもなく感情をぶつけてくるアフロディに、渉は困ったように苦笑して答えを出せずにいた。
どうしてと言われても、その答えを探したことなどない。
上には上が居るものだろうと冷静に考える自分が居て、別段そんな癖を問題視したことはない。しかし彼にとってみれば大問題であるようだった。指摘されるまでまさかそれほど心配される状態だとは思っておらず、怒っているわけではないのだが深いため息をつくほど嘆かれていた。
「自信がないわけじゃないよ。ただ、俺より上手い人はいっぱい居るなってだけで」
「良くないなワタル。サッカーに限らずスポーツはメンタルが重要なんだ。程度にはよるが基本的には調子に乗っているくらいでいいんだよ。自分は天才だとでも言っていい。言葉にしている内に自己暗示みたいに自信になって、気付いた時には本当に天才みたいになっていたりするものさ」
悠々と語る姿は自信に満ちていて迷いがない。
意外だな、と思う瞬間だった。
渉は違和感を与えないよう、困りながらも返答を考える。
「そう、かな? それは経験として?」
「それもあるね! 僕は自分自身が神だと言い続けた。周りはそれを笑うだろうけれど、要するに継続は力なりさ。結果を出せばただの言葉が意味を持つ」
本人が言う通りアフロディは自信に満ち溢れているように感じられた。「僕は神だ」とまだ聞いていないが日常的に言っているらしい。
それ自体は予想通りであったものの、予想とは違う雰囲気に渉は密かに驚く。
「神とは人間を超越した存在、サッカーにおいては試合をコントロールする絶対的なカリスマさ。僕はそうなりたいと思って自分を神だと言うんだ。別に雷を落とすだとか不老不死になりたいわけじゃない。ただことサッカーにおいては並び立つ者の居ない絶対的な存在でありたいと思うんだ」
「そうなんだ。理由があるってことはわかったよ。もっと、あの……アレなのかと思ってた」
「いいかいワタル、君も理想を語れ。自分を鍛えるのは自分自身だ。君はもっと飛躍してもおかしくないと僕は思う」
「ありがとう。自分が神だって言うのはちょっとあれだけど、考えてみる」
そう呟いた渉はふと考え、そういえば、と話し始めた。
「自分に言い聞かせるっていうのは、もしかするとずっと前からやってたのかも」
「そうなのかい? 自分は強いと」
「うーん、というか、自分のことを“俺”って呼び始めたのがそれで。前まで“僕”って言ってたんだけど生まれ変わった……気分になろうと思って。前の自分と変えるために自分の呼び方を意識して変えたんだ」
「ふむふむ、なるほど。穏やかな口調の割に俺呼びはそういうことがあったのか」
アフロディは疑問を持つこともなく冷静に聞いている。
なぜ気に入られたのかはわからないものの、一緒に居る時間が増えてくれば、不思議と落ち着く時間が増えつつあった。
「良い傾向だよ。君は自分を変えようとしてる。神の名前を名乗らないかい?」
「大丈夫です」
「何がいいかな。やっぱり君に似合うのがいい。君はパスが上手くて協調性があるから……」
渉が断ろうとしたのだがアフロディは聞かずに考え始める。よほど彼を気に入っているようでそうして他人のためにあだ名を考えることなどひどく珍しい。
やってしまった、まずい、と渉はわずかに焦りを見せる。物静かな性格が影響してか、大きな反応ではないが口をあわあわ動かして慌てていた。
彼らがやってきたのは渉にとっては助け船に等しかったのだろう。
唐突に鬼道と源田が歩いて接近してきた。渉は驚き、アフロディはちらりと彼らを見るのだが気にせず思案を続ける。
「中間渉。お前の名前は覚えたぞ」
「は、はい」
「お前、来年どこに入るつもりだ?」
冷たい声で淡々と尋ねる鬼道の声に、渉は思わず背筋を伸ばす。
来年度の中学校入学に関する話がしたいらしい。
決断したわけではなかったが、聞かれたからには答えるしかないと思い、少しの躊躇いを見せながらも渉はぽつりと呟く。
「雷門中に」
「らいもん?」
「サッカー部がない学校だろう。昔はすごかった、という話を聞いたが」
鬼道の代わりに源田が反応すると、渉は小さく頷いた。
「フン、帝国でないのならどこでもいい……俺はお前に勝ったなんて思っていない。少なくとも完全なる勝利ではなかった」
非常に不満そうな態度と表情だった。
お前程度なら完全なる勝利でなければだめだった、と言っているようにも聞こえる。そう言われるのは当然かもしれない。渉は深く考えもせずにそう思う。
「俺には全国No.1ミッドフィルダーと呼ばれた自負がある。たった5分間のゲームとはいえ、お前には何か嫌なものを感じた。そこに居るアフロもそうだが」
「アフロディと呼んでほしいな」
「能力的に考えてアフロは当然だがお前は違う。取るに足らない、よく居る程度の選手だ」
「僕はアフロディだよ。そう呼んでくれ」
「だからこそお前が不思議でならない。嫌に思えて腹が立つ。俺はお前に負けない」
素早く踵を返すとマントが翻った。
鬼道はその場を去りながら強い敵意をぶつけて呟く。
「いずれ俺の前に来い。叩き潰してやる」
「アフロディって呼んでよ。ねぇちょっと」
声をかけられても聞き入れることなく去っていく。
見送った渉は想像以上の冷淡な印象にぽかんとしていて、アフロディは不満そうにやれやれと小さく首を横に振った。
残った源田もまたアフロディは気にせず、落ち着いた声で渉へ言う。
「すまないな。あいつがこれほど他人を意識することは珍しい。多分接し方がわからないからなんだろうが……お前をある程度認めてるから言ってるんだ」
「あ、ありがとうございます」
「僕は?」
「お前のことはわからない。まあ、優秀だとは認めてると思うぞ」
源田の発言にアフロディは不服そうだったが、少なからず認めてもらえたみたいだと察し、渉は笑みを浮かべて喜ぶ。表情があまり変化しない彼でも感情が伝わってくる様子だった。
意外に思う源田は驚いた後、ふっと顔の力を抜いて微笑む。彼もまた常日頃から鉄仮面などと揶揄されるほど表情の変化が乏しいが、だからこそ渉の変化に気付けたのか、静かな喜びをほんの少しだけ見せる様子を見守るかのようだ。
ぐるりと振り返ったアフロディが唐突に渉の肩に手を置く。
すでに気を取り直した様子であり、二人とは違って表情の変化が大きい。拗ねていたさっきとは一転してにっこり楽しそうに笑っていた。
「気にすることないよワタル。僕は君のことを素直に認めているよ」
「あ、ありがとう……」
「ところでワタル、君の呼び名を考えていたんだけど君自身の意見をまだ聞いていなかった。好きな神は居る? 知らなくても構わないよ。僕のおすすめはねー」
しっかり肩を掴まれて目を見つめられるため逃げられない。
嫌というわけではないが困ってしまうのも事実だ。友達は居たがこうしたタイプは知らない。
ひどく上機嫌なアフロディを前にして、堂々と源田に助けを求めるわけにもいかず、渉は苦笑して話に付き合うことしかできなかった。