つなげ!マルチバース・イレブン‼   作:ヘビとマングース

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交流の終わり、そして……

 全ての試合が終わって、選考会を兼ねた交流会が終わる頃、日本代表メンバーは決定された。

 概ね予想通りの人選であり、昨年から続けて選抜された人物も多いものの、小学6年生になったことで初めて選出された者も居る。

 

 選ばれた者たちを遠目に見る渉は、悔しさを覚えないわけではなかった。選ばれなくて当然だと始まる頃は思っていたはずなのに、いざ終わってみると気持ちは予想と違っている。

 必殺技が欲しい、と思ったわけではない。その部分は変わらず。あくまでも自分が目指す理想は必殺技を持つ仲間を活かすことだと決めている。

 ただ、今日の経験は今までの常識を覆すものだったのは間違いない。

 

 地元でなんと言われていようと、全国レベルに相対すればこの様。

 選ばれないどころか大人たちからは注目さえされない渉は改めて冷静に自分の立場を知る。

 自分が思っていたよりもきっとこの世界は厳しい。

 強くなければ見てもらえない。スポーツのみならず当たり前のことだと思い知った。

 

「あの……」

 

 沈んだ気持ちで遠くを眺め、黙り込んでいた渉に声をかける人物が居た。

 振り返って確認すると下鶴改である。

 会釈をして互いに軽く挨拶。静かに歩いて彼は恐る恐る隣に並んで、気になることがあるのか、渉に質問した。

 

「選ばれなかったな」

「うん。でもしょうがないと思う、ます」

「敬語はいらない。同い年だから」

「うん……」

 

 改はため息をついた。渉の態度にではない、日本代表メンバーを遠目に見るしかできない自分を不甲斐なく思っているのだろう。

 参加したのは選考会とは名ばかりの交流会。選ぶ必要などなく初めからメンバーなど決まっていたのではないかと考えるのだが、それはつまり自分たちが当初から決められていたメンバーを押しのけて割って入ることができなかった。そういうことなのだろう。

 自分の現在地と実力に腹を立て、情けなく思う。改は一人で居られなかったようだ。

 

「これでも結構できると思ってたんだ。でも通用しなかった。あそこに居るのは、どいつもこいつも化け物みたいな奴ばかりだよ」

「そうだね。俺も、思ったよりずっとすごかったって思ってる」

「だけどお前は、あそこに居る奴の何人かに認められてた。なぜだ? 確かに時たますごいプレーはあったが必殺技は使えないんだろう?」

「あ、うん。使えない。使うための練習もしてなかった」

 

 不満があるという様子ではない。ただわからないから聞きたいといった態度だ。

 渉が時折目を見張るプレーをしていたのは確かだが全ての試合においてではない。ムラがあると言えばいいのか、出来不出来の差が大きいように感じた。フィールドに居る選手全員を右往左往させて振り回すこともあれば、何もできずに終わる時もある。いくつかの試合を見たから不思議でならなかったのだ。

 

 能力自体が低いわけではない。特別視するほど優れているわけでもないが平均を少しは超えるだろう身体能力と、優れたサッカーIQと相手の行動を先読みするプレー。良い流れを作る際には彼のパスカットが機能する場面も多々見られた。

 使えない選手ではない。よっぽどの気分屋か、そうは見えなかったがやる気がなかったのか。

 

「多分、俺よりすごいあの人たちが引っ張ってくれたからだと思う。できる限りサポートすれば試合の流れが変わるって思った。だから結局、俺じゃなくてあの人たちがすごいんだ」

 

 良く言えば謙虚、悪く言えば覇気がない。

 予想外だった渉の返答に改は不満そうな顔を見せ、自分の気持ちを上手く説明できないが納得していないのは間違いなかった。

 

「それはそうだろうが、そういうことじゃなくて」

「俺は周りでうろちょろしてただけだよ。だから俺自身は選ばれてない」

「でも、だけど、必殺技が使えない連中の中で、実は一番すごいのはお前じゃないかって言ってる奴も居る。きっとサッカーの理解度が高かったからだ」

 

 納得できないと言いたげな改は深く考えもせずに反発していた。それだけ必死なのだろう。今日の結果に満足できずに、向上心はあるのだが、何をすればいいのかがわからなくて気持ちだけが暴走しているような状態。

 共感しないわけではない。全く同じ気持ち、とは思わないが、何かしたいのにできない状態や気持ちなら痛いほど知っている。

 

 ヒントになるのか。彼にとっての助け舟になるのか。

 わからないが何かを言おうと思った。

 渉は考える素振りを見せながらぽつりと呟く。

 

「必殺技……使いたいって思う?」

「思う。それが一つあるだけで、特に今日の俺のプレーなら、もっと点を取れていたかもしれないし活躍していたかもしれない。一つあるだけで全然違うのが必殺技だろ」

「そうなんだ。俺は正直、なくてもいいって思ってる」

 

 驚いたらしい改が目を丸くするが渉は止めずに勢いをつけて言い切った。

 

「もちろんあったらあったで嬉しい。きっと使いどころはあって役に立つ。でも、必殺技がなくてもサッカーはできるから。俺は、必殺技を使える味方をアシストして試合に勝ちたい。そっちの方が自分に向いてて、多分なんだけど、自分が必殺技を使うより心から楽しめそうだから」

 

 おかしなことを言う。それが素直な感想。

 絶句した改は大口を開けて固まり、言葉を失っていた。

 年齢を問わずにサッカーを始めた人間は大抵が自分だけの必殺技を欲する。だがそう簡単に生み出せないのも事実で、他人の真似をしようとしても上手く実行できないのも確か。本音では誰もが自分にしか使えない必殺技を求めているのである。

 

 いらないなどと言うのはかなりの変わり者に違いない。そう考えて振り返れば、確かに彼は味方のサポートが上手くて、対戦相手の注意を引き、隙を作って味方にチャンスを与えていた。そうしたプレーを志す者も少なくないが、やはり“必殺技がいらない”はずいぶんな衝撃だ。

 改はやれやれと首を振る。参考にしていいものかわからない。

 

 一方で渉の存在を意識せずにはいられなかったのは確かだった。

 必殺技が使えないのに少なからず結果を出した選手。実力者を補佐して、力を倍増させるかのように動き、自身にではなく他の選手にシュートを決めさせた。その光景が目に焼き付いている。

 

「変わり者だ。が、見習うべきところはあるのかもしれない……若干不服ではあるが」

「下鶴君はストライカーだもんね。アシストよりシュートの方がいいのかな」

「ん? 俺の名前を教えたか?」

「あ、や、多分どこかで聞いたから……」

 

 言葉を濁す渉の態度を改は問題視しなかった。それよりも気になることがあるようで、視線を外して俯くと考え事を始める。

 しばらく待つと集会が終わったようだ。

 集まっていた選手たちがぞろぞろと動き始める。

 

 渉は自分たちに近付いてくるアフロディに気付く。

 同じく気付いた改は少し距離を置き、渉と同じようには迎えなかった。

 

「やあワタル、無事に日本代表に選ばれてきたよ。どうだい?」

「うん、すごいよ。アフロディ君なら当然だと思う」

「ははは、そうか。できれば君と組んで試合に出たかったけどね。まったく、コーチ陣は見る目がないみたいで困るよ」

「そんないきなりコーチ陣批判をしなくても」

「僕が監督だったならもちろん君を入れるよ。僕が中心のチームを作って、みんなにコードネームを付けよう。ところで君のあだ名だけど」

「あ、それまだ考えてたんだ」

 

 やれやれと言いたげなアフロディを、まあまあとなだめてやる。

 悪い人には思わないのだが我が強いのは確かだ。渉は気を害した様子もなくむしろ楽しそうにすらしていて、傍から見ていた改は信じられないという顔をしていた。

 彼らは仲睦まじく話し合い、短時間だがずいぶんとわかり合っていた様子だった。

 

 彼のすごいところを挙げるのならば、そうして初対面の選手に対してすぐに順応し、まるで初めからその選手の強みや個性を知っているかのようにプレーできることだろう。必殺技とはまた別の強みであり、特技と言ってもいい。特に代表に選ばれるような優れた選手を躍動させる技術はアフロディでなくとも活用したくなるはずだ。

 今日は代表に選ばれなかった。しかし今後はわからない。

 もしかすると必殺技を使えない選手たちの希望になり得るのかもしれない。少なくとも改はふとそんな考えを持つ。

 

 近付いてきたのはアフロディだけではなかった。

 緑川リュウジと基山ヒロト、彼らと一緒に会場へ来たであろう八神玲名がやってきて、目的はやはり渉だったらしい。リュウジがにこやかに声をかける。

 

「中間君、お疲れ様」

「あ、うん。緑川君もお疲れ様」

「誰だい?」

「緑川リュウジ君。代表に選ばれた一人なんだけど……」

「ああ、居たかもね。そう言えば」

 

 基本的には他人に興味がないらしいアフロディは同じ代表メンバーを認識していなかった。そう考えると覚えてもらえたのは奇跡に等しいだろうと渉は自覚する。あだ名をつけてもらうのも実はかなりの名誉なのかもしれない。

 やり取りは聞こえていただろうがリュウジは気にせず話しかける。

 

「君とプレーできて楽しかったよ。またいつか一緒にサッカーしよう」

「うん。俺も楽しかった」

「愛されてるね中間君。でも俺も君を警戒したのは確かだ。今度は味方としてプレーしたいね」

 

 ヒロトがそう言って手を差し出してくる。

 握手を求めていると気付いて確かに感動を覚えていた。渉は慌てながらもその手を握る。

 

「はい。えっと、俺も学ぶことがたくさんあって、あの、会えてよかったです」

「そんなにかしこまらなくていいよ。こっちこそ君みたいな人が居ることを知れてよかった。全国から選手が選抜されるとね、大体は同じ人ばかり集まるんだよ。鬼道君や源田君、アフロディ君みたいにね。でも俺たちが知らないだけで、素晴らしい選手はまだまだたくさん居るんだ」

 

 ずいぶんな褒められ方だった。まさかそこまで言われるとは思わず恐縮してしまう。

 緊張し始めた渉を見てくすりと笑い、ヒロトは別の人物を指差す。

 

「彼なんかもそうさ。奈良から来たらしい。必殺技が使えない選手の中で気になったのは、俺の中じゃ君と彼だけかな」

「あっ」

「ん? 知ってる?」

「あ、いや、そういえば見たなーと思って」

「良い選手だよ。代表にも選ばれたしね」

 

 感心した様子で渉が頷く。

 必殺技を持たずに代表入りした選手も居るのだ。そう聞かされると、選ばれなくて当然とさえ認識していたのだが欲が出てくる。自分じゃなかったんだなと残念に思った。仕方ないと素直に納得している一方、少なからず悔しさを抱く。

 

「羨ましい?」

 

 ヒロトに尋ねられた。

 渉は視線を向けて、返事をしなかったが、その反応だけで十分だったようだ。

 

「また会おうよ」

 

 ヒロトは何でもない様子で言って背を向けた。振り返ることもなく去っていく。

 交わした言葉は少なく、名残惜しそうな様子もあるがリュウジも軽く手を振って後に続き、ちらりと気にしながらも玲名までその場を後にする。

 残ったアフロディはぽかんとする渉の隣に立ち、彼らの背中を見送った。

 

「なんだか偉そうな奴だな。それに変な奴だ。僕に話しかけることもなく行ってしまうなんて」

「あぁ、うん……そうかな」

「まあ気にしなくてもいいよ。僕は君のことをもっと素直に心から認めているからね」

「う、うん。伝わってるよ。ありがとう」

 

 アフロディに力強く肩を叩かれて、苦笑した渉の体が揺れる。

 変わった子なのはお互い様だと思うものの敢えて口にはしなかった。

 

 

 

 交流会が終わった。

 出会った人たちに別れを告げて、中には再会を誓った人も居て、会場を後にする。

 中身がしっかりしていようとも立場は小学生。同行してくれた地元チームのコーチはどことなく残念そうで、車を運転しているのは視線を合わせずに済んでちょうどよかったのだろう。普段通りに話そうと意識しながら渉へ声をかける。

 

「残念だったな。でもよくやったよ。お前を褒めてくれる人も少なからず居たようだし」

 

 コーチは残念だと言うが、渉はそう思っていない。むしろ充実した時間を過ごしたと考えてこの機会に感謝していたほどだ。

 代表メンバーに入れなかったことを言っているのだろう。チャンスだと捉えていたのかもしれないが渉はそうではない。選ばれなくて当然とさえ思っている。

 

「俺は楽しかったです。すごい選手にたくさん会えて、いい刺激になりました。これまでも十分楽しかったけど、もっと頑張ればもっと楽しくなりそうです」

「そうか……お前は偉いな」

「いえ。ただ遊ぶみたいにサッカーしただけですから」

 

 窓の外を眺めて渉は微笑む。

 遠ざかる会場を見ると寂しささえ覚えるが、新たな出発でもある。やはり残念や悔しいという気持ちよりよっぽど嬉しさの方が大きい。今日を境に自分のサッカーは全く違ったものになるだろうことを予感していた。

 

 今まで漠然と、そんな世界を知っていた。サッカー中継を見ることはあったし、サッカーが世界的な人気があることも知っている。だが実感を得たのは今になってだ。

 改めて考えて覚悟は決まった。

 

「俺、やっぱり雷門に行きます」

「え……? いや、待ってくれ、前にも言ったと思うが雷門はサッカー部がない。お前ならどの学校に行ってもレギュラーか、最悪でもベンチには」

「いいんです。せっかくだから一から始めてみたいんです。それに、たとえ知らない学校でも仲間はきっと見つかりますから」

 

 普段は控えめな態度で、協調性の高い子供だったが、その時ばかりは妙に自信のある物言いに感じられた。交流会への参加が彼を変えたのだと、そう思われても仕方ない。

 渉はしかし変わったつもりなどなく、変わった部分もあったとはいえ、その一言に関する自信だけは以前から絶対のものとして持っていた。

 雷門に行けば必ずやサッカー部を作って活動できる。それは、自分のおかげではない。

 

「雷門なら、僕がやりたかったサッカーができますから」

 

 言い終えてから、おっと、と思って渉は苦笑する。

 不意に出てしまった昔の一人称に懐かしさすら覚える。

 ようやく物語が始まりそうで、渉は誰にも言わず静かに心を躍らせていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春。

 桜が咲き乱れ、舞い散る姿が風流とさえ感じる季節。

 新年度を迎えて多くの人が新生活を始める時期がやってきた。

 

 中間渉は中学生になった。

 本人の希望通り、選んだのはかつて叔父が通ったという雷門中学校。今よりずいぶん昔に伝説と呼ばれたサッカーチームが存在したことを知っている。

 自分がそうなるのか。現実感はないがおそらくそうなるのだろうと予想していて、今からその時を想像して楽しくなっていた。

 

 初めて訪れるのに不思議と見慣れた校舎を見上げて、ついに始まるのだなと自覚する。まさかという想いは今でもあるのだがようやく現実として受け入れられそうだ。

 感動を胸に秘めながら一人で校門をくぐる。

 期待していなかったものの、そんなタイミングで背後から大きな声が聞こえた。

 

「来たぞ! 雷門中!」

 

 ハッとする声だ。初対面のはずなのに聞き覚えのある声。

 心の準備ができていなかっただけに驚愕した。しかしいずれ出会うだろうと思っていて、見覚えのあるシーンだとも感じていた。たまたまこのタイミングだったというだけなのだろう。

 振り返った渉は大声の主を確認する。

 心待ちにしていた瞬間を目の当たりにして、やはりその人だと笑みを浮かべた。

 

 背丈は同じくらい。オレンジ色のバンダナを額に巻いた少年である。

 一人で学校に来たようなのだが恥じらいもなく大声で叫んで注目を浴びていた。

 期待に満ちた目で校舎を見上げて、明確な目的を持ってこの学校に来ているのが伝わる。感情を隠せない様はまさに熱血主人公といった様子だ。

 

 渉は思わず笑ってしまう。

 予想した通りの光景が、今まさに現実として目の前にある状況が不思議でならない。

 

 どうするべきだろう。自分から話しかけるか、それとも自然に関わるのを待つか。見かけた時点から関わらないという選択肢はなかった。

 ちょうどいいと言うべきか、走って校舎へ向かう件の少年とバッチリ目が合う。

 

「ん? お前……」

 

 偶然目が合ったからなのか、それとも何かを感じ取ったのか。

 バンダナの少年は足を止める。

 交流会の頃に比べれば変化したはず。渉はにこりと微笑んだ。

 

「こんにちは」

「おう! 俺、円堂守!」

「僕は、中間渉」

 

 会うことを楽しみにしていた人物、円堂(えんどう)(まもる)

 サッカーボールを持参している彼は大声を出したこともあってひどく目立っており、挨拶するのは何ら不思議ではない。

 何よりボールを持っているのは渉にとっても有り難く、視線を感じた円堂が何かを悟って、嬉しそうな笑顔になると持参したボールを差し出した。

 

「俺と一緒にサッカーやろうぜ!」

「うん。やる」

 

 考えずとも渉が頷いて、傍から見れば異様であったが、円堂はすんなり受け入れて喜んだ。

 

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