波風ミナトの火影就任式の準備は、粛々と行われた。
火影という地位は、ミナトを含めてもいまだ四代目。100年も経っておらず、火の国の大名らと比べれば、実はそれほど歴史は長くない。
それにともなって伝統的な儀式というものも、まだそれほど固まっていないものとなっている。
火影就任という一大行事すら、まともに就任式が披露されたのは二代目のみだ。初代火影、千手柱間の時代では、何も定まっていない手探りの状態。三代目のヒルゼンの時代は、第二次忍界大戦の最中でそれどころではなかった。
しかし、その二代目は史上稀に見る切れ者。火影という地位の後世の安寧のため、披露した就任式では準備から衣装、何から何まで記録が取られ、伝統というものを文字通り記録として形に残していた。
ミナトの就任式は、まさにその二代目の就任式をなぞるものとなる。
「ミナト、ハイこれ」
クシナがミナトに手渡したのは、裾の長い外套だった。
ミナトの火影就任式にあわせて作られた、火影としてのミナトの新しい衣装だ。炎のような紋様が、裾のフチを這うように縫い込まれているのが見てとれる。
「縫い手のおばちゃんが、フチの模様はともかく火影の文字を縫い込むのは自分だって聞かなくてね。渡すの、当日になっちゃったの」
「あのばあさんか……。オレもこの火の模様を入れるって言ったら、反対されたよ。こんなの歴代の火影様は誰も入れてないってね。ホントは全身燃え上がる感じだったんだけど」
「それは、よかったってばね……」
クシナの頭には、それはそれはド派手な紅白のマントをなびかせるミナトの姿が、ハッキリと想起された。
完璧に見えるこの旦那は、美的センスだけは信用ならない部分がある。
メシナの名前も、完全にうずまき式に命名して関わらせなかった。彼女の名前は木の葉では多少聞きなれないけれど、もしミナトに任せてしまったなら、六道仙子とかそんな名前を付けかねないのだ。
「ミナト、着てみて」
「まだ就任式までは時間があるんじゃ……」
「いいから!」
ミナトはその短い一言で早くも根負けして、真新しいその外套に腕を通した。
白を基本の布地とした外套で、腰より下まで長く伸びている。半袖くらいの長さで袖が切り取られているが、夏でも着る予定があるからだろうか。
しかし、なんといってもその1番の特徴は、背中に縫い込まれた文字だろう。『四代目火影』という文字が、背中の白地に目立つ赤い糸で縫い込まれている。
火影の名を、ミナトが背負っている。
クシナは、その背中を少しだけまぶしそうに眺めていた。
これが彼が、彼と私が夢を叶えた姿。
よその国、もうなくなってしまった渦の国から無理やり連れてこられて。
嫌で仕方なくて。
アカデミーでは生意気にも火影になるなんて豪語して。
いじめられそうになって喧嘩して。
そして……。そして、なによりもミナトと出会い、結ばれた。
クシナの中で、思い出が次々とこみあげてくる。
私が愛したのが彼でよかった、彼が愛してくれたのが私でよかった。
クシナは心の底からそう感じていた。
「ん! どうかな? 針とか残ってない?」
「違うってばね!」
余韻も何もない勘違いしたミナトの言葉に、クシナは思わず彼をはたいた。
はあ、と小さくため息をついてしまったが、これがミナトなのだ。
最初は女々しい男。恋したときは完璧で頼れる忍。でも、実際に付き合うと、いろいろと抜けてるところもあった。結構天然だし、ネーミングセンスなんて目も当てられない。
けれどクシナは、それを含めたミナトという男が好きだったのだ。
向き直ったミナトの、外套に巻き込まれて折れていた襟元を正す。
「うん、似合ってる」
「ん、ありがとう。クシナ。君のおかげだよ、ここまで来れたのは」
そんな言葉を掛け合って、見つめ合った。
2人の間の距離はいつしか自然と縮まり。
見つめ合っていた両者は顔を近づけていく。
キ、キスしてる!!
そのままベッドにでも向かいそうな2人を、間が悪く見てしまった少女が、メシナであった。
なんだか慌ただしかった昨晩もキチンと寝て、朝早くから起きてすぐ見たのが、その光景だった。
忍界大戦後のベビーブーム中にメシナができたとはいえ、2人はまだまだ若い。メシナの前ではそれを見せないようにしていても、実際は父母や夫婦というよりまだ恋人に近いのだ。
そりゃあ、そういう関係なんだし、そういうこともするよね……!
そして、メシナは少しだけ、……いやだいぶマセていた。
メシナが自分の部屋にとんぼ返りして、待つこと数十分。
ようやく少し焦った声のクシナに呼ばれることとなった。
「メシナ! いつまで寝てるの! 今日はお父さんの大事な日なのよ」
「はぁい」
とわざと気の抜けた返事をして、何食わぬ顔で父と母がさっきまで二人でいたリビングに向かう。
バレないように、チラチラと部屋の様子を伺ったが、特に何か乱れている部分はない。ミナトは当然として、クシナも上忍の忍者だ。痕跡を残さないでコトを済ませるのには慣れているのかもしれない。
でもあの後、ここで何やってたんだろ?
娘の頭がそんなピンク色になっているとは、さすがに四代目火影も気づくまい。
そんなミナトは、新聞を片手に普通に朝食を口にしていた。
新聞を開いて読んでいるため、メシナからも一面の記事を見ることができた。当然、そこには今最もホットなニュース、火影となるミナトの顔写真が大きく載せられている。
じっと新聞のミナトを見つめる視線に気が付いたのか、ミナトはスッと新聞を下げた。新聞の写真とちょうど重なるように、父親の顔がメシナの目に入る。
「読みたかったのかい?」
「ううん。父さんが、写ってるから」
クシャリとした、困ったような笑い顔だった。
ミナトは火影になりたかったのであって、新聞に載りたかったわけではない。
むしろ、注目されて記事になっていることにまだ慣れず、少し気恥しげで、まるでその記事が目に入らないようにしているようだった。
─◇─
就任式に出席する忍やその家族は、家紋のない統一の白装束に身を包み。火影邸の屋上から現れる火影と、そして新たな火影を迎える。
火の国の大名らを貴賓としても迎えない簡素さは、木の葉隠れという里システムが名目上、国から独立していることを表している。ただ、一方で儀式的なものはほとんどなく、前の火影と次の火影のスピーチのみに終わる短さは二代目の合理性ゆえだろうか。
準備に集まっていた忍たちが、皆一様に白い装束を着ているとなると、いつもの木の葉の里も別のもののように見える。
三代目火影のヒルゼンさえ赤の差し色が入ったいつもの内着から、黒と白のモノトーンの装束に変えていた。
対して火影となるミナトは、ヒルゼンが普段から羽織っていた物に似た赤色の入った内着に、赤い火の紋様と大きく四代目火影の文字が描かれた裾の長いマントと、紅白が強調された衣装を身に纏っていた。
白装束が並ぶ忍たちの中で、ミナトの赤は一際目立っていた。
「よう来たの。ミナトにクシナよ」
「今日はよろしくお願いします。三代目様」
「うむ。よろしく頼む。そして、そちらの子が……」
「はい。娘のメシナです。ほらメシナ、挨拶を」
メシナは三代目火影として顔を知っているだけで、ヒルゼンと面識はなかった。最もよく見るであろう顔岩のヒルゼンからも、だいぶ歳を経ている。
そうなると三代目火影も、メシナにとってはただの知らないオジサンである。
人見知りしているような様子を見かねて、ヒルゼンは目線を合わせるように、腰をかがめた。
「波風メシナです。父がお世話になっております。これからも、どうぞよろしくお願いします」
「ほほ! ようできとるのう。その上、その歳で、あの飛雷神の術を扱える天才だと聞いておる」
「父さん……あ、父が、大げさなだけで、まだ全然です」
「謙遜することはない。実践レベルで使えるというだけで、火影のワシ以上の使い手なのじゃからな。おっと、元、火影じゃったな」
ハハハと乾いた笑い声をヒルゼンは響かせた。
ヒルゼンも飛雷神を使うこと自体はできる。しかし、時空間忍術への適正はミナトや二代目には及ばず、それは戦闘中に扱える段階にはなかった。
そのため、すでにメシナの方が、飛雷神の使い手という観点だけで見れば上と言うこともできる。
もっとも、飛雷神の術の使い道は、何も戦闘に限ったものではなく、そう言った扱いにおいて、今のメシナはヒルゼンに比べるべくもないのだが。
「うむ。ミナトが担当しておったカカシの世代も才能に恵まれておったが、その次の世代の木の葉も安泰じゃな」
「えっと……、ありがとうございます」
ヒルゼンはなにより子供の成長を見守るのが好きらしく、心からの笑みを浮かべていた。
「子供たちは里の未来であり、宝。その次の世代へと火の意思を継ぐため、彼らを導き、守り抜くのが火影たるワシらや大人たちの役目なのじゃ」
「はぁ……」
なんだか子供であるメシナに向けて言うには、よくわからない話だ。
まさに今日、次の世代に席を譲るこの老人は、メシナを通してミナトに向けて言っているのかもしれない。
「どうじゃ。なにか修行で何か困っていることはないか? ワシも火影を退けば暇になるであろうから、一つワシの教えでも受けてはみんか?」
「あはは、光栄です。自分は反対に火影になって忙しくなるでしょうから。時間がありましたら是非見てやってください」
答えたのはミナトだった。
三代目の教えを受けた忍者といえば、ミナト自身に加えて、伝説の三忍など。もうそうそうたる顔ぶれだ。木ノ葉の上忍でも教えを受けたいという忍は大勢いるだろう。
ヒルゼンの物言いは半分社交辞令だろうが、半分以上は本気だ。
ミナトもまた同様に、半分本気で、メシナをヒルゼンのところに向かわせることを考え始めていた。
「さて、ミナトよ。式の終了後の業務についての件なのじゃが……」
「わかりました。ここでは何なので、場所を移しましょう」
いつまでもメシナにヒルゼンと話をさせているわけにはいかない。彼とミナトは今日の主役級。暇なはずもないのだ。
二人の会話はより機密性の高い業務的なものとなり、メシナたちとは別れることとなった。
「クシナ。悪いけど、メシナを連れて少し待っていてくれないか?」
「ええ。ほら、メシナも。お父さんはお仕事なんだから、迷惑をかけないで」
ちょうど見計らっていたかのように現れた、他の忍同様に今日は白い装束を身に着けたくノ一が、おそらくは待合室への案内を買って出る。
メシナもクシナに手を引かれたが、ふと振り向くと、別の方向に背を向けて歩み離れていくミナトとヒルゼンが目に入った。
自分のよく知る父親が、教科書に載る偉人となる姿。
それが、メシナには、ミナトがどこか遠くへと行ってしまうように感じられたのである。
─◇─
ヒルゼンからミナトに、火影を象徴する火の文字が刻まれた垂衣のある赤い笠を手渡されることで、火影の地位はミナトへと公式に移ることとなった。
大戦で名を馳せた英雄とはいえ、これまで火影の地位を占めていた千手家や猿飛家と比べれば、波風ミナトは家柄としての知名度が薄い。
それがミナトが選ばれた理由の側面でもあるが。しかし、これから波風家は、火影を輩出した名家という扱いになるだろう。
飛雷神の術をミナトから継いだメシナの肩には、四代目火影の娘としての、その重荷が徐々に加わり始めていた。