波風メシナの父親、ミナトが火影になって早数か月。
火影の引継ぎも一段落して、メシナが父に会う機会はむしろ増えつつあった。
しかし、メシナの修行を見るような、まとまった時間を確保できる機会は減った。皆無と言っていい。
飛雷神の術の運用など、ミナトにしか教えられない部分を先に伝えていたのは、まさに英断だったと言えるかもしれない。
ミナトのもう一つの代名詞である螺旋丸の方はまだ教えられていないが、そちらは最悪、他に習得している忍者がいる。
ただ、その使い手のひとりである自来也に女の子であるメシナを近づけようとは、自来也を慕うミナトもクシナも考えていなかった。自来也の悪癖は子供に悪影響しかないのである。
そういう事情もあって、現在のメシナは母親であるクシナに修行を付けてもらっていた。
クシナの得意分野と言えば、そう、うずまき一族に伝わる封印術である。
「ミナトに教えたときの経験が生かされてる気がするってばね!」
とはクシナの談。
実際のところ、メシナの封印術の習得はかなり上手くいっていた。
ただ、クシナが教えるのに慣れていたから、というのはその理由として半分でしかなかった。
クシナが教えたのは、ミナトとメシナという飛雷神の術を会得してしまうような、木ノ葉でも指折りの天才二人だ。
彼女が教えるのが上手いか如何は、あまり関係がなかったのである。
─◇─
「早くも、私が教えられる封印術も、これで最後だってばね」
駆け足に学んでいた封印術も、ついに最後になっていた。
もちろん、封印術の精度や強度、発動速度など、修正すべき点は山のように残っているが、クシナはまず一通り教えるというのを重視していた。
子供というのは飽きっぽいもので、精度を上げるような練習よりも、まずはできることを増やした方が集中でき上達もするものだ。
メシナの両親にして師匠である2人は、上忍としてしばらくは若い下忍を教えていたこともあって、子供の扱いを心得ていた。
「最後の封印術、屍鬼封尽。これは、まさに最後にふさわしい封印術なんだってばね」
シキフウジン。なんだかうすら寒い感じがする名前の忍術だ。
メシナはコクリとのどを鳴らした。
「屍鬼封尽はこれまで教えてきた封印術と違って、術の発動に必要なチャクラが封印対象に依存しないわ。そのうえ、そのチャクラ量はハッキリ言ってうずまき一族でもなんでもなくても発動できるレベル」
メリットの話だけを聞くと、優秀そうな術だ。封印術なのにチャクラ量に依存しないなんて、そんな便利な術があるのなら、これだけでいいという話になってしまうが、そうではないのはデメリットがあるに違いない。
メシナの考えの通りに、クシナはデメリットについて触れ始めた。
「その代わり、屍鬼封尽は多大なリスクがある術なの。そのリスクは死。正確に言うと魂を抜かれてしまうということなんだってばね」
「えっと、それって同じなんじゃ?」
「いいえ。全ッ然、違うってばね」
強い口調で否定したクシナは、口の端が吊り上がったニヤケ顔でこれ見よがしに指を振った。
「でも、魂が抜けたら、死んじゃうよね」
「それはそうよ。でも、うーん、どこから説明したものか……」
死という観念に対する理解もまだ半ばだろうメシナに、どう教えればよいかと、クシナ少し思案する。
そして、開き直ったように、クシナは口を開いた。
「それに、ただ教えるだけじゃ面白くないわね。それじゃあ、メシナ。当ててみて」
いたずらっぽい顔でクシナがしてきた無茶ぶりに、メシナの顔がゆがんだ。
だいたい、魂と死の関係なんて、子供に投げる質問ではないだろう。
それでもメシナは、まだまだ薄い知識を総動員して考える。
「……死ぬのと、魂が抜ける……。その違い……」
しばらくの間、メシナは固まっていた。
わかるわけない、と普通なら怒り出しそうな難易度に、さすがにクシナも見かねて助け船を出そうとする。
「死んでしまうのと、死んだも同然になるっていうのは違うでしょう?」
だから──、とつなげようとした言葉を遮るように、メシナは閃いていた。
「ああ、そっか! 魂が抜けるというのは、あくまで死と共に観察されやすい別の現象ってこと? つまり、魂を抜かれたらふつうは確かに死んでしまうけれど、魂を抜かれた状態ではまだ死んではいない」
「わが娘ながら、とんでもない理解力だってばね……!」
順調すぎるほどに封印術を習得してしまったメシナに対し、クシナが大人げない問いを投げかけたのは少しばかりの出来心だった。それを内心後悔していたクシナは、子供とは思えない見事な思考力で紐解いたメシナに驚嘆する。
知識さえあればある意味単純な話で、実はこの世界には魂を抜くという結果を生み出す忍術がいくつも存在する。
もちろん希少な忍術ではあるが、木ノ葉の里でも探せば存在している。例えば、大戦でも活躍した加藤ダンの霊化の術。自分の魂を体から引き離し、相手に憑依するという忍術だ。
当然、この術を発動した後の術者の肉体は魂が抜かれたものとなってしまう。もし、魂が抜かれた状態と、不可逆な死がイコールであれば、ただ自殺することになるだけで、こんな忍術は存在しないはずだ。
一方でこういった術のリスクもまた、魂と死の関係を示している。
霊化の術の場合、あまりに長時間使いすぎると肉体が死んでしまい、戻ることができなくなってしまうのだ。
つまり、魂が抜けてしまうと結果として死んでしまう、というのもまた事実なのである。
「何度か言ったけど、私たちのご先祖様にあたるうずまき一族は、封印術に秀でた一族だった。そして、その過程で、様々なものに今の木ノ葉より理解があったの」
うずまき一族の理解が秀でていた分野。「その一つが魂というものへの理解」とクシナはつづけた。
今の木ノ葉では、様々な技術が発展している。キッチンに当たり前にあるコンロだって、昔から見れば火遁か何かにしかみえないだろう。それこそ古い世代の人々が、最近の若者は最新技術にかまけていると苦言を呈しているほど。
もちろん、この世界の過去の技術は侮れないというのも知っていたが、中でも自分のご先祖様も今より技術的に優れていたというのは変な気分だ。だって、もう滅びてしまったというのに。
「でもうずまき一族の里、渦の国は滅びちゃったんでしょ?」
「ええ。だから、末裔の私にもその上辺を術として利用することしかできないわ」
その疑るようなメシナの目線にも、クシナはなぜか勝ち誇ったような笑みだった。何に勝ったのだかわからないが。
「屍鬼封尽は、その理解の末に完成した封印術。屍鬼封尽ではね、死神を呼び寄せて、魂を食わせることで封印するの」
「……は? 死神??」
メシナは理解しがたいものを聞いた気がしていた。
術としてのコンセプトは一応理解できた。つまり、死神を利用して相手を封印するということだろう。
確かに封印するのがあくまで術者ではなく死神なら、消費するチャクラ量が封印する対象によらないというのも納得できる。リスクについても、要するに魂を対価として差し出すというわけだ。
え、でも死神? そもそも死神って実在するの??
疑問は尽きない。
そんな混乱するメシナに、クシナはゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
この様子を見るに、メシナが混乱するのは見越していたのだろう。
途中彼女らしいような、らしくないような表情をしていたのは、どうやらこの瞬間のために笑いをこらえていたからだったようだ。
「フゥー……。いいものが見れたってばね」
メシナはジト目になっていた。
そんなにマヌケな顔をしていたんだろうか、さっきの自分は。
「説明に戻るわね。屍鬼封尽を発動するときには、三つの工程があるの。まず最初の死神の呼び寄せてから、次に封印対象に触れて相手の魂を抜き取る。そして最後に抜き取られた魂を死神がそのまま封印する、という形で進行するわ」
高等忍術らしいまだるっこしい発動過程だ。
ただ、何というか。そう、クシナの説明はまるで見たことのあるかのように詳細なものだった。
メシナにもその疑問は浮かんだが、それはほとんど、誰かの死にざまを見たのかと聞くのと同じだ。
メシナは恐る恐るという調子で母に聞いた。
「……母さんは、見たことあるの?」
「え? えーっと、たしか渦の国にいた頃に見たような……」
なんというか、拍子抜けするような答え方だった。
誰かが命を賭して術を発動し、果てた姿を、そう簡単に忘れることができるだろうか。
しかも、深刻な様子もなく平然と口にするのだから、メシナにはそれが奇妙でしかなかった。
奇妙と言えば、そもそもクシナが、命を犠牲にするこんな術をメシナに教えること自体が奇妙と言えば奇妙だ。
クシナは、自分を犠牲にするなんて忍術を、娘にこともなげに教えるタイプではない。
それらの疑問は、意外な角度から解決されることとなる。
「あ、そっか。使い方を説明していなかったってばね!」
思い出したようにクシナは言った。
「もちろん、格上の相手にワンチャンスを決めれるというのも大きいわ。けれどこの術の本来の使い方は違う。この術は封印から解呪まで、それとその間を取り持つ術の三つを二人組で使う封印術なんだってばね」
屍鬼封尽に対して漠然と抱いていた運用のイメージへ、突如追加された新しい登場人物に、メシナは混乱した。
メシナの思い描いていた運用は、まさしく格上の相手に対する最後の反抗だったのだ。
「確かにこの術を使うと、術者は相手共々、魂を抜き取られて封印されてしまう。けれど、魂が抜けても肉体はすぐさま死ぬわけじゃない。そこで、術者の肉体に封印術を施して状態を保つの。そして、もう一人の術者が保存した肉体を運び、屍鬼封尽の解呪を行う」
ああ、ここで、死ぬのと魂を抜かれることの違いが出てくるのかと、メシナは一人で納得した。
「解呪するにしても、魂を一度引っこ抜いたのに、そんな簡単に蘇生できるの?」
「それは、問題ないわ。この解呪、というか抜かれた魂には不思議な性質があって。本来あるべき場所があるのなら、魂がそこに勝手に戻っていくんだってばね。だから、解呪するだけで屍鬼封尽の術者は復活できる。でも、そのころには放置された封印相手は……」
「とっくにお陀仏」
「その通りだってばね!」
なかなかにエグい忍術だ。
「つまり、相手は魂を抜き取られてそのまま死んでしまうけれど、術者は後で復活できるっていう寸法なんだってばね」
確かにこの方法なら、ノーリスクで魂を封印して相手を死に至らしめることができる。
ただ、問題点が一つあるようにメシナには思えた。
「でもそれだと、封印した相手の方も、仲間がいれば簡単に解除できてしまうんじゃ……?」
聞く限り、簡単に解呪ができてしまうように思えたが、相手側も同じことをすれば対処されてしまうはずだ。
「そこは、私たちうずまき一族の特性が生かされる場面よ。屍鬼封尽の解呪には腹を掻っ捌く必要があるんだってばね!」
「ええぇ……」
まさかの、そこはフィジカルによるごり押しだった。
「ま、それは半分冗談よ。肉体の保存に高度な封印術が必要なことに加えて、解呪には特殊な道具も必要になるから、ハッキリ言って解呪の方が発動より何十倍も面倒なようになってるの」
封印術は掛けるより、解く方が難しくなっているのが普通だ。解かれないことを最優先し、代わりに封印の際に条件が付くなど、発動条件が難しくなっている封印術も少なくない。
もちろんクシナから習った封印術には、その逆にあたる簡単に解かれてしまうが発動条件は緩い術も存在したが、そういう面では屍鬼封尽は基本を踏襲した封印術らしい。
屍鬼封尽の解呪が難しい理由は、こうだ。
まず、屍鬼封尽を知っていなければ、魂を抜かれた肉体を保存しておくという発想にも至らない。
そのうえで、うずまき一族でも秘伝中の秘伝にあたる解呪の術を調べ、さらにうずまき一族の領地に侵入して道具を手に入れる必要がある。
うずまき一族が一族として存続していて、戦時となっていたのなら、この条件を達成するのは現実的ではないだろう。クシナ以外まともな後継者もいない現状なら、この術のためだけに各地の遺跡を回って研究し情報を集積するような胆力が必要となる。
しかも、術を掛けられた本人ならまだしも、その人物を慕う誰かがこのすべてをこなさなければならないのだ。
「この術の強力な点は、条件さえそろえば相手だけにリスクを与えられる、ということだけではないんだってばね」
ローリスクでハイリターンであることは強力な術の必要条件だ。
いくら強力な効果を得られても、失うものが大きすぎれば、術として強力とは言えない。
その理屈では、二人組という条件がローリスクで扱うには必要となる屍鬼封尽は、それだけでは必ずしも強い術ではない。ともすれば単なるハイリスクな禁術となってしまうだろう。
その点、屍鬼封尽にはさらなるメリットがあるのだという。
「最大の特徴は、最初に言った通りこの封印術は誰にでも使えること。一方で、術者のサポートに回る忍の方はうずまき一族の者に限られるんだってばね。だからサポートにあたるうずまき一族の術者が主導権を握ることができる」
生き返らせる側というのは、それだけでアドバンテージを取ることができる
もし、術者が身内であっても、術で戦況を有利にするという以上の政治的効果があるのだ。
うずまき一族に限られるというのも、確かにそうだ。肉体の封印から、解除までできるのはうずまき一族でなければ相当に厳しいだろう。
もっとも、滅んでしまったうずまき家と、忍としては高名ではない波風家の間に生まれ、あまり家系というような付き合いのないメシナには、一族という概念は馴染みが薄い。しかし、一族という単位で優位性を保てるというのはほんの数十年前は重要なことだったのだ。
「しかも、戦闘中に行うのは屍鬼封尽の封印の方だけ。だから、肝心の解呪の部分の情報は何度使っても秘匿されたままだし、安全なところでできるのよ」
メシナはここにきて、ようやく母がこの術を教えようとしている理由を理解した。
屍鬼封尽のやり方を教えようとしているわけではない。
本当に教えたいのは、クシナやミナトがこの術を使用した際の解呪の方法だ、ということである。