うさぎがいた部屋 【TS文学が書きたい】   作:鮎彦

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第18節 浴室のドアを開けて入ってきたのは……

 浴室のドアを開けて入ってきたのは美々面だった。

 彼女は衣服を一切身に付けていなかった。

 ほっそりとした首筋に白い胸元、それに少女らしい(すべ)らかな下腹部も含めて全てが浴室の照明のもとに曝されていた。

 圭太がシャワーを浴びている間に脱いだのだろう、背後の脱衣所には脱ぎ捨てられた彼女の服も見えた。

 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に、圭太の心裡は恐慌をきたした。

 少年の視線は四方八方を泳ぎ、その口からはあぁだのうぅだの言葉にならない言葉が漏れた。

 美々面はというと圭太の姿を見ても全く動じていなかった。

 それはつまりは、この奇妙な事態が圭太が声掛けを怠ったことによって起こった不幸な事故などではなく、彼女の確固とした意志のもとに招き寄せられたものであることを示していた。

 

「ご、ごめん!」

 

 圭太は訳も分からないまま謝ると、美々面の脇をすり抜けて脱衣所に逃れようとした。

 しかしそうはさせまいと少女は入口で仁王立ちになる。

 進路を遮られた圭太はどうすることもできなくなった。

 というのも圭太にとっては女の子の裸体を手で押しのけることなど、到底出来ることでは無かったからだ。

 

「ここにいなさい」

 

 美々面は慌てる少年にそう言った。

 圭太はその命令調のもの言いに驚いたが、思わず反射的に従った。

 そのくらい彼女の言葉は自然に発せられたものだったのだ。

 そこには気負いや、無理をして威厳を取り繕うようなところが少しも無かった。

 美々面の命令は圭太の心に少しだけ落ち着きを取り戻させた。

 そして落ち着いたことによって彼の意識にある考えが浮かんできた。

 それは美々面がこんな不作法をした理由についての考えだ。

 

(要はこちらをからかっているのだ)

 

 圭太はそう考えた。

 そして同時にふつふつと怒りが湧き上がってきた。

 冗談にしてはあまりに(たち)が悪いと思ったからだ。

 

「もう出たいんだけど、何?」

 

 圭太は出口に立ち塞がる美々面に対して、先ほどまでの狼狽ぷりが嘘だったかのように堂々と、そして嫌味たっぷりに言い放った。

 彼女は敵意を向けられても動揺することも無く、圭太が全く予期しなかった言葉を返してきた。

 

「あの子――委員長のことをどう思ってるの?」

 

 突然の質問に圭太は困惑した。

 

「どうって、急にそんなこと言われても……」

 

 言葉に険を含ませることも忘れて答える。

 美々面はさらに訊く。

 

「好きなの?」

 

 圭太はまたもや激しい感情の起伏に襲われる。

 

「き、君に関係ないだろ」

 

 狼狽えながらもかろうじてそう答えた。

 すると美々面は明らかに勘に触ったというような顔をしたが、すぐに強がるように嘲笑的な微笑を浮かべた。

 そして彼女は、ゆっくりと浴室の中に足を踏み入れて来る。

 圭太は嫌な予感がして後ずさる。

 次の瞬間、美々面は突然圭太に抱き着いた。

 不意を突かれた圭太はなすすべもなく美々面の細い腕に絡み取られてしまった。

 

「な、何を……」

 

 圭太は絞り出すようにそう呟くことしかできなかった。

 彼女は圭太の背中にしっかりと手を回して体を密着させた。

 少年は自分の腹部に微かに柔らかい感触を感じた。

 見下ろしてみると自分の腹のところにちょうど彼女の胸が当たっていた。

 胸元の白い肌がなだらかに隆起していき、その突端にはピンクの釉薬(ゆうやく)をかけたような淡い色が見えた。

 圭太は思わず目を背けた。

 そんな相手の様子を見た美々面はくすくすと笑いそして、

 

「こっちを見て」

 

 と囁いた。

 圭太は恐る恐る、胸元を直視しないように気を付けながら相手の顔を見た。

 美々面はつま先立ちになって圭太の顔をじっと見つめていた。

 彼女は何も言わなかったが、その期待に満ちた眼差しは何かを催促していた。

 圭太は暫しの間、何を求められているのか理解できなかった。

 美々面の腕が圭太の背中を登っていきやがて肩に掛けられたときになって、ようやく圭太は気づいた。

 この子は接吻をせがんでいるのだと。

 圭太は惑乱した。

 心臓は先ほどから早鐘を打ち続けている。

 呼吸は浅く激しくなり、ひどく息苦しい。

 

「圭太」

 

 美々面は吐息がかかるほどまで顔を近づけて、呟いた。

 圭太はいっそう息が苦しくなり、地上で溺れるような心地がした。

 このまま彼女の求めに応じてしまえば、あるいは楽になれるのではないかという考えが頭をよぎる。

 気の張りが失われ、圭太はもはや自分で決定すること放棄し全てを相手に委ねてしまいたくなった。

 彼女が自分で望むようにすればいい、そう思った。

 圭太は消え入るような声で言った。

 

「僕からは、できないよ」

 

 その言葉を聞いた美々面、ひどく悲しそうな顔をすると全身を脱力させた。

 浮いていた踵は床に着き、圭太の背に回した腕もぶらりとなる。

 圭太は彼女の拘束が弛んだのに気づく。

 僅かに残った気力を使って彼女の手を振りほどくと、素早く浴室から脱出した。

 美々面はもはやそれを止めようともしなかった。

 圭太は濡れた体のまま部屋に戻るとバスタオルも使わずに適当な服を着込む。

 そして玄関でサンダルをつっかけると、そのままアパートを飛び出した。

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