うさぎがいた部屋 【TS文学が書きたい】   作:鮎彦

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第22節 エピローグ

 あの夜以降、美々面が圭太の前に姿を見せることは無かった。

 圭太はいくぶん広く感じられるようになった部屋で、彼女がやって来る以前の生活を再開した。

 自由気ままな一人きりの暮らしは圭太に心の平穏をもたらし、まるで彼女といた時間がはじめから存在しなかったかのような錯覚を与えさえした。

 しかし以前の生活とは変わってしまったこともあった。

 それは朝目覚めたとき、あるいは学校から帰って来たときに、一人きりの部屋である感覚がふと心をかすめることだった。

 圭太はしばらくの間、その感覚の正体を掴めなかった。

 しかし何度も同じ感覚を味わううちに分かってきたのは、つまるところそれは大切なものが失われたという感覚なのだった。

 圭太は本当の意味で以前と同じ暮らしが戻ってくることはもう無いことを知った。

 

 先生はあの夜の後も以前と変わらずに学校に通い仕事をこなしていた。

 一見、その様子には何ら変わりが無かった。

 だが先生はもはや圭太に注意を向けようとしなくなった。

 圭太が気まずさから部活に行かなくなっても、そのことを咎めようともしなかった。

 先生の淡々とした授業を何度か受けた後で、圭太はこう考えることにした。

 先生は線を引いたのだ。

 先生にとって圭太は大勢いる生徒のうちの一人であり、圭太にとっての先生も大勢の教師のうちの一人であるべきなのだ、と。

 

 美々面の誘拐騒ぎを起こした加藤は一か月ほどの謹慎が明けるとひょっこり学校に戻ってきた。

 圭太たち以外の生徒は誰も加藤が謹慎になった理由を知らなかったので、謹慎の理由について色んな憶測が流れることになった。

 その結果、彼は一層クラスで浮いてしまうことになってしまったようだ。

 しかしそれでも彼は毎日ちゃんと登校して真面目に授業を受けていた。

 繊細に見える加藤だったが彼の裡にはある種の図太さがあるのだと圭太は知り、驚き感心したのだった。

 

 委員長にはあの夜先生の家で起こったことは話さなかった。

 ただ美々面は両親に引き取られてもう圭太のアパートにはいないのだと、後から告げたに過ぎない。

 委員長は美々面とちゃんとお別れができなかったのが心残りなようだった。

 彼女は圭太と話していると頻繁に美々面の話題を持ち出して、そして何度も、

 

「またいつか会えるよね?」

 

と圭太に聞くのだった。

 しかし圭太には何も答えられなかった。

 

 

 

 ある日、圭太が学校の廊下の歩いていると角から出てきた「先生」と危うくぶつかりそうになった。

「大丈夫か?」と先生がきくと「大丈夫です」と圭太が返した。

 先生が「すまなかったな」と言うと圭太は「いえ、こちらこそ」と答えた。

 その後、二人はなんとなしに廊下で立ち話をした。

 

「美々面はどうしてますか」

 

 圭太は質問してみた。

 すると先生は少し恥ずかしそうに、

 

「ああ、実はまだ家にいるんだ。

 本当はもう親戚に返しているはずだったんだが、無理を言って譲ってもらったんだよ」

 

 圭太は驚いた。

 先生は自分からすすんでペットを飼うような人ではないと思っていたからだ。

 

「動物の世話にはまだ慣れなくて親戚に色々と聞きながらやっているよ。

 美々面は、まあ元気にしている。

 昨日、私の本を齧ったんだ」

 

 そう話す先生はどこか嬉しそうだった。

 圭太は聞いてみた。

 

「また彼女に会えますか?」

 

 すると先生は意外そうな顔をして圭太の方を見た。

 それから窓の外に視線を向けると、

 

「どうかな。

 今度彼女に聞いてみるよ」

 

 そう言った。

 圭太は先生がうさぎに話しかけている姿を想像してみた。

 その情景が可笑しくて、彼は思わず吹き出しそうになった。

 圭太は冗談半分で聞いてみた。

 

「聞いたところで分かるものでしょうか?」

 

 すると先生は暫し遠い目をして、

 

「そうだな。きっと分からんだろうな」

 

 そう言うと寂しそうに笑った。

 




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