委員長たちと別れて手持ち無沙汰になった圭太は先生と別れた喫茶店の前に戻ってきた。
店内を覗いてみるとコーヒーを飲みながらハードカバーを読んでいる先生の姿が目に入った。
店の中に入ると圭太は無言で先生の向かいの席に腰を降ろす。
先生はページの上に落としていた視線をちらと圭太の方に向けると、またすぐ元に戻した。
「美々面はどうしたんだ」
視線を落としたままで先生は言った。
「委員長に任せてきました」
「委員長? さっきお前と話していた子か。ここからも見えたぞ」
窓の外を眺める先生。
しかし既に委員長たちの姿は無い。
「どういう子なんだ?」
先生は尋ねた。
圭太ははじめその質問の意味が分からなかった。
だがすぐに先生が委員長を自分の教え子だと同定できていないということに気付いた。
「クラス委員長ですよ、僕のクラスの。
南委員長。
いつも先生の授業を受けてるじゃないですか」
「……はて、あんな子いたかな」
先生はしばし記憶を探っている様子だったが、やがて諦めたと見えコーヒーカップに手を伸ばした。
温くなったコーヒーで乾いた唇を湿らせるとぼそりと呟く。
「最近の女生徒はみな同じ顔をしているから区別がつかん」
圭太には先生の言葉がいまいちピンとこなかった。
これまで女子がみんな同じ顔をしてるなどと感じたことは無かったからだ。
「そうでしょうか?」
圭太が言うと、
「そうさ」
先生はそう答えてそれきり沈黙してしまった。
黙々と読書を続ける先生。
その向かいで圭太は落ち着き無く周りを見渡したり、喉も渇いてないのに頻繁にアイスティーに口を付けたりしていた。
はたから見れば多動症の小さな子どもの様だろう。
自分でもみっともないのは分かっているのだが、どうにもじっとしていられない。
圭太にとって沈黙は1分と耐えることのできない毒なのだった。
気を紛らわすために先生に何か話しかけようと思ったが、言葉が喉がつっかえて上手く出てこない。
学校でなら先生といても何気ない雑談が口をついて出てくるのに、学校の外で面と向かい合っていると途端に自然に出来ていたことが出来なくなってしまうのだった。
圭太が気まずい思いをしている中、先生はそ知らぬふりで読書を続けていた。
こちらが困っていることに気付いていない訳ないだろうに、酷薄な人だ、と圭太は思った。
圭太は残り少なくなったアイスティーをわざと大きな音を立ててストローで啜った。
アイスティーが無くなると今度はコップに残った氷を頬張ってがりがりと噛み砕きだした。
そこでようやく先生が圭太に注意を向けた。
先生は呆れたように圭太を眺めていたが、突然、
「何か頼みなさい」
そう言って店員を呼び出した。
店員がやって来ると先生はこちらの意見も聞かずにミルフィーユケーキとお茶のお代わりを注文してしまった。
一言も発する間もなく圭太の目の前にケーキの皿とお茶のお代わりが出現した。
「遠慮しないで食べなさい」
先生は平坦な声で言った。
圭太が不満げにしているのを腹が減っているせいだとでも思ったようだった。
「……ありがとうございます」
圭太は言われるままケーキを口にした。
口の中にホイップクリームの安っぽい甘みが拡がるのを感じながら、つまり先生の酷薄さとは遠慮の無さなのだなと思った。
そして同時に思った。この遠慮の無さはある種のベタつくような優しさと同根でもある、と。
圭太はこんなことを思い出した。
ある日、朝起きると熱があったので圭太は学校を休むことにした。
学校に電話して休みたいと告げると担任の教師は拍子抜けするくらいあっさりと認めてくれた。
学校を休めるのが嬉しかった圭太、電話を切った途端に気分がよくなり熱すら下がったような気がした。
すっかり油断して寒い中を外出して買い物に行ってしまった。
だがそれがいけなかった。
夕方近くなると高熱が出てベットから起き上がれなくなってしまったのだ。
圭太が心細い思いをして寝込んでいると、学校を終えた「先生」がアパートまで見舞いにやって来た。
弱っている圭太の姿を見た先生は即座に病院に連れて行くことを決めた。
圭太の部屋から表に停めてあった先生の車までは少し距離があった。
すると先生は遠慮する圭太を強引にその背に負ぶって車まで運んだのだった。
熱で
先生に連れられていった病院でもらった薬を飲むとすぐに熱が下がって快方に向かった。
その後、大事をとって圭太は一週間ほど学校を休んだ。
圭太が完全に良くなるまでの間、先生は何度もアパートに見舞いにやって来た。
そしてその度に授業内容を分かりやすくまとめた自作のプリントを置いていった。
プリントには見やすいように先生手づからマーカーが引かれているのだった。
圭太はそういった先生からの厚意に、感謝を覚えるよりもむしろ困惑した。
父親から後見を頼まれた義理もあるのだろうが、先生は熱心に圭太の世話を焼いてそれでいてちっとも恩を着せるようなところが無かった。
どうしてそこまで良くしてくれるのだろう、と圭太は不思議で仕方なかった。
だがその後、先生に強引に文芸部に入部させられたり面倒ごとを押し付けられたりするようになり、圭太はようやく良くも悪くも遠慮が無い先生の性格が分かってきたのだった。