うさぎがいた部屋 【TS文学が書きたい】   作:鮎彦

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第9節 別れるときに買い物が終わったら喫茶店に来るように伝えていたのに……

 別れるときに買い物が終わったら喫茶店に来るように伝えていたのに、委員長と美々面はいつまで経っても姿を見せなかった。

 

「遅いな。

 いつまでかかっているんだ」

 

 先生もさすがに読書に倦み疲れてしまったようでテーブルの上に本を置いてしまっていた。

 

「彼女と連絡を取れないのか」

 

 苛立ちながら圭太にたずねる先生。

 しかし圭太は委員長の電話番号も、他の連絡手段も何一つ知らなかった。

 正直にそう答えると、

 

「……そうか、すまなかった」

 

 先生は八つ当たりしたことを悪く思ったのか素直に謝るのだった。

 沈黙が訪れる。

 

「この間、職員室で」

 

「ん?」

 

 圭太が口を開くと先生はすぐに反応した。

 

「何の話をしていたんですか、あの……加藤くんと」

 

 圭太は前に学校の職員室で先生と「浮いてる」加藤が口論していたことを思い出していた。

 

「なんだ急に」

 

「いやなんだか急に思い出して。

 何を言い争っていたのかなって」

 

 先生は少し黙り込んだかと思うと、やがてぽつりと呟いた。

 

「爆発の話さ」

 

 爆発、と聞いて圭太は確かに加藤がその物騒な単語を職員室で口走っていたことを思い出した。

 

「爆発というとあの噂のことですか」

 

 圭太が思い浮かべたのは学校の最寄り駅の前にある書店が爆発したという荒唐無稽な噂のことだった。

 それは最近学校で流れている数々の不思議な噂の嚆矢(こうし)となったもので、それだけに圭太を含め多くの生徒の記憶に色濃く残っていた。

 加藤はその爆発を目撃したと言っていたような気がする。 

 

「加藤はどういうつもりであんなことを言ったんでしょうか。

 まさか本当に爆発を見た訳じゃないでしょうに」

 

 先生は窓の外を眺めると遠い目をして言った。

 

「本当に見たのかもしれないよ」

 

 意外な答えに圭太は思わず聞き返す。

 

「いやでもまさか」

 

「きっと彼の中では本屋が爆発したのは事実なんだ」

 

「それは、幻覚でも見ていたということですか」

 

「どうだろうな。

 ただ彼にとってはあの爆発は純然たる事実なんだよ。

 単に他の者には認識も理解もできないというだけのことで」

 

「はあ」

 

 先生の言っていることが飲み込めず圭太は生返事をした。

 

「あれも可哀想な子だよ。

 そのことで周りから嘘つき呼ばわりされて」

 

 加藤に同情するような先生の言葉を聞いて圭太は思い出した。

 爆発のことを最初に言い出したのがたしかあの加藤だったという話を。

 そしてそれ以来、彼はクラスですっかり浮いてしまうことになったんだとか。

 圭太の脳裏に職員室ですれ違ったときの加藤の様子がありありと甦ってきた。

 彼は細い目の端に涙を浮かべていた。

 もし彼にとって爆発が実際に体験されたことだったら、あの涙は何を意味するのだろうか。

 正直に話しているのに理解してもらえないことへの悔し涙だったのだろうか。

 だが自分以外には見ることも感じることもできない爆発を信じてもらうなんて、土台無理な話だ。

 彼は他人に望むべきでないものを望んでいたのではないのか。

 

「おい、なんだアレは」

 

 突然、窓の外を見ていた先生が忌々しげな声を上げた。

 驚いて先生の視線の先に目を向けると、こちらに向かって歩いてきている委員長と美々面の姿が目に入った。

 先生が嫌そうな声を上げた理由はすぐ分かった。

 美々面が凄まじい恰好をしていたのだ。

 ハイヒールに網タイツ、肩も露わなレオタード状の衣装、そしてウサミミ。

 彼女は何故かバニーガールの恰好をさせられていた。

 それだけでも人目を引くというのに美々面の手を引く委員長の姿もある意味異様だった。

 委員長は色とりどりの買い物袋を両腕に鈴生りに提げていたのだ。

 中身のたくさん入った重そうな袋が10個以上はあって、見ようによっては苦役に喘ぐ奴隷のようだった。

 ただ奴隷と違っていたのは彼女がいかにも上機嫌そうにしていたところだ。

 二人は圭太たちを見つけると喫茶店の中に入って来た。

 美々面たちを見た他の客や店員の間でどよめきが起こり喫茶店の中は異様な空気に包まれた。

 

「圭太くん、待たせちゃってごめんね。

 あっ、先生こんにちは」

 

 委員長の顔は買い物の興奮からまだ少し上気していた。

 反対に美々面はすっかり疲れ果てた様子で死んだ魚のような目をしていた。

 この恰好のまま委員長に無理やり方々に連れまわされていたのかも知れなかった。

 

「なんだそのふざけた服は」

 

 美々面の服を見咎めて先生は言った。

 委員長は平然と答える。

 

「可愛いじゃないですか。

 ねっ、圭太くん」

 

「う、うん。

 でもなんて言うかその……、凄いね」

 

 周りの視線を気にして圭太がやんわりと懸念を伝える。

 

「そう、凄い似合ってるでしょ!

 私もまさかここまで似合うとは……」

 

 しかし彼女は圭太の意図を理解できないようだった。

 自分のセンスに自信が無くて彼女に服選びを任せた圭太だったがその判断があまり賢明で無かったことに今になって気づく。

 委員長も委員長でセンスに難あったのだ。

 

「でもどうしたの、そんな服」

 

 圭太が問うと委員長は真顔で答える。

 

「買ったに決まってるじゃない」

 

「そ、そうなんだ。

 よく子ども用のサイズが売ってたね」

 

「圭太くん?」

 

「は、はい」

 

「ショッピングモールにはね、何でも売ってるんだよ」

 

「そ、そう。

 ショッピングモールには何でも売ってるんだね」

 

 それから委員長は「あ、そうだ」とワザとらしく呟いて財布の中からレシートを取り出した。

 

「先生、はいコレ」

 

 束になったレシートを先生に突きつける。

 先生は不承不承(ぶしょうぶしょう)にレシートを受け取ったが、そこに書かれていた金額を見ると目を剥いた。

 

「お、おいコレはいくら何でも……」

 

 先生は弱々しい声を上げる。

 しかし委員長は平然と言い放つ。

 

「遠慮するなって仰ってたんですよね」

 

「それは……」

 

 先生はしばらく言い訳を考えている様子だったが、やがて諦めると苦虫を噛み潰すような顔をして財布を開いた。

 

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