東方空狐道   作:くろたま

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前書き後書き機能あったんですね。
前のを写すのもなんなので、設定等でなければ空白でいきます。


導入なんてこんなもん

 

 

「おい流、今日S高の連中んとこにカチコミに行くんだけどよ、お前も行かねぇ?」

 

髪をくすんだ金に染め学生服を着流している不良風の男子生徒が、帰る支度をしていた一人の男子生徒に話しかけた。

帰り支度をしているのは、留見(とどみ) (ながる)。周りには変人と呼ばれているが不思議と嫌われない、ある意味浮いている人物だった。声も容姿も中性的で、学生服を着ていなければ初見で彼を男と断定できるものは少ない。

 

「んー? …今日は気が乗らないからやめとくわー」

 

「おっ前相変わらずだなぁ。お前、前もあそこの連中ぼこったんじゃなかったか?」

 

「人聞き悪いな。知りあいがかつあげされてたから、懇切丁寧に説得して帰ってもらっただけなんだが…」

 

なよなよした容姿ながら、流は非常に腕が立った。小さい時から彼が貪欲に力を求めた結果である。何故それほど強くなろうとするのかを彼に問えば、彼はいつもこう返した。『何事も、自分の思い通りになった方がいいだろ?』。

力至上主義者。その答えを聞いたものはみなそう考える。

流も、それは否定しなかった。力があれば何でも出来る、そこまでは思っていなかったが、あった方がやれることは多い。彼は常々そう考えていた。

 

「関節外しが懇切丁寧かよ。お前の場合ちゃんとはめていくからむしろ性質わりぃよな。変にお人よしなのによぉ」

 

「お人よしなぁ。俺は視界に写しといて知らん振りするのが寝覚め悪いだけなんだけどな」

 

「そういうのがお人よしなんだよ…なんで俺、お前とそこそこの付き合いしてんだろうな。ま、お前を嫌ってるやつなんてあんまいねえよな。何でだ?」

 

「俺に聞かれてもな。みんな俺に癒しを求めてるんじゃないか?」

 

「だはははははははっ! どの口で言ってんだよ! ま、俺はもう行くぜ」

 

「はいよ、気ぃつけてな」

 

「おぅ。じゃーな」

 

 

 

何の変哲もない日常。俺はいつもどおり帰路につく。

非日常なんてものは俺の日常はない。

 

喧嘩に誘われたのは非日常ではないのか? 答えはNO、頻繁ではないがわりと日常的なものだ。今回は俺が出ていけばパワーバランスが崩れそうなので遠慮させてもらった。分が悪そうであれば友人のよしみで参加してみたりするのだが、今のところは無敗である。そもそもうちの高校とS高の仲はそれほど険悪ではない。無論いいわけではないが、今日のような衝突はままあることだ。

ある意味小戦争をして日頃の憂さを晴らすといったところか。ルールなど欠片もないがそこには暗黙の了解のようなものがあった。全体の勝敗などはあってなきようなもので、双方の数がある程度まで減れば自然に収束しめいめいに去ってゆくのだ。

 

俺の力は彼らの間で無闇にふるってよいものではないと思う。少々ベクトルが違うのだ。いうならばアマチュア戦に空気も読まずプロが入っていって優勝するようなものか。たまの参加でもやるのは何の細工もない殴りあいで武術は使わない。

 

一般家庭に生まれ、普通に育てられ、こうして普通の学校に通っている。だが、俺は『変人』と呼ばれるようなものに育ってしまった。それでも大衆に排斥されないのは、俺が処世術に長けているせいだろう。俺のようなものはある意味異端となるのだろうか?

 

実のところ、俺の根本にある特性は『臆病』だ。何かに害されることに怯えながら、だからこそ貪欲なほどに力を求め、自らを守る術を身につけた。他人の顔を読み心を読み人間関係におけるあらゆる軋轢を避けてきた。常に強い自分をイメージし、仮面どころか着ぐるみを着込み臆病な自分を知られないように隠している。…今ではどちらが本当なのかは分からなくなってしまった。何せ俺の心は何にも震えなくなってしまったのだから。起伏が少なくとなった、と言い換えるべきか。喜怒哀楽の感情こそあれど、それらも自分の演技なのかどうか分からないほど希薄だった。『不動の心』などと言えば聞こえはいいが、プラス方向の高揚感などすら俺は忘れてしまっている。

 

だから俺は求めているような気がする。俺の全てを揺るがすような非日常を、だ。

 

 

 

――だから死後の世界などというものを知った俺は罰当たりにも喜んでしまったのだ。きっとここは、俺の知る日常なんてなくて非日常に溢れているのだと。

もう、日常には戻れない。そんな事実も飲み込んで。だから俺はせめて俺の日常にあった人たちに謝った。こんな人間味に欠けた人間でごめんなさいと。

 

 

 

「地獄行きじゃ!」

 

目の前の、でっかいいかつい男が俺にそう言った。『閻魔様』だと、彼は名乗っているが、自分で『様』とかどうかと思うよ。

親より先に死んだのに、賽の河原なんてものはなかった。いや、というより十四歳以上なら関係のない事らしい。好きで死んだわけでもないのに、流石に十三歳以下で死んでしまった子供が可哀想に思えた。

しかし、地獄行きとはどうやら俺は悪行を積んでいたらしい。はて、自覚は無かったのだが。

『閻魔様』が手に持っているこれまたどでかいハンマーのようなものをガツンと机に振り下ろすと、ぱかっと俺の足元の地面が開き俺はまっさかさまに落ちていった。

 

 

 

そもそも何故俺が死んでしまったのかといえば…特に特筆することでもない。この落ちている時間のうちにぱぱっと終わる程度のことだ。

貯金を下ろそうと銀行に何も考えずに入ったが運の尽き。どうやらかなりてんぱっているらしい銀行強盗が銃を振り回して銀行員を脅していたようだが、そこにのこのこと自動扉を開けて入ってきた俺は半ば錯乱状態の銀行強盗に頭を打ち抜かれた。

 

人間は頑丈なくせに妙に簡単に死んでしまう。今回は鉛玉だったので頑丈もくそもないが、とにかく俺はあっさりと死んでしまったのだ。

 

 

 

どごん

 

しばしの空中落下を楽しんだあと、俺は足をクッションに不毛の大地へと降り立った。すごい音がしたが、別に足が折れたとかそういうことはなく無傷である。なにやら生前より身体がずっと軽く、ずいぶん強くなっているような気がする。死んだからだろうか。いやわけ分からん。

 

俺の降り立った地獄とやらは、真っ暗なのに妙に蒸し暑い。地の底から響くような叫び声もどこからか聞こえてきてかなり気味が悪かった。

 

「がははっ新入りか! ここ、地獄で自分の罪を悔いると良いわ!」

 

太陽の無い空をなんとなく眺めていると、ぞろぞろと鬼がやってきた。鬼と分かったのは角があるからだ。いや、彼らが鬼と自己申告はしてないから(仮)になるのだけど。赤とか青とかそんなことはなくて、灰色?茶色?よく分からないがそれ系の濃い肌の色をしている。悪い意味でこの地獄にマッチしているのではないだろうか? 因みに彼らはかなりマッチョだ。その肉体美が身体の細い俺にはとても眩しい。

しかし見に覚えの無い罪を悔いろと言われても実感が湧かない。折角なので、抵抗させてもらおう。鬼と戦うのも、なかなか乙なものだ。いやむしろ楽しいかもしれない。

 

「はっ、連れて行きたきゃ力づくできな!」

 

「亡者風情が生意気な!」

 

ほぁぁ! 棘つき棍棒なんて、ずるい。

 

 

 

 

「閻魔様、閻魔様!」

 

「なんじゃ騒々しい。何かあったのか」

 

「あの、地獄に落とした魂のうちでミスのあるものがあったのですが…『輪廻の環』の修行中で、次の転生を終えた後に神霊に昇格するはずの魂なんです…確か今世の名は『留見 流』だったかと…」

 

「な、何じゃと! 確かにそのような者を地獄に落としたはず…いや、ちょっと待つのじゃ! 書類には確か地獄行きとあったはず…」

 

「…それはもう何百年も前のものですよ! 毎度毎度机の上を片付けて書類を整理するように言ってるでしょうが! 『ワシには分かるから問題ない』ってこんなことになるからいちいち注意してたっていうのに!」

 

「な、なんということだ…どどどどうすれば…そういえば、その地獄に堕としてしまった流とかいうものは何をしているのだ…」

 

「現在、地獄巡りをしております…

 

獄卒の鬼をぼこぼこにした後意気投合し、あらゆる地獄を体験している真っ最中です。既に大焦熱地獄、黒沙地獄、無間地獄、等活地獄、大叫喚地獄を踏破されました…」

 

「馬鹿な! 人間程度の剥き身の魂が耐えられるものか! 消滅してしまうに決まっておろう! そもそもあやつを地獄に送ってそれほど時間は経っておらんぞ!」

 

「『地獄』では個人の主観においての時間の概念なんて無きにしに有らずですよ。外界にとっての一秒が本人にとっての千年に匹敵することもざらにあるのですから。…それにあの者の霊格は桁外れです。そんな強靭な魂が肉体()に阻まれず剥き身のままでいるからこそあらゆる地獄を耐えうるのですよ。そもそも、修行の初期段階としてこの魂は数百年前の時点で地獄巡りを終えています」

 

「ぐ、ぐ、ぐ、そそんな者を間違いで地獄に落としてしまったことが知られれば…ぐぐぐ…」

 

「ど、どういたしましょう」

 

「…その男をよべ。こうなったら太古の畜生道に転生させる! 書類には『輪廻の環』に耐えきれず魂が消滅してしまったとでもしておけばよい!」

 

「そ、そんな! 神霊一歩手前の魂を畜生道に堕とすのはまずいですよ! あの男はむしろ神仏になるはずの魂なのですよ! それを罪人道の畜生道へ! それにあれほどの霊格のモノを、畜生道といえどうかつに下界にやればどうなるか…」

 

「黙れ。お前にも、家族はいるだろう? あまり、心配させたくはないのではないか?」

 

「そ、それは…分かりました。あの男をよびます…」

 

 

 

なんか地獄制覇して次は何しようかと鬼達と話していたら呼び出された。…そういえばそもそも何で地獄巡りしようとしたんだっけ。暇してたら、鬼達に勧められたからだったか。は、もしかして俺鬼に乗せられた? いや、狂気と正気の狭間は得難い経験でしたが。いやはや苦痛と苦悩と苦難で幾度も俺の精神が消し飛びかけましたが。ナニカ。そんな刺激が止められない止まらない。あ、俺はMな人じゃないよ。

いやいや、今はこっちが重要か。

 

「お前は未開時代の畜生道行きじゃ!」

 

何故に。

目の前にはまたあのでかいいかつい男。男は手に持つ槌をふってそう叫んだ。

なんか悪化してるし。あれだろうか、俺が地獄をアトラクションにしてたのが癇に障ったのだろうか。折角だから鬼と酒を酌み交わしたかったんだが。そういえば釜茹で地獄がなかったなあ。なんだか温泉に入りたくなってきた。

それはともかく問答無用で畜生道も納得がいかないので、とりあえず理由を聞いてみる事にする。

 

「あのー。俺の罪状ってなんなんですか?」

 

「黙れ黙れ! 罪人が惚けるでないわ! さっさと行ってしまえ!」

 

ぱかっ

 

納得いかないなぁ。まぁ何かあればいいんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

キュー キュー

 

次に意識を覚醒させた俺が最初に聞いたのはそんな鳴き声だった。そして目を開けて最初に見たのは白くて大きい、二本の尻尾を持つ狐だった。

 

なにこれすごい。

 

 


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