東方空狐道   作:くろたま

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薬剤少女

 

 

イザナギの屋敷を出た俺は、早速アマテラスの天岩戸に向かうことにした。別にアマテラスに進んで会いたいわけではなかったが、『天岩戸』自体には興味がある。アマテラスへの挨拶はそのついでだ。それにアマテラスの仕事をしている様というのも見てみたい。普段の様子からは全然想像がつかないので。

 

ところで、俺の服装は人型になった時にいつの間にか着ていた白い着物から何も変わっていない。言うならば、とても古めかしいものだ。仮に現代の街で歩いていれば目立つ、それは目立つ。それでもこの未来都市で俺が堂々と歩いていて目立たないのは、認識阻害のせいもあるが、他に多種多様の服であふれているという理由もある。急激に発展したせいか服飾文化が安定しておらず、通りには様々な種類の服を着た人間が歩いている。俺の白いシンプルな着物なんぞは、その中では街の景観の一部にすぎない。

また人間の髪や目の色も様々で、丸ごと染めているんじゃないかと思うぐらいだ。俺の真っ白な容姿が目立たないのはいいんだが。

 

イザナギに聞いた『天岩戸』を見つけたのは、屋敷を発って一時間ほどしてからだった。一際立派な研究所といった風情で、これまた多種多様の人間が出入りしている。

俺はその中の一人にぴったりとくっついて侵入していった。警備員?だとか監視カメラ的なものはあったが、指紋認証だとかそんなハイレベルなものは無い。一応結界に属性を付加して透明になってみたり、体温も偽装してみたりしたが、認識阻害もしているので意味はない気がする。

 

それから、アマテラスのいる場所を見つけるのにも苦労した。結局『主任室』とか言う場所の情報を、受付嬢の認識を騙しながら受付にあった機械から入手したのだが、その主任室の入り口にはこれまた障害があった。…指紋認証である。ここかよーとか思ったりしてみたが、俺でもこれはどうしようもない。認証端末を騙くらかすことはできないし、破壊するのも論外だ。扉をすり抜けでもできたらいいが、そんなことができるのは尻尾だけだ。尻尾だけ通り抜けてもしようがない。

 

俺は諦めて、他の端末からクラッキングでもしてみようかと考えていると、俺の歩いてきた通路から一人の少女が歩いてきた。長い白い髪をお下げにして一本に縛り、青赤のおかしなナース服の上に白衣を羽織っている。

少女は『主任室』の扉の前で立ち止まると、指紋認証端末に指を差し入れた。ぴっ、ぴっと、無機質な電子音とともに端末の画面が目まぐるしく変化してゆく。俺はといえば、それを真横から眺めていた。相変わらず認識阻害を行っているため、少女が気づく様子はない。

 

ほどなく、しゅいんとほとんど無音で扉が開く。少女は特に臆することなくつかつかとそこに足を踏み入れた。俺はすかさず少女がそこに入ると同時に、身体をスルリと中へと入れた。

 

が、そこはアマテラスの部屋ではなかったらしく、彼女はいなかった。

そもそも、そこは主任室というよりは研究室だった。隅っこには申し訳程度に執務スペースが置いてあるが、ほとんどはさまざまな薬剤や器具で埋め尽くされている。

少女は執務机で何事かしていたが、その何かを終えた後は、栓をして並べてある試験管の方へと歩いていった。どうやらこの主任室は少女の部屋らしい。

 

「という事は、ここ(天岩戸)でも結構上の人間なのかな」

 

主任室の主ということは、多分そういうことだ。つまり、アマテラスの場所も知っている可能性が高い。そう思い、俺は少女に話しかけることにした。何気に人間に話すのはこれが初めてなのだが、俺は大して気にしていなかった。

 

「なぁ」

 

「!!? 誰!?」

 

認識阻害を解いて少女に話しかけると、少女は身体を強張らせて叫んだ。しかし、その時点で少女は一本の試験管を手に取っていた。少女が驚いた拍子に持っていた試験管は少女の手から滑り落ち、試験管は床にぶつかって割れ、中の溶液も無残に床に飛び散る。

 

「あーぁ…」

 

「!?」

 

さすがに驚かせた俺が悪かったかと思い、俺は少女の足元まで歩いていくと、飛び散った溶液や試験管に指を乗せた。瞬間、それらが落ちて割れてしまう前の姿へと戻った。…ただし完全に元に戻ったのは試験管だけだ。溶液が反応してしまっているのかいないのか知らない俺ではどうしようもない。

 

それに栓をして、とりあえず試験管たてに戻した俺は、改めて口をぱくぱくとさせている少女の方を見た。彼女との距離は既に50㎝程度、ほとんど目の前にいる。そこで、俺ははたと気がついた。

 

「俺の方が背が低い…」

 

2cmほど、負けていた。数千年前から少しの変化もない身長では仕方がない。…と、俺は思っていたが、尻尾が霊体になると同時に少し成長していたことをこのときは知らなかった。幽霊みたいになったのに成長ってどゆこと?と首をかしげるのはずいぶん後のことだ。

 

「…貴女、誰? どうやってここに入ったの?」

 

少しは落ち着いたのか、警戒の現われか身構えながら俺に向かって誰何する少女。俺の目的は彼女ではないので、特に何かをするつもりはない。…場所聞くために暗示とかするかも!

 

「俺はウカノミタマという。天岩戸にいるはずのアマテラスに会いに来たんだがな、どこにいるのか分からん。ここは、『主任室』ははずれだったしな。で、どうやって入ったかといえば、あんたについて入ってきた。あんたが気づかなかっただけだ」

 

「わけが分からないわ…アマテラス様に会いに来たって、知り合いなの?」

 

「そうだな、そこそこ古い知り合いだ。それで、アマテラスのいる場所を教えてくれたらありがたいんだが」

 

「…信用できないわ」

 

「だろうなぁ」

 

「でも、以前アマテラス様が白い狐の友達のことを話してたわね。ふかふかの尻尾が九本もある、言葉は乱暴だけど可愛い娘だって。…私も、それを聞いた時はアマテラス様が何を言っているのか、良く分からなかったんだけど、もしかして…」

 

アマテラスに他に狐のお友達がいなければ俺のことなのだろう。だけどそれって妖怪がお友達っていってるようなものだろ。尻尾が九本ある普通の狐とか、ないわー。いいのか責任者。いいのか少女。

妖怪は基本的に人間の敵なはずなのだが。

 

「俺のことだろうな。で、妖怪?が入り込んでるわけだが、どうする?」

 

「…でもあなたには尻尾がないわ。それにどう見たって人間でしょう」

 

俺が妖怪、というか禍物だけど、めんどいのでもう妖怪でいいか。少女から俺が妖怪であることに反応はない。

 

妖怪を相対したときの人間の反応は、恐怖、逃走、失神、とこんなところだが、たまに突然変異的な人間がいて、そういう人間は闘いや様子見を選ぶ。それは他の人間と違い余裕がある証拠だ。会った事はないが、イザナギが言っていたツクヨミやスサノオがいい例だろう。つまり、妖怪に劣らぬ力を持っているということだ。

少女もおそらく突然変異的な、力を持っている方の人間なのだろう。

 

俺は少女の言葉に答えるべく、尻尾を九本全部を一瞬出してまた戻した。

少女は呆気に取られた顔をしていたが、直に冷静な顔つきに戻すと俺の要望に答えてくれた。

 

「…この部屋を出て右に10m、突き当たりでさらに右に14m、そこから今度は左に8m行ったところに扉があるわ。データ上には記載されてない場所だけど、アマテラス様の趣味でロックはない扉だから、そのまま通れるはずよ」

 

「そーか、助かった。じゃ、ばいばい」

 

「ば、ばいばい」

 

と、俺は颯爽と扉に向かった。しかし、その歩みは途中で止まる。

 

「あーーーーーっ!!」

 

突然の叫び声に振り向くと、少女が例の試験管を持って中の溶液を見ていた。そういえば、俺があれを元に戻したことに対しては何も言わなかったが、よくあることなのだろうか。

 

「ちょっと! これ作るの苦労したのよ!? どうしてくれるのよ!」

 

「あん? 何がいけないんだ?」

 

俺は扉から執務机の方に移動しながら少女に聞いた。少女は試験管の中の青い液体を指差しながらなおも叫んだ。

 

「これは元々は緑色だったのよ、それが空気と反応したせいで青色に…ああもう! またやり直しだわ!」

 

俺は執務机の上の記録紙をざっと見やり、それから少女のほうへと歩いていった。それから、その手にある試験管を奪い取り、栓を抜いて少し振ってからすかさず栓をしなおし、少女の手へと戻した。その間僅か四秒。

突然の俺の謎の行動に、ぽかんと口を開けている少女を尻目に、俺は今度こそ主任室を颯爽と去っていった。

 

 

 

部屋に一人残された少女は、ウカノが出て行った後に我に返り、扉を恨めしげに見つめながら肩を落とした。『どうしてくれる』と、見るからに門外漢の少女に言ったところでどうしようもない。

言いようもない虚無感を感じながら、少女は手の中にあった試験管を何気なく見つめた。

 

「な…!? 何で…?」

 

一度酸化してしまったものが、そう簡単に戻るわけがない。ましてや、少女が扱っているのは通常の溶液よりもはるかに高度で繊細なもの。そして、それを扱えるのはこの天岩戸の中でも少女ぐらいのものだ。だからこその主任、だからこその専用の研究室である。

 

しかし、少女の手の中にある試験管の中では緑色の溶液が静かにゆらめいていた。

 

 


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