東方空狐道   作:くろたま

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神代の三貴子は斯くの如し

 

 

少女に言われた通りに通路を歩けば目の前には普通の扉。豪奢でも華美でも荘厳でもなく、無機質なこの通路においても絶妙に浮いている、どこまでも“普通の”扉だ。むしろ民家にあるほうが自然な扉が目の前にある。アマテラスの趣味と言っていたが、あいつはこんなアンバランスを楽しむやつだっただろうか。

 

扉にはなるほど鍵というものは一切なく、取っ手を掴んで押し開ければ簡単に扉は開くだろう。無用心と、思えるかもしれないが、少なくともアマテラスの相手ができる人間は此の都市にはいない。無用な用心ならば、彼女は趣味を優先するだろう。しかし仮に用心の必要があったとしても、趣味を先に置きそうだと思えるのは、あのアマテラスだからだろうか。

 

扉を押し開け中を見ると、そこは一種の別空間だった。部屋の中の雰囲気はアマテラスのイメージとかけ離れている。床には絨毯がひかれ、部屋の奥には重厚な執務机が置いてある。壁にはいくつもの棚が並び、その中には無数の紙媒体があった。そして部屋の中央には低いテーブルがあり、それを囲むように置いてあるソファには三人の男女が座っていた。テーブルにはその人数に合わせて、ソーサーに乗った三つのカップがめいめい湯気を立てている。

 

一人は銀髪の男で、尖った雰囲気を醸し出していた。美形の顔も、その空気のせいでどこか神経質に見えてしまう。そして、男のかけているソファには一本の両刃の剣が立てかけられている。

一人は金髪の女で、男とは違い落ち着いた感じだった。飄々としていて、その態度に大人の余裕が見受けられる。こちらは壁に巨大な黒い大剣を立てかけていた。その存在感は男の剣とは段違いである。

そしてもう一人は黒髪の女で、言わずと知れたアマテラスである。前二人は人間なのでアマテラスが一番年上のはずだが、しかし三人の中では一番子供っぽい。人間二人も、どちらかといえば少年少女ぐらいの容姿だが、少なくともアマテラスよりは大きかった。

 

俺が扉を開けたのに最初に気づいたのは、扉がすぐ見える位置に座っていたアマテラスだった。アマテラスはその子供っぽい顔に喜色を表し、つかつかと扉の方にやってくると、

 

「あーーーーー―――――誰?」

 

俺の腰を見ながらそう宣いやがったのだった。

 

「顔を見ろ顔を。俺を尻尾の有無で判別するな」

 

「あはは! ごめんごめん。久しぶり、ウカノちゃん!」

 

「それほど久しぶりでもないと思うが、うんまぁ久しぶり」

 

「久しぶりだよー、あぁ、もう私はウカノちゃんのもふもふ成分が足りなくて…あ、とにかく入って入って!」

 

アマテラスは俺の手を取ると、部屋へと招き入れた。アマテラスと話していたらしい二人の男女は、アマテラスの突然の行動には慣れているのか、特に大きなリアクションもなくアマテラスと俺の方を向いている。金髪の女は俺と目が合うと笑顔で会釈をしたが、銀髪の男の方はといえば、剣呑な目つきで俺を見つめていた。その手は、ソファに立てかけられている剣に伸びている気がする。

 

それはいくら美形でも、『何あれ感じ悪ーい』とでも言われそうな態度だった。

えてしてその言葉が使われるとき、態度が悪いのはむしろそう言っている方であることも多いが、この男の態度には熟考の余地はない。何せ俺に向けられる視線には、殺気すら混じっているような気がするのだ。

 

「あ、二人とも、前言ったような気がするけど、この子がウカノミタマだよ!」

 

ガキンッ!

 

と、アマテラスが言い終わるか言い終わらないかのうちに、俺の左手の人差し指と中指は剣を挟んで止めていた。止めずとも、彼の腕では俺を斬ることは出来なかっただろうが、真剣白羽取りをリアルでやってみたかったがためにやってしまった。失敗しても切れやしないので、危機感もスリルも爪の先ほどもなかったが。

 

そして、俺を攻撃して来たのは無論銀髪の彼である。俺に一体何の恨みがあるのか知らないが、正直場所はわきまえて欲しい。

 

「姉上を惑わす穢らわしき妖怪め! さっさと死んでしまえ! この、有稲姥痴(ウケモチ)が!」

 

有稲=多分俺の名前。姥=婆。痴=愚かなこと。

要約すると、『ウカノのクソババア』?

 

「あ゛あ゛? 喧嘩売ってんのか、てめぇ」

 

「黙れしゃべるな空気が穢れる! 貴様らが息を吐き出すたびに、空気が穢れてゆくのだ! 何故妖怪がこの神聖な場所に…さっさと去れ! いや、ここで死骸塵芥残さず消滅しろ!」

 

「はっ、四千年は早いぞ、糞ガキ!」

 

俺が指から剣を離すと、男は流れるように剣をひき戻し再度構えた。その切っ先は、微塵もぶれることなく俺の方を向いている。先ほどよりも強い殺気がぴりぴりと空気を焦がす。マガラゴあたりには劣るものだったが。

 

「止めなさい、ツクヨミ!」

 

しかし、一触即発の空気をアマテラスが破った。むしろ、今まで黙っていたほうが珍しいぐらいだ。どうやら突然の男の、ツクヨミ?の行動に驚いていたらしい。ツクヨミはアマテラスの怒声にびくっと震え、しかし抗議するようにアマテラスの方を向いた。…どうやらこの男、こういう荒事は専門ではないらしい。剣を向けた相手から目を逸らすなど、素人でもしない。

 

「し、しかし姉上! 姉上はこいつに騙されておられるのです! こいつは正真正銘穢らわしき妖怪で…」

 

「黙りなさい! 私の友達に剣を上げるなんて、どういう了見なの!」

 

おー。なんだかお姉さんっぽい。

俺は少し小さくなっているツクヨミから目を離し、叱るアマテラスの方を見た。黒髪で、頭の両脇で髪を縛っていて、身体もちっこいが、その姿は弟を叱る姉である。背の高いツクヨミに負けじと胸を張る姿はとても微笑ましいが。

 

「ウカノちゃんに謝りなさい!」

 

「そ、それは…」

 

「ツクヨミ!」

 

「う…シツレイシマシタ」

 

どう見ても謝ってないだろ的な謝罪を、俺に向かって二秒で済ませると、ツクヨミは即座に背を向けて扉から出て行った。というか逃げて行った? どちらにせよ、彼は最後に俺に向かって一瞥、と言うより精一杯の心のこもった一睨みをしていくことを忘れなかったが。

 

「ツクヨミ! …もう! ごめんねウカノちゃん…ツクヨミが妖怪が嫌いなことは知ってたんだけど、まさかウカノちゃんにまであんなことするとは思わなかったから…」

 

「人間一人に傷つけられるほど弱くないから、別にいいけどな。やっぱり、他のやつに俺のことは言っていたのか?」

 

「うん! 『もふもふの尻尾が九本ある可愛い女の子』って言ったよ!」

 

「あぁ、そう…」

 

いいのかなぁ。

少なくとも、今まで俺が見た妖怪の中では、人間と同じ姿をしている妖怪は俺だけだった。しかし、存在する妖怪の姿も千差万別である。元が人間の負の気なのだからそれも当然なのだが、だからこそ、人間と似た姿をしている妖怪がいてもおかしくはない。

そして尻尾のある人間などはいない、つまりアマテラスの話を聞けば、俺が人外、つまるところ妖怪であることはすぐに分かるということだ。

 

「あ、まだ紹介してなかったね。さっき出て行ったのは、この街のもっぱら行政を担当してる『行政部』の長のツクヨミね。父様の養子で、私の弟なの!」

 

「あぁ、それはイザナギに聞いてる」

 

「そうなの? ま、いいや。こっちに座ってるのはスサノオ、父様に聞いてたのなら知ってると思うけど、この街の防衛を司る『軍事部』の長だよ!」

 

そう言ってアマテラスが指したのは、ツクヨミが飛び出してからもずっと動かずにソファに座っていた、金髪の女だった。なるほど『軍事部』の長というのは伊達ではないらしく、力も空気もツクヨミとは段違いだった。この歳で、おそらくマガラゴにも相打ちぐらいには持ち込めるのではないだろうか?というぐらいだ。

彼女は上品に笑顔でぺこりと頭を下げた。こういう余裕のある態度も、ツクヨミと比べると月とすっぽんだ。月読みなのにすっぽんとはこれいかに。

 

「はじめまして、スサノオです。ウカノミタマさんの話は、姉さんにも父さんにも聞いてますよ」

 

「みたいだな。おっと、はじめまして。挨拶には挨拶で返さないとな。ウカノミタマじゃ語呂悪いから、俺呼ぶときはウカノって呼んでくれ。しかし、『スサノオ』っていうぐらいだから、男だと思ってたんだが」

 

「そうでしょうか? 私には似合わないぐらい女の子らしい名前だと思いますけど…」

 

「あぁ、そう…」

 

スサノオは自然な動作で首をかしげながらそう言った。俺は肩をすくめながらそれに返す。こんなところに感性の違いがあったとは。カルチャーショックにしても大世代違いすぎだろ。

 

「スサノオは、妖怪がここにいることに何か反応はないのか?」

 

「ここにいらっしゃるウカノさんは、妖怪である以前に姉さんのご友人です。そのような方に向ける刃は、私は持ち合わせておりません」

 

なんだろう。アマテラス、ツクヨミ、スサノオで色々と違いすぎだろ。同じところはアマテラスとスサノオの性別ぐらいしか見つからないんだが。何この出来すぎた妹は。アマテラスはイザナギに似ているけど、スサノオは血もつながってないのに、雰囲気がイザナミさんに似ている気がする。

 

「あ、ウカノちゃん、とにかく座ってよ!」

 

アマテラスが俺の背をソファの方へと押した。遠慮する理由もなかったので、大人しく従うことにする。俺が座ったのはさっきツクヨミの座っていた位置で、スサノオの正面だった。テーブルの上にはツクヨミのものであろうカップが乗っていたが、さすがにこれに口をつける気はしない。

それに気づいたらしいアマテラスが、執務机の上にあったおかしな機械に手を伸ばした。

 

「あ、もしもーし? うん、私私。飲み物のお代わりを持ってきてくれないかな? あ、運ぶのはオモイカネちゃんに任せてね。ついでに、オモイカネちゃんの分の飲み物もお願い。…うん、うん、それじゃよろしくー」

 

どうやら電話の類らしい。

新しい名前が出てきたのは気になったので、話を終えたらしいアマテラスに聞いてみることにした。

 

「なぁ、オモイカネって誰だ?」

 

「ここ、『天岩戸』の研究主任だよ! ホントはもっと長い名前何だけど、長すぎるし発音も面倒だから、最後の『オモイカネ』だけで呼んでるの。まだ小さいんだけど、私より優秀なんだよ!」

 

「だろうな…」

 

「? 基本的にここの研究業務の最高責任者はあの子なの。私はお飾りみたいなものかなー。あ! 別に仕事してないわけじゃないんだよ!?」

 

「大丈夫よ姉さん。姉さんの仕事はここの看板なんだから、何もしなくていいの」

 

「うわぁん! スサノオちゃんが虐める! 助けてウカノちゃん!」

 

「…うん。アマテラスはアマテラスらしいのが一番だよな」

 

「わぁん! オモイカネちゃん早く来て!」

 

 

 

しばらくしてやって来た、さっき出会った赤青白衣の少女にアマテラスが縋り付いたが、理由を聞いた少女にけんもほろろに扱われていた。アマテラスの直属の部下が少女なのだから、訳は言うに及ばず。

 

太陽神とはすなわち斯くの如し。言わば太陽のような彼女ではあるが、神秘など欠片もない天照大御神である。

しかし天照=彼女が既に染み付いてしまった俺は、もうこの時代に毒されているのだろうか。月夜見尊は狭量で姉命の妖怪嫌い、建速須佐之男命は大人な女。

 

けれど、そんな後世に語られない神の姿が見られるこの時代を、俺は心底楽しんでいると思う。

 

 




えーりんの名前。『八意 ××オモイカネ』。最後だけそう聞こえるような気がするという無理矢理設定。

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