東方空狐道   作:くろたま

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過保護親ってモンペかな

 

 

紅花は基本的に活発な子である。

結界の中にいても十分元気なのだが、紅花は外に出るとさらに活動的になるのだ。結界の外に出した途端に、紅花はびゅんびゅんと地を走り、空を飛び回り始める。中身がまだ精神年齢の低い子供なのだから、動きたいという身体のうずきに抑えが利かないのは当然のことだが、しかしその身体能力は普通の子供どころかそこいらの生物を軽く凌駕している。さらに精神的未熟さに付随して、紅花はまだその力のコントロールすら未熟なことが問題だった。

 

例えば走り回っている時にうっかり小型の恐竜にぶつかりでもしたとしよう。おそらく恐竜はその衝撃で首の骨でも折れて、ぽっくりあっさり死んでしまうことだろう。そんなことになってしまったら、その恐竜はとりあえず食べることになるだろうが、それでも『うっかり、偶然』殺してしまった等という経験が紅花に悪い影響を与えるだろうことは想像に難くない。…いや、俺は紅花がもしも何かの命を奪ってしまった時に、彼女がそのことに何も感じないでいるかも知れない事を恐れているのかもしれない。俺自身がそうだったゆえに、そうなる可能性も十分にある。

 

だから俺は、紅花が結界の外に出ている時に彼女から目を離すことはない。

 

ただそんな時、俺はこう思うことが多い。俺じゃない俺がもう一人欲しいと。

 

紅花を外に出した時は、大抵数体の式神を遊び相手兼護衛に付けているため、意識の全てを紅花に向けることは出来ない。なぜなら、確かに式神はある程度自身で行動し、自身で思考することはできるが、その式神という術式を維持しているのは間違いなく俺だからだ。割かれる意識は一体ごとでは微々たる程度であるが、しかし間違いなく意識に隙はできる。式神を増やせば増やすほど手は増えるものの、しかしその分俺の思考能力は式神維持に割かれてゆく。そして、俺の情報処理能力とて馬鹿げた性能こそあるものの、決して無制限というわけではないのだ。

 

できるだけ外に出た時は、俺は紅花の自由にさせている。そもそも、厳しすぎる抑圧など子供にはストレスにしかならない。ならばガス抜きは必要であるし、適度に自由に走り回っている方が子供としてはとても健康的だ。しかし自由にさせる分、万が一の時のために紅花のサポートをする式神は多く必要になる。それだけ、紅花にも注意を向けなければならないはずの俺の隙は増えていくのだ。

 

紅花に集中する俺と、式神に集中する俺。もしも身体も思考も分けることが出来れば、その利便性は計り知れないだろう。今とて紅花の面倒に苦労はしているものの手に余っているわけではないが、もしもの事態が起こってしまった時にこのままで大丈夫か?と思うことはままある。結局、紅花の世話がメインとなっているため、その構想には着手できずにいたわけだが。

 

 

 

結界の中にいる時は、紅花には俺の知る術式について教えていることが多い。核に負の気の特性を打ち込んだために偶発的に後付けされたのか、紅花は俺同様妖気を放っていた。そのため、妖気用の術式を教えることも無駄にはならない。紅花は術式についての知識も持っているはずだが、全てを持っているわけではないし、そもそも今の紅花に使えるものでもないだろう。紅花に何かを学習させることで、紅花の思考力を養うためとでも言えばいいだろうか。幼い頃に培われたものが後々に与える影響も大きい。

 

ただ問題は、やはり子供な紅花には堪え性がないと言ったところか。やはり自由に元気に走り回ることが好きなのだろう、俺が教えていてもどこか上の空で、身体がうずうずしていることは良くあることだ。だが、時には我慢することも大切だ。遊ぶ時は遊び、学ぶ時は学ぶ。食べる時は食べ、寝る時は寝る。…俺とてそこまでキチンとしているわけではないが、しかしこういうことは親として模範とならなければなるまい。将来紅花にだらけた娘になられると、きっと俺は後悔しても仕切れないだろう。

 

うーん。俺ってなんか過保護だよなぁ。

 

俺は式紙や式玉状態の式神を調整しながら、術式を刻んだ複数枚の式紙をしかめ面で睨んでいる紅花を横目で見ながら、そんな事を考えていた。

 

確かに俺は紅花には幸せでいてもらいたいし、いい娘に育って欲しいとは思っているが、ちょっと神経質にきちきちし過ぎてやしないか。ここにいる俺は本当に俺なのか、本気で考えそうになる。しかし紅花を前にすると、やっぱり過保護な母親になってしまう。本当の俺はもっとだらけていたはずなのだが。

 

「おかーさん、おかーさん」

 

と、隣で式紙を睨んでいた紅花が式玉をつついていた俺に声を掛けた。

 

「どこか分からないところでもあったか?」

 

「ぅ、えと、あそぼ?」

 

紅花は少しおろおろしながら、おずおずと口を開いてそう言った。無意識か故意か上目遣いに俺を見ながらではあるが、残念ながら俺にはそんなものは微塵も利かない。

俺は相も変らぬ動かぬ表情で紅花の持つ式紙を指差しながら言った。

 

「それはもう出来たのか? それが理解出来てるのなら、構わないが」

 

「ぇう・で、できた、よ?」

 

「そうか。じゃぁ少しテストだ」

 

「えっ」

 

「その式紙の2#84と332#3はどの部位を基盤として2\45とリンクしている? ついでに、これらの基点となっている部位も合わせて答えなさい。片方でも答えられたら、合格だ」

 

「え、あぅー2#84ぃ―? わ、わかんない・の…」

 

「その式紙の術式を理解していれば、式紙を見るだけで答えられるようなテストだぞ。紅花、遊びは、勉強が終わってからだ。今回は1\から34$22までだからな」

 

涙目になっている紅花に、俺は無情に告げる。…別に勉強を急ぐ必要などは無くゆっくりやっていけばいいのだが、しかしそれを甘やかす口実に使ってはいけない。一度言った事を、子供の我侭で折るようなことは絶対にしてはいけない。駄々で現状を変えられるなど覚えてしまえば、それはそれは碌な者になれないだろう。

 

「うぅーっ・ワタシ、つかれた・の! もう、あそびたい!」

 

…が、勉強の合間に休むことは必要か。適度な休憩は集中力持続のために必要なものだ。

紅花の言葉でそう思い、俺はその場から立ち上がった。

 

「紅花、私は少し出かけてくるから、いい子で留守番していなさい」

 

「ワタシ・も、おかーさん、と、おそと・いく! ワタシも・いきたい!」

 

「駄目だ。今回は食べ物を探してくるだけだからな、ここで大人しくしてなさい」

 

俺は置いてあった式神の核のうち式玉を一つ抜き取り、式神を一体顕現させた。そして俺の尻尾にしがみつく紅花を霊体化しながらかわして、外に出ていった。この時俺は多大なミスをしていたのだが、気づいたのは事が終り、大事が始まってしまってからだった。

 

 

 

「おかーさん! …ぅー。おかーさん…」

 

紅花は赤い瞳に涙を滲ませながら消えていくウカノを追いかけたが、その途中でウカノの式神に阻まれてしまった。

 

「いけません」

 

ウカノの声や紅花の声に似てはいるものの、しかしその声は紅花は言うまでもなくウカノと比べてもとても無機質なものだった。紅花は濡れた眼を向けて式神を睨んだが、顔の上半分を隠す狐の仮面のせいで式神の眼は見えず、そして下半分に見える口も少しも揺らいではいなかった。

 

「おかーさん・と、ワタシ、おそと・いきたい!」

 

「ここで大人しく待たせるようにと、ウカノさまに申し付けられております」

 

涙声で訴えても、式神は欠片も引く様子は無い。そう、たとえ四肢千切れようと式神は命令を遂行するだろう。恐怖心などの負の面もあるとはいえ、柔軟性を持つ感情といえるようなものを、ウカノが持たせられなかったためだ。

 

紅花にしてみれば、時には自分の遊び相手で、時には自分を邪魔する、そんなちぐはぐな相手だった。そして、今はもちろん自分の邪魔をする相手だ。

そもそも、紅花を遮るものは式神だけでなく、この周囲に張られた結界も同様である。ウカノが一緒の時ならすっと通れる薄膜のような結界も、紅花一人の時はまさに壁のようだった。式神も結界もウカノが紅花を心配するがゆえなのだが、紅花にとってはどちらも自分の邪魔をするものである。

 

普段なら紅花も大人しくしているのだが、この日の紅花はある意味運悪く我慢の限界だった。身体がうずうずしてどうしようもない。早く外を掛けまわりたい。そんな思いが心の中で溢れんばかりになみなみと揺れていた。

 

「おかーさんの、ばか…いい・もん。ひとり、で、おそと・いく、の」

 

そう呟く紅花の目の先には、式紙や式玉、そしてウカノの置いて行った式神がいた。紅花は何故か自分を邪魔する式神をなんとかできそうな、そんなおかしな感覚に突き動かされながら、式神にその小さな手を伸ばしていた。

 

 


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