東方空狐道   作:くろたま

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恐竜はあっさりフェードアウト

 

 

紅花が能力を初めて使ったときから、紅花の成長は加速していった。その時以来あまり俺の側から離れようとはしなかったが、俺も紅花を一人にするのは出来るだけ避けるようにしていたので、問題のあることではない。時が経つにつれて、紅花の話す言葉もずいぶんと流暢なものになっている。

 

特に変わったのは、式神についてよく聞くようになったことだろうか。相変わらず、普通の術式に関しては苦手のようだったが、こと式神においては理屈を越えて紅花は優秀だった。基本は出来ないのに応用は感覚で理解できる天才、といったところだろうか。自分の意識を集中させれば、同時に十数体の式神を維持出来るようになっている。

ただ、一度こう聞かれた時はどう答えるかとても困った。

 

「ワタシと、式神たちと、どう・ちがうの?」

 

おそらく、優秀であるがゆえに自分で自身と式神の関係に気づいたのだろう。紅花も式神もその本質は同じものなのだ。だが、決定的に違うものが、両者の間にはある。

 

「紅花が紅花としての個を持っていること。それが、紅花と式神達との違いだろうな。式神は主体性を持たないんだ。いや、持つことが出来ない。いくら自身である程度判断する思考力を持たせようと、それはあくまでバックで主がいるからこそだ。式神は、自分で自分に命令を下すことが出来ないのさ」

 

「よく、わかんない」

 

「うーんー…、式神は使うモノがいてようやくその役目を果たせる『人形』、というところか。言い方はあまりよろしくないがな。つまり、俺達が使わなければ式神は自分がいる意味を無くしてしまう、存在している意味を無くしてしまうんだ。だが、紅花は自分が望むことで、自分の意思でここにいる」

 

銃は撃つために、傘は差すために、靴は履くために。それぞれが意図をもって作られ、そしてそれに沿って使われる。使われることがなくなってしまえば、それらは在る意味を無くしてしまう。それらに、自分で自分を使うことなどできないのだ。

なら式神は?

 

「式神の存在意義は、誰かの命令を受けて行動すること。紅花と違って、誰かにその存在を証明してもらわければならない。だから、式神を独りだけにしては駄目なんだ。紅花、式神を顕現させている時に式神とのつながりを絶つことは、絶対にしたら駄目だぞ。存在意義を失ったものがどうなるか、もう、分かってるよな?」

 

あの時のことを引き合いに出すことは、卑怯だ。しかし、これは紅花が式神達を使う上で絶対に知っていて欲しいことだった。

元々、話し相手が欲しくて作ったのが式神だ。しかし、彼女達に紅花のような自己を持たせることは出来なかったため、今ではその在り方もずいぶんと変わっている。紅花を作り、それでも俺が彼女達を使うのは俺にとって必要な存在だからだ。俺は式神達を道具だと考えている。しかし、だから積極的に顕現させ使っている。それが俺にとっての、式神を使う上での責任だと考えていた。

 

紅花が式神に対してどう感じるかは彼女自身の問題だ。だが、意思ある者は┃道具《力》を使う時はそれに対し何らかの責任を負わなければならない。それが、最低限俺が紅花に理解していて欲しいことだ。

 

「よく、わかんない・の。でも、わかったよ、おかあさん」

 

俺の言うただただ難しい事を、紅花は眉根を寄せて聞いていたが、やがて顔を上げて俺の顔を見つめ、そう言った。必死で考えて、出した答えはきっと感覚的なものなのだろう。だが、俺はそれでもよかった。紅花が、自分の在り方に迷うことはないと確信したからだ。紅花を俺の子供だと感じた時から、ずっと気がかりだった。紅花が式神と自分のいくつもの共通点に気づいたとき、それをどう思うのか、ということを。

しかし、やっと肩の荷が降りた気がする。

 

 

 

 

そういえば、実は世界から恐竜が絶滅してしまった。原因は、ある時地球に激突した直径数キロの弩級隕石である。凄まじい速度で迫っていたそれも、物体が大きすぎるゆえに目ではとてもゆっくりしたものだった。しかしその影響は尋常ではなく、余波で地球を覆いつくしてしまったほどだ。

 

俺は早い段階に察知していたため、いつかのように強力な結界を張って紅花と引きこもっていた。

巻き上がった塵は空を覆いつくし、いくつもの粒が地上に降り注ぎ、隕石直撃を生き延びたものも環境の変化に耐え切れずばたばたと死んでいった。俺は式紙をいくつも飛ばし中継していたのだが、それはまさに地獄絵図と言えよう。実際に地獄を知っている俺が言うのだから、間違いない。

 

つまり、その急な変革で次々に倒れていったのが恐竜だったのだ。さすが爬虫類と言わざるをえない。

 

恐らく、これを生き残り進化するもの達が次の地上の覇者になるのだろう。このまま、後世に知られるとおりに進むのならば、人間が恐竜に台頭するようになるのだろうが、そんなのは恐竜が滅んで6000万年は経ってからのことだ。

 

俺も正確に時を計測していたわけではなかったが、チンパンジーとヒトがわかれ始めるのにそれぐらいかかったように思う。彼らは他の動物と違いいち早く道具を有効的に使い始め、そしてそれに適した状態にどんどん進化していった。ちなみに、つい最近久しぶりにヒトに襲われてなんとなく感動したところだ。懐かしすぎる。結局力関係的には俺の方が何倍も上だったので、逆に追い散らすことになったのだが。どうやら同じ人型をしていても、俺は彼らには尻尾や耳で異属と認識されたらしい。

 

 

 

「おかあさん。さっきなんだか、ワタシたちとそっくり、なのを見たよ?」

 

引きこもっていた結界から出て、俺達は安住の地を求めて各地を旅していた。場所を変えるたびに、俺の目に映る猿人は進化していく。そしてある時俺の隣を歩いていた紅花がそう言った。

 

「尻尾は? あったか?」

 

「んーん、なかったの。あの、ナマモノたちは、なになの?」

 

紅花はもっふもふの尻尾をゆらしながら、首を振った。そう、昔は尻尾が一本しかなかった紅花も既に九尾へと変じている。ただ、俺と同じように尻尾が霊体化することは恐らくないだろう。なんとなくそんな気がする。力もそれに合わせて大きくなり、能力の使い方も俺と遜色の無いレベルに近づいてる。ただ何故かまだ言葉が物足りず、長文を口にすることはあまりない。俺以外の誰かと話す機会があれば、いつか改善されるかもしれないが。今はまともな話し相手が俺しかいないのだ。

 

「今まで、サルは時々見ていただろう? あれらが変化、進化してゆくと、俺達そっくりになる。『人間』、とこの先呼ばれるものだ。紅花が生まれる前にはずいぶんと発展してたぞ? 地上一帯破壊して月に逃げてったけどな」

 

あぁ、アレを思い出すと忌々しくなるな。永琳を思い出して和もう…。

 

「ワタシたちとは、違う、いきものなの?」

 

「そうだな。似てはいてもまったく違うものだ。俺や紅花は、…そうだな、『妖怪』が一番あてはまるかな。少なくとも、『人間』とは本質的に相容れない存在だ。あるいは共存出来るのかもしれないが、共感は出来ないよ。絶対にね」

 

人間がでてきたのなら、直に本丸の妖怪達も姿を現すだろう。いや、もういるのかもしれない。何せ、人間にとってこの世界は未知に溢れているのだ。

 

「…おかあさんの、言うことは、いつもむつかしい」

 

「難しい方が、紅花は頭を使うことになるだろう? 使えば使うほど、頭も成長していくものだ」

 

「ワタシも、おかあさんみたいに、なれる?」

 

「なれるさ、紅花ならな。…まぁ俺と違って淑女になって欲しいがな。俺は今更そんなものになろうという気はおきない」

 

今では紅花と俺の体格はまるで同じものになっている。手を俺の頭ぐらいの位置に持っていかないと、頭を撫でられないのでなんとなく寂しい。

外見だけ見れば紅花と俺はそっくりに見えるだろうが、しかし実際はまったく違う。髪の色は違うし、服のデザイン、色も違う。俺は相変わらずの無表情だが、紅花は俺と違い表情豊かだ。腰についている尻尾の色も違えば、数も違う。紅花は普段から九本だが、俺は七本を擬態し二本だけ出している。

さすがに九本もあると邪魔にならないんだろうか、尻尾。

 

「人間があの形になり始めたってことは、住む場所も急いだ方がいいな…」

 

「どうして?」

 

「あと数百万年もすれば、連中はこの地上に偏在する種族になる。版図を広げられる前に、俺達の領域は少なくとも確保しておきたいさ。」

 

「でも、たまをひとつなげたら、にげていった、よ?」

 

「こら! 俺達と似てるからって、そんなことしちゃいけません!」

 

「ご、ごめんなさい…でも、にんげんは、よわいよ?」

 

「人間の強みは、並外れた向上心とぽこぽこ増えていく繁殖力、そして適応力だ。力が弱いからこその能力だろうな。それに、ごく稀に強い人間も生まれるはずだ。…まぁ、そういう存在は異種族に牙を剥く前に同種族の人間に潰されるだろうがな」

 

スサノオやツクヨミも、確かそうして捨てられたと聞いている。それでいて都市のトップに立てたのは、バックにイザナギがいたことと、明確な力を知らしめられるほど成長できたからだ。不確かな力ほど恐いものはないだろうからな。

 

「どうして? 同じにんげんなのに?」

 

「それこそ、弱いからだ。人間に限った話じゃない。出る杭は打たれるといったところか、同じ杭でも、突出していればそれは違う存在に見えるらしいな」

 

はて、人間だった時、俺は弱いから強くなろうとしたんだっけか。もう昔のこと過ぎてほとんど覚えてやしない。一応名前は忘れてないんだがな。

 

「ふーん。へん、なの」

 

「…そうだな。そうかもな。だが紅花、否定してはいけないぞ。俺達がこういうナマモノであるように、彼らはそういう生き物なんだ。彼らを否定すれば、それは俺達を否定するも同然だ。違うのは、当たり前のことだからな」

 

またもいちいち難しい事を選んで言う俺の言葉に、紅花は眉根を寄せた。あの時から、紅花の向上心は強くなっている。紅花は、自分がわからない事に対して『理解しようとする努力』を怠らない。それが今の紅花の強みだ。

 

「そういえば、おかあさん。どういう、ばしょ、さがしているの?」

 

「ん? そうだな、見晴らしや景色が良く、緑があって、それから肥沃な土壌の土地がいい。そうそう見つかるわけじゃないが、だからこそ選ぶのは楽しいし見つけた時の感動は大きいだろ」

 

酒は酒虫が造ってくれるが、食物はそうはいかない。別に自然にあるものを獲ってもいいが、折角なら安定した収穫をしたいものだ。うーん、畑が形になったら近くには無い新しい作物を探しに行くのもいいな…夢が膨らむ。

 

 

 

 

数百年の後、俺達は条件に合う小高い山を見つけ、その頂上に陣取った。当初の予定通り、和風の屋敷を建ててだ。俺と紅花の式神を使ったので、建築はすぐに終わった。ちなみに、山の周囲を散策してみたがまだ人間はおらず、様々な動物は住んでいるが妖怪もいなかった。

 

この世代の人間とまともに出会うことになるのも、それからずいぶんと経ってからのことだった。

 

 


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