東方空狐道   作:くろたま

20 / 41
食べ物の神様

 

 

残された人々はしばらく呆然としていたが、やがてぼそぼそと相談し始めた。ぼそぼそこっそりする必要などないのだが、彼らの戸惑いを示しているといえよう。話し合いはなかなかまとまらず、食物を前に手を出せない状況が続く。それが白い妖怪の残していった多大な影響だった。『食べても構わない』と言われても、どうしても警戒が先に立ってしまうほどの力を示していったのだ。

 

しかし、十数分ただただ話し合っていた彼らも、結局色とりどりの食物で腹を満たすことになる。

『お腹すいた』。小さな子供の一言が、彼らの我慢を解いた。そう、恐れでなかなか手を出せなかったものの、彼らも我慢をしていたのだ。三十二人が固まり、そろそろとたくさん生った赤い実へと手を伸ばす。もぎ取り、みながゆっくりと食べ始め、それはだんだんと速くなっていった。

 

「こんな美味いものは食べたことがない」

 

実を食べた人々の感想は、その一言に尽きる。

その実の元々の味もさることながら、彼らの知らない、未来の技術で培われた作物。さらにウカノの神気で育ったものが、美味しくないわけがない。

その上、食べれば食べた端から失っていた体力が戻り、それとともに元気をも取り戻していく。病人に食べさせれば、その状態もみるみる良くなってゆく。

 

小さいなれど、それはまさに奇跡だった。ウカノ自身は、デジタル思考ゆえに自分の神気の本質には気づいていなかったが、神とは元来人にとって奇跡を起こすものである。その力に、理屈は存在しない。

 

一度食べてからは、彼らの行動は早かった。他の実にも手を伸ばし、子供や病人、体力の少ないものから順番に食べさせていった。むろん、ここの畑には全員がたらふく食べてもまだ余りある作物が実っている。この時代の人間が小食であることもあるが、それぞれの実が丸々と肥えていたということもある。まさに、神気恐るべし。

 

三十二人、全員が腹を膨らまし、満足した頃、新たな話が持ち上がる。

自分達に食べ物を恵んだ白い妖怪のことである。妖怪が畑を、それも自分達ですら不可能なほど整然としたこれらを、作ることが出来るだろうか?

そもそも、彼女は妖怪なのか。そんな話まで出る始末である。しかし、そう思うのも無理はないかもしれない。彼らにとって、妖怪とは人間に危害を加えるものである。長老が頭を下げたのも、本当なら無駄に近かった。話の通じる者と判断した上での、苦肉の策だったのだ。

 

だが、長老が頭を下げた結果はこうして食物を全員が満腹になるほど恵まれただけではなく、その食物で病人たちもみるみる元気を取り戻している。

そして刃を向けられても、圧倒的戦力を持っていても、彼女は人間に敵意を向けなかった。むしろ、助けている。

 

さて、次に話しの中心になったのは、誰が山の頂上に行くかという話だった。

既に長老とテケが行くことは決定していると言っていい。あとは一人か二人、山道で長老あるいはテケのサポートをする者の選抜である。

ウカノのイメージが妖怪のままであったならば、誰も立候補しなかったであろうし、そもそも罠と判断し山に登ろうとすらしなかっただろう。

 

だが彼らは、もらった恩を裏切るほど礼儀知らずではなかった。そして、ある意味自然に対し信心深くもあった。見たこともない畑を営み、慈悲深く多くの食物を恵んだウカノを通して、何かを見ていたのかもしれない。

 

自分が、いやいや自分がとなかなか決まらず、結局力の強い者を長老が選ぶことになり、三十人の中でも特に屈強な男一人が選ばれた。

 

長老にテケ、一人の男は、残る二十九人に手を振り白い少女の指し示した山へと足を向けた。

 

 

 

山の麓には、例の仮面をつけた二人の三尾の少女が待っていた。二人の姿は全く同じで、そして先刻見た者達とも同一であった。

 

「「こちらです」」

 

声をそろえて簡潔にそれだけ言うと、二人は歩き出す。三人が慌ててついていくと、少女達の歩いていく先には綺麗に舗装された石段があった。二人は淡々とそれを登ってゆく。三人もそれに黙ってついて行きながら、直にそのうちの一人、テケが沈黙に耐え切れず口を開いた。

 

「あ、あの」

 

「「何か?」」

 

振り返りもせず足も止めず、平淡な声で即座に返され少し気おされながらも、テケは続ける。

 

「あの、あそこの番をしてらした、女の子を、あの、私、やっつけちゃったんですけど…」

 

畑を守っていたらしい少女と、前を行く二人、ひいては頂上で待つ白い少女が無関係とは到底思えない。しかしその畑にいた少女を、テケは攻撃して消してしまった。つまり、率直に言えばテケは彼女達の仲間を殺してしまったのだ。先に攻撃されたとはいえ、それはこちらから相手の領域に入り、増してやそこの物を盗ってしまったからだ。

非はこちらにあるのではと、少なくともテケはそう思っていた。そのことについて、何か咎めがあるのではないかと心配していたのだ。

しかし、二人は相変わらず薄っぺらい声で返答した。

 

「はい。しかし、」

「それが何か?」

 

「え、でも、彼女はあなた達の仲間ではないのですか?」

 

「仲間…」

「私達に、個は存在しません」

「ですので、『仲間』という言葉が」

「定義付けられることはありえません」

 

二人はテケや長老でも首をかしげるような事を交互に口にし、そしてなおも続ける。

 

「私達には死の概念はありません」

「ですので、私達を下したあなたに咎はありません」

 

「そ、そうなんですか…。あなたたちは、いったい…」

 

「私達は」

「式神」

「「ウカノ様と紅花様に使っていただいています、道具です」」

 

「えと…」

 

「着きました」

「こちらです」

 

テケが返答に窮していると、二人はテケが何かを言う前にそう言った。気づけば、上が見えないほど続いていたはずの石段は終わっていた。

 

そして頂上にやって来て、三人は幾度目かになる驚愕を表情に表した。

 

山の頂上にあったのは広い平地で、地肌はあまり見えずふわふわとした草が一面に植わっている。その草がないところにはちんまりとした畑が作られていた。

さらにその向こうには、これまた今まで見たことのないような建物が建っている。自分達の住まう竪穴式とは違い、地につかない造りになっており、屋台骨も木材でしっかり細部まで作りこまれていた。そして、大きさなど竪穴式住居とは及びもつかない。

『ここ』だと言われなければ、住まいとすら気づかないほどの隔たりがあった。

 

「おう、来たか。まぁ上がれ。茶は―あったっけ」

 

その大きな家の裏からすたすたと歩いてきたのは、テケ達、というより代表者を選んで遣せと言った白い少女だった。その肩に大きな瓢箪を引っ掛けているのが印象的と言える。

彼女は家の、入り口らしき場所へと歩いて行くと、からからとそこを開きテケや長老達に手を振り誘った。そして、ついっと中へと入っていく。

 

三人をここまで案内してきた二人の少女は、いつの間にか三人の後ろに立ち、その背中を静かに見つめている。

三人はその視線に押されながら、顔を見合わせてからぽっかりと開いた引き戸の向こうへと入っていった。

 

 

 

「こ、この度はたくさんの食物を恵んでいただきありがとうございました。みなも元気を取り戻し、感謝の次第もございません」

 

「あぁ、いいよ。そのことで話があるしな」

 

立派な造りの家の中を進み、連れてこられたのはこれまた立派なお座敷。そこで三人は真っ白な少女と向かい合い、落ち着かずにそわそわと出された飲み物にも口をつけられず、所在なげに周囲をきょろきょろと見回していた。

しかしいつまでもそうしているわけにもいかず、最初に長老が話を切り出した。

反対に、少女は自分の瓢箪を傾け、ふぅと息をつくと長老に短く返す。

 

その言葉に、三人は身を引き締めた。そもそも、何の理由で呼ばれたのかが分からない。食物の対価か、はたまたその他の何か。渡せるモノといえば、ヒトしかない。彼らとしては、そんなことは無論避けたいところであるが。

少女はそんな心配などお構いなしに言葉を続けた。

 

「お前達は確か、安住の地を探しているのだったか」

 

「は、はい。しかし、三十二人も住むとなるとなかなか良い土地も見つけられず、見つけても既に住んでいる者達も居る場合がほとんどです。彼らもいっぱいいっぱいの状況、その近くに里を構えるわけにもいかず、またしばらく旅をして探すことになるでしょう」

 

何故そんなことを言うのか分からず、長老は内心首をかしげる。

しかし、その後で続けられた少女の言葉に顎を落とした。

 

「ふーん。じゃ、下の畑を世話してみないか? もちろん、獲れた収穫物はお前達のもんだ」

 

「…………………………は?」

 

「ん? もちろん条件付だぞ。収穫された物の一部を、こっちに上納してくれ。まぁ、俺がお前達を雇う、といった形だな。…この言い方じゃ難しいかね」

 

「ここに、住んでもよろしいのですか…?」

 

「住まなきゃ畑の面倒は見られんだろ…。三十二人が十分に住めるだけの土地はあると思うんだが」

 

「その、畑も、いただけるのですか…?」

 

「さっきも言った、条件付でだがな。あぁ…別に半分寄越せとか一割寄越せとか無理言ってるわけじゃないぞ。適当にくれりゃいい。俺としては、少々畑や田んぼを作りすぎて困ってたところだ。ただ貯蔵していても仕方ないし、お前達が消費してくれるんなら、それが一番いいのかもな」

 

『……………………………』

 

長老を含めた三人はぱかっと口を開き、まるで阿呆のように少女を見つめた。少女は怪訝そうにそれを見返していたがすぐに興味を失い、瓢箪を振ってその中身を口に流し込んだ。そしてもう一度三人へと視線を戻し、まだ呆けた顔をしているのを確認すると何かを言おうとした。

 

「何かまずいことでも……」

 

『ありがとうございます!!』

 

「おぉ?」

 

それ故、突然声をそろえて頭を下げた三人に、少女の身体も少し引いてしまう。

三人が呆けていたのは当たり前、住み場所も、作物も、三十二人分が一気に保証されたのだ。少女の言葉一つで、今の彼らの現状全てが救われたと言ってもいい。

すぐに頭で理解出来なかったのも、当然のことである。

 

しかもその両方をもらえる条件は、ただ収穫の一部を彼女達に供えるだけ。そもそも、言われずとも彼らならば自発的にやっているだろう。

 

人間に奇跡を起こす者、人は時にその者を『神』と言う。畏れ敬い、そして彼らにとって絶対なる者。

ウカノミタマは、彼らにとってまさにそんな存在だった。

絶対的な力を持ち、奇跡を起こし、彼らを救う者。そこに彼らが超上者の姿を見るのは必然といえよう。

 

 

未だ驚き高揚する頭で、甚だ興奮しながら彼らは山の上の屋敷を後にした。その前に幾度も頭を下げていく事を忘れずに。人は、強制されずとも自然に頭が下がるものである。彼らはまさにそれを体現していた。

 

これから、彼らは様々な理由で何度もこの場へとやって来る。

みながみな進んで歩を進め、人を代え、代を代え、何年何十年何百年となく、それでも絶え間なくやってくる事を、ウカノは知らなかった。

ウカノは、以前は人間であった彼女は、この時代の人間の信心深さを舐めていた。

 

 

 

 

なんか知らんが神様と呼ばれるようになっていた。処遇に困っていた田畑を、丁度やって来た人間達に提供しただけなんだが。

イザナギ、お前って予知能力あったんだな。名前教えてなかったのに、あいつらいつの間にか『倉稲御魂』とか呼んでんだ。どういうことだし。

 

「どーしたの? おかあさん」

 

「親友の偉大さを垣間見た」

 

「???」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。