東方空狐道   作:くろたま

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そもそもの発端は狐

 

 

人間が山の麓に住み始めて数年、わりかしうまくいっていると思う。

 

全ての田畑を渡すのは残念ながら彼らの数が少ないので出来なかったが、そこは今までどおり俺達や式神が世話をしている。俺もここしばらくはこの地に留まっていたので、新しい作物も増えていない。

 

彼らはといえば、こまめに家にお供えに来てくれるし、最近は小さなお祭り?も始めていた。ずんどこずんどこってわけじゃないけど、かなり原始的。俺や紅花も、酒を抱えて参加している。これも彼らが裕福になった証といえよう。願わくば、彼らが道に迷わないことを。あまり富んでしまえば、迷走し始めるのも人間といえよう。

 

さて、一番この場所にやってくるのはテケという少女だった。最初は式神に話にいっていたらしいが、式神は困って俺の方に話を持ってきたのだ。聞くところによると、ぶっちゃけ強くして欲しいとのことだった。

何でも、元いた場所からここに来るまで二十人ほどの仲間が死んでいたらしい。テケ曰く、自身の未熟ゆえということだったが、はてどうだろう。

 

ただ、手ほどきをするということについては別に構わなかった。寿命の短い人間と違い、俺はそれほど日々をせかせかと生きていない。人一人鍛えるぐらいならばお安い御用だ。

 

見てみたところ、彼女には能力があった。おそらく、生まれ持ったセンスと霊力に加え、この能力のお陰で彼女は紅花の白色にも勝てたのだろう。

その能力は、『霊力を扱う程度の能力』。

非常に地味であることは否定は出来ない。ただ、彼女の霊力の扱いはなるほど気が狂いそうなほど繊細なものだった。大した訓練もしていないというのにこれなのだから、能力というものは本当に恐ろしい。

 

…最近は霊気じゃなくて霊力っていうんだな。俺もそうしよう。あれ。じゃあ神気や妖気、禍気もそうなのかな。まぁいいか。

 

一応、テケには俺の知る体術や霊術(妖力式のものを霊力式に変換。実は結構簡単)を教えてみた。ただ、俺の式神を使うことは残念ながら出来なかったが。憑依式神も同様だ。どうやら適正が無いらしい。

しかし数年で、結界や式紙に関しては十分過ぎるほどになっただろう。弾幕も昔とは比べ物にならない。

 

俺はテケが屋敷の前で、無数の式紙を弾幕で撃ち落とそうとしているのをぼんやりと見ながら、ある事を思い出していた。

 

 

 

 

この地上に人間が出現し始めしばらく経った頃、俺は地獄へと顔を出しにいっていた。地獄は、前の人間が月に行き地上の人間が一度絶えてからは、その間全ての機能が凍結されていた。元々、人間のように思考レベルの高い者のために、イザナギが作った場所なのだ。虫や動物、恐竜などは基本的に自然の輪廻にまかせておけばいい。時折畜生道など介入することもあるが、放置が基本だ。

 

俺もイザナギがあそこを作った時に手伝いはしたが、転生システムの補助と閻魔をスカウトして来たぐらいで、ほとんどの部分はイザナギが仕上げてしまった。

それでも一応俺が連れてきたという責任もあったので、時折こうして顔を出している。

 

地獄は通常空間にはなく、黄泉へ魂が堕ちる時の受け皿ともいえるような役目がある。そこを経由し、人の魂は転生したり黄泉に落とされたりするわけだ。黄泉黄泉と言っているが、少なくともあれは死者の国ではない。今の使われ方は煉獄、と言った方がいいかもしれない。どれほどの重罪人であろうと、永遠に煉獄に縛られることは無く、いつかは転生の輪に乗ることになる。煉獄は生前の罪を償う場所、という認識が正しいだろう。

ちなみに天国とは天界をさすが、実際天界に送られる魂などはそうない。天人曰く、もうほとんど満員なのだそうだ。本当かどうか怪しいが。

 

 

さて、その時は俺は紅花も連れて地獄へと来ていた。

そしてすぐに川のほとりで二つの人影を見つける。普通ならばもっと奥に行くのだが、この時は普段とは様子が違っていた。

それもそのはず、片方は俺の連れてきた十人の閻魔の内の一人だったが、もう片方は本来ここにいないはずの、黒い髪を両側で縛っている少女だったのだ。彼女の応対をするためにここまで出てきていたのだろう。

 

「…アマテラス?」

 

俺が小さくその少女の名を呟くと、彼女はそれを耳ざとく聞きつけたらしい。目の前で話していたはずの閻魔を置き去りに、いつかのように光のような速度で俺の目の前までやって来た。そしてがばっと手を広げると俺に飛び掛ったのである。

 

「ウカノちゃん、生きてたんだね! ひさしぶっ」

 

「勝手に殺すな」

 

アマテラスは、べしゃりと前もって張っていた結界にぶつかるとずるずると落ちていく。昔と少しもテンションが変わっていやしない。もう少し落ち着いた性格になるまで、あと何億年かかることやら。

 

「いえ、本当に心配しましたよ。魂がいらっしゃいませんでしたので、大丈夫だとは思っていましたが…」

 

と、アマテラスと話していた閻魔がやって来てそう言った。中肉中背、どこにでもいそうな人間の外見な彼も実際は十人だけでここを運営している内の、立派な一人である。停止させる程度の能力を持っているのも彼なので、地獄を文字通り凍結していたのも彼なのだろう。ちなみに、人間上がりの閻魔だったりする。元から霊格は高かったが、今はまた随分と成長している気がする。

 

「まぁ、実際俺も消し飛んだかと思ったさ。ずいぶん長い間地中で寝てたみたいだがな」

 

結界張っていなかったら、化石になっていたかも知れん。おいおい洒落にならんな。

 

「ねぇねぇウカノちゃん、その子、誰?」

 

もう回復したらしいアマテラスが、俺の後ろにいた紅花を指差してそう言った。紅花はというと、「ひっ」と言って俺の後ろに隠れてしまう。どうやら、アマテラスのハイテンションはさすがの紅花も苦手らしい。

 

「俺の娘の紅花だ。ほら紅花、二人とも俺の友人だ。出てきて挨拶しなさい」

 

「は、はーい。べ、べにばな、なの。よろしく、おねがいします…」

 

おずおずと俺の背中から出ると、小さく頭を下げる。すると今度は紅花に狙いを定めたらしく、きらりと目を光らせるとアマテラスの姿が霞んだ。

 

「かわいぃぃぃぃーーーー!!」

 

「ぴぎゃーーーーーーーーー!!」

 

俺の時のように、高速で紅花に飛び掛るとがっしりとその胸に抱え込んでしまった。紅花が驚きに悲鳴を上げても、お構いなしである。さらには腰の辺りに手を伸ばし、

 

「ふぎゃーーーーー!!」

 

「もふもふもふもふ! あ~、ウカノちゃんのとそっくりだー!」

 

一心不乱に尻尾を触っている。前に尻尾には優しく触ってくれと言ったはずなのだが、長い時が経って欲求不満で箍が外れてしまったらしい。その表情は悦に入ってしまっている。これではまるでどこぞの変態のではないか。

紅花が半泣きになって俺に助けを求めてくるまで、俺の思考は半ば停止していた。

 

「お、おかあさん! たすけて! ひっぱるの、このおねーちゃんすごくひっぱるの! いたいのー!」

 

「おっと。アマテラスー、うちの娘をあんま苛めてくれるなよー」

 

「はぶっ」

 

ぺたりと紅花に式紙を一枚貼り付けると、逆に紅花に貼りついていたアマテラスがばしりと弾かれた。何も特別なものではなく、小型の遮断結界だ。結界内の対象は紅花のみに設定しているものだが。その隙に、紅花はまた俺の後ろにさっと隠れてしまった。

アマテラスはといえば、今度は一瞬で復活すると俺の方に詰め寄ってきた。そしてこう言うのである。

 

「そ、そう言えば娘って! 父親はどこか! ウカノちゃんにチョメチョメした(オロカモノ)は私がばふっ」

 

とりあえず叩いておくことにする。

アマテラスは放置することにして、俺は閻魔の方に彼女が何故ここにいるのか聞くことにした。

 

「そういえば、何を話していたんだ? アマテラスがここにいるってことは、上で何かあったのか?」

 

「いえ、何でも、霊格の高い魂が上の方に欲しいとか…。基準が高すぎるせいで、候補がいないのが現状でして、そのことを話していたのです」

 

「そうそう! 天界はわりと怠け者が多いの! で、働き手が欲しいんだけど、霊格の高い者じゃないと上の人が納得してくれなくて…。あ! ウカノちゃんが来てくれたら…」

 

がばっと三度目の復活をしてきたアマテラスが、そうまくし立てる。とりあえず、俺ぐらいの霊格が欲しいらしいが、少なくともまだ地上を離れる気は俺にはない。せめて現代の先の先ぐらいは見てみたいのだ。

 

「悪いが、地上を離れる気はないな。だがなぁ…候補がいないんだろ? どうするんだ?」

 

「そうなんですよね…。今地上に生きている者達にも該当者はいないようですし…」

 

「ウカノちゃん! 天界に来ないなら何とかして! 何にも出来ないなら天界に来て!」

 

「無茶言うな馬鹿たれ」

 

詰め寄るアマテラスを押し止めながら、俺は胡乱な視線をアマテラスに向けた。結局のところ、こいつは俺に天界に来て欲しいだけなのではないだろうか。側にいれば尻尾触り放題的な感じで。と、ぐいぐいと服のすそが引っ張られ、振り向くと紅花が不安げな顔を向けている。

 

「おかあさん…どこか、いっちゃうの?」

 

「いやいや。どこにも行かないから、その顔は止めてくれ。アマテラスも、あんまり紅花を怯えさせてくれるな」

 

「う~…いっそ、百年後でも千年後でも万年後でもいいんだけど…」

 

相変わらずスケールのでかいことを、アマテラスが唸りながら言った。天界とやらは行ったことはないが、随分とスローライフなところらしい。しかし、現在の年代が詳しく分からないので俺も是とは言えなかった。

 

「万年…微妙なところだな。もう少し地上にいるかも知れんし。…待てよ? 候補が無いなら、霊格を上げてやればいいじゃないか。それだけ時間があるなら、時間をかけても問題ないだろうしな」

 

ふと、そう思いついた。魂は基本的に、転生の度にほとんどの情報を初期化される。煉獄での魂の変質もそこでリセットされるわけだ。だが、必要な情報を初期化させずに成長させればどうだろうか? 普通ならば魂は代を重ねる毎に汚染されるだろうが、しかしその問題は俺が保護術式を打ち込むことで解決できる。ついでに進化を促すものも加えてやれば完璧だろう。…そのぶん魂の選抜は気を使うことになるだろうが。

その事を話すと、閻魔も頷いて賛同した。

 

「それは、可能かもしれませんね。転生システム上の問題もあまりありませんし、確実に霊格の高い魂ができあがるでしょう。それも、相当のものが」

 

「一度、煉獄に堕ちてもらった方がよさそうだな。その方が成長も早いだろう」

 

「そうですね…。確かに一度あそこは経験してもらった方がいいでしょう」

 

「なになに!? いい感じで話が進んでちゃったりしてるの!?」

 

「ああ。候補の魂は俺が探しておく。閻魔、決まったら連絡するからな、そっちでのことは頼むぞ?」

 

「分かりました。…それと私の名前は××ですよ、ウカノ様…。閻魔は十人いるんですから、混合してしまいます」

 

 

 

 

「言いにくいんだよ、お前の名前…」

 

閻魔の名前を思い出したところで、同時に月にいる永琳のことを思い出す。正直閻魔の名前は、永琳の本名より難しいのだ。いちいち言ってられない。

 

「あ、あの、どうかしましたか?」

 

俺の呟きが聞こえたのか、式紙を全て撃ち落としたらしいテケが俺に声を掛けた。肩で息をついているが、しかし身に纏う霊力にはいささかの衰えも無かった。能力のお陰か、狂ったようなコントロールで最小限の霊力を使っているためだろう。俺はそんなテケに「なんでもない」と返そうとして、はたと思いつく。

 

テケは適任ではなかろうか? と。

 

テケの現在の霊格も他の人間よりかなり高い上に、能力持ちでもある。しかもその能力が『霊力を扱う程度の能力』なのだ。魂に直接関与するような能力では確かに無いが、少しは成長と保護にプラス補正が得られるはずだ。何せ、霊力妖力は魂が出しているようなものなのだし。

 

そう思い、テケに死後のことの提案をしてみると、あっさりと乗ってきてしまった。これには俺も少し焦る。何せ、最初は煉獄に堕ちるのだ。簡単に決めていいようなことではない。

 

が、テケは「修行です!」で押し切ってしまった。その目は決意に溢れ、意志を曲げないだろうことが簡単に見て取れた。

どうしてテケはこれほどにやる気なのか? それは単純なことだが、彼女は力というものに対して少し貪欲なところがある。だからこそ死しても上を目指そうというのだろう。…俺と似ているとはあまり言いたくはない。何せ、彼女の方が何倍も純粋なのだから。

しかし、強くなって何を守ろうというのだろうか? それは怖くて聞けなかった。

 

短い勧誘を終え、再び弾幕を飛ばし始めたテケを見ながら俺は式神を閻魔、××へと飛ばした。

彼女が死んだ時は、俺が魂を捕まえて式を打ち込んでから、閻魔に渡すことになるだろう。テケとは恐らくそれっきりになる。転生の際には記憶は消去されるためだ。一片が残ることもあるかも知れないが、しかし記憶があるとむしろ魂の成長の阻害になる。幾度も、違う人格で人生を経験してもらわなければ困る。これは魂単位の修行であって、一人格の修行ではないのだ。一度の転生毎に少しずつ魂は違うものになっていくだろうが、それはそれだ。霊格上昇の証といえよう。

 

記憶が消去されることはテケに言ってあるのだが、テケはそれを当然と受け止めていた。違う自分になることなど、死ねば当たり前のことです、とはテケの言である。記憶の消去とは自己の消滅とも言える。が、それを人の身でケロリと流してしまうテケは、なかなか末恐ろしい。

俺は、俺ならどうだろうと考えながら、テケが先よりずっと早い速度で式紙を撃ち落としていくのを眺めていた。

 

 


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