東方空狐道   作:くろたま

25 / 41
諏訪の地のけろちゃん

 

 

万全には万全を期して。俺は諏訪の地へと五本尻尾の俺で向かった。他の尻尾、三本は屋敷に残り、一本は遊んでいる。そして紅花は三本の俺と一緒に屋敷に残っている。今回はこそこそ侵入するつもりなので、一人の方が良いのだ。

 

諏訪の地は俺のいる土地から、東の方へとずっと行ったところにある。ミシャグジ様を奉っている村々を見たのは何度かあったが、親分の本拠地に行くのは初めてだった。信者達からはモリヤ様と呼ばれているらしい。ただ、一部の人間を除いて人前に姿を現すことは無いそうで、どんな姿をしているかは不明だ。

 

ミシャグジ様の姿は、白蛇。白は元来神聖なものと言われている。ちなみに俺は白狐だが関係ないと思う。ミシャグジ様が元々白蛇だったのか、信仰されるようになって白蛇になったのかは知らないが、彼らの纏め役であるモリヤ様とやらも似たような姿をしているのだろうかと妄想してみる。

 

……おぇっぷ。

 

とぐろを巻いた、でかい白い○○こを想像してしまったじゃないか。願わくば、モリヤ様が人型をしていますように。

 

 

「俺のところを倉稲村だとすると、ここは諏訪王国だな」

 

そこにつくなり、俺はそう呟いた。増えたとは言え、人口百人かそこらの俺の村とは大違いだ。少し高い位置にある大きな社の下には、時代に似つかわしくない大きな町が広がっている。昔に見た都市のように、技術やらが異常発展しているわけではないが、人の集落としてはその規模は異常だった。

これほどの人間を膝下に置き信者に据えていることで、ミシャグジ様、モリヤ様の力の大きさがうかがい知れる。

 

地肌むき出しの地面を、多くの人間が行き交っていた。彼らの会話をこっそり聞く限り、農耕、狩猟だけではなく、どうやら現代には遠く及ばないもののここには既に製鉄技術まであるらしい。そういう話は聞いていたが、まさか中部あたりのこんな場所にあるとは思わなかった。

 

俺は尻尾を全て隠し、久々に認識阻害の結界を張ると、町の上にある諏訪の社へと侵入した。モリヤは姿を見せないというので、お目どおりを願っても会えないような気がしたのだ。俺の目的は神奈子の使者?ではあるが、それ以上にモリヤ様を見に来たということもある。要件を伝えてはいさようならでは、収まりがつかないだろう。主に俺の。

 

麓の人間の住まいに比べ、一際大きい神の社。だがぶっちゃければ俺の屋敷の方がかっこいい。こちらは昔見た正倉院みたいな、住まいとしてはとてもシンプルなものだ。表、麓から見れば豪奢に見えるような飾りがあるが、近くで見ればそれもはりぼてっぽい。

 

そんなしょぼい優越感を感じながら、俺は強い神力の感じる方へと、出入りする神職らしい人間の合間を抜けながらすいすいと向かった。ただこの建物の規模から考えると、いる人間はとても少ない。やはり、情報の漏洩を恐れてだろうか?

 

神力を感じたのは、奥まった一室。俺はそこへ霊体化しながら音もなく侵入する。他と比べると上等な作りのそこは、濃厚な神力が漂っていた。戸は引き戸、観音開きになっており、それからは荘厳さが多少なりとも感じられる。

 

しかし、そこで俺が最初に見つけたのは、うつ伏せに倒れた幼女だった。

 

俺よりも背の低いおかしな帽子を被った幼女は、口を半開きにしてか細く息をしながら眠っているらしい。そして間違いなく強力な神力は幼女から垂れ流されていた。察するに、この幼女がモリヤなのだろう。白いう○○じゃなくてよかったが、しかしこうしておかしな体勢で眠っている姿には威厳のいの字もない。俺が侵入して枕元にいるというのに、無用心過ぎないだろうか?

 

それにこいつらはこうやって寝ていることに、少しは寝苦しさを感じないのだろうか。背中があまり上下していないせいで、まるで死体みたいだ。

 

「見ろよ、死んでるみたいだろ。寝てるんだぜ、こいつ」

 

「んがっ」

 

そっと近寄り鼻をつまんでしばらく経つと、幼女の口からおかしなうめき声が響いた。

 

 

 

 

「で、あんた誰」

 

腕を組んで、モリヤが不機嫌そうな顔のまま開口一番にのたまう。

先ほどまで起き上がって寝ぼけ眼で俺を見つめていたあどけない幼女の面影はどこにもない。しかし、今更威厳も糞もなかったが。

 

モリヤの物言いは見も蓋もないものではあるが、むしろその対応は侵入者に対してのものとしては寛大だった。どうやら不法侵入ついてどうこう言うつもりはないらしい……と、言いたいところだがよくない雰囲気を周囲からひしひしと感じる。

 

「ウカノ。ここから西にしばらく行ったところで土地神をしてる」

 

「土地神なんてことは見ればすぐ分かるんだけど?…ああ、聞き方が悪かったのかな。余所の土地の神が、諏訪の地に何の用? いいことじゃないよ、別の信仰の神が、別の神の土地にいるなんてさ」

 

「あー…。すまん。好奇心みたいなもんなんだよな、ここに来たのは。別に信者の横取りをしに来たわけじゃないぞ」

 

「…ふーん。なんだかな、あんたさ、なんか怪しいんだよね」

 

じろじろじろじろ。

合わせて四つの瞳が俺を見つめる。二つは勿論幼女の顔についている目である。しかしもう二つはおかしな帽子にくっついており、それらもぎょろぎょろと俺を見ているのだ。ちょっときもい。

 

モリヤの俺への不信感は、俺が不法侵入したことにも原因はあるようだが、他にも何かを怪しんでいるような気がする。

 

「あぁ。そういや、用事も預かってきたんだった。…諏訪大社の祭神へ、大和の軍神からだ」

 

「へー…、私にね…。何だって?」

 

ぎろりじろじろ。

相変わらず視線が痛い。というより強くなった気がする。しかもどこかからずるずるという音も聞こえる。念のために、すぐにでも動けるようにしておいた方がいいだろう。

 

「近いうちに、諏訪に戦争を仕掛けるってさ。目的は勿論、諏訪大社の莫大な信仰なんだそうだ。戦争とは言っても、単騎で来るだろうがな」

 

宣戦布告。別に俺が戦うわけではないが、モリヤとしては穏やかではないだろう。しかし、モリヤは存外軽そうに答えた。

 

「そー、やっぱりね。ま、そういう話は私の方にも入ってきてたよ。各地の主要な土着神に大和の神々が戦争を仕掛けてるってね。もう少し早く来ると思ったんだけどなー、結構遅かったね」

 

「色々あったんだろ。験担ぎに九分九厘大吉の出るインチキ御神籤引いたら、確立一毛の大凶引いたとかな。そりゃ出直したくもなるわな」

 

「…よく分からないなぁ。それで? あんたはどうするわけ? その、軍神とやらの仲間なんでしょ。私とやってくの?」

 

モリヤの言葉とともに、ぴきりと部屋の中の空気が凍りつく。あくまで比喩表現ではあるが、モリヤから突然溢れだした冷え冷えとした神力で空気が変わったのは確かだ。おかしなことに、殺気がないのだが。人一人殺せそうな威圧感を出しておきながら殺気がないのだから、この祟り神も大概だ。

 

「いや…。あいつとは友人以上仲間未満?だな。伝言役は(無理矢理)引き受けたが、戦争に参加するつもりはない。用も済んだしな。ってわけでここにいる意味もないし、もう帰るさ」

 

ずるり

 

一際、何かを引きずるような音が室内に響く。ずるずる。コンマ数秒毎に、そんな音がますます増えていった。

モリヤは三日月のように口を曲げて、爛々と光る蛇のような目を俺に向けると、こう言った。

 

「いいじゃん。ちょっと遊んでいきなよ」

 

途端、今まで指向性を持たなかった神力が全て祟りを帯び、俺に襲い掛かった。モリヤからだけではない、俺の周囲一帯、部屋中からだ。それに伴い、言葉にし難い強制力が俺を包んだ。俺は今祟りをこの身で実感しているのだろう。

 

後世では、ただの自然現象だったと片付けられる祟りだが、今この時代では間違いなく本物のそれである。祟りとは、言わば神による呪いだ。個々の神によって様々な作用を引き起こす神力によってそれは為される。俺の場合は何故か食べられる植物に良く作用するし、神奈子なら主に戦に作用するのだろう。そしてモリヤは祟り神の名に恥じることなく、強力な祟りに特化しているというわけだ。

 

だが、俺の脅威にはなりえない代物だ。確かに人からすれば、祟りとは超自然現象である。

しかし俺からしてみれば祟りは超自然現象でもなんでもないのだ。元を辿れば俺にもある神力なのだから、防ぐ手段などいくらでもある。力が足りなければ呆気なく呪い殺されるのだろうが、俺には要らぬ心配だ。

 

神力には神力。今までちょろちょろとしか出していなかった神力を、蛇口の栓をひねるように増強した。それと同時に、隠していた尻尾が三本飛び出す。俺を覆っていた重圧は俺の神力に押され徐々にその力を失っていった。

 

「!……§!!」

 

力技で押し戻される自身の祟りを見てかモリヤは一瞬目を剥くが、しかし次の行動も速かった。言葉とは言えそうにない言霊が一言モリヤの口から出るとともに、俺の周囲でずるずると這いずり回っていたモノ達が一斉に襲い掛かってきたのだ。

 

その正体は無数の白い蛇、ミシャグジである。大きい者も小さい者も入り混じり、統括者の命に従い俺に牙を剥く。

しかし数には数。百近いミシャグジを、俺はそれを上回る数の式紙を乱舞させはたき落とした。そして、はたきおとしついでに全てのミシャグジを床に式紙で拘束する。

 

「それじゃ! こっちはっどうかなっ!?」

 

モリヤはミシャグジが全て封じられるかいないかうちに、両手を虚空へと伸ばした。今度の行動にはおよそ時間差がない。まるで結果が分かっていたようなふしすらある。

何かがこすれるような音とともに、モリヤの両手にいくつかの鉄の輪が出現する。見た目はただの鉄で出来た輪っか…だがその本質は神奈子の御柱同様、神の使う神具である。

 

それら全てを、惜しげもせず、そして室内であることも気にせずモリヤは両手を振るい、俺に投げつけた。ひゅひゅっ、と空を切る心地よい音を響かせながら、それに似つかわしくない凶器がいくつも駆ける。御柱が威容をもって押しつぶすならば、こちらは怖気をもって切り刻むだ。

 

しかし俺は俺の細腕を容易く食い破りそうないくつもの鉄の輪を、全てひょいひょいと素手で受け止める。見えていれば、そして手元に来るタイミングや輪の回転、神力のかかり方、その他もろもろを把握していれば造作もない。そもそもボールの落下地点の予測など、人間ですら可能なことだ。その上俺は能力のお陰か、人間時の及びもつかない精度で行える。行き過ぎた予測、それは未来予知にすら匹敵するのだ。

 

手で受け止めたそれらは、余すことなく鉄を構成するものをばらばらにして、空気へと溶かした。

能力とはいえ、神力を纏う神具にはそう簡単に干渉することは出来ない。しかし、逆に条件さえ整っていれば可能なことだ。鉄の輪が能力が強力に作用する俺の領域内にあった。そして純粋に俺の神力が上回った。これらの理由から、俺は容易に神具をいじることが出来たのだ。

 

 

「あーぁ…」

 

さっと崩れてゆく鉄の輪を見ながら、神力を霧散させてモリヤが呟いた。先ほどまであった戦意も、もう微塵もなくなっている。

 

「やっぱりあんた、力を隠してたね。どうも臭いと思ったんだ…」

 

「試したのか? そりゃまた、どうしてそんなめんどいことを…。俺が強かろうが弱かろうが、モリヤには関係ないだろうに」

 

途中で矛を収める程度の戦意しかなかったのなら、そもそも俺の強弱などどうでもいいことなはずだ。最後まで戦うつもりがないのなら、リスクを冒してまで俺の実力を確かめる必要などないだろう。

俺の問いに対し、モリヤはふんと鼻で笑うとこう言った。

 

「ただの、()奇《・》心《・》だよ。それにあんたには最初からずぅっと、祟りを向けた時だって戦意がなかったよね。それが気に入らなかったってのもあるかなぁ」

 

ようは、意趣返しということか。それに俺が反撃しないだろうことは見越していた、と。まぁ、神の住まいに不法侵入したのだ。これぐらいのことは甘んじて受けるべきか。

 

俺は自分の中でひとつ納得しひとつ頷くと、ばら撒いた式紙を全て回収した。ぺりぺりとミシャグジから式紙がはがれてゆき、その全てが俺の服の袖へと舞い戻ってゆく。そして俺はモリヤに手を振って、さっさと部屋から出ようとした。モリヤの腹いせが終わったのならもういいだろう、もう帰ろう。そう思っての行動だった。しかし、どうやらまだ終わっていなかったらしい。

 

ぐっと、歩き去ろうとしていた身体が後ろに引かれる。それほど強い力では無かったが、何故か抗いがたい。俺は身体の一部分に誰かの重みを感じながら、そっと背中を振り向く。

そこでは、モリヤが俺の背中、正確には腰に三本ついている尻尾にしがみついていた。その顔には神として対峙していた時の表情はどこにもなく、年頃にも見える嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。

 

「…まだ、何か用があるのか?」

 

「あーうー。もしかして、もう私に許されたなんて思ってるの? 甘い、甘いよ尻尾君!」

 

「俺を尻尾に特定するな」

 

「初めて見た時から思ってたよ…、この尻尾は私にもふられるためにあるってね! というわけで、不法侵入の罰としてしばらく私にもふられていきなさい。異論は認めないよ」

 

なるほど。あの時一瞬固まったのは祟りを神力で押し返したからじゃなくて、俺の尻尾を見たからか…。

…まぁ、神の住まいに、不法侵入したのだ。これぐらいのことは、甘んじて受けるべ

 

「もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ」

 

「…もう帰っていいかなぁ」

 

「あーうー!」

 

「駄目ですかそうですか…」

 

モリヤが幸せそうに尻尾をもふる様は、とてもアマテラスに似ていたが、アマテラスのように扱いがはじけていないことが唯一の救いだった。モリヤは触ったり離れたり抱きしめたり寝転んだりと、非常にくすぐったいことこの上ないが、しかし痛みがないだけマシではある。

ただ、モリヤは俺がどこかに行こうとすると子供のように怒るのだ。俺はなんとなくそれに逆らえないでいた。不法侵入したという負い目もあったが、本当に楽しそうにしているモリヤを見ると、他のことはどうでも良くなる気がしてくるのだ。

 

 

 

それから二ヶ月もの間、もふられていない時もそうして止められ、俺はずるずるとそのままモリヤの社に留まっていた。…二ヶ月経っていたことに気づいたのは、いつの間にか神奈子が諏訪の地にやって来ていたからである。

神奈子が怪訝そうな顔でもふられる俺を見ていたのが、印象的だった。然もありなん。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。