東方空狐道   作:くろたま

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諏訪大戦!…え もう終わり?

 

 

出雲の、西端に位置するある場所に、いくつもの石柱が広範囲にわたって規則的に並べられている。未来では朽ちる壊れる壊されると、あらゆる要因で完全に消え失せ伝承すら失われてしまったが、この時代ではそこは人間にとっても神にとっても聖域と扱われていた。

 

この時代最も信仰されているものは、太陽。いくつも立てられた石柱は、人間の太陽をイメージした図形をある意味芸術的に表現していた。この神域はつまり、太陽に関する神のために作られているのだ。そしてこの神域が社でも神殿でもないことが、その神が地上に縛られていないという事を示していた。

 

地上においての最高神、太陽を象徴とする神は天照大神。

国産みの二柱、伊邪那岐と伊邪那美の娘、その人である。

 

 

「ウカノミタマに会ったのですか」

 

立ち並ぶ石柱の中心、八坂神奈子の眼前に長い黒髪の女神が立ち、そう言った。その立ち振る舞いはどこまでも楚々としており、落ち着きのなさは欠片もない。大人びた丁寧な声には、何かしらの神秘すら感じられる。

 

「はい。やはり、お知り合いなのですか?」

 

少し緊張しながら、神奈子はそう聞いた。狐神の言っていたことが本当だったならば、神奈子は旧神の一人に喧嘩を売ったということになる。それは神の一柱としてもあまりにも具合がよろしくはなかった。地域の違う神に明確な序列などは存在するはずなどはないが、しかし純粋な力の差というものは確かにある。

輝く女神は神奈子の緊張など露知らず、相変わらず落ち着いた声音で神奈子の問いに答える。

 

「はい。ウカノミタマは私達の古い友人です。しばらく地上に降りられない期間がありましたので、先日久しぶりに彼女の無事な姿を見た時は安心しました」

 

そう言いながらふわりと笑う女神、アマテラス。ウカノが見れば、イザナミさん、とそう呼ぶかも知れない。それほどこの太陽神の有り様は、かの国産みの女神に酷似していた。

神奈子はなおも嫌な予感を感じながら、アマテラスの言葉にあった気になる点を指摘する。

 

「私達…?」

 

「ええ。私だけではなくお父様とも親友だそうですし、それにお母様とも仲が良かったそうですよ。ただ、お父様が天界に戻ってからは、もうずっと会ってはおられないそうですが…」

 

あぁ

神奈子は頭を抱える。自分はなんてものに喧嘩を売ってしまったのかと。しかも仕掛けたのは小規模とはいえ侵略戦争だ。こちらが潰されることになっても、文句など言えない。言えるはずがない。

 

神奈子のおかしな様子に、アマテラスは首をかしげた。

 

「どうかしましたか? もしや、ウカノミタマと何か?」

 

「いえ…それが――」

 

問うアマテラスに、神奈子は正直にウカノの土地を襲撃したことを話した。隠すことは、神の間で吉にはたらく事は少ない。いや、それは人間の間でも同様ではあるが、神の間では人間間以上に嘘が露呈しやすいのだ。

 

話し終え、少し汗をかいている神奈子に、しかしアマテラスは笑いながら言った。

 

「ふふ、それは災難でしたね。でも、彼女は実害がなければ、その程度のことを気にしたりはしませんよ。ああ見えて、温和な方ですから」

 

「(温和…あれで…)確かに気にしているような様子は、ありませんでしたが…。そういえば、そのわりにはずいぶん粗暴な口調ですね、彼女は」

 

真っ白な髪に、真っ白な肌。透きとおるような容姿には、無表情の鉄面皮とあいまって、この世のものとは思えない美しさがある。真っ白な身体にただ二つある、宝石のような輝きを放つ金色の目で見つめられれば、息を呑んで言葉を口に出来なくなるほどだ。

 

だが。だがその小さな口から漏れる言葉のなんと粗暴なことか。声こそ容姿を裏切らないせいで、ウカノの口調はとても際立っている。

 

「昔からですよ…お父様も、初めて出会った頃からあの口調だったと言っていました」

 

ふ、と物憂げに手を頬に当てアマテラスはぼやいた。しかしすぐに笑顔に戻す。

 

「ですけど、分霊のウカノミタマは稀に柔らかい口調をしているんですよ。きっと彼女の一面が、分霊の器を借りて一時的に表に出ているんでしょうね」

 

偶然ではあったが、アマテラスは分霊のウカノに会ったことがあった。それは確かにウカノ本人ではあったが、しかし自分のことを『私』といい、口調もとても穏やかなものだった。『たまに私のようにおかしな個体が現れる』。これはその彼女自身がそう言っていたことだ。

 

「分霊ですか」

 

本物を文字通り分ける、わけのわからない技法。空ろなあの狐にだけ出来ることらしい。そこで神奈子はふとここにいるアマテラスのことも思い出す。

 

「そういえば、アマテラス様のその姿も本物ではないんですよね」

 

アマテラスとて、そう簡単に天界から降りられるわけではない。だが人々の信仰は、違う形でアマテラスを地上へと現界させていた。つまりこのアマテラスは、人間のイメージで形作られると言っても過言ではない。あくまでアマテラス自身であることに変わりはないのだが、しかし本物との確かな差異は表れていた。

 

「ええ。こちらは私の、地上における化身、でしょうか。天界にいる本物とは少し(・・)違います」

 

しれっとアマテラスはそう言った。この場にウカノやイザナギがいれば全力で首を振るだろうが、残念ながらここにいるのはこのアマテラスしか知らない神奈子だけである。そしてもしも神奈子がツインテールの快活少女を見ても、それをアマテラスだとは思わないだろう。

 

と、アマテラスはふと空に目を向けると、目線を固定したまま神奈子に口を開いた。

 

「八坂さん。そろそろ向かわないと、遅くなるのではないですか?」

 

アマテラスの視線の先では太陽が山裾に沈んでゆき、全ての石柱から影が太陽の反対側に限界まで伸びている。空は朱色に染まり、気の早い星々が顔を見せ始めていた。それは、そろそろアマテラスが天界に戻る合図でもあり、神奈子にとってもタイムリミットを示していた。

ウカノに言った刻限は二ヵ月後、既にそれほどの時間がこの地で過ぎている。今頃から飛ばなければ、諏訪の地につく日が遅くなってしまうだろう。

 

「あっと…本当だ。それでは、失礼しますね、アマテラス様。話を聞いてくれてありがとうございました」

 

「いえいえ。私もウカノミタマのことが聞けて良かったですよ。八坂さんも気をつけて」

 

ほわほわと笑いながら、アマテラスは神奈子にそっと手を振った。

 

会釈を一つして空に飛び上がった神奈子の背を見ながらも、そのアマテラスの身体は薄れてゆく。それは太陽が沈んでいく早さと同じで、そして夜の始まりとも同義だった。

と、アマテラスは神奈子が完全に見えなくなってから、沈む太陽とは反対側に目を向けた。そちらには幾本もの石柱の影が地面に長々と伸びている。それらの影はおかしなことに一点に集束しようとしていた。普通なら角度的にありえない現象が、この一時だけ起ころうとしている。その様子を、アマテラスは目を細めて静かに見つめていた。

 

一瞬だけ全ての影が交差し、しかしすぐに辺りは夜の帳に包まれた。太陽も山の向こうに完全に沈んでしまう。それと同時に石柱の間からアマテラスの姿は影も形もなくなっていた。

 

 

 

 

「何やってんの?」

 

諏訪王国の山の上。その境内で、軍神八坂神奈子が腕を組んで立っていた。辺りに人気は全くなく、この場には神奈子と他二人しかいない。山を丸ごと覆うように強力な結界が張られ、外から内への侵入者も、内から外への流れ弾も、それら全てがその結界によって遮断されている。つまり、この場は既に限定的ながら戦場足り得るものだった。

 

神奈子の目の前には一人の白い神、ウカノ。相変わらずの無表情を端正な顔に貼り付け神奈子と相対している。彼女の頭には白いふわふわの耳が、そして腰には五本の真っ白な尻尾がついていた。

 

「尻尾はもふもふで気持ち良い。俺も、それは否定しないんだけどな」

 

少し遠い目をしながら、そんな事を言う。それは愚痴のようで、神奈子の問いへの答えとは言えなかった。良く見ると分かるだろうが、五本の尻尾はウカノの意志とは関係なくもぞもぞと動いていた。まるでその中に他の誰かがいるかのように。

 

「もふもふー」

 

いた。

そもそも神奈子の言葉はウカノへの言葉であるとともに、尻尾をもふっている幼女への言葉でもある。ウカノは尻尾に埋もれている幼女をつかみ上げ神奈子の方へと差し出した。

 

「諏訪子、お客さんだ。侵略者でもいいがな。大和の軍神、八坂神奈子。お前んとこの信仰が欲しいんだとさ。ああ、それはもう言ったかね」

 

洩矢諏訪子。ウカノに、モリヤはそう名乗っていた。この二ヶ月の間にしていたことはそんな簡単な自己紹介と、後はもふっていたぐらいである。

諏訪子は尻尾から引き離され名残惜しそうな顔をしていたが、神奈子に四つの目を向けると顔を引き締めた。小さく何事か呟き、周りに何匹もの白い蛇を呼び寄せる。

 

「待ちくたびれたよ、軍神。諏訪に喧嘩を売るなんて、なかなかどうして豪儀じゃないか? あはは! それとも身のほど知らずなのかな!?」

 

「は、吠えるな土着神。井の中の蛙って言葉は知ってる? 身の丈を理解しない蛙は、荒波にもまれて溺れてしまえばいいわよ。あ、お前は蛇だったっけ? それでもお前には蛙の方がお似合いだよ、モリヤ神」

 

「その言葉、そっくりそのままあんたに返すよ。明確な信者も持たない大和の軍神風情が、よくもまぁ吠えたもんだよ。だからこそ諏訪に来たんだろうに、惨めなことこの上ないね」

 

「惨めなのはお前のその身体じゃない? なに、その貧相な身体。最有力の祟り神の一柱が…惨めだねぇ」

 

「な…! 私の身体は! 関係ないんじゃないかな! …それなら、なにさあんたのその髪型は! ださいにも程があるよね! あははははは! いや、ある意味最先端なのかな!? 先取りし過ぎ、だけどね。あはははははははははっ!!」

 

「言わせておけば…! 私がこの髪を整えるのにどれほど苦労してると思う!? そっちだってださい帽子を被って、きもいのよそれは!」

 

売り言葉に買い言葉、一触即発の空気が漂う中、しかし話はまるで進んでいない。しかも交わす言葉は回を重ねる毎に、お互いに段々と幼稚なものにランクダウンしている。容姿の貶しあいなど、不毛でしかない上に見苦しい。

ウカノは後ろで黙って聞いていたが、二人の争いが自分達の好みに移ってきたところで口を挟んだ。ちなみに諏訪子はかぶが、神奈子は大根が好きらしい。なんでそんなことで争えるのか、ウカノには不思議だった。

…ちなみに、神奈子のもっさりとした髪や、諏訪子のえぐい帽子がウカノ自身も気になっていたことは内緒だ。

 

「おい。かぶだろうが大根だろうがどうでもいいがな、これで終りなら俺は結界解いてもう帰るぞ。何が悲しくてお前らの好みは熟知せにゃならんのだ」

 

「ちょ、ウカノの結界がないと麓に被害が出るから困るんだけど」

 

「人の居ない所に行けばいいじゃないか。天竜川の辺りでいいんじゃないかね。川幅も広いし、そのくせ雨降ったらすぐ氾濫するせいで周りに人も住んでないしな」

 

「えぇ! だって準備してないんだよ!」

 

「もふもふばっかしてるからだろうが」

 

「…あーうー。分かったよ、さっさと始めるから、結界解かないでよね!」

 

「ういうい」

 

口論を打ち切ると、諏訪子は一歩前に進んだ。その手には既に鉄の輪が握られ、ミシャグジも周囲を完全に包囲している。

しかし神奈子の顔に動揺はなく、むしろ余裕が見てとれた。…ミシャグジの力は確かに強いが、ウカノの時でも分かるように一定以上の力の持ち主に対しては著しく決定打に欠けている。それは彼らの物理的な力がとても小さいせいだった。そこらにいる蛇に剛毛がついた程度の能力しかないのだ。

祟りという、ある意味攻撃手段は持っているが、先に言った通り一定以上の力の持ち主に対しては効きづらい。神奈子の相手をするには、力不足と言えた。

 

「一応言っておくわね。投降する? 別に構わないわよ、懸命な判断だと、褒め称えてあげるわ」

 

「冗談。信仰が欲しかったら、力で奪ってみなよ」

 

「あっそう。それじゃ、お言葉に甘えて…手加減は、しないわ、よ!」

 

「あははっ、上等! 祟り神の頂点の力、思い知らせてあげるよ!」

 

 

 

 

軍神と祟り神。二人の戦場は諏訪の山の上空だった。俺は高い円柱状の結界を張って他への影響を抑えているので、二人の間に入るつもりはない。何の仕事がなくても、参入する気はないが。

 

どこかの伝承では、二人の争いは諏訪子の投了で終わっていた。鉄の輪が、神奈子側の蔓で錆びらされたんだったか。蔓の原点は藤の枝、この時代、砂鉄を他と分離する際に使うザルの原料だ。

 

実際に諏訪子の投げる鉄の輪は、ことごとくぼろぼろに錆びていき地へと落ちていった。その原因は神奈子の背負う注連縄、それから発せられる神力のせいだった。おそらくあれが伝承どおりの藤の蔓なのだろう。おそらくは神奈子が神具として手を加えた代物だ。

 

地上にいたミシャグジも二人を追いかけて空に駆け上がっていたが、それらも鉄の輪とともにぼろぼろと次々に落ちていく。これまた、注連縄の神力に阻まれて、である。諏訪子側の戦力が完全に把握されている。

これは神奈子が元々諏訪子の力を買っていたということだ。だからこそ、その対抗手段を整え、万全の状態でこの戦いに挑んだのだろう。その前に俺に当たったのは、ご愁傷様としか言えないが。

 

ただ、諏訪子は鉄の輪やミシャグジが封じられても諦めはしなかった。

 

自身の神力を高めると、直接神奈子と打ち合っている。彼女の『祟り』が、今物理的な力すら帯びているのだから、諏訪子の本気が見てとれる。

神奈子の御柱を弾き飛ばし、いくつもの光弾を間を縫い飛ばしている。神奈子も負けじと無数の弾幕を展開しているが、どちらの攻撃も決定打に欠けていた。

 

ちなみにいくつもの流れ弾があらゆる方向に飛び回っているが、全て俺の結界に阻まれ被害はゼロだ。結界の重ね張りをしているので、諏訪の社の方にも傷はない。御柱がごつんごつんと結界に当たっているが、無視。祟りが結界を侵食しようとしているが、無意味。そして、俺の方に飛んでくるやつは問答無用でばらばらにしてやった。鉄の輪だろうが御柱だろうが例外はない。まぁミシャグジ以外、だけどな。

 

さて、互いに決定打がなければ争いが長引くのは必至。しかも互いに持っている力が大きい故に尽きるのも随分と先のことだろう。俺がそんなことを考えている間にも、二人は飽きずに神力をぶつけ合っていた。それは大体互角、と言っていいだろう。戦いを生業とする軍神に、膨大な信仰を集める土着神、それが戦争という舞台において力が拮抗するというのも面白い。

 

ただ、神奈子の方が優勢と言えばそうかもしれない。諏訪子が鉄の輪をまともに使えていれば違ったかもしれないが、あの注連縄の前には何の役割も果たせていなかった。それゆえ、諏訪子は神奈子の御柱には少し押されている。神力では負けてはいないが故に、少し惜しい。

 

だが、その状況下でも二人の戦いは次の日まで続いていた。神奈子がここに来て、戦闘が始まったのは昼をしばらく回った頃。そして次の早朝まで、ということでゆうに半日は戦い続けているということになる。

戦況に大きな変化はなく、しかし諏訪子が神奈子に喰らいついているのだろうか? 神奈子の顔にも疲労は見て取れたが、諏訪子の表情にはそれ以上の苦悶が貼りついていた。

 

しかし、戦闘はそれ以上長引くことはなかった。

諏訪子の方が勝負に出たのだ。

 

落とされ地に伏していたミシャグジが、徐々に力を取り戻し空に上っていく。ミシャグジが諏訪子の最後の手段だった。今度は彼らは神奈子に直接向かうことはなく諏訪子の周囲に集まっていたが、何をするかと思えば、連中はむちむちと奇怪な音をたてながら合体していった。

 

出来上がったのは一匹の真っ白な大蛇、ある意味神秘的なその姿は龍とも言える。本来は群体としてのミシャグジだが、逆に個体としての意味もあまりないのだろう。無数のミシャグジの合体でありながら、その大蛇は異常なまでに統制が取れていたのだ。

 

諏訪子はその大蛇なミシャグジに跨ると、ぺしりとその身体に手のひらを当てた。するとミシャグジが大きくなった顎を開く。瞬間、暴力的なまでに攻撃的な神力がそこに集束していった。

 

神奈子はといえば、既に四本の御柱を自分の周囲に展開していた。投擲用ではなく砲撃用の、である。攻めでもあり、しかしある意味受けの姿勢でもあるそれ。つまりは諏訪子の意図を汲んだのだろう。その光景は、俺が神奈子と相対した時のものに似ていた。違うのは、今は神奈子の方が諏訪子より優勢だというところだろうか?

 

戦局の硬直は一瞬、静寂すら刹那で破られる。諏訪子のミシャグジは青いレーザーをその巨大な顎の奥から惜しげなく撃ち出し、対する神奈子は四本の御柱から一本に収束したレーザーを撃ち出した。どちらも瞬きのうちに空を走り、二人の中心で眩い光線同士が激突する。早朝の白み始めた空を二つのレーザー光が丸ごと染め上げ、諏訪の空を極彩色に呈していた。

 

これほどの力の放射、そう長らく撃てるものではない。それを示すように、均衡はそれほどかからないうちに崩れた。最初に押されたのは、ミシャグジの、諏訪子の方だった。それを皮切りに神奈子のレーザーは諏訪子側のレーザーを飲み込みかき消した。諏訪子もミシャグジも、自身のレーザーを貫いた神奈子の攻撃に飲み込まれる。

その光景すら、奇しくも俺が神奈子にアレを撃った時のものに類似していた。今回の勝者は見ての通り神奈子の方ではあるが。

 

あの時の神奈子のように目を回して落ちてきた諏訪子を、俺は下で受けとめる。しかしミシャグジはノータッチだ。まぁほっといても大丈夫な気がする。ぷすぷすと燃え尽きた感漂う諏訪子を見ると、そんな状態でも頭に乗っけられている帽子についている目もぐるぐるになっていた。本当になんなんだろうこれ。

 

「どうだい、ウカノ。私の勝ちだったろう?」

 

へろへろと、疲労困憊で上から降りてきた神奈子が、しかし胸を張りながらかなりのどや顔でそう言った。

 

「ああ、お疲れさん。ずいぶんと、苦戦したじゃないか。対抗策がなかったら危なかったんじゃないか?」

 

諏訪子をそっと尻尾の中に埋めながら、俺は神奈子に返す。諏訪子は、社内に入れて寝かせた方がいいのかもしれないが、なんとなく諏訪子ならこっちの方がいい気がする。時には極上の布団にもなる尻尾の方が。

 

「まあね。でも、これで諏訪の信仰は私のものさ」

 

神奈子はやり遂げた表情で笑っている。しかし、それはどうだろう? 普通ならば確かに人間は力の強い方の神につくかも知れないが、しかし諏訪子の場合は信仰の集め方が少し特殊だ。強力な祟りと見返りの、飴とムチ方式。そう簡単に信仰は奪えないだろう。諏訪子に神奈子が勝ったとはいえ、諏訪子の存在の方が人間達には強く根付いている。モリヤの祟りを忘れて、素直に神奈子を信仰するとは思えない。

 

まぁ、信仰のあり様などは神奈子と諏訪子が決めればいいだろう。第三者な俺には関係ない。

そんな事を考えながら、嬉しそうな神奈子を尻目に諏訪子を社の方に上げる。とりあえず、諏訪子が起きないことには二人の話も進まない。

ふと、なんでこんなことしてるんだろうと首をかしげながら、俺は社の表に尻尾を敷いてそこに諏訪子を寝かせた。

俺も大概、面倒見がよすぎる。

 

 

 

「そういえば、前ウカノが言ってた事は本当だったわね」

 

「ん? あぁ…アマテラスに聞いたのか。別に信じようが信じまいがどっちでもよかったんだがな」

 

「…態度は畏まった方がいいのかしらね?」

 

「ご自由に。変に敬語を使われるより、今までどおりの方が望ましいがな。どちらにせよ、強要はしない」

 

「そ。それじゃ、今までどおりにするわ。…あ、そうだ」

 

「ん? 何か?」

 

「尻尾触っていい?」

 

「………………………………ご自由に」

 

 


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