東方空狐道   作:くろたま

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紫色の客らしい

 

 

そろそろ弥生時代も終りが近い気がする。俺のところはそうでもないが、力を持った『豪族』が各地に現れ始めたのだ。支配者というものは元からあったが、それがさらに大規模化したといったところか。俺のところにちょっかいを出してきた連中もいたが、穏便に対処して(化かして)帰ってもらった。まぁ力といっても所詮人間単位の話だ。数の暴力だけで潰せるほど、俺も甘くないのさ。

 

聞いた話では神奈子や諏訪子の方でも似たようなことはあったらしいが、向こうは力で押し返したようだ。荒っぽいが、形としてはそちらの方が正しい。

二人とも喧嘩した間柄ではあるが、たびたび遊びに行って見る限りはどうやらそれなりにうまくやっているらしい。信仰は、諏訪子が今までどおり看板になって集め、それを神奈子が掠め取るといったものだ。諏訪子は信仰を搾取されるそのシステムにずいぶんと愚痴っていたが、負けた手前それ以上強くは出られなかった。

それに神奈子自身もその仕組みにまで持って行くのにずいぶん苦労していた。ミシャグジ信仰が予想以上に深く、より力の強い自分にそのまま乗り換えさせられなかったことが誤算だったか。

しかし過程はどうあれ、今うまくいっているのならいいことだろう。面倒な争い事は御遠慮願いたい。

 

ところで神奈子達の名前で気づいたんだが、俺の名前ってどうだろう。

倉稲御魂。

今まではこれを丸ごと名前に使っていたが、このままでいいのか。神奈子達の名前は、八坂神奈子、洩矢諏訪子。名字と名前がしっかり分離している。

俺の場合は、倉稲は名字でいいが、御魂が名前ってちょっとおかしい。神って意味らしいしな。

 

「というわけで改名しよう」

 

「何が、『というわけで』なの?」

 

俺の隣でワラビ餅を食べていた紅花が俺の方を向いた。

ちなみにワラビ餅は俺が作ってきた食べ物の中でも力作。材料集めや作ること自体に苦労はしなかったが、プルプルとした触感、ほのかな甘み、舌でとろけるようなとろみを持たせることに、俺はかなり本気を出した。そうして完成させたワラビ餅は、人間だった時の俺ですら食べたことのない芸術品になりました。お勧めの食べ方は、きなこや特製のたれをつけるのもいいが、冷やして何もつけずにたべることである。

だが紅花、俺もさすがにワラビ餅に七味をつけるのは許せないんだな。

 

「神奈子も諏訪子もちゃんとした名前を持ってるし、俺も『穀物や食物の神』って名前じゃなくてちゃんとした名前にしようと思ってな」

 

「? 名前、変えちゃうの?」

 

「全部は変えない。イザナギにつけてもらった大事なものだしな。『倉稲』は名字としてそのまま使わせてもらうさ。変えるのは『御魂』のところだな。…あ、紅花は『倉稲 紅花』だな。結構いいんじゃないか?」

 

「むー。よく分かんないの。何か違うの?」

 

「うーん。とりあえず、名字について説明しとくか。名字ってのは一つの集団、家族や血縁等を区分する名前みたいなものかな。個人に特定されないから、下の名前以上に記号としての意味合いも強いけど。名字で個人の属する集団を特定できることもあるから、便利なものではあるが…まぁ、あんまり気にしなくてもいい。どうせ呼ぶ時は今まで通り紅花だし」

 

そういえば名字という言葉自体、紅花には教えていなかった。基本的に俺と紅花しかいなかったから、必要なかったし。しかしこれからは神奈子達みたいに名字を持ったものが増えてくるだろう。そんな時俺が一人だけ名前のみでは寂しい。そして名字を『倉稲』にして、名前が御魂ではどうもおかしい。

 

「名前―。俺の名前か。はてどうしよう」

 

以前はイザナギに丸投げして、倉稲御魂になった。そのことは確かに感謝しているが、この名前も今となっては少々古めかしい。しかしこうして自分で考える段階になっては、なかなか思い浮かばないものだ。どうせなら、俺である、ということが分かりやすい名前にしたい。

俺が軽く思案していると、それを見ていた紅花は首をかしげてこう言った。

 

「私は紅いけど、お母さんは白いから、白がいいの」

 

「白。白な。いや確かに俺は白いけど」

 

そういえば、紅花の時は赤いから『紅』にしたんだったか。『花』、をつけたのは、紅花の容姿が俺と似ているからこそ、そこで差異をつけるためだったりする。『花』なんて女の子らしいじゃないか。読み方に濁音をつけてしまったところは、なんとも言えないが。

いや、それはともかく俺の話だ。

 

「紅花には『紅』をつけたんだし、俺にも『白』つけるか」

 

「うん。おそろいなの」

 

「白と紅で紅白狐か。それもいいな。じゃ、俺の名前は『白式《ハクシキ》』だ。うん、能力とあいまってピッタリじゃないか」

 

結局名前は能力の『式』からそのままもらった。それが一番いい気もしたし、俺にはこれが似合っている気もする。イザナギにもらった『倉稲御魂』は、これまでどおり真名ということでいいだろう。これから俺が名乗る名前が、『倉稲 白式』に変わったというだけで。

 

そんな事を話しながら、丁度紅花がワラビ餅の器を空にした頃、邸内に“シャーーーン”という涼やかな音が響き渡った。それは少し前に俺が屋敷の表につけた呼び鈴の音だった。俺の作ったそれの外見はまさに神社などにある鈴で、それについている紐を引っ張ることで今のような心地の良い音が屋敷の隅々まで聞こえるようになっている。

この形式は本来なら戦後から広まったらしいが…まぁいいだろ。

 

さてこれが鳴らされたということは、誰か来たということだ。麓の人間か、はたまた余所からの神か妖怪か。いや、この呼び鈴を知っていて鳴らす者といえば、麓の人間に限られてくるのだが。

 

「私が出てくるの」

 

紅花がそう言って、器を持って出ていった。ちゃんと片付けられるような子になって、俺は嬉しいよ。

座敷に一人残った俺は、いつも持っている大きな瓢箪にもたれかかった。尻尾も足も座敷の畳に投げ出した、だれきった格好だ。非常にだらしない姿ではあるが、いつも酒瓢箪を持ち歩いている神様にそれは今更というものだ。哀しきかな俺のキャラ作り。

 

そうして数分ばかりぼんやりしていたが、ほどなく紅花の通信が式紙を介して頭の中に飛んできた。

 

(タクリが来たの)

 

まずは一言簡潔に、それだけであったが。

 

タクリとは、俺の住む山の麓に住んでいる神和ぎの一人だ。そして神和ぎとは、現代の巫女を想像してもらえば分かりやすく、今の主な仕事は麓の人里の警備である。ちなみに初代はテケで、それから脈々と受け継がれている。とは言っても、既にテケの直系は途絶えており、今の名代であるタクリもテケの遠い遠い傍系で、タクリ以外の残り二人に至ってはほぼ血のつながりは無いのだが。

しかし俺の思考がうつったのか、神和ぎの選考基準はほぼ純粋な個々人の能力面でのみ。そして老若男女問わず、だったりする。しかし実際は少女の割合が多く、時折何かの力が働いているのではないかと思うこともある。

 

彼女達は術の基本は神和ぎの先輩に教わっているが、一定以上を修めると俺のところにやって来る。それから数年して、ようやく神和ぎとしての一通りの完成をみるのだ。別に俺が指示したというわけではないが、いつの間にかそういう様式が出来上がっていた。

ちなみに、俺が見た限りでは神和ぎの歴代最強は、やっぱり初代のテケである。そもそも能力持ちが稀なのだから、仕方ないのだが。

 

(それで、用件は?)

 

彼女達はとても真面目で、用無くここに来ることは滅多に無い。そしてわざわざ呼び鈴を鳴らしたということは、俺、あるいは紅花に用があるということだ。

しかし神和ぎの術の指導は既に済んでいるし、お供え物にしてみても少し前にもらったばかりだ。

 

(お母さんに会いたいっていうのを、案内してきたみたいなの)

 

(外からの客か。特徴は?)

 

(私より少し大きいぐらいの女の子なの。紫色の服を着てるの。…ボインなの)

 

(そうか。まぁいいや、通してくれ。丁度暇してたしな)

 

一つトーンの下がった紅花の思念を流しながら、俺はとりあえず来客に会うことにした。暇、でもあるが、来客のものらしき変わった気配が気になったということもある。タクリが連れてきたのだから、面倒な相手というわけでもないだろうが。

 

(あ、お母さん)

 

と、そんな事を考えていると、紅花から続けて通信が来た。

 

(何?)

 

俺がどうしたのかと聞くと、紅花はあっけらかんとこう送ってきた。

 

(暇だから、諏訪子のところに遊びに行ってくるの)

 

(…そうか。気をつけてな)

 

(うん。行ってきまーす)

 

随分前に諏訪大社に紅花を連れて遊びに行ったのだが、その時波長があったのか諏訪子と意気投合したのだ。それ以来紅花は頻繁に諏訪の方にお邪魔している。何をしているかは知らないが、まぁ紅花に友達が出来たのはいいことだ、と思いたい。

前に神奈子が少し疲れた顔をしていたので、二人ともそれほど大人しくはしていないようだが。

 

「はて…ここはやっぱり、親として少しは責を負うべきかね」

 

「子供が他所様で迷惑をかけないように監督するのも、親の役目ですよね。私が行ってきますから、“俺”はお客さんの相手をしててください」

 

俺の独り言に答える声、とは言っても、その声が加わろうと所詮俺の独り言。いつの間にか俺の側に立ち俺の独り言に答えたのは、白い髪に白い肌、白い服に白い尻尾、そして顔には金色の瞳と、どこまでも俺と同じ少女である。それは、口調こそ違うが間違いなく俺自身といえる分霊だった。

不可解なのは、口調だけではなく表情も少し違うところか。完全な無表情な俺とは違い、その俺と同じはずの顔には少しだけ表情が見える。どうせ同期すれば“俺”に戻るとはいえ、稀に出てくるそいつに対する疑問は絶えない。

 

「任せた」

 

「はいはい、分かってますよ。っと」

 

俺と声も顔も同じな分霊はニコリと笑いながら半透明になり、壁の中に消えていった。幽霊かドッペルゲンガーかと言いたくなる現象ではあるが、これも何度もやっていることだ。もう慣れた。

俺はその尻尾の先まで完全に消えてしまうまで壁を見つめていたが、それも見えなくなると途端に暇になる。俺はまた瓢箪に上体を戻し、だらりと身体を横たえた。

 

 

 

この時は俺も暇つぶし程度に思っていたのだが、やって来た来客が俺の予想以上の珍客であることに気づいた時は久々に仰天した。まさか、別経路ながら俺と同じ状態に陥っている者がいるとは、こうして出会うことになるとは思うまい。

 

そして、俺には彼女の願いを叶えることは出来なかった。神などと自称もしているし他称もされているが、俺は精々千能程度で、万能でも、ましてや全能でもないのだ。

 

 


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