東方空狐道   作:くろたま

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布教はさりげなく気づかぬうちに

 

 

「困ったな…」

 

絶賛困惑中。

 

アマテラスの聖地から、足跡はふらふらと行く方向を変え様々な場所を破壊していた。それらは、対象が迷走しているようにしか見えない。しかし、つい先刻それを見失ってしまったのだ。草原を蹂躙し、盆地を踏み潰し、山道を開いていった足跡を追いかけていたが、それが途中でぷつりと途切れてしまっていた。川を越えたとかものすごいジャンプをしたとかではなく、痕跡が全くなくなっているのだ。まるで爆走していた祟り神が、途中で太陽の光でぐずぐずに溶けてしまったかのように、足跡が忽然と消えている。

 

「本当にこの世から消えてくれてれば、俺の手間も省ける……いや、それが確認出来なければ同じことか。面倒だなぁ。『いないこと』の特定なんて、『いること』の確認より面倒じゃないか」

 

足跡が消えたことは、対象が死んだ証明にはならない。つまり、俺は足取りを失ったまま捜索を続行しなきゃならんということだ。

 

「とりあえず、今まで通りの進行方向を捜してみるかな」

 

足跡は滅茶苦茶な順路を辿っていたが、しかしとある方向、大体東の方に少しずつ少しずつ進んでいた。俺もそちらに歩を進めれば、何か見つけられるだろう。もしそれでも何も見つけられなければ、…朱色で人海戦術だな。

 

俺は地面に刻まれた最後の痕跡を一瞥し、東の方を目指し空に飛び立った。空には変わらず異物が拡散しているが、それでも地上のそれよりマシだった。俺の感覚がもう少し鈍ければ、きっと気づかなかったことだろう。不快感を味わう事を是とするかは難しいところだが。そのうち自然の自浄作用に洗い流されることが分かっていても、今現在不快なことには変わりない。

 

しかし、思うところがあった俺はこの違和感のある空気を大きく吸い込んだ。身体の中に広がる異物、それを解析し、バラバラにする。たとえ化学式で表せるようなものでなくとも、それを構成する式、一定のパターンは存在する。俺はそれを噛み砕き、過去の記憶と照らし合わせた。

 

「うーん。似たようなものに覚えがあるような、ないような。特定できないな。変質してるのか?」

 

結果は不明瞭な答え。おぼろげな既視感はあっても、確証にはまるで至らない。喉の奥に小骨でも引っかかったようだ。余計に不快感が増してしまった。

俺は頭を振って、その既視感の本を思考の隅にやった。思い出せないのなら、いつまでも中心にあっては邪魔だ。どうせこれの根本、足跡の主を見つけられればはっきりするだろう。

 

 

 

東に飛び始めて数時間、俺は再び足跡のようなものを見つけた。その時俺の眼下にあったのは深い森で、その一部にそれはあった。

最初は薄い残り香のようなものを感じただけだったが、それのする方に進路をとってみると、森を見つけ、そしてその中で小さなクレーターのようになった地面を見つけたのだ。クレーターの周囲の木々は無残に倒され、そこから何かが木を掻き分けていっただろう跡がまるで木々の間に開いた穴のように顕著に残っている。

 

突然消えた跡同様、こちらは森のど真ん中に突然にこの痕跡が出現している。いったいどのように移動しているのか謎だ。俺のように飛んでいるのかもしれないが、それにしては宙に残った異物が少なすぎる。

 

またここいらにある木々にもおかしな痕が多々あった。倒れている木は不自然に枯れているし、ぐずぐずに崩れている箇所まである。立っている木も妙に元気がなかったり、枯れてしまっていたり、まるで生気を食べられたかのようだ。

 

幹に軽く拳をぶつけてみると、なんの抵抗もなく突きぬけてしまった。

 

「なんじゃこりゃ…。何がしたいんだ、いったい」

 

犯人?の思考が全く読めない。

俺は木々の間でぽっかり空いた、元凶の進行方向に目を向けた。そちらもクレーターの周囲同様、木々が侵食されている。

その穴やクレーターから推測するに、元凶の大きさは4,5メートルといったところか。かなり、大きい。そういえば、人間との大戦時のマガラゴと同じぐらいの大きさか。

 

「もしも力も全盛期のマガラゴぐらいあったら、霊尾三本じゃ絶対足りないな。は、冗談にも程がある」

 

俺の知る限り、マガラゴはあの時代の最強レベルの妖怪だった。それを軽く上回る知り合いが俺の周囲にいたために目立たなかったが、この時代の妖怪がそれこそ束になったところであれには敵わないだろう。今回のような、ぽっと出の妖怪?がそれほどの力を持っていることなどありえない。

 

「そういや、マガラゴもスサノオもどこ行ったんだろうなぁ。ついでにタケミカヅチ。転生してるんだろうが、魂が分からないから捜しようがない」

 

逝ってしまった昔の知り合いの顔を思い出しながら、俺は森に穿たれた大きな足跡を追いかけた。今回のものは目立ちすぎるほどに、その存在を主張している。乱雑に掻き分けられた跡も然り、ところどころにある緑が抜け落ちた茶色い枯葉も、緑広がるこの森では目立つことこの上ない。

 

しかし、クレーターから少し進んだところで森は終わっていた。森を割って進行していた足跡は森を飛び出し、その先にわき目も振らず一直線に突貫している。むしろそちらが目的だったかのようだった。

 

森を抜けた先にあったのは、人里。既に何かに荒らされ、滅茶苦茶な様相を呈している。柵は一応あるものの、きっとなんの役にも立たなかっただろう。戦車すら上回る巨躯の侵略者相手を止められるわけがない。実際奇のてらいようもなく軽く倒されている。木で出来たやぐらは根元から折られている上にぐしゃぐしゃ。この時代の家屋である竪穴式住居もどれもこれもぺしゃんこという、かなり気の毒な状況だった。

 

畑らしき場所も土が醜く掘り返され、しかも植わっていただろう植物は全て枯れてしまっている。水田も似たような有様だった。

 

ただそれらの破壊痕にはむらが見受けられた。ただただ暴れまわり壊しただけ、と言うべきか、作物の類はおよそ全滅だが、住居に関してはいくつか無事なものが残っている。そして元凶はそれらで満足したのか、既に足跡は人里を出て行っていた。

 

「“在ったからとりあえず壊した”。そんな感じだな。…ん?」

 

地上に降り人里を探索していると、破壊されていない住居の陰で、数人の人間が座り込んでいるのを見つけた。大体男が主で、その横顔には色濃い疲労が見える。全員視線を地面に落としていて、俺が覗いているのも気づいていないらしい。

その中の一人が、依然顔をうつむけたままぽつりとつぶやいた。

 

「……これから、どうする」

 

ほとんど一人言のように自問しているかのような声音だったが、それでも黙りこくっている他の人間には聞こえたようだった。しばらくは誰も口を開かずにまた静寂が続いていたが、他の男が小さく声を出す。

 

「そりゃ、村の再建だろう……じゃねぇと、死んでったやつらが浮かばれねぇ」

 

「だがよぉ、家も軒並み壊されちまったし、それに俺達の作った作物だって全滅してる…。畑も、種もモミすらもあいつに滅茶苦茶にされちまったんだぞ」

 

「畜生…なんだったんだあいつは…。いつもの化け物どもとはまるで桁違いだったぞ」

 

(あいつ? 姿は見たのかな?)

 

ぼそぼそと内輪だけで交わされる会話を盗み聞きながら、俺は“あいつ”という言葉に反応した。会話の流れから、間違いなく俺の追っている奴だろう。もう少し詳しい話を聞きだすべく、俺は服の袂から式符を数枚取り出した。そして、それらをこっそり人間達の方に放り投げた。式符はするすると音もなく宙を飛び、人間達に気づかれずぺたぺたと彼らの背中に張り付いた。

 

(むーん)

 

それを通じ、彼らの頭の中の情報が流れ込んでくる。読めるのは表層のものだけだが、彼らの頭にはこの里を惨憺たるものに変えたモノの記憶が鮮明に残っていたので、問題はない。

洗脳だの憑依だの幻術だの、俺がそういう妖術じみたものを作ったのもずいぶんと昔のこと、妖力を持ち始めたころだった。俺の使う術の中でもかなり古参の代物で、それは式神にも少し使っている。当時は別に必要だったから作ったというわけではなく、俺自身が『妖狐』というものにそういうイメージを抱いていたためだった。精神や感覚に影響する術も多々持っているが、これはその中でもかなり初歩的なもの。脳に焼き付けられた映像や、感情の色、考えていることなど、まさに頭の中を覗いている。

 

そうして人間達の頭から読み取った映像は、とても曖昧なものだった。

昨日の昼を少し回ったころ、最初は、何か黒い巨大な靄が森から飛び出してきた。そして、そいつは見張りが里人に注意を呼びかける前に柵を紙のように突き破る。それと同時にめきめきと見張りの足場は崩壊していった。…見張りだったらしい男から見えたのはそんなもの。その後はおそらく落ちて頭でも打ったのだろう、真っ黒で何も見えなかった。生きていただけでも奇跡かもしれない。

他の者から見えたものも統合すると、黒い靄はとにかく忙しなく里中を走り回り、その中途であらゆるものを破壊し踏み潰し、そしてしばらくしてから里を去っていった。

…それだけ。

 

黒い靄に包まれ、その中身は全く見えない。襲撃が夜だったなら、きっとこの靄すら確認できなかっただろう。正体は依然闇の中、である。あ、俺今うまいこと言った。

 

(進行方向がまた分かっただけ、収穫だな。存在も確認できたし)

 

東に飛んできたことは間違いじゃなかった。それを確信できたことは大きい。それも黒い靄が来たのは昨日のことだ。このまま捜索を続けていれば、きっと近いうちに見つけられるだろう。

 

俺はさっさと追いかけようと、式符を回収しようとした。

しかしその前に、彼らの頭の中がまた流れ込んでくる。

 

父が潰れた母が千切れた。

弟の首の骨が折れる妹の胸が潰れる。

娘が消えた息子が消えた。

 

少しずつ建てた住処の破砕、苦節作り上げた畑や水田の潰滅、みなで協力し築き上げた里の崩壊。戻って来ない死んでいった家族。

 

連中の感情が勝手に俺と同調し、その上映像までご丁寧に流れて来る始末。

深い憂愁や絶望が痛々しい。つながっているがゆえに、切々と伝わってくる。

 

(……むーん)

 

俺は手を少し止め、考え込んだ。しかしそれも一瞬のこと、俺は指を軽く動かす。すると、人間達の背中に付いていた式符は彼らの背を離れ、俺の服の袂の中にふわふわと戻っていった。

その場を飛び去る前に、俺はもう一度袂に手を突っ込み式玉を一つ、そして服にどうやって入っていたのか怪しいほど大きな袋を一つ取り出した。そうして、それらをそっと地面に置く。

 

俺のこういうところは、人間だったころと大して変わっていない。放っておけないとも言うべきか。

 

「変にお人よしか。そうかもな」

 

袋の中には種やら食料やら薬やら、『彼らに必要なもの』が入っている。以前の、俺の土地に入ってきた人間達ほど追い詰められた状況でもなく、資源ある森も近いが、どうやら妖怪や獣が蔓延っており気軽に入っていけるほど安全な森でもないらしい。それに黒い靄のせいで少々荒れている。

 

俺は式玉から“朱色”が現れるのを見届け、今度こそ飛立った。

 

 

後々、ここら一帯では狐を使いとする稲荷信仰が流行るのだが、俺はそれが自分を発端としていることに気づくことはなかった。

 

 


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