東方空狐道   作:くろたま

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今回の原因、何ぞ

 

 

「ほっ、よっと」

 

広大な竹林、それにつながるように座している山の斜面を、因幡てゐが飛ぶように駆け抜けていた。元いた落とし穴のあった場所とは正反対の方向だが、てゐは別に逃げているわけではない。

 

「確かこの辺りだったと思うんだけど……あ、あった!」

 

乱立する木々の間に、さらに故意に集められたような不自然に盛り上がっている茂み。てゐが用があったのはその向こう側に隠されているものだった。

てゐは茂みに駆け寄ると、がさがさとそれらを掻き分けぽいぽいとかぶせられた覆いをはいでゆく。そして最後に笹で織られた筵のようなものをどけると、堂々とそこに鎮座する大きな兵器が姿を現した。

 

木を素材とした発射台と、その先端には三日月のように反った木枠、そこに張り詰めた弦が張られている。そして、これまた太い木で作られた頑丈そうな台座が、山の斜面も意に介さずがっしりと発射台を固定させていた。

 

全体的には非常に無骨な作りではあったが、その姿はまさに大型弩砲である。

 

ちなみに、こちらは落とし穴とは違いてゐ達が作ったものではない。

『時代は巨大化だ!』 そう声高に叫んだ水辺の工作好きな知り合いたちが、人間の使う弓に創作意欲をかきたてられ作り上げたもので、ついでにとんでもない欠陥品である。

使う度に基盤が狂い壊れてゆく欠陥兵器。照準なんてものはなく、ただ発射することのみを考えられた機構。矢、というより槍一本作るのにもいちいち時間がかかり、汎用性も著しく欠いている。

 

結局これが完成品になることはなく、彼らが『時代は小型化だ!』と唐突に路線変更したために破棄されることとなった。しかし破壊するのも忍びなかったらしく、そのままの形でここに放置されていたのだ。

ちなみにてゐがそれを知っているのは、単に彼らが吹聴していたのを聞いたためだった。

 

「これ、あたしの主義には反するんだけど…」

 

これまた先端に歪な鏃のついている槍を発射台に番えながら、そうてゐが胡乱気に呟いた丁度その時。てゐの背後、竹林で光が瞬いた。

 

何事かとてゐが振り向くと……極太の光線が竹林を事もなげにズバッと貫いた。それは中途で不自然に二股に分かれ竹林を薙ぎ払ってゆく。

そんな光景に、てゐは一瞬言葉を失った。しかしすぐに我に返ると、打って変わって本気の表情になり、先ほどまでの躊躇いはどこへやら、槍をセットし弦をぎりぎりとひくとスイッチ部分の機構に固定した。

一通りの操作が終わると、竹林の方へと視線を戻し地団太を踏みながら叫ぶ。

 

「あああああいつらぁ~、どっちか知らないけど、まずはでかい方に一発ぶちかます!」

 

そうしているうちにも何やら地響きが断続的に響き、光線の走った発端辺りでまたもや竹が大きく揺れた。てゐは構わずその辺りへと“適当に”発射台を向ける。そして“適当に”仰角を合わせ、スイッチの前に立ち右手を持ち上げた。

到底標的に当たるはずもない鏃だが、しかしてゐの顔は自信に満ち溢れていた。

 

「くふふ、これで当たったらあんた、ツイてんね?」

 

ニヤリと笑い、てゐは手を振り下ろした。

 

 

 

 

(ナイス…タイミング!)

 

黒い巨体が傾ぐのと同時に視界に入る異様にでかい槍。鏃も無骨ながらやたら頑丈そうなそれは、半ば折れ曲がりぎゅるぎゅると回転しながら竹林の方へと消えていった。

やはり妖力弾だとかそういうものではなく、純粋に物理的な攻撃の方がこいつにはよく効くようだ。

 

俺は身体にかかった力が緩んだ隙にすかさず式玉を取り出し、それを闇蜘蛛の体の下に転がした。そしてすぐに式符で俺の体をカバーする。

幾数の意味ある式で構成された式玉は、使い方次第で様々な効果を得られるが、今回はとても単純、あの巨体を吹き飛ばすほどの斥力を生む事だけだ。ある意味、爆弾のような使い方でもある。

 

その目論見通り、バガン!という爆裂音とともに俺の腹に刺さっていた黒い銛が、ずぶりと抜けた。それについで、何かが地に落ちるドスンという音も。

ちなみに、直前に体を覆った式符は、この至近での爆裂の余波を防ぐためのものだ。

 

「けほっ」

 

少し咳き込みながら立ち上がると、俺から少し離れた場所に闇蜘蛛が伏せているのが見えた。身体の下部からは煙がぷすぷすと立ち上り、爆発の残滓を思わせる。ふと気づくと、少し前に派手に穴が開いたはずの上部の外殻は既にほとんどが塞がりきっていた。

俺の腹も修復を始めているが、完全には今は治しきれない。とりあえずの応急処置で済ませ、俺は少し頭をひねった。

 

(身体を壊してもやっぱり無駄っぽいな。本体はそもそも身体じゃなくてあの靄みたいな闇かな? 身体を形作る核みたいなものもありそうなものだけど…分っかんないなー)

 

今まで追ってきた足跡が飛び飛びだったのも、身体を構成したりばらしたりを繰り返していたのだろう。おそらく俺同様、明確な身体がなければ周囲に対する干渉力に乏しいのだ。

そして目を凝らし見ても、その蜘蛛の中に魂は無く空っぽだ。身体を取り巻く闇もどれも同じ物に見え、核を判別するなどまるで不可能。こいつを倒すには結局、まとめて消し飛ばすのが一番なのだろう。

 

「んじゃ、大盤振る舞いだ!」

 

俺は両手を袂に突っ込み、右に四個、左にも四個、合計八個の式玉を取り出した。間髪入れず、それら全てを再度動き始めた闇蜘蛛の方へと放り投げる。

ぱぱっと朱の光を発すると同時に、式玉は周囲の禍気を吸い上げ八体の式神――“朱色”に姿を変えると、闇蜘蛛に式符で編み上げられた即席の剣状の武装を向けた。

 

キィィィィィッン

 

闇蜘蛛のことは“朱色”達にしばし任せ、俺は鳴り響く蜘蛛の鎌と“朱色”の武器がぶつかる音をよそに、その場で手をかざし目を細めた。

無論“朱色”で蜘蛛を倒す算段があるわけではなく、あくまでこれをするための時間稼ぎである。

 

「……そ」

 

ただ結界を張っても、あの蜘蛛には容易く破られてしまった。今度は式符ではなく、より頑丈な結界式を編める式玉を使うつもりだが、それでも万が一ということもある。

なら、杭でも身体にぶち込んで動けないように固定してやればいい。俺の辿りついたその結論は、結構エグイもののような気もする。なんだかんだで、俺はマガラゴの殻を被ったこいつのことが存外気に入らなかったらしい。温度の無い複眼も、言の葉のない鳴き声も、意志のない動作の一つ一つも、何もかもが気に入らない。眼前から、さっさと消してやりたいほどに。

 

「炭素、炭素炭素炭素炭素炭素炭素炭素炭素炭素炭素炭素炭素―――」

 

だが今俺の頭の中は濃密な炭素の構造式に埋め尽くされている。かざした手では、ぱきぱきとそれらを反映した透明の結晶が形を作り始めていた。周囲から炭素を持つ式をばらし、集め、炭素原子同士の共有結合が織り成す新たな式を組み上げる。ずいぶんと昔にやった、『ダイヤモンドダスト~』を今更思い出すとかなり恥ずかしいが、しかし今回の俺は本気だった。

次から次へと構造式が頭の中を流れてゆき、それにつれてだんだんと手の中の結晶は大きさを増していった。式こそ一定のパターンで、ほとんどルーチンワークだが、如何せんその量が膨大に過ぎる。能力を使う事をサボっていれば、おそらくかなりの時間を要したことだろう。

 

果たして一分半後、俺の目の前には巨大な透明の結晶が出来上がっていた。ひたすらでかいそれに、俺は仄かながら感動すら覚える。

光にきらきらと反射する様はこの上なく綺麗だが、しかしその形状はこの上なく凶悪である。何せあの蜘蛛に突き刺し貫き通すことを主眼に置いていたために、先端のとがり具合は半端ではない。

そしてこれに神力を通し強化すれば、うん

 

「完璧だ」

 

俺はぼんやりと発光している炭素の同素体の結晶、望外に巨大な金剛石の杭を前に、満足気に頷いた。

 

キンッ キンッ ギシッ

 

しかし、聞こえてきた音にすぐに蜘蛛の方へと視線を戻させられた。やはりあれには“朱色”では役者不足、黒い靄のせいで既に“朱色”の身体は維持する事もままならなくなってきている。一対八でありながら、蜘蛛の方はまるで堪えた様子はなく、攻撃を繰り返す“朱色”の方が消耗されているというのが現状だ。

だがそれでも足止めとしてはこれ以上ない成果だった。

 

俺は式符で大きな“手”を作り、先ほど組み上げた大きな水晶の杭を持ち上げ、そして空へと飛んだ。

すぐに竹の高さを越え、蜘蛛を軽く見下ろせる位置に来た所で、俺はすぐに“手”を振りかぶった。“朱色”はもう長くもたない、そのことを、術者である俺自身が詳細に感じ取っていたためだ。

 

上から見ると、蜘蛛と“朱色”が戦っている様子もよく分かる。八体でそれぞれが邪魔にならないように動き回る“朱色”、そしてそれを適当に止め、叩き落とす蜘蛛。全く似てはいないが、パターンにはまったような動きがどうにも俺をイラつかせた。

 

「…さっさと終わらせてやる」

 

これから蜘蛛を磔にする杭を強く握り、大きく腕を引くと、力の全てでもって蜘蛛へと一切の躊躇いなくぶん投げた。狙ったのは先刻開いていた穴の辺り。いくらか他の部位より脆いだろう。

 

ズゴン!!

 

「ギィィィイィィィィ■ィイイィイ■■ィィィ■ィ■ィィイイイィ■ィッッ!!!」

 

淡白な思考の中、俺は凄まじい音とともに、透明の杭が自身の役目を果たすのを見つめていた。靄も意に介さず、蜘蛛の殻を容易くぶち抜き、蜘蛛を地面に貼り付ける。杭は殻を貫通すると地面に深く深く突き刺さっていた。

 

ばたばた、どすんどすんと、十二本の脚が蜘蛛の悲鳴とともに地を揺るがしながら暴れ始めた。それは痛みゆえか、反射のようなものか、杭を抜くための行動か、しかし深く突き刺さった杭は抜ける様子もなく、逆に暴れる度にさらに蜘蛛の硬質な身体に食い込んでゆく。黒い靄ですら、神力で強化された杭を喰うことは容易ではないらしく、杭は靄に未だ浸蝕されないでいる。

 

そして俺はと言えば、杭をどうにかしようとする蜘蛛を待つ気など微塵もなく、既に結界の準備を始めていた。

 

「壱」

 

俺の呟きとともに、ガラスが割れるような涼やかな音がその場に鳴り響いた。その音は式玉から、もっと言えば少し前は“朱色”を形成していたものからである。既に“朱色”としての身体は破棄され、式玉へと戻っていたそれらは忠実に迅速に俺の指令をこなしていた。

ガラスが割れたような音は純粋に式玉が破裂したため。しかし破片などが飛び散ることはなく、式玉だったものは立体的なまるで網のような朱い図形へと姿を変えた。それが八個、それら全てが複雑に、かつ規則的に絡みつき俺の意図した式を組み上げてゆく。

 

「弐の」

 

それはドーム上になり、ばたばたと暴れる蜘蛛を完全に閉じ込めた。無数の面が蜘蛛を取り巻き、脱出を式符の時よりもより困難にしている。ドームはぴかぴかと朱色に淡く光り、俺の合図を待っているかのようだった。

 

勿論そのドームは捕殺結界、しかも不殺設定ではなく、殺意に満ち溢れたまさに殺しのためのもの。むしろそれは滅殺結界と言った方がいいかも知れない。皮肉なものだと、俺はマガラゴに使った不殺の捕殺結界を思い出し、そう思った。生きているものを殺さず、生き物でないものを殺すことになろうとは。

 

「参っ、と!」

 

そして俺の最後の合図とともに、凄まじい光量の閃光が結界内から迸り、同時にその閃光の色が辺りを染め上げる。朱と、蜘蛛の黒が一瞬拮抗するが、次の瞬間には黒は朱に埋め尽くされた。蜘蛛のノイズ混じりの悲鳴は、蜘蛛、及び靄を滅ぼす朱の雷の音に掻き消され、それ以外の全ての音も轟音のみに塗りつぶされた。

 

 

 

「…うーん」

 

結界内の一切合切を滅ぼしつくした後、俺は結界を解除した。結界のあった場所は草も折れていた竹も完全に消えうせ、地肌が見えている。今回は手加減が出来なかったために、蜘蛛のみを対象にすることは出来なかった。全てを靄の消滅にまわしたために、この有様である。

 

が、俺の視線の先にはなぜか一筋だけ残る黒い靄……。

俺はそれに手を伸ばし、ぐっと掴んだ。しかし靄はするりと俺の手を抜け出し、するすると空気に溶けてゆく。そこにあった形跡など微塵も残さず、もう残り香すら嗅ぎ取れない。

いや、消滅に成功した考えるべきだろうか?

 

「うーん…」

 

あれを追いかけてきた当初から引っかかっていた何かが、また俺の中で引っかかっていた。先の結界内の光景が、俺のいつかの記憶を刺激するのだ。

 

「朱と黒、朱と黒……赤と黒? あー…」

 

あれの少し変質した匂いや、黒い靄、そして赤黒い場所が、俺の頭の中の薄れた記憶と結合し次々と昔のものが蘇ってきた。決して、忘れていたわけじゃない。ただ今回の事象とは今の今まで結びつかなかった。

 

「あーもう、わけ分かんない。さっきの光、何? 目潰れそうになったんだけど」

 

と、空から聞こえてきた声に顔を上げると、兎の少女がこちらを見下ろしていた。彼女の大型弩砲(バリスタ)?に助けられた事を思うと、なかなか頭の下がる思いだ。しかし、よくもまぁ当たったもんだ。期待してなかったんだけど。

 

「おー。あの、矢?、よく当たったな。距離も結構あっただろ?」

 

「あんたとあたし、今日は大吉ってことだね。ま、標的もでかかったんだし、十八葉のシロツメクサぐらいの幸運じゃない?」

 

不敵に笑いそう言う少女に手を振りながら、俺は半ばそっちのけでマガラゴがいた頃よりさらに昔のことを思い出していた。

脆弱な狐だった頃、そしてその時より少し強くなり、人型にもなれた頃。その時に出会った“俺”にとっての初めての、そして俺に名前をくれた親友と、その親友の子を身ごもった嫁さん。神焼きの炎に飲まれ地上で死に、魂を強固な封印の向こうに封じられたはずの存在。親友の封印を侵そうとした、紅蓮の炎と、黒い靄。

 

「イザナミさんだ…」

 

多分、間違いない。

 

 

 

 

太陽も沈み、夜も更けた頃。

幾本もの折れた石柱に、荒れきった地を晒す場所で、ぽつりと一つの雫が落ちた。

何者もいないその場所は、しばらく前はある神の聖地であったはずの土地。今はその面影もなく、何もかもを夜闇が覆いつくしている。いや、それは聖地が壊される前からそうだった。ただ、今まではあったはずの堤防が決壊しただけ。

 

ぽつりぽつりと、誰もいないその場所で、夜の闇に逆さまに黒い雫が堕ちてゆく。ゆっくりゆっくり、だが確実に夜の闇に溶け、攪拌してゆく。

 

それに気づくものは誰もいなかった。それに相反する存在、太陽神を除いて。

 

 


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