東方空狐道   作:くろたま

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黄泉の国=地獄になってます。本来は違うらしいんですけどね、今作ではこの設定でお願いします。


心の揺れ幅、前代未聞

 

 

 

イザナギやイザナミさんと交流を始めてこれまたずいぶんと経った。多分、五百年ぐらい。ちょっと前に俺の尻尾が六本に増えてたので、間違いは無いと思う。

そう、尻尾が六本だ。もふもふで、寝る時などに手足を折りたたんで身体を丸ごとこの尻尾に埋めると、それはもう最高の気分なのだが、その分とても嵩張る。そこで俺は何本か隠すことができないかと考えたわけだ。そもそも、俺の本体は狐なのだ。それが、こうして人の形をとって自然に生活している。ならばさらに人に近づけることができるのではないか? その考えの下、尻尾が二本になった俺をイメージしてみると、思いの外簡単に成功した。ぱふっ、と空気をはたくような音とともに俺の身体の中に引っ込んでいったのだ。因みに狐の状態に戻ることもできるが、人型の方が便利なので四足に戻ることはあまりない。それこそ数百年に二、三度だ。

 

さてイザナギのところへはたびたび遊びに行っては酒を飲み交わしたり術式を学んだりこの世界のことを教えてもらったりと、することはいくらでもあるのだが、イザナギは忙しいのかよく家を空けている。その補佐らしいイザナミさんもよくイザナギについていくお陰で、家に行っても誰にいないなんてことはざらにある。

そんな時はふてくされて一人で飲んだくれたり、イザナギの家に張ってある結界をいじったりしている。ちゃんと元には戻してるよ?

 

ところで、イザナギに教わった結界術式だが…俺には使えないことが分かった。え、イザナギの結界をいじったりしてるじゃないかって? うん、術式を組み立てたり組み替えたりすること自体はできるんだけど、残念ながらイザナギの術式じゃ『禍気』を燃料にすることができなかったんだよね。

仮に『霊気』を液体燃料だとすると、『禍気』は気体燃料だ。かなり強引なたとえではあるが、しかし同じ機構で使うにはこれら両者の質は違いすぎる。それもこれらは気体液体の関係のように熱や圧力など外部から力を与えると状態を変えるような、そんな単純な関係ではない。分かったことは、『禍気』用の術式を新しく確立しなければならないということだ。

因みに『神気』とやらはかなり万能で、その上『霊気』や『禍気』との力の密度とはまるで違い、相当強力なものだ。…俺も『神気』欲しいなー。天人の中でも力が強く、かつ霊格の高い者は持ってるらしいけど。イザナギ曰く、いつかは俺にも『神気』が備わるらしいが、それも何年後の事か。俺を神と名づけたイザナギが言うのだから、間違いは無いだろうが。

 

以前にも記した気がするが、俺の能力は既存のものを読み取ったり学習する事などに関しては桁違いに優れているが、完全に新しい何かを組み立てるとなるとそうはいかない。

今回は『霊気』方式とはいえの事象を確立するための術式を知ることができたので、まったくゼロからやるよりはましなのだが、それでも気の遠くなるような時間が必要となるだろう。

 

そもそも『力』であるのに何故これほど二つに違いがあるのかと言えば、それはおそらく成り立ちの違いのせいだろう。確かに俺は『禍気』を放出し、イザナギは『霊気』を発している。しかし、元から生体から生じた『霊気』とは違い、『禍気』は世界によって半ば偶発的に生み出されたものだ。およそ血と空気ほどの違いがあるのに、同じエネルギーとして使うことなどできようはずも無い。

 

結局大いに暇は潰せるているのだが、五百年経ってもまだ完成していないと言えばその苦難も分かってもらえるだろうか。無論術式開発ばかりをしてきたわけではないが、それでも丸々二百年ほどはやってきたはず。必要になるのは能力より突発的な発想なので、一人ではどうしても時間がかかってしまう。発想、というかとっかかりさえ確立することができれば、俺の能力ならば瞬く間にそれを補完することができるだろう。最初の一歩や二歩さえ踏み出せれば、あとは筋斗雲に乗って一っ飛びーとでも言えるほどなのだが、その最初の一歩が遅々として進まないのが現在の状況だ。

 

 

「あ、そういえば出産祝いとかどうしよう。…果物詰め合わせでいいかなー」

 

百年ほど前にイザナミさんが妊娠していることが分かった。きっと二人でくんずほぐれつ夜のプロレスをした結果なのだろう。そろそろ出産時期らしいのだが、臨月まで百年とかどんだけー。妊娠している間にかなり弱体化しているということなので、贈り物は酒なんかより果物のほうがいいだろう。

 

俺はくぴくぴと瓢箪に口をつけながら、果物類を集めている畑のほうへとよさそうなものを探しに、小屋の外へと出た。ちなみに中身はイザナギにもらった酒だったりする。いまだにあの味に勝るようなものは作れてはいない。

 

空を見上げると、いつもと変わらず青い空が広がっている。天気が悪くなりそうな様子もない。

 

が、それを確かめ歩き出そうとしたとき、その空が一瞬で真っ赤に染まった。

 

「え…!?」

 

夕焼けなど、こんな時間ではありえない。そもそも数秒前までは青空だったのだ、何の前兆もなく赤色になるわけがない。

俺はいっそ空まで飛んで原因を確かめるかと、宙に浮いた。が、木々を越えたあたりですぐにその原因を見つけることができた。

 

「しまった…! カグツチ(・・・・)か!」

 

イザナギの家がある草原から立ち上がる巨大な紅蓮の火柱。それはまさに天まで届く、いや、むしろ天すら焦がしていた。触れるもの燃えるものは一瞬で消し炭にしてしまっているため火事はおきていないが、外周でこれならば火柱の中心は溶解してしまっているのではないだろうか。

 

 

 

 

俺が草原のほうへと行ってみると、草原は案の定ほぼ完全に焼失していた。灰すらも残っていない。

そのせいでイザナギの家の場所を捜すのに手間取ってしまったが、だいたい焼け跡の中心あたりにくぼみのような場所にイザナギらしき人影がいるのが見えた。しかし、イザナミさんの姿はどこにもない。

 

俺はイザナギの少し後ろに降り立ち、周囲を見回した。あの高床式の家も元から無かったかのように、ただただ更地が広がっている。そして、イザナギのそばにはいつもイザナギが腰につけていた剣が突き刺さっている、真っ黒な炭のようなものがあった。それが、何であったのかなどは考えたくは無い。イザナギがここにいて、イザナミさんがここにいないということが分かれば、それで十分だ。そして、それも風に吹かれるとぐずぐずになり灰のように散り散りになってゆく。

 

「イザナギ」

 

俺は、俺が来ても微動だにしなかったイザナギの背中に声をかけた。何をしたのか、イザナギの力はかなり弱体化してしまっていた、それでも俺よりは大きいのだが。

イザナギはピクリと震えると、ようやく俺のほうを振り向いた。…しかし、その瞳は俺を見るはいない。光の反射もなくなってしまったかのように、とても虚ろなものだ。

 

「ウカノか」

 

「ああ。何が、あった?」

 

「…我らの子が、生まれたのだ。しかし、奴は天を焼き、イザナミを焼いた。だから我が殺した」

 

やはり間違いないらしい。神話では火傷程度だったが、実際のこの状況では火傷などというレベルではない。そして、イザナギが天之尾羽張で刺し殺した。天界から万が一のためにと持って来ていたものらしいが、その万が一で役に立ってしまうとは皮肉なものだ。

 

「…」

 

「…」

 

しばし、その場に静寂が満ちた。俺は黙祷するために。イザナギは…何を考えているのだろう。

数分後、俺は再度口を開いた。このままここにいても、仕方が無い。

 

「さっさと行くぞ、イザナギ」

 

神話のようにはさせたくはない。イザナギに聞いた話を考えれば、時間が経てば経つほどまずいことになる。

 

「どこへ、行くと言うのだ。ウカノ」

 

空っぽの声で、俺に返事をするイザナギ。なんだか、イライラする。俺は、いつまでもこんな虚ろで弱々しくてうじうじしている親友(イザナギ)を見ていたくはない。

放って置けば、こいつはいつまでもここにいるだろう。我を取り戻すのがどれほど先か。しかしそれでは駄目だ、間に合わなくなる。

 

「馬鹿野郎! 黄泉に決まってんだろうが! 『我らにとっては死と消滅は同義ではない』って前教えてくれただろうが!」

 

はるか昔、天界が地上を離れた頃、地底には同時に巨大な空洞が出現した。まるで天にできた世界に対する反作用のように。そしてそこは最大の『禍気』の集積地帯でもある。まさに下界における最大の歪みでもある。

地上で器が死んだとき、魂はこの地底の大空洞、黄泉へと自然に落ちてゆく。ならばこの地上で死んだイザナミさんも黄泉に行くはずなのだ。…しかしいかにイザナミさんといえど、いつまでもそのままでいれば『禍気』に魂を蝕まれ、イザナミさんはイザナミさんで無くなってしまうだろう。そうなった時は、それが本当の死で、イザナミさんの消滅だ。たとえ地上に戻すことができなくとも、それを避けることの意味は大きい。

 

「このままいつまでもお前がここいたら、イザナミさんは本当に死んじまうんだぞ! …もういい! お前が行かなきゃ、俺が行く!」

 

どうしてこんなに心が乱れるのか分からず、俺はただただその激情を言葉に乗せて呆然としているイザナギにたたきつけた。…これほどの感情の波は、前世すらも含めて初めてだったかも知れない。その波とともに浮かんでくるのは、いつもの威風堂々としたイザナギと今のイザナギの姿、そしていつものイザナミさんの微笑みと、灰となって空へと散り散りに消えて行った消し炭。。その食い違いが、たまらなく俺をかき乱した。

そんな俺を見られるのが嫌で俺は踵をかえし飛び立とうとした。

 

「…待て」

 

しかし、その前に俺の肩に手が置かれた。その手はいつもと比べると、頼りないほど弱々しい。だが聞こえた声はいつもの調子を取り戻してきていた。

 

「いざなぎ?」

 

俺が振り向くと、イザナギは俺の肩から手をどけて地面に深々と刺さっていた天之尾羽張を引き抜いた。そしてそれを腰の定位置に挿すと、もう一度俺のほうを向いた。しかし、なぜかその端正な顔が少し歪められる。

 

「すまなかった、手間を、かけさせてしまったな。…我はウカノのそのような顔を初めて見るぞ。いつもと変わらぬようにも見えるが、しかしどこか辛そうだ。そんな顔をせずともいい。我はもう、大丈夫だ」

 

そして安心しろ、とばかりに笑うのだった。

 

俺はぺたりと自分の顔を触った。なるほど口も頬も動いてはいないが、しかし強張っているような気がする。見ただけでこれが分かるとは、存外イザナギも俺の事を見ていたらしい。

と、そうして顔に触っているのをイザナギが見ているのに気づき、ばつが悪くなった俺はそっぽを向きながら答えた。

 

「ふん。俺には、分からんな」

 

ぶっきらぼうな俺の言葉にイザナギは苦笑をもらした。その顔は、もう完全にいつもの調子を取り戻している。そして空中に飛び上がり俺のほうを向いて言った。

 

「さて、我は行くとするが、ウカノも行くのか?」

 

「お世話になったからな。俺もありがとうぐらいは、言いたいさ」

 

 

前は、何も言わずに逝ってしまったからな。

俺は一度死んだときのことを思い出して、そう言葉には出さずに続けた。

 

 


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