東方空狐道   作:くろたま

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能力って結構ずるいと思う

 

 

イザナミさんを黄泉に封印した後、イザナギは一度天界へと戻っていった。著しく減退してしまった力を回復しなければと言うと、挨拶もそこそこにふらふらと天へと上って行ったのだ。なるほど封印を終えた後のイザナギは俺ですら勝てそうなほど力が落ち込んでいて、あの状態で地上で仕事が続けられるかと言えば自信を持ってノーと言える。

イザナギは完全に力を取り戻すまで最低でも千年はかかるとか言っていたが、いくらなんでもスケールでかすぎだろ。

 

さて、俺はと言えばまたわりと暇な日常に戻っていた。

 

イザナギやイザナミさんと交流していた頃は毎日が充実していたために、一人でぼんやりしている毎日は少し堪えた。人間も信じられないほどの速度で進化しているが、未だ俺と意思疎通をはかれるほどではない。

 

また人間の進化に伴い、『禍物』ではない異形も生まれ始めた。イザナギが以前やっていた仕事が、ここに来てようやく形になり始めたのだ。

 

彼らは人間の負の気が『禍気』と結びつくことで、それを器として生まれる。そして負の気が核であるためか、彼らは基本的に人間に対して敵愾心を持っていた。いや、というよりも『本質的に人間を害する存在』と言ったほうが良いだろうか? 彼らが感情的な理由無く人間を害するとき、人間に対して明確な悪意を持つものは実のところ多くはない。悪戯のようなもの、人間にとっては堪ったものではないが、しかしそれこそが彼らの存在意義とも言えた。

人間を襲い、その際に出される人間の負の気で自身の存在を補填する。そして彼らが人間を襲うたびに、人間の彼らに対する恐怖は増してゆく。そのような循環ができていた。

 

彼らは『禍物』と比べると少し力が劣るが、しかし知能という点では『禍物』の上を行った。彼らは日々順調に増えているが、彼らを生み出したのは人間の負の感情である。それがこれほどの現象を引き起こしているのだ、イザナギが危惧したように彼らのような存在でおとしどころを作っておかなければ負の気がどうような作用を引き起こしていたか、想像もつかない。それを思えば、イザナギの仕事はうまくいったと言ってもいいだろう。

 

そして今まで地上に蔓延っていた『禍物』はと言えば、日に日に減少してゆき、彼らに取って代わられつつある。

原因はいくつかあるが、一つは彼らが生み出されていることで『禍気』の濃度が減少していること。『禍物』の出現原因も彼ら同様『禍気』だが、この場合彼らのほうが優先される。負の気は『禍気』に引き寄せられやすく、『禍気』が通常生体を無理やり『禍物』へと変容させることを考えれば、非常に自然な流れだ。

二つは『禍物』が彼らと同じものへと変わっていっていること。上で述べたように負の気は『禍気』へと吸い寄せられてゆく。そして『禍物』は『禍気』を放出している存在だ、負の気が『禍物』とつながることもむしろ自然な流れと言える。

そうして、徐々に『禍物』は彼らになってゆくのだ。元々『禍物』は変異した存在。それゆえ新たな変化に対して順応してしまっていた。

最終的に、世界からはほとんどの『禍物』が消えてしまうだろう。…俺のような例外を除いて。

 

 

それに気づいたのは、俺の尻尾が八本になった頃のことだ。そろそろイザナギ帰ってくるかなー、と日々心待ちにしていた俺は、愕然としたものだ。俺が彼らと同様の存在に近くなっていることに。

 

俺は、正直俺がどういう存在なのか分かってはいない。今までは俺が『禍気』を放っていたため『禍物』なんだと判断していたが、ことここに来て、俺の力が一つ増えたのだ。

 

人間は、イザナギ同様『霊気』という力を持ち、イザナギはそれに加えて『神気』を持ち、そして『禍物』は『禍気』を持っている。

彼らも当然力を持っているが、しかし上であげたもののどれとも違う。…と言って良いかどうかは迷うところだ。何せ彼らの持つ力は人間の『霊気』と本質的にはまるで同じものだからだ。それでも違うといえるのは、『霊気』と、仮に『反霊気』とするが、これらはそれぞれ正反対の力なためだ。

 

人間は専ら正の気のほうが多い。そのため、正の気というフィルターを通すようにして外に放出されるのは正方向の『霊気』だ。

そして、彼らは元々負の気が元であるため、当然負の気のほうが多い。結果的に、負の気というフィルターを通して外に放出されるのは負方向の『反霊気』というわけだ。

 

さて、ここまで来たら分かると思うが、俺に増えた力というのがこの『反霊気』というわけだ。俺の場合他の『禍物』とは違い、『禍物』の特性たる『禍気』を失ってはいない。つまり完全に彼らと同じにはなっていないのだ。しかし、今更例外だと慌てることもない。俺が例外だったのは『禍物』だったころからだ。そもそも、イザナギは突発的事態で急に天界に戻ることになった。イザナギの機構に不具合があってもおかしくはない。

 

そして俺が何故愕然としたかと言えば、実のところ歓喜のためだとも言える。この『反霊気』は『霊気』の正反対の力だが、しかしその本質はまるで同じもの(・・・・・・・)だ。

 

つまり。

 

「ようやく、イザナギ式術式を使うことができるってわけだ!」

 

イザナギに教えられた術式は基本的に『霊気』に対応したものだ。今までは全く質の違う『禍気』であったためにどうしようもなかったが、今度の『反霊気』は違う。『霊気』用の術式を『反霊気』用に変換する程度のことは俺からすれば容易なものだ。

 

それからの俺は、近年稀に見るハイテンションで森を豪風のように駆け巡った。他にこの嬉しさを表現する方法が思いつかなかったというか、衝動のままに森の中を疾走していたのだ。尻尾も五本ばかりだして『禍気』や『反霊気』を撒き散らしながら走り回っていたものだから、血気盛んな異形を呼び寄せることになったが、俺がそのことに構うことはなかった。

普段ならば二本ほどに抑え、面倒の外敵を呼び寄せないように力の放出も控えている。眼を擬態していると機能が下がっていたように、尻尾も擬態していると俺の全体の力は減退する。上のような理由からむしろ好都合とは考えていたが…

しかし、この時の俺は故意に連中を呼び寄せたとも言えるだろう。俺は使ってみたかったのだ、『反霊気』を。

 

そして、その日引っ掛かった異形は俺もはじめて見るほどの弩級の異形だった。

 

 

轟々と木々を揺らしながら森の中を爆走していると、そいつは木々をばきばきと破壊しながら現れた。しかしそのくせ足音などは不気味に静かで、そして異常に速い。

 

そして、がさがさと木々を踏み倒し掻き分け俺のまえにやってきたのは、一匹の蜘蛛だった。

無論ただの蜘蛛ではない、正面から見える高さで既に三メートル強。でかいなんてものじゃない。八つの紫の目はどこを見ているのか分からないが、なぜか全て俺を見つめているような気がした。身体には八本ではなく十二本の脚がついており、さらに先端には鋭い鎌がついている。そして全身真っ黒で鋼のような剛毛がびっしりと生えており、全体的には『ずんぐりむっくり』という印象を俺に与えた。

 

その上、俺を驚かせたのはそいつは『禍気』と『反霊気』の両方を放っていたのだ。どうやら俺同様の例外らしい。

 

「ぎ、、ぎぎ、ぎ」

 

蜘蛛から、錆びた金属と金属を擦り合わせたような妙に濁った音が漏れ出た。どうやらこれが彼?の鳴き声であるらしい。

 

「とりあえず、はじめまして。ってか? 初対面ならまずは挨拶からだよな、分かってるよ、お前。さあ、そんじゃ後はまぁ…分かるよな」

 

さて、こうして広大な森の中で出会い、目と目があった以上そこには一つの縁が出来上がるわけでして。まるで一目惚れの恋人同士ようにお熱い関係がこれから始まるわけです。

 

それはもちろん殺し合い。

 

「ぎ、、、ぎ、ぎぎぎ!」

 

「わはは、それだそれだ。いやー久々だなー、この感じ! 別にバトルジャンキーってわけじゃないけど、男としては闘争本能がうずくというか…今は女かね。まぁいいや」

 

殺気を撒き散らしながら振り上げられた脚の一撃を、俺は余裕を持ってかわす。そうでなければ続く他の脚の攻撃をかわすことなど不可能だ。こいつの脚はまるで伸縮自在の武器のように、次から次へと俺へと飛んできた。しかもそれが移動しながらというのがたまらない。こちらも避けながら禍弾をぽんぽんばらまいたが、それらをことごとくそいつの身体にぶつかると簡単に霧散してしまった。どうやらあの鋼のような黒い体毛は伊達ではないらしい。

 

「手数…というか脚数多い上に堅すぎだろ、お前」

 

「ぎぎ、、ぎぎぎ」

 

俺はそいつのあまりの防御力に、俺は呆れ混じりに呟いた。望外な堅さにスピード、そして重量がついたとき、それだけでそれは何物にも勝る凶器となる。俺だからこそ避け切れているが、普通の輩ならば既に脚に貫かれるか、あの巨体に押し潰されているだろう。

この分では近接戦闘も無理がある。この世界に生まれて三千年余り、『禍気』によって魔改造された俺の体躯では想像もつかないほどの異常な怪力を有するが、それでもこの蜘蛛の防御を貫ける気はしなかった。

 

しかしまぁ、それならそれでやりようはあるわけで、そして試したいこともいくつかあった。蜘蛛の脚の攻撃はなおも続いていたが、俺は避けるのを止め急に足を止めた。

 

そうすると、もちろん今まで当たらなかった攻撃は俺へと殺到し、激突する。蜘蛛は串刺しにされた俺でも想像するだろうか? そこまでの思考力を持っているかどうかは不明だ。

 

ガキン!

 

「ぎ、、、、、」

 

「わは! 成功だ!」

 

蜘蛛の脚は確かに俺に直撃した。しかし、それは俺の身体数ミリ手前で何か堅いものとぶつかるような音ともに停止していた。

俺が自身の身体に貼りつくように構えていたのは、遮断結界。イザナギの教えてくれた認識遮断結界の汎用性を高めた上位術式だ。

単純に他者のありとあらゆる干渉を遮断するもので、それが物理的だろうが霊的だろうが構わない。

だが、仮に俺の未知の干渉、例えば能力によるものなどは少々別だ。ただそれも最初の数度しか効かないが。

能力干渉はあまりにも抽象的すぎて普通では解析する事はできない。だが、相手が能力で俺に直接干渉してきたときは別だ。俺を一つの受信端末と仮定することで能力を逆算し、定型(パターン)化あるいは(プログラム)化することで遮断結界式に打ち込む。

こんな無茶な力技ができるのも、俺の持つ能力ゆえだ。他のやつには絶対に真似をする事はできないだろう。

 

「んじゃ、次行くぞ」

 

遮断結界の性能を確かめると、次に俺は宙に浮かんだ。大体蜘蛛より少し上ぐらいまでだ。蜘蛛はどうやら飛べないらしく、脚を伸ばし攻撃してきたが、地上で避けるよりも楽にすいすいと避けることができた。

今度は腹の部分から器用に俺のほうへと糸を飛ばしてきたが、何のことはない。例えこんな巨大蜘蛛であろうとその糸の組成は所詮たんぱく質だ。

俺は糸が俺の領域に入ると同時に、その組成をばらばらに、散り散りにした。

 

それがすむと同時に、俺は今度は『反霊気』を『禍気』同様丸めて投げた。それはひゅるひゅると蜘蛛に向かっていき、やはり簡単に跳ね返された。

 

「うーん、大体同じか」

 

そう呟くと、俺はまたいくつも反霊弾を作り出し蜘蛛へと投げた。そして当然のごとくその全てが跳ね返される。

それを確かめると、俺は再び蜘蛛の前へと降り立った。

 

「ぎ、ぎぎ、ぎ、、」

 

「何言ってるか分からんけど、もう終わりだ」

 

「ぎ、、、!」

 

俺は蜘蛛が何かする前に、指を振った。

すると、先ほどばら撒いた反霊弾が弾同士で共鳴し線を結び、宙に幾何学的な図形を描き出した。そして、それは蜘蛛を閉じ込めるような形になっている。蜘蛛は本能的に危険を悟ったのかその囲いから出ようとしたが、もう遅い。

 

ががががががっ

 

「ぎ――――!!」

 

線によって形成された面は、蜘蛛が胴体を叩きつけても脚を叩きつけても破れない。そして直に結界内の蜘蛛の姿が不自然に歪み、蜘蛛は尋常ではない鳴き声をあげながら苦しみ始めた。

 

捕殺結界。

相手を閉じ込め、物理的、あるいは霊的圧力を加え圧殺するかなり物騒なタイプの結界術だ。封印結界の亜種ではあるが、こちらのほうがより攻撃的であることは否めない。無論イザナギに教えてもらったものではなく、俺のオリジナルである。作った当初は使わないんじゃないかと考えていたが、必殺不殺を任意で調節できることに気づいてからは有効活用することを決めていた。

 

蜘蛛の鳴き声が聞こえなくなったところで、俺は結界を消した。

 

「概ねうまくいったか成功か。けど便利すぎだろ、この能力」

 

三メートル強の巨大蜘蛛が倒れ伏し、ピクピクと足を動かしている前で、俺は改めて自身の能力に戦々恐々しながら独りごちた。

 

 




ちなみに、イザナミやらイザナギやら主人公やらの神気=神力は信仰には依存しません。主人公はまだ出てませんけど。

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