東方空狐道   作:くろたま

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九尾の次は八尾?

 

 

イザナギが地上に戻ってきてからは、本当に騒がしい日々だった。アマテラスがあまり頼りにならないのか、俺が手伝うこともしばしばあり俺もあちこちを飛び回ったものだ。まぁイザナギの仕事の手伝いは基本的に俺の善意なので、イザナギにどうこう言うつもりはないが。

件のアマテラスはと言えば頻繁に俺の家にやってきては、俺の尻尾を狙ってくる。天界の怠け者ってこいつじゃないのか…。一応結界で防いではいるものの、俺の結界は概念結界だとかそういうぶっとんだ代物ではないので、こちらの出力を大幅に上回ると突破されてしまうことがばれてしまった。特に物理攻撃には弱かったりする。まぁそのたびにこちらも結界術の腕を上げているので悪いことばかりではない。どちらにせよ、欠点を残したままなのは否めないが。とりあえず新しい結界作りは今後の課題だ。そしてアマテラスにあえて言わせてもらうなら、もう少し自重して欲しいものだ。もう少しおとなしくしていれば、尻尾を触るぐらいなら許可するのだが。

 

彼女も時折数年単位で来ないときがあったが、そんなときはマガラゴと遊んでいた。

マガラゴというのは以前殺り合った大禍蜘蛛のことで、それからも何度か顔を合わせていた。殺りあったのは最初の一度だけで、今ではお友達だ。よくよく見てみると愛嬌のあるような顔をしている、様な気がする。名前はなかったそうなので俺がつけた。彼の顔を見ているとなんとなく浮かんだ言葉がそのまま名前になっただけで、大した意味はない。幸い彼はこの名前を気にいってくれているようだが、『ぎ』としか言わないので意思疎通が容易でないのが難点か。

多分この辺りでは俺同様唯一の禍蜘蛛だろう。他の禍蜘蛛は大体妖怪蜘蛛になってしまった。とはいってもマガラゴも純粋な禍蜘蛛というよりは、妖怪とのハイブリッドだ。禍物の力に妖怪の知能を持ついいとこ取りである。そんなわけでここら一帯妖怪の頭をやっているらしい。最近一方的に妖怪が人間にやられることが増えているようで、そのことを愚痴っていた。

 

そういえば、最近酒を造る暇があまり取れず難儀していたが、相変わらず瓢箪はぶら下げている。少し前に瓢箪の中に虫が棲みついたのだ。外見はつるつるのサンショウウオもどき。きっと『酒虫』というのはこういうのなんだろう。虫というか、酒の精みたいなもので、水を入れてしばらく置いておくと美味い酒が勝手に出来上がっている。

おそらくこの瓢箪を数千年も酒瓢箪に使っていたために、この中に生まれたのだろう。実害は無いし、むしろ利益ばかりだ。まだ意思疎通を図るほどの知能はないらしく、俺の呼びかけには反応しない。また放っている霊気も極少量だ。いつか話せるぐらいに成長してくれたら、話し相手に最適なんだがなぁ。

 

 

 

 

さて、それは俺の尻尾が九本になってから千年ほど経ってからのことだった。

とある朝のことである。起きだしてきて早速尻尾に違和感を感じた俺は、ぼうっとした頭で自分の腰を見た。

 

「なんじゃこりゃあっ!」

 

擬態して隠しているとかそんなことはなく、俺の尻尾が一本消えて八本になってしまっている。それを理解した時、俺の眠気は一発で吹き飛び、しかし混乱した頭のままで俺は家を飛び出していった。

 

「イィィィィィザァナァギィィィィイィイィッ」

 

多分このときの俺の行動原理は『困ったときの神頼み』だったように思う。戸を壊しそうな勢いで吹き飛ばし(壊れた)、地を踏み砕いてイザナギの屋敷のある方へと空気を摩擦で燃やしながら飛んだ。

 

実はここ五百年ばかり、アマテラスがこちらに来たり、マガラゴと遊んだり、酒虫と戯れたりとイザナギの家には行ってはいなかった。

だからイザナギの家が見えるはずのところまで飛んでいった俺はさらに仰天した。

 

「なんじゃこりゃあっ!」

 

そこには、五百年ほど前はなかったはずの街ができていた。しかもただの街ではない、元現代人の俺から言わせてもらえば、所謂未来都市である。

様々な人間があちこちの舗装された道を行き交い、たくさんの車が音もなくすいすいと車道を走っている。世界の風景にそぐわない高い建物が立ち並び、ガラスらしきものが太陽に反射しきらきらと光っている。

 

何故気づかなかったし!

こちらのほうにはしばらく来ていなかったとはいえ、これほどのものが作られていることに気づかなかったことに俺は頭を抱えた。そもそも、以前見た時の人間は弥生だか縄文だか、それぐらいの文化しか持っていなかったはずだ。それがいつの間にかこんなことに…人間といえど、成長スピードが半端じゃない。

 

とにかく、人間のど真ん中にこの姿のまま飛び込むわけにはいかず、俺は耳と尻尾、さらに禍気を隠し、特殊な結界をフィルターに見立てて張ることで、妖気を霊気に見せかけてから人間達の街に入り込んだ。このときも少しの違和感を感じたが、未だに慌てていたためにそのことを気にしている余裕はなかった。

 

街に入るにも、入ってからも警備がしっかりとしてあったが、人間に擬態しかつ高度な認識遮断が使える俺にはまるで効果がない。街の中には人工的な風景に満ちている。風情のある風景など一切なく、とても無機質な世界だった。イザナギの家がこんな街の中にあるなどあまり考えたくはなかったが、イザナギの気配は間違いなく街の中心辺りにあった。

俺がぱたぱたと小走りにそこまで行くと、イザナギの家はこの未来都市の中で変わらず存在していた。俺の和風の家を真似て作られたらしい和風の屋敷。五百年前に見たものとまるで同じものだ。変わっているのは周辺の風景だけで。

 

「イザナギッイザナギッ」

 

ばしばしと入り口である引き戸を叩き、俺はイザナギの名を叫んだ。アマテラスが出てきたらどうしようとか考えないこともなかったが、今の俺にはそれ以上に優先すべきことがあった。はたして出てきたのは、運よくアマテラスではなく久しぶりに顔を見るイザナギだった。

 

騒ぐ俺を、イザナギは宥めながらとにかく俺を家に上げてもらった。そして、座敷で俺が一息ついたところで、イザナギは口を開いた。

 

「ずいぶんと久しぶりではないか? ウカノ」

 

「そうだな。しかし俺は思い出話をしにきたわけじゃない。この街のこととか色々聞きたい事はあるが、まずはこっちからだ。なぁ、お前こいつを見てどう思う?」

 

と、俺は今出せる尻尾を全て出してイザナギに見せた。九本だったはずの尻尾は今は八本。これにイザナギはなんと答えるだろうか? 慌てて来てはみたものの、俺は少し冷静さを取り戻してきていた。よくよく考えれば、イザナギ自身狐に詳しいわけではない。九尾狐なんかも、この地上では俺ぐらいのものだ。

が、イザナギはこともなげにこう言ったのだった。

 

「おお…霊格が上がったのだな。我はウカノにおめでとう、と言えばよいのだろうか?」

 

「へ?」

 

「ううむ。やはり、五百年というものは短いようで長いということか…以前会った時はまだこんな兆候は見られなかったのだがなぁ」

 

「ちょっと待ってちょっと待って、五百年が長いか短いかはいやどうでもよくて、え? 俺の尻尾が八本になっちゃったことに関しての反応は無し?」

 

俺がイザナギの意外な反応に戸惑いながら言うと、イザナギは俺がいつか見たような顔をした。どこか呆れたような顔である。イザナギのこの顔を見るのは黄泉でイザナミさんを見たとき以来で…

 

「前にも言ったはずなのだが…。『眼』を閉じていれば見えるものが見えないのも当然であろう…」

 

「え!」

 

確かにこのとき俺は眼の擬態はまだ解いてはいなかった。しかしそれが尻尾と何か関係があるのだろうか? とにかく俺は、あの時と同じようにイザナギの言葉にしたがい眼の擬態を解いた。瞳孔が縦に割れ、瞳がますます金色を帯びていく。

すると、八本の尻尾の間に半透明の尻尾が一本見えてきた。その感覚はいつかの魂状態にあったイザナミさんとどこか似ている。

 

「俺の尻尾が霊体化してる…? なんだこれ、聞いたことないぞ」

 

「ヌシはもともと例外だらけであったろう、今更だと我は思うのだが。おそらくは霊格の上昇に伴って肉体から逸脱してしまったのであろう。だが、それなら逆に受肉させることもウカノには可能なはずだ。自身の領域内での操作はお手の物であろう? それに、気づかぬか? ずいぶん前に我の言った通りになったぞ。今のウカノには神気がある」

 

次から次にイザナギの口から出てくる言葉に、俺は目を回した。しかし、その一方で頭のどこかは冷静だった。

まずは神気の確認。なるほど俺からはイザナギのものと同じ、高密度の力の塊、神気が放出されていた。これが禍気と隠したり、妖気を霊気に擬態していたときに感じた違和感の正体だろう。これでかなり使える術の幅は広くなることが見込まれる。

そして、霊体と化してしまった俺の尻尾の受肉作業。これは存外簡単だった。擬態の時と同様だ。俺の意思一つで尻尾は霊体実体と切り替えられるらしい。そこではじめて気がついたが、尻尾を霊体化しているときは俺の力は著しく上昇していた。これがイザナギの言う、霊格が上がるというやつなのだろうか?

 

「ようやく神気が出てきたってのに実感が無いな…一応妖気で事足りてたし、尻尾が消えたってことや、ここにいきなり未来都市ができてた方にびびってたし。…ってそうだ。いったいどうなってんだ? ここは確か五百年ほど前はお前の家しかなかったんじゃなかったか? それがどうしてこんなことに…」

 

五百年ほど前、確かにここにはイザナギの似非和風の屋敷しかなく、あとは以前のイザナギの家のように草原が広がっているだけだった。以前ほど広大な草原ではなかったが、しかし周囲に人間の集まりはなかったはず。この劇的ビフォーアフターが気にならないわけがない。

しかしイザナギは首をかしげながら軽く言った。

 

「うぅむ…ウカノとともに地上の魂の輪環機構を創り上げてからは、各地で最終微調整を行っていたのだがな…いつの間にか人間が集まってきてな、気づいてみればこんなことになっていたのだ。しかし今代の地上人は凄まじいな。この短期間でこれほどの発展を遂げようとは…さしもの我も仰天した」

 

はははと笑いながら事も無げに言うイザナギに俺は嘆息した。いつの間にか、って相変わらず時間感覚ぶっ飛びすぎだろ。…俺も人のこと言えないか。

しかし、他に重要そうなことを言っていたイザナギが、俺は気になり思わず尋ねた。

 

「…最終、ってことは、そろそろ戻るのか」

 

少しトーンを落として問うた俺に、イザナギも笑いを潜めて真顔になると言った。

 

「近いうちに、ヌシに挨拶に行こうと思っていたのだがな、丁度よかった。…あと数年もすれば、我は天界に戻る。やることはほとんど終わったのでな、いつまでも地上にいるわけにもいかぬ」

 

「…そうか」

 

「うむ」

 

「……」

 

「……」

 

しん、と清涼な座敷が静まり返った。俺もイザナギも何も言わない。

 

イザナギ、イザナミさんと出会ってからおおよそ三千年。イザナミさんは今は地底にいるし、イザナギも千五百年ばかり天界に戻って地上にはいなかったが、こうしてみればとても感慨深い。感覚的には十年も経っていないように思えるが、それは俺がどこか人間だったときの感覚を捨て切れていないからだろうか。俺の異常に気の長い時間感覚は確かに人外のものだが、過ぎ去った時間への思いはまるで人間のようだ。

 

俺はイザナギのことを親友だと思っているが、イザナギは俺のことをどう思っているのだろうか。時折、こうして俺の臆病な部分が顔を見せる。気恥ずかしくて怖くて、面と向かって聞くことはできない。せめてイザナギも俺といる時間を楽しく感じてくれていれば、それは俺にとってもとても嬉しいことだ。

 

別に今生の別れというわけではないのに、何故こう湿っぽくなっているのだろう。俺もイザナギも、多分無限に近い寿命を持っている。百年後か千年後か万年後か億年後か、いつなど想像もつかないが、生きてさえいればいつかまた出会うこともあるだろう。あの日、ぱったり森の中で出会ったように。

 

とにかく、こんな空気は俺にもイザナギにも似合わない。だから俺は瓢箪をつかみイザナギの方に掲げて、粛々とした雰囲気を一掃すべく一言、こう言った。

 

「…呑むか」

 

「うむ」

 

 

困ったときの酒頼み。今日から少なくとも数日は夜通し酒盛りになるだろう。

俺は器と酒を取りにいくイザナギの背中を見ながらそう思った。

 

 

 

 

 

「なぁイザナギ、さっき自分で取りに行ってたけど、この家お前一人なのか? アマテラスはどこ行ったんだ?」

 

「今は確か天岩戸の方に行っておるはずだ。む、言い忘れておったが、アマテラスは我が戻った後もしばらく地上に残るようだぞ」

 

「ふーん。って、天岩戸って何だよ。さりげなく知らない単語出すのは止めてくれ」

 

「ふむ、言ってなかったか」

 

「ああ、聞いてない」

 

「…話の腰を折るでない。我は人間には過干渉はせぬようにしておるので詳しくはないのだが、この街は三つの部門で全体を統括している。一つは『行政部』、一つは『軍事部』、もう一つは『技術部』。天岩戸は『技術部』の中枢で、アマテラスはそこの長というわけなのだ」

 

「へぇ…三権分立ねぇ。最近妖怪が狩られてんのはその『軍事部』の仕業なのか?」

 

「いや…『軍事部』は基本的には防衛しかせんはずだ。妖怪を狩っているのはおそらく『行政部』の私兵だろう。確かに権力は三つに分けられているのだがな、完全にというわけではないのだ。『行政部』や『技術部』が些細とはいえ独自の軍事力を持っておったり、『軍事部』や『技術部』が少しだが行政権を持っておったりな。それで権力の平均化を図っておるのだろうが、いつかはそれも崩れるのだろうな。どういう形かは分からぬが」

 

「人間てなそんなもんだろう。純粋な力だけで全体を纏められるほど、簡単な生き物じゃない。それで、暴走してんのは『行政部』か? そこの長…ついでに『軍事部』の長は何ていうんだ?」

 

「ふむ、実は二人とも我の養子なのだ。どうやら力が大きいゆえに捨て子になっていたようなのだが、たまたま我が拾って育てておった。どちらも優秀な子らだ。『行政部』の長は『ツクヨミ』、『軍事部』の長は『スサノオ』という。どうだ、良い名だろう?」

 

「……なるほど。――そうだな、良い名だ」

 

 


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