天使の兄で、魔王の弟   作:神谷九十九

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リョウアフレイド

 

 私には、苦手な人がいる。別に嫌いというわけではないが、話しかけにくいとは思っている。怖い…というのが近いかもしれない。

 とは言っても、そんなに深刻なものでもない。みんなといるときなら、話しかけられても普段通りに振る舞える。私から話しかけることと、二人でいることが少し怖いというだけ。

 初めて会ったときは、特に何も思うところはなかった。興味がなかったとも言う。あまり深く関わることもないと思っていたから。

 何度か顔を合わせると、違和感を感じるようになった。集中して見れば、その違和感の正体もすぐにわかった。けれどそれは、わざわざ指摘することでもなかった。誰に迷惑をかけているわけでもなく、ただ誰にでも秘密があるという、それだけのことだった。

 思い返せば、今でも続いているその違和感の正体が、話しかけにくい…というより、深入りしてはいけないという認識に繋がっているのかもしれない。でもこれは、漠然とした認識の積み重ねであって、明確に苦手だとか怖いと思うようになったのには、別のきっかけがある。

 あの人に何かされた…ということではない。むしろ優しい人だと思う。目つきは鋭いがそれだけで、外見に問題があるわけでもない。そんな人だからこそ、余計に"それ"が怖いのかもしれないが。

 "それ"を聞いたのは偶然だった。バイト先に新人が入った日のこと。バイトが終わった帰り道で忘れ物に気付いた。次にバイトに来たときでも問題ないような、なんでもないもの。バイト先を出てすぐに気付いたから引き返しただけ。そこで、私は"それ"を聞いてしまった。

 私はあの人の──"音"が怖かった。普段の様子からは想像もつかない、暗く、黒く、重い音。聞いている側が苦しくなるような、痛い感情。

 私は何故引き返したのかさえ忘れて、ただその音を聞きたくなくて、逃げるように足早に家へ帰った。でも、家に帰ってもずっと、私の頭にはその音が響き続けていた。

 きっとその音が、あの人が必死に隠していた秘密なのだろう。その音を私が聞いていたことに、あの人は今も気付いていない。私の中で罪悪感と恐怖が混ざって、あの人を避けるという行為に現れた。

 私──山田リョウはその日から、あの人──伊地知虹夏の兄のことが………怖い。

 

 

 

 

 さて、私が怖がっていることを確認したところで、この状況…どうするべきか。

 今日は結束バンドのメンバーで集まって、ライブで着るTシャツのデザインを考えることになっている。今頃は三人でアイデアを捻り出しているのだろう。

 …そう、三人。私は含まれていない。今夜、今年十回目となるおばあちゃんの峠だと言って欠席した。わかりやすく言えばサボったのだ。

 当然、虹夏にはバレるだろうが、それでもサボれるくらいにはゆるいし緊急性もない。しかし、サボるという行為は世間一般では悪いとされるだろう。

 つまり問題は、私には現在後ろめたい事情があり、出来れば二人で会いたくない人がいて、その人は私の事情を知っている可能性がある人物であるということ。

 そして私が今困っている状況というのは、まさにその人と偶然出会ってしまったという状況で──

 

「……リョウ?どうしてここに。おばあちゃんの峠はいいのか?」

「………」

 

 ──私はこの状況の対処法を知らない。助けて虹夏…

 

 

 

──────

 

 

 

 いつものように買い出しのため外を歩いていると、見知った青髪の女の子と出会った。虹夏の親友であり、結束バンドのベース担当──山田リョウだ。

 虹夏に聞いた話だと、今夜おばあちゃんが峠だとか言ってたはずだが…もしかしてサボりだったのだろうか。そういえば虹夏も少し呆れた様子だったし、もう既に何回も使っている話なのかもしれない。全く、ベーシストにはろくな奴がいないな。…俺も含めて。

 とりあえずこの気まずい無言の空間はどうすれば良いのだろうか。この空間の解消法を知っているなら陰キャなんてやってないんだが、どうしようか本当に。

 こんな時虹夏か喜多さんがいれば…いや、喜多さんの場合俺が死ぬ。やはり虹夏しか勝たん。…ぼっちちゃん?論外。

 …と、脳内と目線をウロウロさせていたら、リョウからアクションがあった。…そう、言葉ではなくアクションである。俺と目が合ってから時が止まったように動かなかったが、なんの前触れもなく突然逆方向に走り出したのだ。脱兎がこれほど似合う場面はそうないだろう。

 さて、どうしようか。特に用もないし、追いかける必要もないのだが……あ、転んだ。はぁ…仕方ない。追いかけよう。

 

「大丈夫か?」

「……痛い。治療費に二千円程必要。だけど私はお金を持ってない。誰か心優しい人がお金を払ってくれたら…」

「二千円って……まさか昼飯代じゃないだろうな。怪我見せてみろ」

「………もう治った。私はこれで失礼する」

「おいこら」

 

 こいつ…表情が変わらないせいで嘘が分かりにくい。というか、最近怖がられて避けられていると思っていたが、平然と嘘をついて昼飯代を要求するということは勘違いだったのだろうか。その割には会話に妙な間があるのだが。

 珍しく二人きりで会話できる機会だし、思い切って直接聞いてみるか。昼飯を奢ると言えばついてくるだろ。

 

「昼飯ぐらい奢ってやるから、少し二人で話さないか?」

「………………わかった」

 

 結構迷ったな。普段なら即答する提案だと思ったが。やはり何かあるらしい。

 ちなみに、道すがら確認したが怪我はしていなかった。全く…

 

 

 

 

 リョウが指定した近くの飲食店に入り、注文を済ませた。二千円分も注文していなかったが、まさかさっきのは晩飯代も含んだ要求だったのだろうか。最近の女子高生怖いな。

 それはさておき、早速最近の様子について聞いてみる。

 

「俺の勘違いじゃなければ、最近俺のこと避けてるよな?」

「……避けてない」

「じゃあこの会話の妙な間は?」

「…………避けてる」

 

 なんだ今の無駄な抵抗は。これは思ったいたより面倒くさいかも知れない。しかし心当たりがないのがなぁ…

 

「なんで避けてるのか…って聞いてもいいか?」

「…怖かったから」

「怖かった…?悪い、俺何かしたか?心当たりがなくてな…」

「…………」

 

 黙ってしまった。怖い……怖いかぁ。本当に心当たりがない。言いづらいということは、相当酷いことをしたのだろうか。それが自覚ないって結構やばいのでは…?

 リョウの言葉を待っている間に、注文した料理が運ばれてきた。

 

「とりあえず食べよう。リョウが話せるタイミングで話してくれ」

「…わかった」

 

 元気が無さそうな様子の割に威勢よく食べるなぁ…どうにもコミュケーションというのは難しい。調子が狂うというか。

 お互い黙々と食べ進め、半分程食べたかというところで、リョウが話し始めた。

 

「あの…」

「ん?」

「…前、ぼっちの初バイトの日。聞いた」

 

 聞いた…?何を?誰かが俺の悪口でも言っていたのだろうか。だとしたら心当たりがないのも頷けるが。面と向かって俺に悪口を言うのを躊躇うということなら、妙な間にも納得できる。俺の悪口程度なら気にすることはないのだが。

 

「……何を聞いたんだ?別に俺は怒ったりしないぞ」

「…本当に怒らない?」

「そんなに躊躇われると身構えるが…怒らないと約束しよう」

「………ベースを、聞いた。私は、あの音が怖い」

 

 ……………は?ベース、ベースって誰の……俺の??あれを……聞かれてたのか。そうか……俺のベース………

 

「昔ベースを弾いてたっていうのは、虹夏から聞いてた。今はもう弾いてないっていうのも。どんな音を奏でるのか気になってはいた。けど、あんな音だとは思ってなかった。普段とのギャップが、余計に怖かった」

 

 怖い……怖いか。そうだよな。姉さんは俺のベースを知っていた。だからこそ姉さんだけに聞かせた。何も知らないリョウが突然聞いたら…それは、怖いよな。

 

「…なんで聞いてた?もう帰ったと思ってたんだが」

「確かに帰ろうとしたけど、途中で忘れ物に気付いた。悪気はなかった。でも、隠したいことだろうと思って何も言い出せなかった。ごめんなさい」

「……いや、いい。聞いてしまったのは仕方ない。言わないでいてくれて助かった。こっちこそ、怖がらせて悪かった」

 

 ………どうしようか。忘れろなんてとても言えないが…話すか?リョウにも。廣井さんには話せたが。

 結束バンド、姉さん、ギターヒーロー、SICKHACK。いろんなものの影響が積み重なって、最近の俺は変わりつつある。リョウに話すことが何かのきっかけになるのか?

 廣井さんが言っていた俺の敵…リョウは敵か?いや、そんなはずはない。俺のベースを聞いて、怖がって、でも、こうやって話してくれている。なら、俺は話すべきなのか?

 ……わからない。しかし、ベースを聞いているなら…俺の中身を少しでも知っているのなら、話してもいいのかもしれない。

 

「……昔は、あんな音じゃなかった。バンドで揉めて、自分の音が嫌いになって、その感情が音に乗るようになって、ベースを辞めた。でも、そうなる前は楽しかった。音楽が好きで、俺の音が好きで、もっと良い音を奏でていたんだ。だから、もう一度弾けるようになろうって、最近少しずつ向き合えるようになったんだ。あの時弾いていたのはそのためだ。本当は昔の俺を知ってる姉さんだけに聞かせるつもりだったんだが…」

 

 そう、好きだった。楽しかった。だから、それを奪った俺の音が、何よりも嫌いになった。俺の音は、一番好きで、一番嫌いだ。昔の好きだった音を弾こうとする程に、嫌いだという感情が大きくなる。

 

「虹夏は、知らないの?」

「俺がベースを弾いてた頃は、虹夏はまだバンドが嫌いだったから。やってることは知ってても、聞いたことはないと思う。少なくとも、酷い音の方は聞いてないはずだ」

「…それをずっと隠してたの?その、貼り付けたような笑顔で」

 

 …は?貼り付けたような笑顔って……仮面のことか?気付いてたのか。まぁ…よく見れば気付くよな。指摘はしないだろうが。

 

「前から違和感を感じてた。私が気付くなら、多分虹夏も気付いてる。気付いてて何も言わない」

「そうか…そう、だよな。確かに隠してる。それを虹夏に知られるのが怖いっていう気持ちと一緒に。…これを姉さん以外に言うのは初めてだ」

「…隠したいのも、怖いのもわかる。でも、虹夏はきっと待ってる。ちゃんと自分から言ってくれるのを」

「……あぁ。何年も待たせてるんだ。しっかり向き合って、自分の言葉で伝えるよ」

 

 はぁ……どうなることかと思ったが、話してみると想像より悪い反応でもなかったし、心に引っ掛かっていたものが取れたような気もする。こんな調子で虹夏にも話せたら………弱い自分が憎い。

 完全に止まっていた手を動かして、冷めてしまった料理を食べる。何故だかさっきよりもおいしく感じた。

 

 

 

 

 店を出て、古着屋に行くというリョウと別れる。古着屋で買い物できる金があるなら、昼飯代もあったのでは…?それとも、商品を見るだけで買わないというあれだろうか。俺にはよくわからないが。

 ついでに、昼飯代とは別で二千円を渡しておいた。甘いかもしれないが、今日の会話にそれだけの価値はあったと思ったが故だ。ほんの気持ちというやつである。

 さてと、俺もそろそろ買い出しに……買い出し?あ、そうだ!買い出しに行ってたんだった!まずい…姉さんに怒られる……

 

 

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